第9話 後の相棒
ヴァンが『彼』と出会ったのは、それから一年が経った頃だった。
ここ最近少なくなってきていた
背中には拾った枝を入れるための籠を背負い、手頃な大きさのそれを見つけては投げ入れていく。
時々腰が痛くなって、大きく伸びをした。
しばらくそんなことを続けていると、ふとあることに気付いた。周りを見渡して一言。
「どこだここ」
結論、ヴァンは道に迷っていた。調子に乗って奥まで入り込んだのが運の尽き。
右を見ても左を見ても同じ景色に見える。規則性のない間隔で立つ木々は太陽の光を遮り、不気味な雰囲気を醸し出す。
一瞬で焦りが頭の中を渦巻く。マズイ。こういった場合どうすればいいのかを、ヴァンは知らなかった。
しばらく考え込んだ後、ひとまずは自分が今まで向いていた方向とは逆に向かって歩き出す。背中に背負った籠にはかなり枝が入っているから、もう戻っても問題ないだろう。もっとも、戻れるかどうかは分からないが……
身をかがめ、ツタを切り、倒れた丸太を乗り越えて歩くこと数十分。足の筋肉が疲労感を訴えだし、精神的にも疲れを感じだした頃、回りの景色と比べて明らかに異色な存在を見つけた。
それは純白の狼。緑と茶色が支配する世界に、唯一の白が静かに横たわっていた。
それはなんだか神聖な雰囲気を持っていて、一瞬ヴァンは近づくのを躊躇ってしまう。少しの間固まっていると、うずくまっていた狼が僅かに動き苦しげに呻いた。
慌てて近づくと、今まで死角となっていた場所が出血しているのが分かった。白い体毛を紅く染め上げる怪我は大きい。人間でいう太ももの部分を何かで刺したらしい。このままこの場所で放置すれば、間もなくして死んでしまうだろう。餌も取れなければ、動くこともままならない。若干ではあるが、既に体温も下がりつつあった。
本来なら保護して小屋まで連れ帰るべきだろうが、生憎自分も迷子。
どうするべきかと思案するヴァンの耳に、不意に声が聞こえた。
「少年よ、少し手を貸してはくれないか」
一瞬、それがどこから聞こえたのかが分からなかった。目の前の狼を凝視すると、軽く瞼を開いた狼と目が合った。
「喋れるのか?」
訝しむヴァンに、眼前の狼は頷いて見せた。
「我は誇り高き白狼。人語を操るなど造作もない。頼みがある、聞いてはくれないか?」
「も……もちろん」
自分の置かれた境遇など考えず、ヴァンは反射的にそう答えていた。
「見ての通りだ。我は動けない。我を抱いて里まで送り届けて貰いたい」
「里?」
「ああ、
「分かった。やろう」
どのみち、このまま一人でいても迷子だ。せめて目的地があるだけましだろう。
狼に手を伸ばし、ゆっくりと抱きかかえる。そこで唐突に、白狼が言った。
「少年、お主は吸血鬼……いや違う。だが人間でもない。何者だ?」
ヴァンは言葉に詰まった。なんと言うべきか。
そもそもどうして、この狼はそんなことを言うんだ? 何かが分かった様子だった。だとすれば、嘘を吐いて疑われても面倒か……?
数瞬悩んで、ヴァンは答えた。
「俺は……ハーフなんだ」
ほう……と狼が唸る。
「ハーフ、混血か。珍しいな。どおりで触れるまで何も感じなかったわけだ」
「どういうことだ?」
いつでも放り出して逃走できるよう、軽く心構えをする。
「知らないのか。まあ無理もない」
うっすらと笑って、狼は続けた。
「我々白狼は、別名聖なる狼とも呼ばれる。一言で言えば、吸血鬼やグールの天敵だな。性質上相反する存在として、或いは恐怖を感じる存在として認知される。故に、相手がそういった存在ならすぐに分かるし、相手も気付く。まあもっとも、我々は好戦的な一族ではない。それに、助けてくれた恩を仇で返すほど落ちぶれてもおらんしな」
「つまり……敵ではないんだな?」
「そう身構えるな。元より我はなにもできないさ」
「そ、それもそうだが……」
ゆっくりと、なるべく狼に負担が掛からないように歩き始める。
「基本的に、魔なる存在が我々に触れる、場合によっては近づくだけでもダメージを受けるのだ。お主にそれがないのは……ハーフであるからだろうな。本来ならばすぐに襲われることも珍しくはないのだよ」
「なるほど」
そこを右だと言われて、その通りに曲がる。目印一つないのに、なぜ道が分かるのか不思議でならなかった。
「ところで少年。なぜこんなところに?」
「迷子だ。
「フッ、そうかそうか」
「笑うなよな。捨ててくぞ」
「バチが当たるぞ」
冗談めかして笑うが、神聖な雰囲気を持っているだけに冗談っぽくない。
「はぁ……」ため息1つ。「言い忘れてた。俺はヴァンだ」
「ヴァンか。良い名前だ」
定型文じみた感想を漏らす。
「お前は?」
「ロボだ」
「変わった名前だな」
「狼だからな」
ロボはにやりと笑い、ヴァンを見やる。そうして身をよじると、顔をしかめて痛みに喘ぐ。手に伝わる温かさが、だんだんとぬるくなっていることを感じていた。
「後どれくらいなんだ? もちそうか?」
依然として見える景色は変わらない。
「まもなくだ。我を誰だと思っている。このくらいで死にはせぬ」
――俺がいなかったら死んでたくせに。
心中で恨み言を吐きつつも、ヴァンは歩く速度を速めた。腕の中で死なれては、流石に目覚めが悪い。
「なあ」
「なんだ? 怪我をしている狼にわざわざ喋らせようとするとは、よほどの用事なのだろうな」
――ホントに放り出すぞコラ。
ふつふつとこみ上げる怒りを抑え、ヴァンは問いかける。
「お前の言う里ってのは、人間社会にどの程度認知されているんだ?」
「ごく一部しか知らない。一般人を始めとして、吸血鬼や軍の人間でさえ、我々の存在すら知らないだろうな」
ふと、疑問が湧いた。
「ならなんで、あんたらを見つけると同時に吸血鬼は襲ってくるんだ?」
存在を知らないのであれば、相手が自分たちに害するものであるかどうかは分からないはずなのに。
個体によるが、と前置きをしてロボは答える。
「気付く、と言っただろう? 本能で分かるのさ。自分たちにとって危険な存在である、とね」
そこまで聞いて、ヴァンは自分がロボに対して抱いた躊躇の理由が分かった。あの神聖な感じも、近寄りがたいと感じたことも、それで説明が付く。
つまり、自らの持つ吸血鬼としての本能が、恐怖を感じる存在だと判断したわけだ。その存在そのものが、自分に対して害悪であると。
だが生憎、ヴァンは
「その、溢れ出すオーラみたいなの、コントロールできないのか?」
「できなくはない。常時放出されているエネルギーを、体内に留めれば良いだけだ。ただし労力に見合わなくてな。精一杯努力して数十分、といったところか」
怪我をしているくせに、随分平然と答えるものである。
「一応抑えることはできるんだな……」
「なぜそんなことを訊く……?」
「ああ、いや実は――」
「待て、着いた。先に入ろう」
ロボの声に反応して足を止めるが、そこには何もない。ただ今までと同様に、無秩序に木が並んでいるだけだ。
「入るって……穴でも掘るのか?」
「
「え――?」
ヴァンが抱えたロボを見ると同時に、それは始まった。
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