29 雪解け

 2人はしばらくの間これまでの事をゆっくりと話していた。クリストファーはリュシアンを探して海を泳いで日本まで来たとか、UHM庁は案外悪い場所じゃないとか。


 リュシアンはちょっと照れながら彼の心を変えた人間の女性について話した。彼女の背負っていた借金が不当なものだったから暇潰しに助けたのが始まりだったとか、大人しそうに見えて案外活発で随分振り回されたとか。クリストファーの首がしっかりと体にくっつくように添えられた小さな手は労わるようにその傷跡をなぞる。


「首輪壊れちゃったし帰ったら説教かなぁ」


「なんだ、そのくらい俺が直せばいい」


「ダメダメ!リュリュの能力は負担がおっきいんだから……!」


「負担が大きい?」


 思わずクリストファーの言葉に突っ込んでしまった。リュシアンはげっと声をもらす。油の切れた機械のような動きでこちらに首を回すとギザギザの歯が見えるくらいの胡散臭い満面の笑みをうかべた。


「ぜーんぜん問題ないっ、能力なんて息するみたいに使うものだしこの俺がやわやわのやわな訳ないだろ。全く何を言ってるんだクリスは、頭が取れたのが余程効いたみたいだ。うんうん、全くクリスはこれだから」


「ちょっと黙ってください」


 ペラペラとよく回る舌で誤魔化そうとするリュシアンの言葉を遮る。ムッと押し黙ったその顔は少し青白い。


「クリストファーさん、詳しく教えてください」


「何も言うことは、むぐっ!」


 まだ誤魔化そうとするリュシアンの口を塞いでクリストファーに向き合う。クリストファーはリュシアンと私を交互に見て深海のような色の瞳をパチリと瞬かせ少し考えてから口を開いた。


 彼曰く、コアというのは体内に出来るものなのだが生きている人間には本来ある器官を侵食して生成されることが多い。その上コアは要因は不明だが肥大化する事もあり結果として持ち主の身体的負担になることもあるらしい。リュシアンはその最たる例で、生前コアの肥大化により脳や視神経を侵され、嘔吐や幻覚、最終的には体も動かせなくなり多臓器不全で亡くなったそうだ。


 今のリュシアンはその亡くなる少し前の状態で体が作られ固定されている。能力を使えばとんでもない負担が発生するはずだと。


 それを聞いた私は血の気が引いていった。神堕しの儀について能力を使って多くを探ってもらったばかりなのだ。本人が何にも言わなかったから、それにコアが体に害を与えることを知らなかったから。そんな言葉で済ませてはいけないだろう。だって、彼は、彼の死因はソレなのだ。


 無自覚のうちに悪魔のような所業をしてしまったことを私は恥じた。もっと私が多くを知っていればリュシアンに無理をさせなかった。ぐっと唇を噛み締め深く反省する。私はまだ多くを知らない。それを言い訳にしないためにももっと沢山勉強しなくてはならない。


 そう、決意を新たにした時だった。妙に鼻に残るどこか根拠の無い安心感を与える香りが漂ってきたのは。


「ん?良い香りにつられて戻ってきたが食えそうにない雰囲気だな」

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