第30話 種明かしといこう

 その場所は、意外にも人気がなかった。


 壇上にはハニカと、レイリの姿がある。通常ならばかなりいるはずのギャラリーも、予告がなかったからかかなり少ない。レンガ造りの絞首台と、石畳の広間。不思議な模様を描くように、地面には薄い溝が掘られていた。


 広間へとたどり着いたヴァンたちを迎えたのは、レイリの高笑いだった。


「ヴァン・オリエンタ! 種明かしをしよう」


 ついにバレたか。そう悟る。


 ハニカは縄で縛られているものの、まだ首に縄は掛かっていない。ヴァンがそちらに目を取られている隙に、ベルが走り出していた。

「待てベル!」


 叫んだが遅く、彼女は既に壇上に上がり始めていた。そこで、ヴァンはなぜか疑問を覚えた。今その思考は邪魔だと、切り捨てようとするが、どうしても気に掛かる。そして気付いた。なぜこんなにも、人が少ないのかと。ギャラリーの話ではない。兵士だ。レイリ以外に、執行を担当する兵士さえもいない……?


 そこまで考えたところで、レイリが剣を振りかざした。ベルが殺される、そう思い地を蹴るヴァンだったが、直後続いた光景に、その足が止まる。振り下ろされた剣はベルではなく、ハニカの縄を切った。自由になった彼女はそのまま、スタスタと横へ歩きだす。


 対してベルは、レイリの隣に並んだ。


「は……? どうなって」


 これにはロボも呆気にとられているようだった。


「なあ、ヴァン・オリエンタ。種明かしだよ」

 にやり、レイリは笑った。


「おいレイリ! そこで何をしている」

 男の声がした。そちらを見ると、血相を抱えて飛び込んできた、軍の少将二人。

「やかましいぞクズ共。ショータイムだ。黙って見ておけ」

「貴様! 上官に向かって何を!」

 まるで状況が読めなかった。だがヴァンに構わず、時間は流れる。一度壇から降りたハニカが、なにやら箱をいくつか抱えて戻ってくる。


「ヴァン! 久々の対面だぞ」

 レイリが狂ったように、その箱のなかから1つ選び、開け放った。その中には、二つの鳥かごのようなものがあり、それぞれに何かが入っている。あれは……心臓?


「知っているか? 吸血鬼の心臓は腐らないんだ」


 まさか。


「そう、こっちはグラムの、こっちはダライニの心臓だよ」


 血液が一気に沸点を超える。


「それを使って何をッ!!」


「落ち着け、まだだ」

 もう一つ、箱が開く。

 そこにあったのは、無数の骨。

「おいおい、嘘だろ……」


 ほとんど直感だった。

 だが――頼む、杞憂であってくれと願った。


「そうだ。あの、要塞で死んだ子供たちの骨だ」

 最も当たって欲しくはなかった予想が、当たってしまう。


 ひとりでに、手がナイフへと伸びる。その場にいた少ないギャラリーたちは、まだ状況が飲み込めないらしくざわついていた。


「さらに!」

 そう言ってベルが懐から、白い毛の塊を取り出した。

 そこで、ロボが驚いたように漏らした。

「あれは……我の……」


 疑問に思った。なぜ、ロボの体毛がそこに……? いや、待て。ベルはレイリの仲間のようだ。ならば、あったはずだ、少し前に、彼女がロボの毛を手に入れるチャンスが……。そう、あれだ。ベルがロボにブラッシングしたときの。


 そこで気付く、レイリの胸元。そこに光る十字架に。あれは、リンのものだ。騎士団の十字架は、とてつもなく強靱で、なかなか壊れない。


「さてさて、この場にいるギャラリーは……8人か。まぬけな少将閣下を併せてちょうど10人。いいだろう」

 脳に、フラッシュバックする記憶があった。まるでそれを感じ取ったように、レイリが仰々しく手を上げ叫ぶ。


「リッチの復活!」


 それは、まさしくヴァンがたった今思いついた答えだった。だが、おかしい点がある。

「ふざけんな! あれは、供物が違うじゃねえか!」

 ヴァンがはじかれたように声を上げた。


「上級吸血鬼の心臓二つ、死者の頭蓋、白き獣の毛、聖職者のローブ、人間二人分の血液……か?」


「な……!!」

 数分のたがいなく言い当てられて、ヴァンは息を呑む。


「デマだよ、我々教団、【四なる態の救済】が流したな」


「は……?」


 一流の嘘は、少なからず真実を混ぜるものである。そう、レイリは笑った。

 ヴァンは尋ねる。


「なんだよ……その救済ってのは!?」


 後から来た軍少将たちも、知らないようだった。


「リッチは、召喚者が禁術を試したことが原因で襲来した。本当にそう思っていたのか? 違うさ、あれは意図的に、我々が呼んだのだよ!! 残念ながら……貴様の両親と、白狼たちによって倒されたがな!」


 首に痛みが走る。遅れて、自分がロボのほうを凄まじい勢いで向いたのだと気付いた。


「事実だ。リッチは我々白狼と、お主の両親で倒した」


 だから鬼は……ヴァンの父親を恩人と呼んでいた……? 白狼の長ブランカの、ヴァンの父親がグラムだと聞いたときのあの反応は……戦友だから?


「そろそろ……本当の供物を教えてやろう!」


 きらりと、視界の端で何かが光った。少将の一人が、レイリに向かって術式を放ったと分かる。ありったけの魔力を籠めて放たれた光球だったが、レイリの一メートルほど手前で不自然に消滅した。


「結界……」

 少将が呟く。

「無駄だよ。もう止まらない」


「そうそう」

 ハニカと、ベルが嗤った。ヴァンは気付く。騙されていたのだと。


「本当の供物は! 聖職者の十字架、上級吸血鬼の心臓二つ、白狼の毛、信じる者の血液三人分、大量の子供の骨、そして……大人十人の魂」


「逃げろ!」

 ヴァンは叫んだ。しかし、周りにいた人間は全員、いつのまにか地面に横たわっている。


「もう儀式は始まった。彼らは既に……選ばれたのだ」

「バカなことを言うな!!」


 レイリが両手を打ち鳴らす。すると、地面に光の筋が走る。それは広場全体を取り囲んで、一つの魔法陣を形成した。模様などではない、レイリたちが掘ったのだと、そう気付く。


 恍惚とした表情で、ベルがレイリを見上げた。

「さあ、口上を」

 ヴァンにはそれが、悪魔の宣告にしか聞こえなかった。教団の目的はわからない。しかし間違いないのは、リッチの復活をもくろんでいること、そしてそのために、レイリは着々とその準備を進めていたわけだ。


「供物は揃った。さあ、今こそいでよ。霊なる者の頂点、我らを浄化しえる者よ、今再びこの地に下りて、全てを赤く染めたらん! 復活せよ」


 次の瞬間には、もうギャラリーも、少将も消えていた。心臓や骨も全て、跡形もなく。

 ロボはただただ絶句して、声が出ない様子だった。


 レイリたち三人も、もう半分消えかかっている。信じる者の血液、三人分。


 上空を見やれば、そこには紫色の雲が渦を巻いて急速に大きくなっている。いや、雲などではない。あれは、そう、形容するならば負のエネルギーだ。


「最後に教えてやろう」

「何をだ?」

 これ以上……何を。

「お前は最初から勘違いしていたのさ。この軍に、『吸血鬼を殲滅する』などという概念はない」


「…………何言って……?」


「あるのはただ、『人に害する人外を処理してもいい』という法律のみだ。私はやっとの思いでその部隊の責任者まで上り詰め……いくつかの部隊を私物化した」


「なん……だと?」


「わかるだろう。お前は、頭が良い。よく働いてくれたよ、お前は。白狼を連れてきたのは予想外だったが、おかげで探す手間が省けた。吸血鬼の心臓もたやすく手に入って……まったく、お前は本当に、俺の最高の部下だ。我々は見たかったんだよ、我らの主たるリッチを殺した、あの忌々しい吸血鬼の、その息子の……絶望の表情が! 我らの主も望んでおられる。自らの手で、貴様を葬りたいとな、ヴァン・オリエンタ!」


 目の前が暗くなる。

 つまり、こういうことだろう? 奴は、レイリは、軍にバレないように、自分に都合良く部隊を動かしていたわけだ。材料集めのために、グラムや、ダライニを殺して。おそらく軍には適当な報告でも作ったのだろう。そして、ヴァンという駒を手に入れた。勘違いするよう仕向けて、今の今まで……。


 あの要塞での出来事も……全部! 


「ついでにいうと、最近の任務だった、あの吸血鬼の集団。あいつら、教団のこと嗅ぎ回っていてな……邪魔だった……。もっとも、お前は上手く逃がしたようだがな! しかしそれも、もう遅いさ」

 それも、全部このため。


 そこで生前、父が言っていたセリフを思い出す。

――『かの者が復活するかも』って、その意味がやっとわかった。


「ヴァン……」

 重々しく口を開いたのは、ロボ。

「我らは今まで、勘違いをしておったかもしれん。今までの軍の、吸血鬼やそのほかに対する行いは……軍の意向ではなく、全て、こやつの……」


 待てよ、じゃあ俺らは、勝手に思い違いをしていただけか? 


 ロボがうつむく。

「ずっと感じていた違和感が、今解けた」


 つまり、軍そのものが吸血鬼を殺そうとしていると考えていたヴァンたちだったが、実際は、レイリたちの……独断? ヴァンの家族を襲ったのも、ダライニの件も、要塞も……?

 レイリは、ヴァンたちだけでなく、軍部さえも欺いて……陰謀を達成した。


「さあ、もう時間がない。もう1つだけ。我々特別大隊。今生き残っているのは皆、裏切り者だ。教団の加盟員以外は……もう死んだ」



 脳が思考を手放そうとしていた。それを必死につなぎ止める。


「例の要塞で、裏切っていない兵士は全員殺した。口減らしというわけだよ」


「な……」


 それで説明が付く。あの老人の言葉も、軍不自然な死亡者の数も。寝返っていた隊員の数によって死亡者が決まるのだから、そりゃあ各中隊の死者数に異常なばらつき出るわけだ。スケルトンは自作自演。老人には、『軍が処理する』と伝えておいて、子供を皆殺しにした。


 作戦の途中、自分を見つけて走り寄ってきた第四中隊の男がいたことを思い出す。おそらくだが、『内部に裏切り者がいて、彼らが同じ隊員たちを殺し始めた』と伝えたかったのだろう。


「ふざけんなよ……ふざけんなよ!!」

 聞こえなかったかのように、レイリは嘆く。


「ああ、残念だ。まだ明かさなければならないことはたくさんあるというのに……時間さ」


「待て……!!」


 叫んだ声は、光と音によってかき消された。あまりの眩しさに閉じてしまった目を開く。まず始めに聞こえたのは、悲鳴。混乱と驚愕が、国中にぶちまけられた。


「まずは軍本部に戻るぞ。対策はそれからだ」

 ヴァンは、焦りつつも、かろうじてつなぎ止めた理性でそう言った。

「わかった」


 上空に漂う瘴気は、瞬く間に広がっていった。走りながら、そこらじゅうでグールが出現するのが見える。逃げようと、あてもなく走り回る住人たちは、次々と殺されていった。


「ここ最近のグールの増加、あれも関係あるのか?」

「ああ、ある。それは、時が近づいていることを表していた。故に、我らも、グラムも、それを危惧していたのだ。そして、復活してしまった。止められなかった。リッチの臭いに誘われて、グールが目覚めているのだ」


「くそったれ」


「覚えておるか? 我が初めてお主と出会ったとき」

「ああ、怪我してたな」

「襲われたのだ。おそらくは、体毛を狙った者に。我はその真相も、調べねばならなかった」


「それがまさか、ブラッシングで取られるなんてな」

「ふがいない、そうとしか言い様がないな」

 既に、街は血の海だった。倒れ行く人々や、グールに侵食されていく人たちを視界の外へ押しやって走る。


 そこで、声がかかった。

「これは何の騒ぎだ!」

「ギルバ……?」

「この嫌な感じ……今まで味わったこともねぇ。こいつはホントに……面倒なことになってそうだな」


 しばらくはこの街にいると言っていたが、本当だったらしい。

「さっきからギルド本部に通信を試みてるが、繋がらねえ」

 そうギルバが嘆く。

「前と同じだ。奴の放つ瘴気が、通信を妨害している」

 ロボが苦虫を噛みつぶしたような顔で、そう絞り出した。


「付いてきてくれ。対策を練る」

 このままでは、不利になる一方だ。グールに襲われた者は、グールになる。


 走りながら、ヴァンは思考を巡らせていた。最初から自分が、あれはレイリの独断だと気づけていれば……そう思うのは、気休めだろうか。

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