第14話 意思表明

 軍の施設に戻ったヴァンには、しっかりとした個室が与えられた。


 馬車で施設へと到着するやいなや、問答無用でそこまで連れてこられる。


「明日、正式に軍へと入る儀式が行われる。大佐や、将官への挨拶もある。ある程度は考えておけ」


 偉そうに言い放つと、静かに扉が閉められた。

 室内は明るい。真っ白なシーツの敷かれたベットや、埃一つない棚にデスク。随分と待遇が良い。二年前とは大違いだ。

 未だに、あの冷たい地下牢のことはよく覚えていた。あそこは寒かった。壁や床は固くて、狭くて、暗くて……最悪だった。

 チラと視線を足下に落とせば、いつになく暗い雰囲気を纏ったロボが佇んでいた。体毛はしっかりと白いのに、そのオーラのせいで黒く錯覚してしまうほどだ。よく見れば、前足がぷるぷると震えているのが分かる。


 この狼の言いたいことが、ヴァンには分かった。伊達に1年弱も一緒に生活していない。この敬うべき白狼はこう言っているのだ。『我ら誇り高き白狼が、仲間の窮地に何もできなかった……』と。無表情で、声も発さずに、だが悔しさに震えているのだ。


 ロボもヴァンもお互いに、大丈夫かと言葉をかけることはしなかった。大丈夫であるはずがない。そんなこと分かりきっているのだから。


 1歩、2歩と、ヴァンは進んでから振り返った。ロボと向かい合う形になって、目が合ったところで静かに口を開く。

「俺さ……決めたよ」

 気を抜けば今にもあふれ出てきそうな涙を必死に堪えつつ、ややうわずった声でそう切り出す。移動の時間は長かった。その間、ただただ考えていた。もう、決めた。

 両親、一緒に暮らしてきた村の人々。それだけではない、師匠であるダライニも、事情を分かってくれていたリンも……。


「そうか」

 無音の室内で、ロボの一言だけが響く。短いが、重たげな言葉だった。

「もう……甘えは捨てる。力も、知識も手に入れた。人を殺すことを躊躇ためらわない。嘘を吐くことを悪いなんて思わない。俺は……俺から全てを奪っていった奴らを許さない」


「……そうか」

 では、とロボは話を続ける。

「我も、いや私も、今まで隠していたことを打ち明けるとしよう。我ら白狼の、一族にとって最も重要な秘密を、お主に教えよう」


「秘密……?」

「ああ。我が呼び掛けに応え形作れ――ぎよう


 ロボが光る。全身から、眩いばかりの光を放つ。地面から、文字が柱のように突き出てくる。ロボの周りを囲むようにして、無数の柱が立っていく。


 輪郭がだんだんとおぼろげになっていき、やがてただの光にしか感じられなくなる。そして、その光はだんだんとその形を変えていく。縦に長くなり、前後の幅は短くなって――そう、その形はまるで人間のように……。


 文字が弾けて消えた。光が収まり、その姿がじょじょに見えてくる。

 白い、簡素なベールと外套で装飾はほとんどない。そう、それはまさにそのままの――人間だった。ヴァンよりは少し身長が低いだろうか。白い髪と、青緑の瞳。そして何より、髪は長かった、そして胸が膨らんでいる。そう、彼は……いや彼女は、女だった。


 そしてその、この上ない美しさをたたえた少女は――泣いていた。狼から姿を変えたことで、感情がダイレクトに表へと出てきたのだろう。


「あ……」

「見とれたか?」

 涙がツーっと、頬を滑り落ちる。絞り出したような声で、精一杯の強がりを見せた。涙のせいで震えがちな声だったが、それでも十分に綺麗な音だ。


 ヴァンはこたえる。

「人間になれるだろうってのはなんとなく想像してたんだけどな……まさか女だったなんて」


 里での、狼ではとても造れないような建物を見たときからうすうす感づいてはいた。だが、それでもずっと男だとばかり……


「我は女だ。人間的には私というべきか? この姿になるのは久方ぶりでな、少々疲れる」


「でも……なんで今になって?」

 努めて涙については言及せず、会話を続ける。


「これから背中を預けて戦うんだ。秘密はなくしておきたかった。それに……私なりの覚悟を示したのだよ。もっとも、普段は狼の姿でいるがね」


 次から次から、ボロボロと涙が溢れてくる。見た目には幼い少女の涙は……見ているのがとても辛いほどに痛々しかった。


「そ……そうか。ありがとう」


 心からの感謝だった。もう後には退けない。ロボも、もちろんヴァンも。


「もう半端なことはしねぇ。やってやる」

 視線が交差する。


「良い決意表明だと思う……今日ほど悔しいのは久しぶりだ。命をして戦おう……我も、な」


 悲しみと、失意と、そして何より決意に満ちた瞳で……二人は頷き合った。

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