第21話 barにて
昼光色の光石が照らす店内は趣があり、落ち着いた雰囲気を纏っている。8人掛けカウンターが、その店にある客席の全てだ。そのときはたまたま他の客がおらず、マスターの目の前の席へと腰掛ける。
ヴァンは右隣に座ったギルバに対し、チラと視線を向ける。やはり体がデカい。もともと分かっていたことだが、並んで座ると再認識させられる。
「マスター、モヒートを頼む。ライムは皮を入れずにお願いするよ」
「かしこまりました。そちらは?」
この店唯一の従業員。マスターである彼の名前はヒットだ。白髪をオールバックへとまとめ上げ、穏やかな笑みをたたえる初老の男性である。
黒いバーコートに身を包んだ、落ち着いた雰囲気のある彼は軍内部でもひそかに人気がある。注文を求められたヴァンは一瞬戸惑うが、それを隠して答えた。
「アルコールの入っていない飲み物でオススメは?」
「そうですね、最近良いオレンジが入りまして。良いジュースができそうなんですが、いかがですか?」
「ではそれで」
「かしこまりました」
浅く礼をしたマスターはまず、店の奥からミントの葉やライム、オレンジを取ってくる。
その姿を黙って見ていたヴァンだったが、ギルバから声がかかり遮られる。目線を向けると、彼はそっと話し出した。
「で……お前さんはダンピールだって聞いたんだが、事実かい?」
「ああ、そうだよ」
今更、隠すこともあるまい。軍では、もう既に誰でも知っていることだ。取り繕ったような敬語も、必要ないだろう。
「そうなのか……いや、すまない。あまりにも珍しかったのでな。まあ、軽く雑談といこう」
「尋問の間違いか?」
「おいおい……そう敵意をむき出しにするなよ。俺はそんなつもりないさ。ただ話したいんだよ。お前さんから俺が得られる情報なんて……そんなにないだろ?」
彼がどんな情報を欲しているかによるだろうが、ひとまずは頷いておく。
「で、どんな面白い話をしてくれるんだ?」
と、ヴァン。
「ああ、そうだな。初っぱなから辛気くさい話になるが、四大厄災って知ってるか?」
「ええっと、たしか今までに起きた最も大きな厄災4つ、ってそれじゃあそのままだな。だけどまあ、それが全てだろ?」
「ああ、その通りだ。まず一つ目が北の……機械の発祥地で起きた大量機械の暴走」
四大厄災については、本で調べてあった。もっとも、そのほとんどが国家機密レベルで、記述などないに等しかったが。
「たしか、開発していた機械兵士が暴走して、研究所とその周りの一帯を消し飛ばしたんだって?」
「ああ、それだ。そして二つ目が、東、石術が栄えている国で起きた悪魔の大量契約」
「悪魔たちが片っ端から、半ば強制的に人間と契約していったっていう、あれだな」
「それだ。その時は俺たち騎士団からも
「え? あ、ああ」
焦ったように頬を掻きながら、ギルバは話を続けた。
「そして三つ目は、この国だな」
「リッチの襲来か。相当死んだんだろ?」
「ああ、そう聞いている。んで、四つ目。これが一番だろうな」
少し目を伏せて過去を憂うような様子のギルバ。そこで、ヴァンたちのところに飲み物が運ばれてきた。ギルバのところにはモヒートが、ヴァンの前にはオレンジジュース。色がかなり濃く、甘みの強い柑橘系の臭いが漂ってきた。
モヒートを一口飲むギルバに合わせて、ヴァンもグラスを口へと持っていく。
広がったのは、たしかな甘みだった。酸味がありつつも、強すぎない。それでいて甘みの主張も過ぎておらず、鼻に抜ける香りは爽やかだ。
美味しかった。とても。
「うまいよ、マスター」
「こっちもだ。旨い酒をつくるな」
「ありがとうございます」
嬉しさを滲ませながら軽く腰を折るマスターには、長年の経験が背負われているようだ。
「ああ、なんの話だったっけか」
と、ヴァン。
「4つ目だ」
グラスをコースターの上に置きながら、ギルバは答えた。
「4つ目……西で起きた《七日間事件》だな」
「それだ。たった一人の魔術師が、七日間で国一つを滅亡へと追い込んだ。史上最悪にして最強の事件」
「結局彼は、あんたらギルドに処理されたんだっけ?」
「ああ、本来魔獣を担当してる
「何人死んだ?」
「俺は、行かなくて良かったと思ってるさ。十八人だ。一級のハンターが、ひとりで軍の一個中隊を壊滅できるレベルのハンターが、それだけ死んだんだ。俺が行ったら、足手まといだったさ」
恋人か、あるいは恩師か。誰かしら大切な人がいたのだろう。彼の言葉には、その裏に絶望的なまでの悲しみが隠れていた。まるで、自分に『行かなくて正解だった』と言い聞かせているが
「ああ、悪いな。こんな話をするつもりじゃなかったんだ」とギルバ。
「いや、構わないさ。気にしなくていい」
「ありがとう。優しいんだな」
「んなことないさ」
優しさなど、持ち合わせてはいない。いや、いけないんだから。
「この国の話をするなら、さっきのリッチかな」
思い出すようにして、ギルバが言う。
「たしか……異世界から召喚されたんだったな?」
「ああ、そうだ。一人のバカな召喚魔術師が、何を血迷ったか禁術を試したらしくてな。それで召喚されたのが……薄気味悪い
一般的に、召喚する側のことを召喚師。召喚された人間のことを、召喚者と呼ぶ。
「リッチに始まる、ああいった生物の総称が【
「あっちは
「なるほどな……」
深く頷いて、そこで疑問に思う。
「俺たち吸血鬼は?」
「ああ……たしかに浄化者の管轄ではあるが、知的生命体であること、また人類に対して著しい攻撃性がないことからアンデットとは呼ばれていない」
理由が前者だけでないのは、『リッチ』が知的生命体に類するためだ。もっとも、生命体ではなく霊体なのだが……
「アンデットねぇ……死んでも尚生き続けるアホの総称、って本には書いてあったんだよな」
「おそらくそれは、『彼女』が持ち込んだ知識だろう。この世界では、死して尚生き続けているアホはいない、はずだ」
彼女、とギルバは言った。
吸血鬼は普通に昼間活動できるし、人は死んだら蘇らない。死霊魔術なんて分野もあるが、あれも操っているだけで生き物として活動させているわけではない。
「その本では吸血鬼もアンデットだった」
「お前らは不死じゃないだろう? 普通に死ぬ」
「それもそうだな」
「ただ寿命が長いだけだ」
ただし、例外として一つ。
ダンピールは死後、吸血鬼として蘇る。それは、大きな事実だ。そしてその場合自我を失うため、死後は火葬されるか、心臓に杭を打ち込まれるのである。
「だが……グールとかは
「ああ、そうだな。笑えるぜ。すぐ死ぬのに」
「一般の武器では殺しにくいんだろ?」
「ああ、ほとんど不可能だ」
それを聞いて、ヴァンは昔自分がグールに跳び蹴りを喰らわせようとしたのを思い出す。あれは直前でダライニが消し飛ばしてくれたのだが、あれがなかったら食われていたわけだ。
「方法は……いくつある?」とヴァン。
「燃やす、聖なる武器で攻撃する、消し飛ばす、くらいじゃないか?」
「首を切り落とすのは?」
「斬れるが、首だけで生きてる」
「へぇ……それは知らなかったな」
そうこう話しているうちに、モヒートの氷が半分近く溶けていた。慌てて飲み、薄くなっていると渋い顔をしたギルバを見て、思わずヴァンは笑ってしまった。
「そういや、さっきのリッチっての、もう倒されたのはもちろんだけど……どうやったんだ?」
「いや……俺も知らないんだ」
申しわけなさそうな顔で、ギルバはそう返す。そして更に続けた。
「その代わりと言っちゃなんだけど、面白い都市伝説がある。奴は本来異世界の住人だ。だから、この世界で死んだ以上まだ魂は残っているらしい」
「というと?」
「ようは、復活する可能性があるんだってよ。供物を使ってな」
「その……供物ってのは?」
「たしか……上級吸血鬼の心臓二つ、死者の頭蓋、白き獣の毛、聖職者のローブ、人間二人分の血液、だったはずだ」
「作り込まれた話だな」
「まったくだ」
そこで、ギルバは急に真剣な眼差しをして顔を近づけてきた。耳を貸すと、そっとこう言った。
「それから最近、北のガジェッタと東の島で麻薬の取引が始まったらしい。なんでも、吸血鬼の爪だとかが材料になるらしいから気を付けな」
ヴァンの全身に電撃が走った。
一瞬で仮説を、半ば自動的に頭が組み立てるが、すぐにその根拠が弱いことに気付く。だが、理由として筋は通っているだろう。
「それ、この国は関与してんのか?」
「いや、今のところ情報はない」
「そ、そうか……」
――もし、もし仮にそれが事実なら、国の吸血鬼狩りにも納得がいく。裏で、実は他国に流していたとしたら……
「まあ、どれも噂話だ。気にするなよ」
心中で暗澹と思考を巡らし始めていたヴァンに気付いたのか、ギルバは話を切り上げるように言った。考えを頭の片隅へと追いやって、なんでもないように返す。
「ああ、分かってるさ」
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