第29話 処刑
その翌日、ヴァンは頭を抱えた。
彼らを助けるための方法は、単純な囮作戦だった。囮となったのは、まだ年端もいかない少年少女の二人。
スケルトンを使って退路を塞ぎ、隊員に見せつけたところで殺す。完璧だった。ただし、作戦は失敗扱い。当然だ、二人しかやれなかったのだから。
だが、それでいい。これを、なるべく長く続けるのだ。そう思っていた。
スケルトンの準備は、さほど難しくない。骨を見つけてきて、血を一滴。後は念じれば、骨のどこか決まったところに古代文字が浮かび上がる。そこまでこれば、従属化させたことになる。
それを地中に埋めて、ターゲットをそこまでおびき出すだけ。
『あんなに上手くいくなんてすごい』
隊員は口を揃えてそう言った。
当たり前である。あそこに入っていくように指示してあったんだから。
だからせめて、予定通りに殺させてくれればよかったのだ。何も最後に、お礼など言う必要はなかったのだ。
罪悪感など感じる資格はない。分かっていても、胃は捻れるように痛むし、相手の喉を突き破った左手は小刻みに震えている。
『ありがとうございました』
その一言が、これでもかと言うほどに胸へと突き刺さっていた。
『すまない』
ヴァンはそう返したのだ。
謝る資格などないのに。
みすみす殺しておきながら、なにを謝罪など。
彼らを助けようとしたのも、ただ自分が同族を殺し続ける罪悪感から逃れたかっただけなんじゃないのか? ちょっとイイコトをして、救われようとしていただけなんじゃなかろうか。
本当はそんなことないのに。
俺はただ、薄汚い復讐をしようとしているだけなのに。
そのために、軍の隊員に嘘を吐いて、吸血鬼を殺して、あげく自分を助けるために彼らを利用して……それで、俺は……
「おいヴァン」
声をかけてきたのは、他でもないロボだった。
返事をする気力もなく、顔だけをそちらに向ける。
「やり始めたのだ。最後までやれい。奴らは、お主からの連絡を待っておるのだろう。ここでお主が逃げることだけは、なにがあっても許されん」
「…………」
「ヴァン」
「わかってるさ」
こうなったら、精神がすり減ろうが、命が削れようが、もう逃げられない。
向かったのは、キラルが待機している森だった。時刻は昼。
ここならば確実に安全で、間違いなく人がこない。キラルと今後の作戦を練る意味でも、連絡はここでとっていた。
「悪いな、こんな森で何日も」
「いいさ、時が来るまでは待つ」
「……ありがとう」
キラルの肩に乗った伝書鳩は、すっかり彼女に懐いていた。ヴァンのいない間は、彼女が世話をしていたからだ。
「なあ、ヴァン」
「なんだ?」
「いや……その……」
「このまえ族長と話していたときの話か?」
「あ、あぁ……」
「無理して話そうとしなくていいさ。話せるときに、話してくれれば良い」
「……すまない」
「いいさ、それに――」
丁度そこで、ロボが眉をひそめる。
「ヴァン、誰か来る」
「あ? んなバカな」
「いや、来る」
ロボの確信を帯びた声に、ヴァンはキラルから視線を外し、慌てて森から出た。そこで、気配の主と対面する。
「ベル……」
それはベルだった。ここで殺すべきかと、ナイフに手をやるヴァンだったが、どうやら用件は別らしかった。なぜここがわかったのかという疑問は、次のベルの発言にかき消された。
「大変です!!」
盛大に息を切らせながら――ここまで全力で走ってきたのだろう――涙を浮かべてヴァンに叫ぶ。
「ハニカさんが……軍への反逆で……処刑されるらしいんです!!」
「なに?」
「あの人が裏切るなんて何かの間違いです。止めたいんですけど……私一人じゃ!」
ハニカはヴァンの協力者だ。色々と、極秘の資料を集めさせていたはず。今日の夜、その結果報告があったはずだ。たしかに、裏切っているのは事実である。
しかし、ここで処刑はマズイ。情報が消える。
それに、おかしい。いくら裏切りがばれ、仮に彼女がそれを認めたとしても、その当日に処刑など……
何か、裏で動いている。なんとしても止めなければならない。だとすれば、この状況は好都合だ。ベルを利用するのは心苦しいが、そんなことを言っている暇もない。
「わかった、行こう」
ヴァンはロボにまたがって、後ろにベルを乗せる。場所はと問うと、中心部から少し外れたところにある絞首台だそうだ。
「走れロボ!」
「わかっておる」
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