第27話 ダライニの過去:ダライニ
ダライニ
それは、ほんの十余年前の話。まだ彼が、生身の人間から吸血を行っていたときの話。
仲の良かった女性が一人いて、彼女から定期的に吸血を行っていた。恋人ではなかった。出会ったのは街の酒場で、彼女から声をかけてきた。
親に暴力を振るわれていた彼女は、助けが欲しいとのことだった。眼前の少女を保護するのは、端から見れば誘拐と見紛われてもてもおかしくない。かなり悩んだのも事実だった。しかし、もし自分が断れば、また他の誰かに声をかけその果てに何かしらの事件に巻き込まれるかもしれない。
その疑念が頭から離れず、とうとうダライニは承諾してしまったのだった。
歳はたしか、十六だったはずだ。髪の長い綺麗な少女で、身長がそこそこあったからか実年齢よりも大人びて見えた。
不幸に見舞われている人間というのは、極端に幼稚になるか、ある程度達観して大人っぽくなるかのどちらかであるように思う。
とはいっても、彼女もまだ十六の幼子であった。口ぶりや仕草、性格は大人びていても、その内面は年端もいかない少女そのもの。
そのとき既に長い時を生きていたダライニには、もう幼少時の記憶などなかったが、ただ温かく包んでやろうと努力していた。
獣の血は不味い。どうしてものときはそれで我慢していたが、やはり人間の血液は美味しかった。
しかし彼女の血を求めるのは、彼女の境遇を利用しているようで嫌だった。それを考えると罪悪感に
ダライニは渋った。躊躇した。
それでも彼女は食い下がった。せめてものお礼だと。
吸われたからといって死ぬわけではなく、ダライニ側にその意思がなければ吸血鬼化しないことを、聡明な彼女は知っていたのである。
結局、ダライニは吸った。美味しかった。
今までのどんな血よりも、美味しかった。そこから考えるに、ダライニは彼女に情が湧いていたのかもしれない。
それから一年の時が過ぎて、事件は起こった。
とある『教団』によって、ダライニの住み家が襲われたのである。彼らの所属する組織の名前は【
丁度、ダライニの血が不足し、そろそろ血を頂こうかと思っていたときだった。
教団の狙いは、無論ダライニだった。なぜかは分からない。深夜に奇襲があって、まず彼女が大怪我を負った。相手は五人だった。
血液が足りてないダライニは、ある程度応戦するのが限界で、自分も怪我を負った。彼女は薄れていく意識の中で、ダライニに「血を吸え」と願った。そうしてあいつらを倒して、自分だけは助かれと。
彼女はただでさえ貧血気味だった。大量に出血し続けるこの状況で血液を吸われるのは自殺行為だ。
だがダライニは、吸った。それしか方法がなかった。
相手はおそらく、ダライニの吸血切れを狙って奇襲をかけてきていた。彼が血を飲もうとすると、死にものぐるいで止めに掛かったのだ。だが遅かった。すでに飲み終えていた。
ダライニは勝った。
一瞬だった。
だが、心の傷は決して浅くなかった。そこで決意したのだ。もう二度と、人間の血は吸わないと。それは、彼女への愛の証でもあった。
こんな老人の、恥ずかしい愛情。何を堂々と愛などと、と多くの人は笑うだろう。だが、愛していたのである。とても表には出せぬ感情であったが、それは『好き』などという小さなものではなかった。たしかに『愛』だった。
だから、彼女以外の人間の血は吸わないと。
そして、彼女を殺してしまった原因は、彼女から血を吸ったからでもある。最初から、人間からの吸血を行わなければ、ずっと獣の血を飲んでいれば、そもそも吸血切れになどならなかったのだ。
だから、私はもう二度と人間の血を吸わない。不味かろうが、それを愛の代償として、あるいは罪の罰として、獣の血を飲み続けようと誓った。
彼が黒塗りの魔剣を友人に作らせたのは、それからしばらくしてからだった。血液の質が低下することによって生ずる、能力の低下を危惧してのものだったが、結局その剣を使うことはなかった。
そういえば、それからしばらくして一人の吸血鬼が尋ねてきた。
教団のことについて尋ねられたのだ。もちろん、何も知らなかった。彼がどこで、『ダライニが教団に襲われた』という情報を拾ったのかは知らなかったが、少し不思議な男だった。
名前を問うと、彼はただ「グラムという」とだけ言った。
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