第24話 決意、とでも言っておこう
自室で一人うなだれるのは、他でもないヴァンだった。
ロボはいつもの定位置で、頭を丸めて眠っている。彼女とてなにも感じていないわけではない。当然だ。
それは無論ヴァンも同じであり、それ故にベットを背にして床に座り、ろくに模様もないその床を呆然と見つめているのであった。
バッシュ――彼は初日こそ反発していたものの、作戦をこなしていくうちにだんだんとヴァンを認めるようなそぶりを見せ、最近では積極的に関わりを持とうとさえしていたのだ。それが全て、偽りだったかもしれないとは……
そもそも、今回の作戦は疑問がありすぎる。
「なあ」
顔を上げ、ロボへと呼び掛けた。
「どうした」
ロボは心なしか元気のない表情でこっちを見る。その胴には、丁寧に包帯が巻かれていた。
「俺は未だに分からないんだ。今回の」
そこで、部屋の扉がノックされた。控えめで丁寧なその音は、間違いなくベルのものだった。
「ベルか? いいぞ」
数少ない心を許せる隊員のうちの一人。断ることもできず、話を切り上げて入室を促した。
「し、失礼します」
小さな声がして、ゆっくりとドアが開かれた。
「その、隊長が生きていてよかったです。沢山……死んじゃいましたけど」
ヴァンの近くにちょこんと座ったベルは、心底悲しそうにそう漏らす。
「お互い、生き残れたことを喜ぶのは、悪いことじゃないさ」
まずは、生還を喜ぶべきだと、ヴァンは気休めを口にした。
「そう……ですね。あっ」
ベルの目線の先にあったのは、白い狼である。
「ロボさん……ですよね。怪我……しちゃったんですね」
「まあな。大丈夫だ、なれておる」
ロボは無愛想にそっぽを向いたのだが、それが聞こえなかったかのようにベルはそちらへと寄っていく。
「実は……いつもの感謝も込めてブラシを持ってきたんですけど……」
ピクリ、ロボの耳が動いた。
どうやら、してもらいたいらしい。ここは一応と、ヴァンが助け船を出す。
「傷は浅かったし、術式のおかげでもう塞がってるんだろ? 取ってやろうか? 包帯」
「しかし……」
「せっかくの好意だ。無駄にするなよ」
「わ……分かった」
こんな時だからこそ、休息は必要だ。心も、体も。
ヴァンには分かる。ロボは喜んでいる。
包帯を外してやると、真っ白で綺麗な毛並みが顔を出す。ベルが思わず感嘆の声を漏らして、折りたたみ式のブラシを、まるで秘密兵器でも出すかのような手振りで掲げた。
ベルの華奢な手がロボの体を撫でる。左手を這わせると、ロボは気持ちよさそうな顔をして床にペタンと張り付いてしまった。
普段の姿、威厳に満ちた顔と佇まいのロボ――と隊員からは思われている――からは想像できない姿だ。きっと、本人もこんな姿は人に見られたくないに違いない。
遂に、ブラシがロボの背中へと入っていった。もし彼女が猫だったのならば、ごろごろと喉を鳴らすのであろう。しかし残念ながら猫ではないので、そんなかわいげのある姿を拝むことは叶わない。
繊細に、丁寧に、ゆっくりとといていくベル。やはりある程度は毛が抜けるようで、実をいうと部屋は何度かその掃除をしていた。
抜けた毛やいらない毛を落とし、流れるような純白の毛並みは、一種の艶麗さすらもあるように見える。
「気持ちよかったか?」
ベルが後片付けをする横で、茶化すように訊いてみた。
「気持ちいいなどと――」
否定しようとしたロボだったが、ちらと横目でベルを見やった後で言い直す。
「まあ、そうだな。良かった、と言っておこう」
少し心配そうな顔をしていたベルが、一瞬でパァッと明るくなる。照れるのか、凄まじい勢いで立ち上がると、
「失礼します!」
とだけ言って逃げていった。
「可愛い、と思ったか?」
「え? いや、そんなんじゃねーよ」
「ふっ」
仕返しのつもりか、ロボはからかうような表情を見せた。
狼の表情が分かるなんて、そろそろおかしいのかもな。などと思いつつも、しばしの間だけヴァンは、暗い思考から逃れることができていた。
それから数日後、ヴァンは謹慎を利用していくつかのことをスタートさせていた。
まずは、奇跡的に生き残っていたハニカを使っての情報集め。
それと平行し、善良な吸血鬼に対して軍の動向を知らせること。二日前にあった各隊の併合によって、中隊は五つまで減っていた。ヴァンは第三中隊長を継続しているが、隊員は三十まで減っていたし、メンバーも替わっている。
その過程で分かったのは、元第三中隊以外の隊はかなりの確率で『善良な吸血鬼』を標的にしていたことだ。それらのデータと資料を集め、ヴァンはとある吸血鬼の集団に目を付けた。
彼らと接触したのは、二日前。ただし、書面でだ。街にいた、いわゆる『裏』の人間へと頼み、彼らの元へ書簡を届けさせていた。
つまるところ、ヴァンは彼らを助けようとしていた。
『自分と同じような目には遭って欲しくない』
そう打ち明けたとき、ロボは当然訊いた。
「復讐のためならば同胞も手にかけるのではないのか」 と。
だが、ヴァンは引き下がらなかった。それは、あの凄惨な光景を、何一つ罪のない子供たちが無残に殺されていった光景を見たことによる、心境の変化だった。
それ故に、ヴァンは寄り添い助け合って暮らす吸血鬼の集落を――その一つだけではあるが――助けようとしていた。
具体的には、軍の動向を事前に知らせて、彼らを逃がすのである。
そして最後にもう一つ、することがある。
それは、新たな協力者集めだった。
こちらは復讐のための。
古い資料を集めていて分かったことが一つあった。
アローラから川沿いに北西へと進んだ先、岩山に住むとある種族の存在だ。
彼らは一般的に【鬼】と呼ばれ、その山でのみ暮らしている。
強靱な肉体と、とてつもなく頑丈な皮膚に、忍耐力。
肉弾戦をやらせれば吸血鬼にすら勝てるという噂すらある種族である。ヴァンが彼らに目を付けたのには理由があった。
はるか昔。ここカローラは鬼や白狼だけの住む土地だったらしい。それを数で攻め、土地を占領したのが人間だ。
白狼は森へと追いやられ、鬼たちは山奥へと逃げた。
種として人間に恨みがある彼らならば、上手く利用すれば軍の壊滅に力を貸してくれるのではないかと思い立ったのである。
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