第13話 決着

 立ったまま動かないブラウに対して、一気にリンが距離を詰めた。銃口の前に魔法陣が何重にも展開され、照準がブラウへと向けられる。


 しかし、そのよこをするりとブラウが通り過ぎた。


 視界の端で、うっすらと光って見えたのは――剣に刻み込まれた古代文字。


――加速術式の……刻印?


 武印道ぶいんどう、武器に古代文字の刻印を施して術式を簡略化する技術だ。リンやブラウの、対象を斬った際に発火する能力もその一種である。術式が始めからあるわけだから、後はそこに魔力を流し込んでやるだけで済む。


 慌てて振り返ろうとするリンだったが、それよりも速くブラウは術式を編み終える。剣先をリンの背中へと触れさせ、魔法陣が展開。大きな破裂音と、赤い光が漏れる。煙の独特な臭いと共に、リンが前方へと吹っ飛ぶ。


 しばらく転がった後で、苦しげに呻く。背中側の服は円形に焼けていて、皮膚もただれている。肉の焼ける臭いが鼻につく。

「くそッ!」

 ダライニが加速。


 真っ直ぐブラウ目指して走る。それを正面に見据えて、ブラウはうっすらと笑う。


「怒りに我を忘れて飛び込んでくるか……人の血も吸えない吸血鬼が……!!」


 口の端をゆがめて、全てを見下すかのような嘲笑。

 ブラウは剣を使い、正面に十字架を切る。その瞬間、ヴァンは悟った。動かない体で、だが目だけは必死にダライニを視界に入れて。死ぬ、とそう悟った。


「ダライニッ――――――!!」


 体の内から溢れんばかりの絶叫が漏れ出る。

 減速する世界の、そのまっただ中で。ダライニの、諦めない、だが死を確信した瞳に。ヴァンは叫ばずにはいられなかった。


「召されなさい」

 ヴァンとダライニの目が合う。息を飲むヴァン。空間を斬った十字架が、神々こうごうしいほどに輝きを放つ。

 昏いオーラを纏い、鋭利な爪を振りかぶって――――ダライニは十字にその身を切られ……燃えた。


 それを、焼けた痛みに顔をしかめながら立ち上り振り返ったリンの視線が捉える。

「な…………」

 スッと、リンの顔に闇が落ちた。


「ブラウ……ブラウ・シーニ・ビスク――!!」

 ニタリ、ブラウはリンに見えるように嗤う。昼間とは言え、ダライニをたった一人で倒したブラウの実力は桁違いだ。

「やめろリン!」

 たまらずヴァンが叫ぶ。だが、その声は最早リンに届かない、かに思えた。


――これ以上死ぬな。逃げろ……お前は死ななくても…… そう言いかけたヴァンの視線の先


 リンは走らなかった。てっきり突っ込んでいくものだと思っていた予想を裏切って、静かに語る。


「それが……貴方の正義ですか……私が夢見て、背中を追いかけ、憧れた男は……正義のあり方も分からないクズだったのですか……!!」


「依頼があるから、それを遂行する。それが私の正義ですが?」


「対象の話も聞かずに遂行される行為が……正義であるものか! 貴方も知らぬわけではありますまいッ。この国で制定されている法律の内容を……! それとこの行為が――」


「それを言うことは許しません。都合が悪い。分かるでしょう」


「だからです!」


「そろそろ……無駄話を止めにしませんか?」


「無駄などではありません」

 ちらりと、今まさに燃え尽きようとしているダライニの亡骸を見やる。


「無駄ですね。そんな戯れ言など……取るに足らない」

「クッ……」

 恨むようにブラウを睨み、手に持った銃にギュウっと力がこもる。だがそれでも尚――ダライニを殺されヴァンを捕らえられ自分の話を無駄だと切り捨てられ……それでも尚リンはブラウを『貴方』と呼んだ。ずっと憧れてきたのだ。その憧れを、尊敬を、この短時間では捨てきれなかった。


 だけど……いやだったら。その想いを銃に込めて、全身全霊をかけて――ブラウを討つ。


「貴方を……ブラウ・シーニ・ビスクを、ここで討たせて頂きます」


「いいでしょう。君程度の腕で私を葬れるなら……やってみなさい。新人が……ハンターを舐めないことです」


「リン・クーラ・カーランド――――参る!!」

 走り出すリンに、慌ててヴァンは叫んだ。

「やめろリン! お前が死ぬ必要は……」



「黙れヴァン! これは……私の戦いだ」



 私と……私が背中を追ってきた者との、戦いなのだ。

 最早、ダライニもヴァンも関係ない。なんとしても、この人だけは……自分が殺す。


 銃弾が宙を滑る。剣が閃く。

 術式の構築と……対抗しての防護術式。聖術と、銃弾と、剣術が入り乱れる。


 振り下ろされた剣を銃で防ぐ。距離を取るブラウに対して発砲するが、術式で防がれる。


 ブラウの剣に刻印された文字が光る――魔力が注がれたのだ。

 それを視認すると同時、バンッと銃を左手で叩く。銃身の丁度真ん中で、魔法陣が展開された。加速術式、固有名称『セプトかぜ

 リンを包むように、一瞬風が吹く。展開完了。

 まずは右に跳ぶ。先ほどまでリンのいた位置に、ブラウの剣が振り下ろされていた。


 空中で体をひねり、照準と同時に発砲。しかし避けられる。


 地面に足が着く。ブラウが距離を詰めてきた。向かって右下から弧を描き振り上げられた剣を銃で防ぐが、その瞬間に左手を掴まれた。ブラウが一歩後ろへ下がり、腕が伸びきった状態になる。



 ボタボタボタ……


 左腕の肩から下をブラウが斬った。綺麗に切断され、リンの腕はブラウに握られていた。


「くぁ……ああああああぁぁぁ!!!」

 今まで味わったことのない痛み。脳の容量を、感覚器官の情報量を優に超えるのではないか。殴られた鈍痛も、骨が折れた痛みも、皮膚を斬られた痛みとも違う。痛い、痛い痛い。そして……熱い。


「リン――――ッ!!!」


 ヴァンの、今にも泣きそうな顔での喉が引きちぎれんばかりの絶叫。眼球がせり上がり、首の筋がこれでもかというほど強調される。

 左手に握る肉塊を放り捨てたブラウは、もう立っているのさえ苦しげなリンへと踏み込む。細身の剣の、その切っ先を腹に突き立てて――――貫通。


 赤い、赤い血液が噴き出る。血塗られた剣は、まるで血を喰らっているようで……。

「フッ……」

 笑ったのは……リンだった。

「何が――」

 おかしい、そう言おうとしたブラウの足下。地面にリンは発砲した。

ディ・エクサクタばくはつせよ!!」

 そこを中心に魔法陣が形成。

「自爆を――!!」


 驚愕に目を見開き、叫ぼうとして――――爆発。

 爆風も熱も、魔法陣の外には漏れない。全て、その内部でエネルギーは使用される。そうして、男女の戦いは決着した。相打ち。リンからすれば――健闘。しかしそれは――




「リン……ダライニ……嘘、だろ……? あぁ……あああああああ!!」 ヴァンにとっては、大切な者をまた失っただけだった。


 ロボはもう何も言わず、ただ目を伏せた。

 周りを取り込んでいた軍の兵士たちは、場の後始末をする者とヴァンたちを運ぶ者とに別れて行動した。

 馬車に乗せられたヴァンとロボは、もう一言も喋ることなく、ただただ体を揺らすだけだった。


「なあ、騎士団のハンター、死んじまったけど良かったのか?」


 目の前の――見張りだろう――兵士が、右となりの兵士に訊く。


「ハンターだったんだ。俺たちが危険を起こしてまで手助けする必要はなかったさ。結局仕事はしてくれたんだ。それでいいだろう。俺たちは誰も死ななかったんだしな」


「それもそうだな」

 そう言って、二人は心底愉快そうに笑い合った。


 頭のねじが飛んでいるのか、ヴァンは本気でそう思った。あの光景を見て笑い合えるほど、この男たちの頭は麻痺してしまっているのだろうか……。

 暗澹とした気持ちが、一人と一匹を包んでいた。

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