第2話 囚われし者の決意

 数時間後 軍施設 地下


 麻布の服は薄く、深夜の寒さを防ぐには不十分だ。鉄格子で閉ざされた狭い地下牢で、ヴァンは膝を抱えて座っていた。

 吸血鬼……ダンピール……。知らない単語だが、それについて考えるには脳のキャパシティが足りなかった。


 立ち上る炎。あふれ出る血液。穿たれた両親と、燃えていった人々。それが頭の中をぐるぐると回り、実物の痛みとなって脳を揺らす。

 床の一点を見つめて、身じろぎ一つせずに固まっていた。眠れようはずもない。せめて眠れれば楽なのだろうが、それができるほどヴァンの心の傷は浅くなかった。


 どこからか現れた小さな甲虫が一匹、視界を端から端まで通り過ぎる。

 未だに現実味がなかった。リアリティがまるでない。


 光のほとんどない室内でも、ある程度不自由なく見通せる。地面の溝がくっきりと分かる程度には、視覚が機能していた。

 もう一匹、甲虫が目の前を通り過ぎる。しかし今度は、待ち伏せしていたトカゲに食べられていた。


 光のない瞳で床を見つめ続け、はたしてどれだけの時が経ったのだろうか。時間の感覚がなくなった頃、靴底が地面を叩く音が響いた。階段を下りた音が、徐々にヴァンの元へと近づいてくる。


 キキキ……と鉄格子が開いた。


 顔を上げると、軍服に身を包んだ男が立っている。その背後には、物騒にも武器を構えた人間が数人待機している。


「お前のせいで、こちとら夜通し会議だったんだ。迷惑な話だよ。出てこい、これからの話がある。まだどうせ吸血鬼としての力もないんだろ? といっても、お偉いさん方の言うことは信用できないけどな。なんでこんな……いつ襲ってくるともしれないバケモンを――」


「おい、そのへんにしておけ。聞かれたら面倒だ」


「あ、ああ。すまん」


 恨み言を漏らした男の顔には、濃い隈が刻まれていた。全身から疲れがにじみ出ているが、ヴァンの知ったことではなかった。

 話の半分も理解できなかったが、どうやらまだ生かしてくれるらしい。『これからの話』なのだから、いきなり処刑ということはないだろう。



 と、すれば。

 自分が行うべきことは一つだ。


――殺してやる。


 ヴァンは、静かに決意し腰を上げた。

 今は、戦うだけの力を手に入れなければならない。我慢、だ。




 地下牢から出て、狭い部屋へと通される。

 部屋の四隅には軍人がいて、中央に簡素な机と椅子。対面に座った男が指示すると、冷たい食事が運ばれてきた。

 食欲はない。


 半ば無意識に首を振ると、意外にもすぐに皿が下げられた。


「混乱しているだろうが、我々にも時間がない。端的にいこう。会議の結果、君をしばらくの間生かしておくことが決定した」


 会議の内容をまとめた書類に目を落としながら、その内容を読み上げる男。


「専門家の話によれば、吸血鬼とのハーフ、つまりダンピールは産まれながらにして対吸血鬼の才能を持っている。史実にもとづけば、前例は三件。いずれも彼らは優秀なハンターだったらしい。そこで、君には軍で対吸血鬼の戦士として働いてもらう。異論は認められない。村の一員として死ぬか、吸血鬼ハンターとして働くか、だ。選択権などないが、一応訊いておこう。どうする?」


 どうやら、うまい方向に話が転がったらしい。復讐のチャンスが、これでできることになる。


「やるさ。殺せばいいんだろう。やってやるよ」


「期待通りの返事だ。もう少しごねるかと思ったが、君が賢くて嬉しいよ」


 薄く笑って、男は席を立った。そのまま部屋の外に出る。声が中にも聞こえてきた。


「ああ、大佐。彼、やるそうですよ。楽に済んでよかったです」


「そうか。ご苦労だった」


 大佐……たしかレイリといっただろうか。彼が……指揮官。つまりは、仇。


 扉が開き、その大佐が入ってきた。


「やあ、数時間ぶりだな」


 レイリはにっこりと笑い、何事もなかったかのように挨拶をする。撫でつけられた金髪。間違いなく彼だ。

 なぜ、ただの客人に会うかのような雰囲気で、殺した男の息子に会えるのだろうか。全くもって理解できず、ヴァンは飛びつきたい衝動に駆られた。


 あの首を掻ききって、引き裂いて、父の無念を……村の皆の苦しみを分からせてやりたい。 だが、できないのだ。今の自分では、ただの無力な子供である自分には。


 それに、あの仮面の女やその他の隊員も皆仇だ。大佐一人殺したとしても、復讐にはならない。一人残らず、葬ってやらなければ。

 おもむろに、レイリが口を開く。


「君にはまず、吸血鬼としての力を身につけてもらわねばならない。これから単身、北東の農村付近にある墓場に行ってもらう。あそこなら、運が良ければ吸血鬼に見つけてもらえるだろう。そこで、吸血鬼としてのすべを身につけてこい」


 つまり、修行に出ろ、ということか。しかし、多大な疑問が残った。なぜ、いつ逃げるとも、裏切るともしれぬ自分を軍から外へ出し、あろうことか吸血鬼に会わせようとするのかが。だが、好都合であるのに変わりはない。


「わかった」


 強い光を宿した瞳。



 それを、レイリは見逃さなかった。



 銀髪をした翠眼すいがんの少年が、復讐を固く誓った瞬間だった。


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