第6話 運命の分かれ道

【国境なき騎士団】――通称ギルド。


 その規模は大きく、今や国際情勢に大きく影響を与えるまで成長した。


狩人イエーガー】【義賊シーフ】【浄化者ストーカー】【伝達者スカウト】【賢者セージ】など、様々な分野に分かれる非政府組織である。


 その存在目的は、政府や国家に縛られない自己の正義による大衆の保護と、利己的利益の追求。世界中から有能な者を集め、時に訓練施設で、時にスカウトで、ハンターとなる者を集める。


 ただしその反面、各国家からの反発も多いのが現状だ。場所によっては問答無用で拘束することもあるし、その場合ハンターは主に自力での脱出を強いられる。国家情勢に左右されないとは言っても限度があり、大衆や一部国家からの圧倒的支持により辛うじて現状を保っているのもまた事実である。


 そして、リンはそのギルドの浄化者。

 吸血鬼やグール、或いは鬼にスケルトンといった怪物――のうち霊的なもの――を扱う部門である。

 同じく魔獣や害獣といった怪物を相手にする【狩人イエーガー】との獲物の境界線は曖昧であり、度々衝突があるのはあまり知られていないことだ。



 室内には張り詰めた空気がたちこめていた。ゆっくりと、リンが口を開く。雰囲気とは裏腹に、内容は簡潔だった。


「くだらないな」

――「え?」


 思わず、ヴァンは聞き返す。


「戦う目的が、力を欲する理由が復讐などと……安直だと言っているんだ」

 一瞬、リンの言っている意味が分からなかった。


 いや、理解はできた。たしかに、復讐など何も生まないだとか、そんな悲しいことはやめろだとか、そう言われるのは予想していた。

 だが、『くだらない』――とは。


「親を殺されたことが、お前にあるのかよ。その気持ちが……分かるのかよ」

「分からないさ」人との会話はあまり好きじゃないんだけどな、とリンはそう思いながら答える。やけにあっさりと。そして、更に続けた。


「親とは顔を合わせたことすらなくてな。孤児だったんだ」

 ヴァンは怒りに震えた。自分が怒っているのだと気付くのに、少しかかった。この二日、怒りを覚える暇などなかったから、自分がまだ怒れるのだという事実に驚いていた。


「だからだろ。だから……親を殺された奴の気持ちが分からないんだ!!」

 対するリンの声は、平坦だった。


「分かるわけないだろう。そしてそれは恐らく、世の中の半数以上が分からない」

「ああ、そうだろうさ。そんな経験、なかなかないだろうよッ!!」


 叫ぶヴァン。

「だがダメだとは言っていない。勘違いするな」

「あ?」


 今にも噛み付きそうな勢いのヴァンだが、リンはしっかりと彼の瞳を見つめていた。


「戦う理由としては他に劣ると言っただけだ。ダメだとは言っていない。むしろ、当然なのだろうな」

「…………」


 リンの真意が見えず、ヴァンは戸惑っていた。


「すまない。彼以外の人間と話すのは久々でね。交渉術を専攻したと言ったが、こちらが喋るのは得意じゃないんだ」

 それは致命的ではないのか。そう問いたくなったが、やめておこう。

「前置きが長くなったが、つまるところあれだ。私は、君に協力してやろうと思う」


 ヴァンは思った。

――どうしてそうなった。

 と。


「決断は話をしっかりと聞いてからになるが、君の目的は私の正義に反さない。故に、協力してやろうと思う」

 突飛な発言だ。だからこそ、ヴァンは問わずにはいられない。

「正義って……犯罪だぞ?」


 そう。

 いかなる理由があろうと、やろうとしていることは殺人。犯罪だ。それに『正義』とは……あまりにも正反対ではなかろうか。


「法律に反するのと、悪であるのとでは話が違う」

 おもむろに、リンはそう言った。


「なぜだ?」

「一つ質問をしよう。人の物を盗んでいけない理由は?」

「え……えと……」

 思わず言いよどむ。


「じゃあ、人を殺してはいけない理由は? 殴っていけない理由はなんだ?」

「法律に……反するから?」

「不十分だな」

 リンは言い切った。


 まさしく言葉通りだった。不十分なのだ。なぜなら――

「法律ができたのは、その行為が『悪』だったからだ。決して、法ができたからその行為が『悪』になったわけではない」


 つまり、その行為を『悪』とし、行ってはいけないとする理由に『法に触れるから』では不十分なのだ。

 何か他に、『それをしてはいけない』理由があるからこそ、法ができたのだから。


「なる、ほど」

「そしてもう一つ。『悪』であることと『正義』であることは同時に成り立つ」


――「え?」


「つまりだ、ことこれが戦争で、殺さなければやられる状況なら……お互いがお互いの、正義の名の下に殺しあいをするだろう。そして、それらは正当化される」


 たとえ人を殺していても、相応の大義名分と状況があれば――犯罪とされていることは正当な行為へと化ける。

 この時点で――仮に人殺しを悪とするならだが――『悪』と『正義』が同時に成り立ったわけだ。


「そして、ここからだが」

 前置きをして、続ける。

「復讐は法に反するが、それが不義であるとは言い切れない。そしてそれが善であるか悪であるかもまた、現在では判断できない。と、騎士団ギルドは判断する」


 故に、騎士団は個人の正義の下に行動する原則がある。

 何を信じるか、何を善とするか。それを決めるのは、政府ではない。


 法は万能でないが故に、その裏にある理由は考慮されない。例えばそれが誰かを助けるためだとしても、法に触れれば罰せられる。当然のことだが、それでは納得しない者たちがいた。それが、国境なき騎士団。

 構成員は、己が正義のために行動することを許される。そしてそれは、リンが、本来討伐対象であるはずの吸血鬼と行動を共にしている理由であった。人に害を為さないのなら討伐する必要はないし、グールを倒しているのはむしろ非常に善行だ。


「そして少なくとも、不当に両親が殺された可能性があり、かつ自分をも巻き込まんとするものなのであれば、復讐の理由としては十分だ。私は、それが正当である限り君を支援しよう」


 この場合においてたしかなことは、軍の行動に少なからず『不義』或いは『悪』があったことだ。そしてそれは、かなり大きい可能性が高い。


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