第25話 山へ
その日の夜。ヴァンはロボを連れてそっと施設を抜け出した。
ロボの背中にまたがり、加速術式を交互にかけながらひたすらに北西を目指す。
その間に、ヴァンはここ数日ででき上がった仮説をロボに話していた。
「まず一点、軽く調べたんだが、バッシュと他の二名については死亡報告が上がっていた。おそらく、というか確実に虚偽だ」
「だろうな。ああそうじゃ、1つ、よいか?」
「え? ああ」
「このあいだの作戦で、道中死んでいた兵士の中に――明らかに
「どういうことだ?」
「銃……或いは魔法」
胸を突かれた。
「なんでそれをあのとき言わなかった!?」
「言ったら……お前は作戦を遂行できたのか?」
「くッ…………」
断言できる、できなかったと。
あの状況でそれを俺が知れば、俺は間違いなくその場でそっちを調べだしただろう。『敵』がいる状態でそれをやりだしたら、見えるのは死でしかない。
ロボの判断は正しかった。それは分かる。
「水を差したな。続けてくれ」
「いや、それはかなり重要だよ。つまりだ、かなり大勢の人間が……裏切り者として存在するわけだ」
「というと?」
「まず、あの要塞には大量の子供がいた。そして、あの老人の言っていた、孤児を集めて、というのはおそらく本当だろう。それはつまり、俺たちが事前情報として得ていたような『軍隊を編成している吸血鬼』が存在しなかったことを表している」
「実際に、スケルトンはいたが?」
「それは事実だ。だが、スケルトンは傀儡に過ぎない」
「どういうことだ?」
「スケルトンが生き物ではなく、あくまで第三者が無機物として操っているだけにすぎないのは知ってるだろう? だからあの場所に、ちゃんとした兵士なんていないんだよ。いたのはあの老いた吸血鬼と、その協力者の女だけ。とても、軍隊とは言えない。それに、たとえ軍人でもスケルトンは操れる。万が一……何か目的を持って子供たちを殺そうとしたのなら……」
「たしかにな。そして、現在もなお軍は、あれらを軍隊と呼んでいる、というわけだ」
そう、軍としての立場は、多大な損害を出しつつも敵勢力を全滅させた、である。決して、子供がいたなどということは
「それがはたして、上層部で止められたのか、大佐が止めたのかは分からないが……」
「重要なところはなにも分からない。ということだな」
「言うなよ」
朝日が昇り始めるまであと少しというところで、ヴァンとロボは目的の山へとたどり着いた。途中で一回休憩を挟んだだけだから、ロボはかなり疲弊していた。
「ありがとうな」
彼女のほうは見ずに、山を見上げてヴァンは声をかけた。
「死ぬまで協力し続ける。気にするな」
「契約があるからか?」
「そうだとも言えるし、そうでないとも言える」
――我々白狼は、自ら付き従うと決めた相手でなければ契約などしない。感情によるものだともいえるし、契約によるものだとも言える。
そんなロボの思考を知ってか知らずか、ヴァンは感慨深げに頷いた。
「一応、人間の姿になっておこう」
「ああ、そうしてくれ」
鬼も一応は『魔なるもの』だ。白狼などが寄ってきては、いつ攻撃されるか分かったものじゃない。
「我が呼び掛けに応え形作れ――
純白の少女が、その細い足を地面につける。
「やっぱり、綺麗だな。ロボ……いや、
キレイ、ではなくしっかりとした綺麗、だった。
「もう年老いたばばぁだ。そうたぶらかすな」
「世辞じゃないさ」
「だとしてもだ」
見た目はいたいけな少女そのもので、その見た目らしく少しだけ顔を赤らめている雅だったが、ヴァンはそれに気付かなかった。
こんな若造の言葉に照れるなど、どうしても認めたくないものではあった。しかしそれが事実であるのは、雅が一番よく分かっていた。
その山は、本当に何もなかった。かなり高いので上のほうは見えないが、見渡す限り木の一本もなく、ただゴツゴツとした岩と地面が広がっているだけである。
そんななかにも一応は『道』と呼べるものがあるようで、決して歩きやすくはない道を二人は登っていく。
「やはり、慣れぬな」
「人間の姿で歩くのは、か?」
「ああ、足が半分になると、どうもな」
「そこなのかよ」
少し見下ろせばすぐそこに顔がある。いつもは足下を見なければいけなかったのにと、そんなことを思ってしまった。そもそも、狼から人間になっているのだから、姿も顔も全部違うはずなのに。
でもやはり、彼女は彼女なのである。
狼だろうが、人間だろうが、頼もしきパートナーであることに変わりはない。
白っぽい、無機質な地面だった。緑はなく、固く白々とした土。それが視界の隅々まで広がる様は、なかなかお目にかかれるものではない。ただ、ずっとこんな景色の中で過ごしていたら狂ってしまいそうな、そんな危なげな感じがあった。本能的に拒絶したくなるような感じだ。全面真っ赤な部屋では生活したくない、というような。
「鬼って、どんなやつらなんだろうな」
「角くらいは、生えておるだろうな」
「角か……」
ダメだ。想像できない。人間の頭から角が生えている場面が、どうやっても思い浮かばなかった。
ある程度進むと、だんだんと傾斜が緩やかになっていった。それと同時に、なぜか霧が濃くなっていく。
数メートル先さえ見えなくなったところで、その声は聞こえた。
「止まりな」
右か、左か、後ろか前か、どこから声がしているのかが分からなかった。
ここは既に、相手方のテリトリーだ。下手に動けば、帰れなくなる可能性さえある。素直に従い、二人は立ち止まる。
「発言の許可が欲しい」と、ヴァン。
息が詰まるような沈黙の後で、やっと返答が来た。
「許可しよう」
ほっと胸をなで下ろし、まずは何者かと接触できたことを喜ぶ。
「貴方方は、鬼、で正しいか?」
「如何にも。それが分かっているのならば、すぐに山を下りて貰おう」
「それはできません」
そう断言するのには、かなりの勇気が必要だった。軍の会議室とはまた違う緊張感が、この場所には漂っている。
「なぜだ」
少し間があって、そう返ってきた。
「今回は、貴方方にお願いがあって参ったからです」
「願い……? まさか、過去にお前たちが我々に何をしたのか、知らぬわけではあるまいな?」
「もちろんです」
「ならば――」
「それも合わせて、お話をさせて頂きたいと――」
相手の言葉を遮ったヴァンを、しかし意外にも更に雅が遮った。
「問答は無用だ。おいお主、そちら側のお偉いさんに伝えろ。オリエンタの息子と、狼が参ったと」
「雅……? 何言って――」
「我に任せろ」
それきり、姿の見えない『声の主』は黙ってしまった。いなくなったのか、ただ黙っただけなのかは区別が付かない。
任せろと、自信に満ちた様子で、絶対という確信がある様子で断言されたヴァンは、もう雅を信じて引き下がるしかない。
「証拠が足りぬのなら、人間化を解こうか?」
今度こそ、雅の正気を疑った。
それは自殺行為ではないのか? それをして、本当に攻撃されないのか? 疑問が浮かんでは消えていく。永遠にも感じられる時間が過ぎて、やっと声が返ってきた。
「いや、その必要はない。族長の許可は取った。進め」
ヴァンは驚いた。思わず喉の奥から声が漏れるくらいには。
まだ状況の整理が付かないうちに霧が晴れ、雅は一言「ありがとう」と言って先へ先へとスタスタ歩を進めてしまう。
「ちょ、ちょっと待てよ」
慌てて追いかけて、疑問を口にする。問いかけずにはいられなかった。
「どういうことだ?」
「時が来れば話す」
「なんだよそれ」
さらに詰め寄ろうとするヴァンだったが、そうする前に目的地に着いてしまった。
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