第16話 挨拶

「よく……彼が入隊すると分かりましたね」

 扉を閉めた後で、片方の兵士がレイリに問いかけた。

「分かるさ。あの憐れな少年は、復讐に燃えているのだからね。強さを手に入れたならば……必ず俺を殺しに来る。そう確信していた……クククク」

 声を押し殺すようにして喉の奥で笑うレイリに、二人の兵士は言葉を発せなかった。心底愉快そうに、これからゲームに興じるギャンブラーのように。口をゆがめ、目を細め、肩を揺すって笑う男。

 そしてレイリは、二人の兵士には聞こえないようにそっと呟いた。

「それに……あのダンピールには戻って来て貰わなければ困るのだよ……まだ、必要なんだから……ははッ、ククククク…………」


◇◇◇


 そこは、縦に広い会議室のような作りになっていた。天井は驚くほど高く、一定の間隔でシャンデリアが吊ってある。部屋の大部分を占める楕円形の白いデスクには、端に四つずつ、直線になっている側面側に十六の椅子が置かれている。その計四十の椅子の内、入り口から遠いほうの四つに老人たちが座っていた。


 彫りの深い重厚な顔立ちと、他の兵士たちより明らかに派手な装飾。特に真ん中の二人は持つオーラが違う。そして、そこから左右の側面に四人ずつ計八名が座っている。正面の四人に比べればやや平均年齢が低いだろうか。それ以外の椅子は空いていた。

 軍服と、そしてなにより雰囲気から位の違いが感じられる。どうやら、入り口へ近づくほど低くなっていくようだ。

 入り口を入ってすぐのところに立つレイリとヴァンの二人は、ひとまずゆっくりと頭を下げる。ヴァンはレイリよりやや後ろに立っていた。


 事前の説明によると、まず正面四人のうち中央の二人が元帥。軍では事実上のトップに当たる。左が陸軍、右が空軍だ。そして外側が大将。同じく左が陸軍で右が空軍である。

 そこから先は、入り口に向かって陸空それぞれ中将二座席、少将二座席だ。

 つまりこの場には今、元帥二人、大将二人、中将四人、少将四人の計十二人が座っているのである。それは、ヴァンの入隊がそれだけ大きな出来事であることを表している。


「さて……」

 陸軍元帥が口を開く。

「報告を、してもらおうか?」


「はい。二年前、我々が保護し修行をさせておりましたダンピール、ヴァン・オリエンタが昨日さくじつ帰還いたしました。明日以降、我々の部隊に迎え入れたい所存でございます」


 元帥が返す。

「ふむ……陸軍大佐、レイリ・バウローダ・スイス。特別不死者被害対策科の全権は全てお主に任せているが……」


「ここ最近、少し勝手な行動が多いのではないか?」

 空軍大将が口を挟んだ。


「たしかに……先日の報告書の不備はどうした?」と元帥。

「それは既に手直しをし、提出してあるはずです」

「本当か?」

 確認の声が飛ぶと、陸軍中将がそれに答える。

「はい、今朝付けで受け取っています」

「ふむ……」


 そこから更に別件の言及がされるが、それを陸軍元帥が制した。それに対して、

「ギーラ元帥!」

 と抗議の声が上がるが、ギーラが左手を掲げるとすぐに押し黙る。


「一応確認しておくが……信じていいのだな?」

 ギーラの全てをくような目線が、レイリに向けられる。レイリは額に軽く汗が滲んでいたが、それを拭うことは許されない。


「もちろんです。疑われている方もおられるようですが……全てはしっかりと説明させていただきます。また、陸軍大佐として、私自身の行動によって代えさせて頂きましょう」


 力強く言い切ったレイリに、先ほどまでヤジを飛ばしていた数人も――かなり不服そうではあるが――大人しく黙った。


「責任は――」

 ずっとだんまりを決め込んでいた空軍元帥が、その沈黙を破る。

 全員の視線が注がれたのを確認して、続きを口に出す。

「万が一何かあった時の責任は――もちろん取るのでしょうな?」

 すぐ隣に座るギーラのほうへと首を曲げ、うっすらと笑う。バチリ、ヴァンは二人の間で火花が散ったような気がした。


「もちろんだ。さて、ヴァンと言ったか……次はお前自身に訊きたいことがある。前に出よ」

 レイリが二歩下がるのに合わせて、前へと歩み出る。味わったことのない緊張感が全身を襲うが、こんなものに負けてはいられない。

「お主は、今後特別大隊、第三中隊長として働いて貰うことになる。身分としては、少佐と同程度の権限を持つことになるが……不服はないか?」


「もちろんです」

「そうか……。我々の存在意義や、任務の必要性の説明は受けたな?」

「はい、レイリ大佐よりご指導頂きました」


 我ながら完璧だ、そう思った。初めてでここまで喋れればいいだろう。自分でも驚いているくらいである。

 ハキハキとした受け答え、自信に満ちた姿勢と表情。たしかに、ヴァンの様子は将官たちにとってかなり好印象だった。


「説明を受けているならば良い。下がりたまえ」


「「失礼しました」」

 二人揃って深く礼をし、扉から廊下へと出る。体のこわばりが一気に溶けるかのような感覚に、思わず安堵のため息が漏れる。


「なかなかの役者だな」

 ニンマリと、気色の悪い笑みを浮かべるのはもちろんレイリである。

「ありがとうございます」

 微笑と共に会釈を返したヴァン。そこには最早、親を殺された無力な少年の影は見えなかった。


「さて、俺は執務室に戻る。お前はこの後、少し休んだら自分の中隊のメンバーに挨拶に行ってこい。隊長の少佐――ああ、俺と同じ大佐になったんだったか。まあ、そいつが先月殉職して、あの連中は今荒れている。気をつけろよ」


「わかりました。わざわざご忠告ありがとうございます」

 最後にもう一度だけお辞儀をしてから、ヴァンはひとまず自室へと足を向ける。


 カツカツカツ、と。静かな廊下に、靴底が床を叩く音が反響する。レイリも反対方向に歩き出して、重なった音の不調和が耳に障った。

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