第4話 とある少女の旅立ち:リン
――――《リン》――――
少女は、教会で孤児として育った。特に意識もせず、てっきりこのまま無意味に生きて死んでいくのだろうと思っていた。
転機は、教会がグールに襲われたことだった。人肉を喰らう、腐敗した
その時、彼が現れた。
教会に押し寄せた五体のグールを一瞬で葬り去った、
記憶はおぼろげで、しっかりとは思い出せない。だが、あの時起こった美しい戦闘を、少女は未だに忘れていない。
「私は
神父のような服装だが、色は統一して黒だった。首元から提げた十字架のネックレスがきらりと光る。
一目見て、少女はカッコイイと思った。
彼らの乗る飛空挺は国家間を飛び交い、国や個人の依頼、或いは独自の正義のために行動する。
ブラウは、自らの十字架に手をやる。握りしめ、鎖ごと引きちぎると
少女は思わず目を瞑る。手で光を遮り指の隙間から覗くと、白く輝く細身の剣が見えた。簡素な剣だ。だが、そこから放たれるオーラが、その力を物語っている。
少女の後ろには教会のシスターや子供たちがいる。間にブラウを挟んで、五体のグールがゆっくりとこちら側に近づいてきている。
ゆっくりと、ブラウもまた歩き出した。
対するグールは、腐敗臭を放ちながら変わらぬペースで動いている。ところどころ肉のこぼれ落ちた部分や、眼球の落ちた者もいる。口から
一体が歯をむき出しにして、ブラウの首筋に噛み付こうとする。それを軽くいなし、胴体を両断する。腐敗し柔らかくなっているとはいえ、凄まじい切れ味だ。
しかし、グールは
では、どうするのか。
簡単な話だ。灰にしてしまえばいい。
剣で斬った部分から炎が立ち上り、一瞬でグールの体全体を包み込む。
斬った部分から発火する、随分と特殊な剣だ。
彼を危険と判断したのか、残る四体のグールが一斉にブラウへ襲いかかる。
一体を蹴り飛ばし、背後から乗りかかってくる一体を
左から口を開いて飛びかかるグールの首筋を掴み、そのまま剣で頭を穿つ。
そして、発火。
蹴り飛ばされた一体が起き上がるが、その直後に首が飛ぶ。
鮮やか、その一言に尽きた。
流石、専門職というだけはある。
剣は鎖の付いたネックレスへと変化し、再度首元へと戻った。最後に少女へと微笑みかけ、彼は教会の敷地から出ていく。
お礼を言おうとしたシスターの一人が走り寄るが、それを片手で制して会釈を一つ。
「お構いなく。
少女はこの時決意した。ここを出たら、
理由は単純明快で、かっこいから、だ。人を助け、それを当然のことと言えるだけの強さを持ったハンター。
自分も、そうなりたいと願った。彼が輝いて見えたから。
一生この小さな村と、周辺の町しか知らず生きていくのは御免だ。世界を見て回るのだ。飛空挺に乗り、島々を回り、苦しむ人を助けるのだ。
少女、リン・クーラ・カーランドは夢を抱いた。
そして、数年後――
いつか見た紳士風の服に身を包み、リンは十字架を首に提げた。
胸元のポケットにトランプを一枚入れる。数字はなく、両面に『裏』が印刷されたカードだ。ギルドで情報伝達のために使われる物で、
つまるところ、リン・クーラ・カーランドは
北方の大国。その領土内にある本部の一室を出たリンは、そのまま飛空挺へと乗り込んだ。
ここを出れば、もうしばらくは帰ってこない。初仕事だ。ここまで、色々と大変だった。無理矢理飛空挺に乗り込んで、訓練施設に潜り込み、追い出され――――まあ、色々あったわけだ。
だが、四年の歳月をかけてついに夢は叶った。
未だブラウ・シーニ・ビスクには出会えていないが、いずれまた出会えるだろう。
風を肌に感じながら黄昏の空を見上げていると、飛空挺が遂に浮遊した。徐々に高度を上げていく。
ビビッ ビビッ ビビッ
胸元のカードが鳴った。取り出し中央に指をかざすと、そこを中心に光と文字が走る。これで『応答した』ということになる。
『
「リン・クーラ・カーランド、了解。通信を切断します」
カードを二回振ると、走っていた文字が消え、通信が途絶える。
「ハァ……」
深くため息を吐くと、白いモヤが宙に消えた。
背後を振り返り、船室へと向かう。カードを胸ポケットへとしまい、胸元の十字架へと触れる。冷たい質感が皮膚へと伝わり、外気温とも相まって脳を冷やしていく。
船室へと入ると、室内は思ったよりも暗かった。
睡眠を取るなら最適だが、船室としてはどうなのだろうか。そんなことを思いながら隅っこまで歩き、膝を抱えて座り顔を
しばらくすると、睡魔がリンを夢へと誘った。
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