第23話 戦闘。そして謎
襲われる兵士の一人を助け、礼も聞かずにヴァンたちは再び走り出した。
中へ入るにつれ、死体は徐々に少なくなる。建物の下まで来ると、接戦の様子で戦う兵士たちの姿があった。きっと、反対側もこんな感じなのだろう。ここまで来られた兵士なのだから、そう簡単には負けないわけだ。だが、それでも戦況は芳しくない。
筋肉などありはしないのに、凄まじい力で圧倒するスケルトンたち。精鋭揃いの大隊であるはずなのに、このざまだ。
加勢と同時に進み、入り口付近までたどり着く。
「俺が先に突っ込むべきだった」
今更言っても遅い。分かっている。だが悔やまずにはいられなかった。
「隊長は先に行ってください! ここは僕たちでなんとかします!」
兵士の一人がそう叫んだ。
「だが……!」
「行くぞヴァン」
ロボは既に入り口の前に立っていた。ヴァンが渋ることがすぐに分かったからだろう。
続いてバッシュが全力で走り寄ってきて、ヴァンと合流。その場で一瞬手が空いた他二人と共に、ヴァンはしぶしぶ建物へと入る。
バタン、絶望的な音と共に閉まった扉を振り返ることなく、静かな室内を眺める。
まず驚いたのは一つ。敵がいなかったことだ。
そう、誰一人として。何一つとして、ヴァンたちを遮るものがなかったのである。
入り口から入ってすぐのところで固まるヴァン、ロボ、バッシュ、そして他の兵士二人。
「どう……なってるんだ?」
「わかりません。とりあえずは、先に進みましょう」
「あ、ああ……」
室内はやはり荒れていた。長い間使われていなかったのだから当然ではあるが、石壁は割れ、物はかなりの確率で壊れている。
だが、何者かが住んでいるのはたしかなようだ。その証拠に、建物の荒れ方とは裏腹に掃除がされている。通路の突き当たりにはトイレがあり、そこから左へと曲がる。トイレの左隣、ヴァンたちの右手にあるのは三つの資料室だろう。中はしっかりと片付いていて――というか何もなかった。三つ目の資料室の扉を閉めたところで、声が聞こえる。
「ねえ、いつまでここにいるのー?」
それは、子供の声だった。
「バカ! 声出すなって、変な奴らが襲ってきてるんだから」
どうやら、連れ去られているらしい。背後にある広間の扉を開けようとしたヴァンの肩を、しかしバッシュが掴んだ。
首だけで振り返って疑問の意思を示すと、そっとバッシュは呟いた。
「ここは俺たちに任せて、隊長は先に二階へ」
「あ、ああ。分かった」
訝しむことなく、ヴァンとロボは二階へと向かっていく。
残ったバッシュと二人は、ひと思いに扉を押し開けた。
階段はその廊下の突き当たりにあり、右に曲がれば奥に食堂があるようだったが、とりあえずヴァンは二階へと続く階段に足をかけた。
階段を上がりきった先の廊下には、右手に部屋が三つあった。手前から中を見ていくが、どこにも人はいない。室内にある設備から察するに、手前の一部屋が索敵用、真ん中の部屋が司令室だろう。
奥の一部屋は普通の生活部屋のようで、つい最近まで使っていた形跡がある。そこから廊下に沿うようにして小部屋が続き、ぐるっと回って一番奥が大きな休憩室となっているようである。
そして、その中からは、たしかに人の気配がする。
高ぶる気持ちを深呼吸で落ち着かせ、一気に扉を開ける。先にロボが突撃して、その後にヴァンも続き――硬直した。
室内にいたのは、まだ幼い子供数名と、一人の吸血鬼。
具合悪そうに横たわる子供たちと、その額に乗せてあるタオルを順番に替えていく吸血鬼。かなり老いていて、ダライニよりも壮年であることがうかがえる。
彼はヴァンに気付いた――正しくはずっと気付いていた――ようで、こう尋ねる。
「いったい、何の用だい」
「これはどういうことだ。この子供たちは……攫ってきたのか?」
ぐったりと横たわる少年少女を見渡して、ヴァンは問う。いつでも飛びかかれるように、身構えだけはしておいた。
「皆孤児さ。捨てられていたり、そこらへんを当てもなく彷徨っていたところを保護した」
「なに?」
「この部屋にいるのは病気の子ばかりさ。だから、下の子たちとは隔離してある。そっちはレッサが見ていたはずだが……してもう一度聞こう、なんのようだ?」
「ふざけるな。保護? 笑わせる。お前が善良な吸血鬼だというのなら、外のあいつらはどう説明してくれるんだ?」
「…………どういうことだ? あれは、お前たちが処理をするから、俺たちには手出しをしないでくれと言ったんじゃなかったか?」
「なんだって……?」
話がまるで合っていない。それは、いったいどういう……
「きゃああああぁぁぁぁ~~~~~ッ!!」
突如として聞こえた悲鳴は、階下からだった。
「子供の悲鳴……お前やっぱり――」
眼前の吸血鬼を睨むヴァンだったが、それは彼も同じだった。
「下で何があった!? あのスケルトンたちは軍が処理するんじゃなかったのか?」
「自分で出しておいてなにを……」
そう言って、そこで思った。
自分で、出してない……のか? だとしたら、どういうことだ。
「おいヴァン、ひとまずは下に様子を見に行くぞ」
「あ、ああ」
ここで話している場合ではないと、そうやっと気付いたヴァンとロボは階下へと向かって走り出した。老年の吸血鬼もまた、その後ろをついてくる。
「チッ。どうなってんだ」
「我が知るか」
階段をほぼ飛び降りるようにして駈け降り、先ほどの広間の扉を蹴破る。
そこには、大量の死体が転がっていた。バッシュと二人の姿はない。血の海かと思うほどの赤い血液が、そこら中にぶちまけられていた。壁や天井にまで飛び散っていて、それはもう地獄絵図以外の何物でもない。
濃密な血液の臭いと、表情を失った沢山の子供たち。転がっている死体は全て子供のもので……いや、一つだけ例外があった。
「レッサ!!」
後から入ってきた吸血鬼がヴァンたちを押しのけて、その女――だったもの――へと駆け寄った。レッサ、レッサと、何度も彼女の名前を呼ぶ。
その女は、ロボによると人間らしい。年齢は、おそらく二十代前後。先ほどまでの彼の口ぶりから推測するに、子供たちの面倒を見ていたのだろう。
だが、だとしても、これはどうなっている。あまりにも、説明が付かなさすぎるではないか。ヴァンの頭が混乱し始めるその矢先、鬼の形相で老年吸血鬼はヴァンのほうを向いた。
「そうか……全部嘘だったのか。そうか……」
言っている意味が分からなかった。だがヴァンがそれを問うよりも速く、老人は臨戦態勢へと入る。
「まずいぞヴァン!」
状況を掴みかねているだけに、ロボとヴァンは下手に手出しできない。どうするかの判断を渋っているうちに、老人が腕を払った。
ロボが飛ばされて、壁へと体を打ち付ける。力なく床へ落ちるロボだったが、死んではいないようだ。顔だけをこちらへ向ける彼女の姿は、ヴァンに「構うな」と言っている。
老人はヴァンを敵と見なしたようで、こちらへ一気に距離を詰めてくる。初撃を躱すが、腕を握られて、そのまま前方へ投げられた。
赤くなった床を転がる。全身を使って制動をかけ、振り向くとすぐそこまで老人は走ってきていた。上から自分へ掴みかかる老人と、下からなんとかその腕を掴むヴァン。
――殺されるのか。
そう思った、まさにそのときだった。
ヴァンのすぐ上、窓ガラスが大きな音を立てて割れ、一人誰かが入ってきた。着地するや否や、老人を引っぺがしてぶん投げる。
ギルバだった。
「待たせたな。大丈夫か」
ヴァンのほうを振り返ることなく、ギルバは老人へと突っ込んでいった。
見れば、手持ちの鎚には魔法陣が浮かんでいる。
「待てッ!!」
ヴァンがそう叫ぶのと、ハンマーが老人の鳩尾にねじ込まれるのは同時だった。描かれた魔法陣が立体的に分かれ、老人の体内を圧迫するようにして力が加わる。
彼は苦しげに呻いて吐血し、そのままぐったりと倒れる。
「ま、まさか……」
「ああ、侮って貰っては困るさ。きちんと一撃で仕留めた」
しかし酷い有様だと、この惨状を見ながら言うギルバに、思わずヴァンは叫んでいた。
「どうして殺したぁッ!!」
なぜそのようなことを言われるのか分からない、といった顔でヴァンのほうを凝視するギルバ。その表情に一瞬だけ脳が冷やされて、ヴァンは重々しく呟いた。
「お前は……どこまで知ってるんだ……」
「待てよ、何を言ってるのかさっぱり――」
「それが本当だって証拠がどこにある……お前だって、敵かもしれない。そうだろ!?」
理性を失いかけたヴァンの、大きな闇へと落ちかけていたヴァンの手を引き上げたのは、聞き慣れた狼の声だった。
「落ち着けヴァン! ヴァン・オリエンタッ!! こやつはギルドの者だ。何も知ってなどいないだろう。それよりも、今は」
二階や、他の部屋を見て回るべき。
ロボの言わんとするところを察し、ヴァンは一度言葉を飲み込む。どうやらロボは、自ら回復術式を施していたようだ。まだ若干痛そうではあるが、問題ない……らしい。
広間を出て、階段を駆け上がる。一階の階段前にある廊下を進んだ先にはまだ食堂があったが、そこには誰もいないようだった。
二階の廊下を必死に走り、元は隊員の私室であっただろう部屋たちを素通りして休憩室へ。室内には、予想通りの光景が広がっていた。先ほどまで布団で寝ていた子供たちが全員、赤く染まっていたのである。
血の気が引く、とはこのことだろう。自らの体温が急速に下がっていくのが分かった。頭が妙に冷えていて、だが冷静であるのとは違う。どこか達観したような、現実味のない、第三者であるような感覚が全身を包む。
「な……何があったってんだ」
後から追いついてきたギルバが息を呑んだ。
ヴァンはうつろな目をしたままで、傍らに佇むロボへと問いかける。
「誰が、やったと思う」
「バッシュたちを殺して、誰かが……」
「気休めはやめろよ。俺もお前も、分かってる」
――分かっていて、我にそれを指摘しろと言うか。厳しい奴だ。
たしかに、可能性としてならば『何者かがバッシュたちを殺し、その後であそこの全員を手にかけた』というのは十分あり得る。ただし、ならばなぜ彼らの死体がないのか。バッシュ他二人の死体だけを、わざわざ片付ける理由などないはずだ。
そしてしかも、ここは今戦闘のまっただ中にある。
つまりこの犯行は、どう考えても軍内部に犯人が存在している。
「バッシュに、それから付いてきた二人。そして――」
この短時間で殺せる人数は――たとえ子供だとしても――限度がある。ならば、
「――後から入ってきた協力者数名」
が、少なくともいるわけだ。
ヴァンたちが上へ上がっている間にコトを終え、おそらくは食堂へ隠れた。ヴァンが老人とやり合っている間に上へと上がり、眼前の子供たちを殺害したわけだ。
そこまで考えて、疑問が浮かぶ。
「バッシュたち、どこへ?」
この部屋の窓は閉まっている。
つまり、空いている隊員の部屋に隠れ、ヴァンたちが通り過ぎた後で。
弾かれたように振り返って、来た道を戻る。突き当たりを曲がったところで、一部屋のドアが開いていた。
「やられたな」
「でも、なんで。何の目的があって……?」
「そんなこと、我が知るか」
ある程度の事情を悟ったのであろう。ギルバは、ヴァンたちに向かってこう切り出した。
「この作戦も、もう終わる。俺たちは用済みで、もう帰らなくちゃならねえ。だが、状況が状況だ。そこらの街に残ってるさ。何かありそうなら、すぐに駆けつける」
「ああ……そうしてくれ」
上の空気味にそう返しながら、ヴァンは思う。
――俺は、復讐以外にも、軍の中ですることが増えたみたいだ、と。
「ヴァン」
ロボが顔をのぞき込むようにして見上げていた。心を読んだような顔をして、口を開く。
「もしや――」
「言うなよ。大丈夫、
「…………分かっておる」
苦しげな顔は、狼の姿でもよく読み取れた。それなりの時間を共に過ごしているのだ。もう、だいぶ分かるようになっていた。
「これから、どうする」
と、ロボ。
「このまま軍にいるしかないだろう。色々、隠していることが多そうだ」
協力者として利用できそうだったハニカは、こっちの調査に当たらせるのがよさそうだ。もっとも、この戦闘で生きていれば、であるが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます