第22話 開戦
それから三日後。開かれた作戦会議の結果は次の通りだ。
要塞の周りにはかなりの数のスケルトンが待機しており、定期的に巡回を行っている。各中隊は隊列を組んで周囲を包囲。
巡回兵を中心に処理しつつ、反対側から順次突撃をする。
並外れた戦闘力を持つヴァン、ギルバ、マーツの三人とヴァンの補佐数名は遊撃班として少し後から突入。
状況に応じて臨機応変に対応しつつ、可能なだけ迅速かつ安全に制圧をする。要塞内への潜入は数名以上のグループで行うものとし、危険だと判断したら速やかに退避すること。
その作戦会議後ヴァンは、軍の食堂で豚の血をわけてもらった。ここに来てからは定期的にやっていることで、これをしないと『神通力』が使えないのである。ダンピールである自分にとって、吸血は必須ではないものの、やはり飲まなければ運動性能が下がる。それも致命的に。
作戦の前や、演習後、あるいはいわゆる『血が足りてないことによる空腹時』にも頂いていた。
作戦当日。岩陰を選んでキャンプを造り、けが人を運び込む用意を済ます。
伝令がそれを各隊へと伝え、最後に第八中隊へと伝え終わったときが作戦開始の時間となる。要塞と各中隊との距離は大体三百メートルほど。
時刻は夜、わざわざ向こう側の力が増す時間帯を選んだのは、一つ理由があった。
吸血鬼は、夜になると目のシステムそのものが昼間とは変わってしまう。物に当たる光の反射で感じている昼間とは違い、目から特殊な波長を出して認識するようになるのである。
故に、暗闇でも物の感知ができ、精度は低いが色の識別さえも可能とする。
そしてその状態で、強い光――燃えたぎる炎よりも強い――を目にすると目が灼かれしばらくの間は何も見えなくなる。それを利用しようというのが、今回の作戦だった。
これには無論ハンター二人の賛同も得ており、信憑性は高い。
三百メートル先の上空に信号弾ーー第八中隊のものーーが打ち上がったのを合図に、各中隊は一斉に突撃を開始した。少ししてから、ヴァンたち三人にロボ、バッシュの五人も走り出す。
この作戦中、移動には加速術式の施された靴が使用されている。
魔力を流し込めば、馬と同程度の速度で走り続けられる代物だ。ただし長距離仕様であるため、戦闘での使用は見込めない。靴の履けないロボはというと、自前の加速術式で代用しているようだ。
ロボについては、隊員の連中も最初は驚いていたが、何回か作戦を繰り返すうちに当たり前の存在になっていた。
敵吸血鬼が設置したのであろう壁は、要塞の南側にあった。真ん中を空けて左右に一つずつ。東側から潜入を開始したヴァンたちは、縦向きになった壁と飛空挺の発着場との間へ突っ込む形になる。
やはり既に戦闘は始まっていて、だがその内容があまりに想像とかけ離れていたために、ヴァンは一瞬立ち止まりそうになった。そこへすかさず、ギルバが声をかける。
やはりこういった現場は慣れているのだろう。だがそれでも少し焦燥の混じった面持ちで、胸元の十字架を引きちぎる。
右手に握られていたのは、少し大きめの鎚だ。全体的な色は銀で、流れるような装飾が目立つ。それに続いて武器を発現させたマーツは、ヴァンが今まで見たことのない形状をした物を持つ。
金属製の杭を大きくして、先端でないほうも若干尖らせたような。先端から三分の二のところに持ち手があって、刺突武器のように使うのだと予想できた。
彼女の専門は吸血鬼だから、つまりあれは見た目通り杭なのだろう。分かりやすい武器を作るものだ。
既に血みどろになって倒れる隊員の脇を縫って走り、そこらかしこにいるスケルトンを片っ端から倒しに掛かる。
「どうなってんだよこれは!!」
目の前に迫る骸骨を波動で木っ端微塵にして、たまらずヴァンが叫ぶ。
「分かるわけねぇだろうが!」
手持ちの鎚でスケルトンを叩きつぶしつつ、いらついたようにギルバが答える。
先に突入したはずの本隊は、もう既にもっと奥へ入っているはずだ。それは問題ない。問題なのはそこではなく、死体の数だ。
今まで、大した損害も出していなかった特別大隊だったのに。地面に転がる死体はとてつもなく多い。死者が出ても混乱に陥らず、更に前へと進んでいったのは流石と言うべきだろう。
死んでいる者の中には、見知った顔もあった。思わず舌打ちが漏れるが、ここで引き返すと言う選択肢はない。
人は簡単に死ぬ。
そんなこと分かっていたはずだ。
「クソッ」
骨であるスケルトンには刺突武器が利きにくいのか、苦労して一体倒したマーツが毒を吐く。
自分そのものが聖なる者であるロボは、尾の一振りで敵を粉砕できるようだ。心強いのは事実だが、ヴァン自身が戦えなくては意味がない。
ヴァンは右手に見えない物体を掴み、剣を振り上げ襲ってきた敵の懐にねじり込む。体の中心から弾けるようにして粉砕したスケルトンの、白く細かな粉が舞い落ちる中でヴァンは走り出した。
「このままだともっと死者が出る。最低限殺したら、もっと進むぞ」
「了解した」
ロボの返事と、他二人が頷くのを見てヴァンは走る。眼前に立ちふさがる邪魔者をなぎ払い――そう、あの時ダライニがしたように――ヴァンは走った。
建物へ近づくにつれて、戦っている兵士の数が多くなっていた。戦況は圧倒的に劣勢。腹を食いちぎられ内臓をぶちまけた者や、今まさに刃を突き立てられた者。
一応は戦えているようで、数量的にもそこまで手出しせずとも良さそうだ。ここで足を取られるよりは、前に進むべきだろう。
「ヴァン中隊長!」
叫び声。見ると、1人の兵士が決死の形相で走り寄ってきていた。たしか、第四中隊の兵士だったはずだ。
その背後、月の光を反射して光る剣が見えて、ヴァンは叫ぼうとした。だがそれ既に遅く、兵士の体を真っ二つに両断する。
綺麗に地面に落ちた上半身と、少ししてから倒れる下半身。腸であると推測できる物がぐちゃぐちゃになってこぼれ落ち、瞬く間に血液で水たまりができる。
ふざけたようにふらふらと歩くスケルトンがその先にはいて、両手に重そうに握られているのは血の付いた剣。
視界が弾けたように光る。あまり関わりのない兵士だったが、無感情というわけにもいかないようだ。
怒りをぶつけるようにして骸骨を吹き飛ばしたヴァンを、
「オーバーキルだ」
とロボがたしなめる。
「うるせえ!」
思わず叫ぶ。
「落ち着くのだ!!」
「…………」
背後から襲ってきたスケルトンを跳び蹴りで倒して、ロボは落ち着いた声音で話す。
「お前が取り乱してはならん。分かるだろう?」
背後からは、ハンター二人がなるべく数をこなしつつ追ってくる。
バッシュもまた、その後ろで賢明に戦っていた。
「そうだな」
さっきの兵士。ヴァンを見つけて周りも見ず走り寄ってくるのはたしかに不注意だ。だが、重要なのはその行動の理由。
「何かを伝えようとした、などだろう」
ヴァンの思考を読んだように、ロボはそっと呟く。
「だが何を?」
「分からぬ」
「チッ」
――戦闘を怠ってまで、すぐさま伝えなければいけなかったこととはなんだ? それに、あの男は希望の一切を失ったような顔をしていた。一体、何があったんだ……
今はそれを考えている場合ではないと思考を切り捨て、攻撃を避ける。それを処理しつつ、ヴァンは背後を振り返る。
皆、懸命に戦っていた。
紙一重で攻撃を避けて、なんとか相手を倒す。一人一人は決して弱くない。大丈夫だ。自分に言い聞かせるようにして、ヴァンは前を見る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます