第17話 血の契約
部屋に戻ったヴァンを待ち受けていたのは、意外な申し出だった。
ベットに腰を下ろすヴァンと、その前に座る狼姿のロボ。
「我と、契約してはくれぬか?」
「え?」
契約……それはあれだ。お偉い様方が交わす、堅苦しく相手を縛り付けるアレだ。だが……なんのために? 訝しみつつも先を促すと、ロボはこう続けた。
「我ら白狼に伝わる行為だ。人間のやるものと、基本は同じだと思ってくれていい。だが……結び付きは固いぞ。本来、一族の者が一族外に『付き従うと決めた者』を見つけたときに行われるものだ。族長……ブランカのじいはお主の父、グラムと契約しておった。生涯を以てその者に付き従うという決意表明みたいなものだ。ペアとか、デュオとかバディに近いが……それよりも強い」
「ちょっと待ってくれ。知り合いなのはうすうす気付いていたが、俺の父親と、族長さんが・・・・・・契約?」
「ああ、黙っていて申し訳ない。昔、いろいろあってな。我らは、グラムをよく知っているし、だからこそ、我はおまえについていくと決めたのだ」
「だけど・・・・・・純粋な吸血鬼は、あんたら聖なる獣と相性が悪いんじゃ・・・・・・?」
「たしかに、そうだ。だが、吸血鬼は他の種族と違って、存在だけではダメージを受けない。ここしばらくは、吸血鬼はこの地を荒らしていないのだ。ダライニが獣の血を飲み始めた時はまだ違ったが、あるときからはそれが普通になった。だから我々は、少なくともグラムと手を取り合えた。我は・・・・・・おぬしと契約したい」
「・・・・・・・・・・・・」
ヴァンはただ黙っていた。契約が嫌なわけではない、むしろありがたいし嬉しいが……どうしても気が引けてしまうのだ。
ヴァンは悩んでいた。本当にこんな自分が……そんな大事な契約の相手で良いのか、と。
「我では……ダメか?」
ロボの心なしか潤んだ瞳を見て、彼女が女であることがつい脳裏をよぎる。ずっと男だと思っていたのだからさしたる支障もない、と頭の外に放り出したが、やはり今になって気になってしまう。
「ダメじゃないさ。嬉しいに決まってる。でも……俺でいいのか? 復讐に取り憑かれて、これから無意味な、それこそ・・・・・・完全に悪な殺しを繰り返そうって奴なのに……」
「決意、したのだろう? こんなすぐにそれを鈍らせてどうする。男なら、自分で決めた道を自分で進まなくでどうする」
――私は、かつてそれを途中で
「だからだよ。そんなことに付き合わせちまって……いいのかなってさ」
「復讐をしたいのは我も同じだ。それに……我もまた決めたのだ。そして見定めた。お主は……我が付き従うにふさわしい。いや、言い方を改めよう。お主なら、ずっとついていきたいと思えたのだ」
胸の内から、ブワッと暖かいものがこぼれだした気がした。くすぐったいような、気恥ずかしいような、不思議な気持ちになる。
「だったら……俺のほうからも是非お願いするよ。ずっと、ずっと、俺たちは・・・・・・コンビだ」
「心得た」
契約は、人間の姿で行うらしい。その姿を見せても良いと思える相手でなければ、契約などしてはならないから、だそうだ。
純白の美少女は、やはり何度見ても心を奪われてしまう。呆けたようにじっと見つめるヴァンに、ロボ、もといロボは少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。
人間化は、若干であるが性格が変化する。軍人が仕事中とプライベートとでは性格が違って見える、というような感覚に似ているだろうか。
この状態だと、少々感情がダイレクトに出やすくなってしまうためロボはあまり好きではなかった。
ロボが手をかざすと、一枚の紙がそこに出現した。木の皮を平たくしたような、ごわごわした紙だ。そこには既に文字が書いてあって、中央最上部に大きく二文字、『契約』とある。
文章は完成していたため、後はそれぞれの名前を書き――誓いを行うだけだ。
「雰囲気あるな」
「その言葉が雰囲気を壊しているぞ」
「はは・・・・・・」
部屋にあったペンで、ロボは自らの名前を書く。ヴァンもそれに倣い、自らの名前を丁寧に書いた。
「ナイフを貸せ」
「え?」
「いいから貸すのだ」
「あ、ああ。わかった」
腰から漆黒のナイフを手渡すと、ロボは躊躇なく自らの指先を切った。そしてそこに滲んだ血を一滴、紙の上に落とす。それは染みになることなく、波紋を広げて紙全体に溶け込んでいく。
「さあ、お主もだ」
ロボからナイフを受け取って、ヴァンも指先に傷を付けた。
指先からピリピリと熱が伝わってくる。周りの皮膚を押して十分に血液を出したところで、指を下に向けて血を落とす。
血液は先ほどと同じように溶けていった。
そして、ロボはその契約書を両手で持ち、一気に破る。その瞬間、バチリと光が飛んだ。円形の光が二人を取り囲み、あの狼の里のような、そんな神聖さのある雰囲気が二人を包み込む。
「契約成立だ」
「あ、ああ」
契約書は空気中に溶け、最後に二人は固く握手を交わす。そこでコンコンコンと、扉がノックされた。いつのまにか温かい光は消えていて、その余韻が尾を引いていた。
少し残念そうに手を放し、ヴァンは入り口に向かって声をかける。ロボは狼の姿に戻っていた。
「はい、なんですか?」
「そろそろお時間です。自分の部隊へ挨拶に向かわれたほうがいいかと」
「ああ、そうでしたね。分かりました、もう向かいます。わざわざありがとうございます」
「はい、ではこれで失礼します」
足音が遠ざかっていくのを確認してから、悪戯げにロボが呟く。
「演技が上手いのだな」
「まあな。これくらいできなきゃだろ?」
敬意など、一切感じていない。だが少なくとも、形だけは礼儀正しくする必要がある。
「頼もしい限りだ。主君」
「主君はやめてくれよ。対等にいこうぜ」
「あぁ、そうだな」
そう言って、二人は笑い合う。それが収まってから、気合いを入れるように一度短く息を吐いて、ヴァンは扉に足を向けた。
「んじゃ、行ってくる」
「おう、行ってこい。我はここで待っている」
「ああ」
本来、大佐という役職は二千から三千の兵士を指揮する権利を有する。しかし、レイリに与えられている部隊の総人数は五百人である。それは、特別不死者被害対策科が国外に対する部隊ではないからだった。そもそも、この国カローラで使われる『陸軍』という呼称は、本来のそれと少々意味合いが違ってくる。
他国に対し、飛空挺に乗り込んで降下、地上戦を行うのが主な仕事であるが、それ以外に、国内の治安維持もまた陸軍に任されているのだ。
後者の場合、警備軍という呼称が陸軍内の一部隊として扱われているのだが、唯一の例外が特別大隊なのである。
相手が吸血鬼やグールであるために、警備軍がカバーできる範囲を超えていると判断された。そこから結成されたのが、特別不死者被害対策科である。指揮官にはレイリが指名され、特別大隊として五百人の兵士が与えられた。
内部構成は、十の中隊に分けられておりその第三中隊長としてヴァンは働くことになる。階級は少佐と同程度。扱う人数は五十と、かなり少ないが、これも仕方ないだろう。
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