1章 とおりゃんせ

1 縋る藁も選べ

 2090年。この世界にはUHMという存在が社会に混ざって生きている。彼らは人の姿をしていたり、全く違う姿をしている。その多くは人には使うことの出来ない特殊な能力を持っているため、人に危害を加える可能性があるとして危険視されていた。しかし今ではUHMに関する法律は制定され、一部のUHMは搾取される者として社会への参加が許された。もちろんそれを受け入れず反抗する者も少なくなかったがその多くが命を落とす結果となった。


 時を遡ること70年。当時のアメリカ大統領レンリー・バウガットは科学で解明できない脅威の存在を公的な場で認める発言をした。


 それらにUHMという総称が付くまで僅か半月、UHMを捕獲し研究に至るまで10年、そしてUHMの持つ独特の器官……『コア』が人類の抱える大きな問題、詰まるところの「エネルギー問題を解決する」という結論に至るまで20年かかった。



 と、ここまでが高校までに習うUHMと人間の歴史だ。とくに大統領の名前はテストで必ずと言ってもいいほど出る確率が高い。これ以上の知識を求めるならUHM庁に就く他ない。


 だけど、UHM庁と言えばエリート中のエリート。私のような成績中の中で高卒の人間が就けるわけないのだ。




『夏八木桜子さん、今回は職業適性テストお疲れ様でした。こちらが貴方の就職できる企業一覧です。面接などの申し込みは明日以降からお願い致します』


 モニターに表示された企業名をざっと見て、思わずため息をつく。どの企業も下働きで寮もなければ賃金も良くない。今のご時世、大学にも専門学校にも行ってない人間にはまともな職業が振り分けられないのだ。


「せめて孤児手当が大学卒業までとかだったらな……」


 私の両親はともに結婚を反対され、駆け落ちをしたらしい。その後は真面目に働き、その優秀さからUHM庁直属の首輪加工工場で工員を総括する係を二人で務めていた。


 だが、5年前の連続テロ事件で両親共に亡くなった。親族とは完全に縁が切れていたため、私は援助も受けられずに国の配る僅かな手当と両親の残した貯金を切り崩して何とか高校卒業まで漕ぎ着けたが、進学するお金もなく就職の道すら危うい。


「工場勤務よりバイト掛け持ちした方が稼げそうだな……もしくは政府が公認してない脱法企業とか?」


 ぽつりと呟いた愚かな考えは寂れたハローワークの前を獰猛な音を立てて通り過ぎた車に消されていった。流石にまだそこまで落ちぶれていない。うっすら残った霧のようなプライドが非合法な道に進もうとする足を止める。


 とりあえず今日はもう帰ろう、明日バイトを探そう。家の方向へと向けた足が何か不愉快な音を立てて止まった。足元にはくしゃくしゃになったチラシがある。


「なにこれ」


 何気なしに広げたチラシの内容を見て、私は遠い昔に信仰されていたという運命の女神様に感謝をした。そしてそれと同時に先程私を引き止めた霧のようなプライドを脳裏から消し去った。なぜならチラシで求人募集をかける企業は脱法企業と決まっているのだ。


 背に腹は変えられない。条件がとんでもなくいい。寮あり、食事あり、保険あり、退職金ありだ。業務内容は雑用兼事務。基本的に業務のサポートが主で、必要な資格はない。高卒可。私のためにあると言っても過言ではない内容だ。素晴らしい。拍手喝采。このチラシを踏んずけた靴を天に掲げたい気分だ。


 ただ。このチラシには大きな問題がある。面接を希望する電話をかけようにも、電話番号は載っていない。載っているのは事務所の名前と住所。そして嫌に目を引く注意書き……。


『面接を希望される方はこのチラシを見た服装のまま着替えずにお越しください』


 スーツではないが変に崩した服装ではないのが幸いだ。果たしてこの注意を守る人が今までいたのかは謎だが、ここは馬鹿正直に行ってみよう。別に落ちたところで脱法企業だし、案外注意を守っているから受かるかもしれない。




「このビルであっているよね??」


 古びたビルにかすれた看板。不安が不安を呼ぶ外装。看板にはチラシと同じ『黒リボン事務所』の文字。どうやらここで間違いないようだ。一階のドアには『御依頼や要件のある方は2階入口へおこしください』と書かれた張り紙がある。建物の右側についている外階段から上がらなければならないらしい。


 妙に緊張してきた。バイトの面接はした事があるが、就職面接はこれが初めてなのだ。階段を上がらずもたもたしていると、背後から不意に声をかけられた。


「おい」


 振り返ると超絶美形の男性がいた。もちろんこれは世辞ではない。絶妙に整った顔に長身の外人がいた。落ち着いたダークグリーンの長髪を高めの位置でポニーテールの様に括っている長身の男だ。ここの従業員だろうか。


「お、チラシを見てきたんだな。よいぞ、私が話を通してやる。ついてこい」


 彼は心地よいバリトンボイスで招き入れてくれた。しかもエスコート付き!なんて優しい人なのだろう。顔も性格もいいなんて完璧にも程があるんじゃないのだろうか。


 しかし口調が少しばかり胡散臭いというか、じじくさいというか。そんなことを考えながら階段をテンポよく上がっているとあっという間に2階の玄関にたどり着いた。とりわけ目立ったところの無い、ごく一般的な玄関ドアだが本当にここが事務所なのだろうか。


「おい、面接希望者だ。亜美、ルキウスを呼べ」


「あら、ほんとう? でもルキウスを呼ぶのはあなたよ、ハウライト。私になんでも押し付けないで」


「えぇ……ったくめんどくさいな」


 ハウライトと呼ばれた男は面倒臭そうに頭をかきながら部屋を出る。


 さて、面接担当者が来るまで退屈になるだろうから少し様子を確認することにした。


 長いテーブルがあること以外は特に目立ったところの無い簡素な部屋。確か積み重なった書類の隙間から女性の声がしていた。


 そちらの方をよく見ると我の強そうな強い眼差しに胸元を大胆に開けたあまり品のない服。唯一独立した事務机の端には事務所長と書かれたプレートがその役職を主張している。この亜美という女性がトップなのだろうか。


「どうぞ、座って。面接官が着き次第始めるわよ」


 私は周りを見渡して馬鹿みたいにぼけっと突っ立っていたが、声をかけられてハッとなり、取り敢えず彼女の真向かいにあたる椅子に腰を下ろした。




 面接といえば多少の差はあれども聞かれるとこはだいたい決まっている。例えば、志望動機とかボランティアをしたことがあるかとか。


 ただ、今回の面接はそんなこと一つも聞かれなかった。というより何も聞かれなかった。面接官として呼ばれて来た長身で髭面の男はただ、私をじっと見つめるだけで一言も発しない。街中にいたら少し目を引く、ダンディーなおじさまと言った雰囲気の人だ。うっすら目が光っているように見えるのは気のせいだろうか。そして何故か、彼の姿に違和感を感じる。別に妙な格好はしてないのに……。


「身体能力は悪くない、がとりわけ優れている訳でもない。ただ、目はオレほどじゃないがかなりいいだろ。それに鼻はなかなか利くようだ」


 ようやく口を開いた男は一息にそう言った。視力は確かにいいけど、見た目でわかることなのだろうか。いや、メガネとコンタクトをしてないのを目視で確認して言っているだけかもしれない。と、そこまで考えたところでひとつの疑問が頭に湧いてきた。


「鼻?」


「そうだ、鼻だよ、鼻。直接的な表現でもあるし間接的な表現でもあるけどな。お前はいい目と鼻を持っていると他人に誇るべきだ」


 とんとんと自分の鼻を人差し指で叩いて歯を出して笑う。私は鼻を褒められても正直そこまで嬉しくない。乾いた笑いをこぼした私を見て男は目を細めて嫌な笑いを返してきた。


「採用しよう。思っているより役に立ちそうだ」


「えっ」


 かくして私の職は決まった。実にあっさり、あっけなく。完全寮制だと説明されてあれよあれよと荷物をまとめさせられた。そしてどうしてだろうか市営住宅を出る時、妙に嫌な予感がした。

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