第20話 緊急招集
就任すぐで分からないことだらけのヴァンは、今日までに様々な書類仕事や諸々の専門用語について学んでいた。
兵士たちの訓練にも顔を出し、着実に良き上官としての地位を『演じる』ことに慣れていったのだ。心の中では、これが演技であると意識していなければならない。なぜなら、もし仮に本心で接してしまえば、目的を遂げる弊害になるかもしれないのだから。
入隊から一週間後にあった初任務も無事に済まし、ヴァンは初めて吸血鬼を殺したのだった。
人間を隷属させ、自らの村まで作っていた奴だった。相手が悪人だったのは救いだった。
兵士を指揮し、自分も前線に出て、迫り来るスケルトンを蹴り倒して、遂には首を切り落としたのだ。
隊員は皆一様に、敵を燃やす技や聖なる術を持っていた。それがないものは、武器に聖水をかけるなどして戦っていたようだ。
流石にスケルトンには手こずる者も多かったようだが、あれから一ヶ月が経った今も死者は出ていない。少し不思議だったのは、未だに善良な吸血鬼を殺す命令がなかったことだ。
全て、無駄に殺しを楽しむ者や人間を道具のように扱う者ばかり。吸血鬼の中でも、人間で言うところの犯罪者のような輩である。相手もそこまで強い者はおらず、ヴァンでも楽に処理できた。
そして一ヶ月間を過ごしたヴァンだったが、未だ復讐の糸口を見つけられずにいた。
ただし、全く以て収穫がなかったわけではない。
最も大きなものは、一人協力者ができたことだろうか。無論、嘘を織り交ぜながら、上手く言いくるめた。
名前は、ハニカ・カーラ・マーローニ。十九歳の新米で、部隊の行動に対して疑問を持っていた。
少し話をすると、すぐに協力を承諾してくれたのだ。ずいぶんと純粋で、かなり扱いやすい少女だった。
身長はヴァンとほぼ同じ、緑色の髪をした少女だ。父は過去に殉職しており、母は病気らしい。
彼女をどう使うかは決めていないが、ひとまずは連絡するまで普通に生活してくれと伝えてある。
――さて、そんなこんなして日々が過ぎていくなかで、急遽、特別大隊の緊急招集があった。
約五百人が整然と座る会議室の扉が、ゆっくりと開く。そうして中に入ってきたのは、もちろんレイリだった。
スタスタと中央まで歩き、神妙な面持ちで全体を見渡す。
「全員集まっているようだな」
ヴァンは先頭の左から三番目に座っていた。やや顔を右に向け、レイリを注視する。抱える感情のほとんどは憎しみだが、今はただの隊員として話を聞かねばなるまい。
「さて、今日皆に集まって貰ったのは他でもない。東にある山を越えた先の村。その南の平原に古い要塞があるのは知っていると思う」
たしか、一昔前に他国からの侵略があって、その際に建てられた要塞だったはずだ。すぐ東側は空になっていて、そちら側からの侵略に備えたものだと聞いている。ただし、敵は陸地から来るものではないため、要塞とは名ばかり。その時代はキカイもなく、魔法使いが待機して監視していたに過ぎない。一応軽い城のような形をとっているが、壁の役割をしているわけでもなかった。
半分は、有事の際の飛空挺発着所。もう半分は監視所。といったところだ。
カローラの東西南北に四つ造られていたが、その時代ではかなり大切な施設だったそこも、時代の流れによって取り壊されていったのだという。
唯一、人があまり立ち入らない平原にあるという理由で残ったのが、東にあるそれだ。
全員がその場所について思い出すよう、しばし待ってからレイリはやっと本題に入った。
「実はな、ここ最近その要塞を不法に占拠している一団がいるらしいのだ。そして調査の結果、親玉は吸血鬼だと分かった」
元は普通に陸軍が対処するはずだった事案が、手に負えないと分かってレイリのところに下りてきたのだろう。
「敵の勢力は分からないが、かなりデカいと推察される。明後日には偵察隊が派遣されるそうだ。現在の予定としては、特別大隊全勢力を以て目標を討伐したいと考えている。ただし、私はその日別任務で席を空ける。第一中隊副隊長に中隊の全権を一時譲渡し、また全体の指揮者として指名する。異論はあるか?」
反論無しという意味の沈黙をはさみ、更にレイリはこう続けた。
「そして今回、敵方は今までとは明らかに違う面がある。それは、吸血鬼としての実力だ。警備軍からの話によれば、要塞の周りには数多くのスケルトンが巡回しており、内部にも多数の人影が確認されたそうだ。ここの五百人はたしかに精鋭揃いであるが、今回は念のために
一瞬、場が凍り付いたような静けさに包まれた。先ほどから私語などほとんどなかったが、九割方の兵士が息を呑むのが分かる。
レイリが扉に向かって声をかけると、すぐに一組の男女が入ってきた。
男のほうは相当な大柄で、縦にも横にもデカい。全身筋肉のような、屈強な戦士然とした出で立ちだ。額にある傷跡も、短く刈り上げられた黒髪も、彼の豪快さを表しているように見えた。服装は太いベルトのようなものを肩や腰に巻き、麻布のズボンを履いている。唯一胸元に光る不自然な十字架だけが、彼を
リンと同じ物をしていたから、ヴァンにはすぐに分かった。
女のほうはかなり傷んだ赤髪に細い顔立ち。年齢はかなり若そうで、豊満な胸をしている。こちらは少々露出度が高めな革鎧を着ており、関節部はがら空きで機動性を最大限に重視したのだと見て取れる。
向かってレイリの右側に立ち、まずは男のほうから自己紹介をした。
「ギルバ・バーロ・スローニだ。ギルバと呼んでくれ。ハンターにはあまり良い思いのしない奴もいるだろうが……っまあほどほどによろしく頼む」
「私はモモ・マーツ・キーファだ。マーツでいい」
女のほうは比較的、というか思いっきり愛想が悪かった。周りの反応と照らし合わせてみても、ギルドは軍隊にとって嫌われやすい立ち位置にいるらしい。
「連絡は以上だ。詳しい作戦については後日、偵察結果が出てから立案する。では、偵察担当の第九中隊はよろしく頼む。解散」
一斉に席を立つ一同。ぞろぞろと会議室を出て行く波に合わせて、ヴァンも廊下へと出る。長い廊下を一人で歩き、もう慣れてしまった迷路のような道を通って自室へ向かう。
階段を上り、角を曲がって少ししたところで突然背後から声をかけられた。気配が全くしなかったことと、聞き覚えのない声だったことから全身の防衛機能が即座に警笛を鳴らす。
咄嗟にナイフを抜き取って振り返る。すると声の主は即座に両手を挙げ数歩後ずさった。そこまで来て、ヴァンは気付く。
「あ、あんたさっきのハンター」
「驚かせて悪いな。気配が消えるのはクセみたいなもんだ」
日常的に、半分吸血鬼であるヴァンでも気付けないほどに気配を消せる。並みの実力でないことは想像に難くなかった。
「で……騎士団のハンターさんが私に何の用ですか?」
ナイフを腰に戻しつつ、ヴァンは穏やかにそう問うた。
「ああ、いや実はな。アンタが世にも珍しいダンピールだっていうんで、少し話したくなったのさ」
「大佐の差し金ですか?」
「いや、気を悪くしたのなら謝るさ。たしかに聞いたのは大佐からだ。あのいけ好かないガキからな」
「年齢的には私のほうがガキですけど」
「そういう意味じゃないさ」
そう言うと、ギルバは屈託のない表情で豪快に笑った。
「いけ好かない、ですか?」
「ああ、なんかな」
ひどく同感だ。だから、少しこの男には好感が持てた。
バチリと手を叩いて、その巨漢は親指を立てると背後を指さした。
「まあ、そんなことよりだ。ちょっと話さないか?」
「…………どうしてですか?」
「そう警戒するなよ。俺は軍だとか騎士団だとかってのには頓着したかねぇんだ。個人的に興味がある」
嫌みの無い笑顔を向けられて、ヴァンは断ることができなかった。
「わかりました。どこにします?」
「ここの地下に兵士用のバーがあるだろ。そろそろ酒が飲みたくてな。どうせ数日は滞在するんだ。いいだろう」
「私はまだ酒飲めませんけど」
「あそこは一応果実ジュースもあるらしい。いいから行こうぜ」
罠では……ないだろう。軍の内部で単身何かを仕掛けるなんて、いくらなんでも非現実的だ。
「わかりました」
キラリと光る十字架が目に入って、いやでもリンの姿が頭をよぎった。
一瞬彼女について問おうかと思ったが、知っている可能性は低いし、深く突っ込まれたら面倒だからと留まった。
踵を返して歩き出すギルバの後に続き、ヴァンもまた歩き出した。その巨大な背中は、ダライニや父親とは似ても似つかないが、なんだか『男の背中』を感じた気がした。
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