第18話 就任

 ヴァンの入隊のために緊急招集された将官は各々の基地へと戻っていったらしい。


 国内の基地の内最も大きいのが、ここの基地だ。そんな、特別大隊の第一から第三中隊までが駐屯する基地の中――


 敷地内には、佐官以上の軍人が生活、作業するための本館があり、会議室や諸々の施設もこの中にある。

 南西には兵舎が三棟建っており、基本的に兵士たちはそこで生活をする。南東には訓練施設やその他の武器貯蔵庫などが揃っていた。

 そして、第二兵舎の食堂。本来、和気藹々としているはずのそこには現在、約五十人の兵士のみが一言も言葉を発することなく端座していた。彼らは、第三中隊の面々である。


 普段食事を用意している職員も、それらを束ねる通称『おばちゃん』も、現在はそこから席を外していた。


 そして、一人の少年が入ってくる。

 盗賊が身につけるような真っ黒なフードと、革製の身軽な装備。フードの奥には銀髪がちらちらと見えていて、彼の緑色をした瞳は美しい。


 太ももに沿うようにして装備された漆黒のナイフは、彼のふうていとも相まって暗殺者を想起させる。


――嗚呼、コイツが次の隊長か。


 全員の視線が注がれる中、ヴァンは部屋の中央までゆっくりと歩いていく。

 立ち止まり、体の向きを変え、全員の視線が余すことなく自分に注がれていることを確認してから、まずは一言。


「皆さん、初めまして。今、この時を以てこの第三中隊の隊長となった、ヴァン・オリエンタだ。よろしく頼む」

 返ってきたのは、拍手でも野次でもなく、沈黙だった。

 胸を張って、精一杯緊張が悟られることのないよう振る舞っていたヴァンの背筋に、じわりと汗が滲む。

 押し潰されるような沈黙を破ったのは、女の声だった。


「アンタか。噂のダンピールってのは」

 そちらへと目線を向け、茶髪の女と目を合わせる。

「ああ、そうだ」

「まだ子供じゃないか」

 また、どこからか声がする。誰か一人が口火を切れば、他の人間も発言しやすくなるのだろう。

 ヴァンは歳を答える。

「十六になる」


 返ってきたのは、いくつかの嘲笑。

「おいおい、クソガキが隊長? うちの大佐は何考えてんだよ」

 少々高めの、からかうような男の声。


「そうか、じゃあそんなクソガキが相手をしてやろう」

 そう、ヴァンは言った。なりふり構ってはいられない。少々手荒だが、まずは自分の話を聞かせなくてはならない。こういう経験などあるわけないが・・・・・・ここで時間を食う暇はない。


「あ? フッ、いいぜ? 半端な吸血鬼、それも子供の力だ。見定めてやるよ」


「ん? 何を勘違いしているんだ? 俺は吸血鬼の力なんか使わない。体術ひとつで十分だ」


 虚を突かれたように、男は一瞬言葉を失った。だがすぐに調子を取り戻し、鼻で笑って続ける。


「てめぇが、俺に勝てるのかよ」

「随分プライドが高そうだな?」

「ほざけ!」

 立ち上がった男は、かなりの大柄だった。身長は一九〇センチ程度、分厚い胸板と、丸太のように太い腕。前へと進み出てきた男は、高らかに言い放つ。


「俺はな! 軍学校では、実技分野でトップの成績だったんだ。舐めるんじゃねえぞ」

「ほお、そうか。それはつまり、前線で戦う兵士としてトップだったわけだ。決して、士官学校のような、人を束ねる人間を鍛える機関でのトップではなかったわけだ」

「何が言いたい!!」

「別に、深い意味はないさ。だがまあ、強いて言うなら『学校』でのトップと、『実戦』でのトップを一緒にしないこと、と忠告しておこう」


「貴様ァ……」

「上官に向かって貴様、か。随分な態度だ」


「昨日今日ここに来て、もう上官気取りかい」

 座っていた女の一人が、そう声を上げる。どうやら、ヴァンの配属にはそうとう不満があるらしい。

「事実だからな。俺が上官だ。ここに配属されたからには、ここの全員の命を守り、任務を遂行する義務がある。それには……まず俺の話を聞いて貰わなければ困るんだよ」


「ごちゃごちゃうるせえな。とっととやるんだろ?」

 男は腰の剣帯から一本、細身の剣を引き抜く。少しすると、その刀身にされた刻印が光りだし、男もまた淡い光に包まれる。


「やっぱり、脳みその中まで筋肉なんだな。自己強化術式……魔力を流すことしかできない。つまりは自分で術式を構築することができないわけだ」

「黙れ!!」


「ここの軍学校には……魔法実技はないのか?」

 答える人間などいないと思ったが、意外にも声は座席側から聞こえた。

「魔法の専攻と、剣術や体術の専攻とに分かれています」

「なるほど、ありがとう」

 視線は男に向けたまま、礼を口にする。

「おいお前、名前は?」

 眼前の男に尋ねる。

「バッシュだ」

「分かった、バッシュ。じゃあこい」

「後悔させてやるよ」

 言うや否や、バッシュは走った。巨体の割に剣は細く、それ故に振りが速い。術式とも相まって威力が倍増されたそれを紙一重で避けながら、一瞬の隙にナイフを引き抜く。


 そこからは、ただただ鮮やかだった。バッシュが振り上げた剣を、体を反らして回避すると、手を返す暇も与えさせずに間合いを詰める。

 バッシュは慌てて左手で打撃を加えようとするが、その手をヴァンはつかみ取り一瞬で背後に回る。背中に自らの手の甲を沿わすようにして固め、足を払って倒す。

 最後に首筋へとナイフを宛がって、チェックメイト。


「分かったか?」

 苦しげに、そして悔しげにバッシュは喘いだ。座席のほうには、高揚のような絶句のような、不思議な沈黙が落ちていた。

 バッシュを解放して、座席側を振り返る。すると一人、少女とまがうほど小柄な女が近寄ってきた。


「凄いです! お疲れ様でした」

 手渡されたタオルを反射的に受け取ってから、変わった奴もいるものだと驚く。

「ちょっとベル!! いいの? 本当ならアンタが、次の隊長だったはずでしょ?」


 それには流石に驚いた。

 こんな小さな子が、次の隊長候補だったとは。

「いいんですよ! それに、まだ十四の私には隊長なんてむりです」

 十四……マジかよおい。そんな子供が……


「だけど――」そう否定しかけた誰かを、少女が遮る。

「だったら。十四の私が隊長になってもいいって言うなら、十六のこの人が隊長でもいいじゃないですか!!」

 どうやら、思わぬところで助け船が出されたようだ。これはありがたい。

「ベル、といったか。ありがとう、助かるよ」

 全員のほうへ向き直り、息を吸い込む。一応、これで話は聞いてくれそうだ。

「さて、改めて自己紹介をしよう。ヴァン・オリエンタだ。ここにいる全員を、誰一人欠けることなく、また忠実に任務を遂行することを約束しよう。不満もあるだろう、信用してくれとは言わない。しかし組織である以上、俺の命令には従って貰いたい。俺がカラスは白いと言えば、少なくとも任務中は白として扱ってくれ。以上だ」



 ダライニの家には、数え切れないくらいの本があった。

 演説術から人の殺しかた、或いは魔法関連の学説書にいたるまで。法律の本こそなかったが、それでも十分すぎるほど知識は得られた。

 それも全て、復讐のため。

 この隊員たちも、必要とあらば殺さねばならないだろう。だが、仕方ない。もう決めたことなのだから。

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