第3話 同族との出会い

 翌日 深夜


 軍で一夜を過ごした後、ヴァンはとある墓地へと送られた。渡されたのはただ一つ、今身につけている黒いフード付きのローブのみ。

 ナイフの一つくらいくれても良さそうだが、そう甘くはないらしい。


 暗い墓地の中を、ヴァンはゆっくりと歩いていた。頼りになる光は月明かりのみだが、ヴァンの目にはそれで十分だ。

 古い戦死者から、この近郊の村人まで、埋葬されている人はさまざまだ。数は相当に多く、端から端までを見通すことはできない。

 遠くで鳥の鳴く声がして、北風が木々の葉を揺らす。


 立ち並ぶ墓石の前を歩いていると、不意に地面が揺れた。驚いて下を見ると、どうやら揺れたのではなく盛り上がってきているらしい。

 数歩後ろへ後ずさると、その場所から手が出た。自らの体を持ち上げるようにして出てきたのは、腐敗臭を放つなにか。腐った肉と、そこだけは頑丈そうな歯。変色した肉体は、典型的な不死者アンデットだ。


「お、おいおい……冗談でしょうよ」


 無理矢理にでもナイフを持ってきておくべきだった。というか、アレにナイフは利くのだろうか。流石に、ここで死ぬわけにもいかない。

 ヴァンは踵を返すと、全速力で駆けた。


 シャレにならない。墓場に化け物が出るなど聞いたことがないし、そもそも自分はここで何をすればいいのだ。たしかに死者を埋めるのはここで合っているが、ここに埋められる気は毛頭ない。

 そもそも、自分が死んだところで弔ってくれる人間などもういないのだ。火葬されるなら良い方だが、場合によっては心臓に杭を打ち込まれることもあるだろう。最悪、水に沈められることだって……


 背後を振り返る。


 幸いにも、あの死体もどきは走れないらしい。距離がかなり開いている。ほっとして視線を戻すと、今まさに土から産まれた死体が二つ。


「ああ……これ俺狙われてんのかね」


 墓石の間を通り抜け、一つ向こう側の通路に出る。とりあえずはこのまま中央へ……と、その道を塞ぐようにまた一体。

 もう一つ向こうの通りに出ようと視線を動かすと、盛り上がる土が墓石の間から視認できる。


「うっそぉ……」


 仕方なく背後を振り返るが、塞がれていた。

 左に一体。通りの向こうに二体。背後に二体と、右に一体。囲まれた。

 右に走る。襲われる前に頭を蹴り飛ばせば、そちら側に逃げられるかもしれない。地面を蹴って宙に浮き、脳天目がけて繰り出された蹴りは、しかし空振りだった。そのままの姿勢で地面に落ち、下半身に鈍痛が走る。

 ヴァンは見た。自分の蹴りが当たる直前、アレの頭が爆ぜたところを。

 細かい肉片となって散らばっているのは、恐らくさっきまでの死者だ。では、誰がこれをみじん切りにしたのか……

 その答えは、すぐに分かった。


「大丈夫か、少年。全く、なぜに最近グールが増えてきたのか……」


 声は背後から聞こえた。跳び蹴りをかました後だから、先ほどまで自分がいた方向になる。

 振り返ると、白髪の男が立っていた。歳は分からないが、かなり老いている。高身長で肌は白く、若干不健康そうにも見えた。


「い、今どうやったんだ?」


「神通力、知らないのか。この暗さで走り回れるとなれば、君も吸血鬼だろうに」


 落ち着いた声音だった。そして言葉から察するに、彼は自分の会いたかった吸血鬼だ。


「吸血鬼……いや、俺は、厳密に言えばダンピールと言うらしい。まだ何も分かってないんだ。なあじいさん、俺に色々教えてくれないか?」

 吸血鬼に教えを請う。それが、ヴァンがここに来た目的である。


 帰ってきたのは、苦笑。


「少年よ。吸血鬼といえども常識はある。墓場で出会った得体の知れぬ吸血鬼、それもダンピールにものを教えるなど有り得ないことだ」

 前方から二体、化け物が迫ってくる。グール、というらしい。

 それらに向かって片手を払うと、一瞬で細切れになる。老人の腕を囲むように、宙に描かれた文字の羅列。それがなんだかは分からなかったが、なにか特別な雰囲気を放っている。グールからあふれ出た体液が、そこらじゅうに散らばった。臭う。


「そこをなんとか頼めないかな。身寄りもなければ知り合いもいない。吸血だってしたことないんだ」


 男の眉がピクリと動いた。


「少年。吸血をしたことがないと言ったな。動物の血を飲んだことは」


 一瞬戸惑ったが、素直に答える。


「ないさ」

 そうか、と男が返事をする。

「名前は?」

「ヴァン。ヴァン・オリエンタだ」

「私はダライニ・カスタリスという。ここらで細々と暮らす老人だ。付いてきなさい」

 墓石の間を通って、グールが二体寄ってきた。


「その前に、奴らの処理をしよう」

 手をかざすと、二体いっぺんに吹っ飛ぶ。墓石に体を打ち付け、仲良く潰れた。やはり一瞬、老人の手の周りに文字が浮かんだ。

「す、凄い……」

 素直な感嘆だった。

「これでも、腕には自信がある」

「そういえば、向こうにもう一体……」

「いいや、それはもう彼女が処理しているだろう。さあ、行こう」


 ダライニは心底驚いていた。見かけだけの判断だが、ヴァンはもうそれなりの歳であるはず。にもかかわらず吸血の経験がなく……力の一つも知らない。

 吸血。吸血鬼が生きていくのであれば、間違いなく必要な行為だ。それによって得られる養分は計り知れず、ある程度飲めば、何も食べなくても一週間は生活できるほどである。それに、吸血鬼として扱う力も大幅に強化されるのだ。


 たしかに混血であれば、吸血は必須ではない。食物からでも、生きていくだけの養分は摂取できる。

 だがいくらそうでも、あまりにも知らなさすぎる。産まれながらにして独りだったのならば本能的に、家族や知り合いがいたのならそこから、何かしらのことは学ぶはず。

 だとしたら、考えられることはただ一つ。


 親――或いはその他の共生者――が、意図的にその事実を隠そうと育てた。


 そのようなことが、あり得るのだろうか。

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