エピソード6 虐待する人

 村人たちが異常に気付いた時には手遅れだった。

 集まってする作業にこない女衆がいたので様子を見に行った何人かが、ものが散らかり、あちこちに血がついた家の仲にものいわぬ彼女の姿を見つけたとき、加害者である夫は遺体の側で血に汚れたてで顔をおおってすすりないていた、

 何があったかは一目瞭然だった。なぜそうなったのかは誰にもわからなかった。この夫婦はとても仲のよい夫婦だった。

 村長は領主のところにいって裁定をあおいだ。領主は不在だったので代官が法にのっとり処刑を宣告した。

 村人は慈悲をもとめていたわけでも、厳罰をもとめていたわけでもない。この事態を収集する責任をとってもらいたかっただけだった。

 だから淡々と絞首台を準備し、殺した妻の側をはなれようとしない男をひきずって首に縄をかけた、

 ダイスケは目をあけた。汗びっしょりだった。

(ここはどこだ? )

 彼がまっさきに思ったことである。彼は確かに死んだのだろう。自分の頸椎が自重で挫ける嫌な音を聞いたような気がする。だが、受刑囚である彼が本当に死ぬ事はない。

 ここはゲームの世界。囚人たちはプレイヤーではない。ゲームの仲の雑魚盗賊やそこらの農民などいわゆるモブだ。死ねば別のモブに乗り移るだけで、延々死ぬと復活を続けることになる。

 ダイスケは暴力でしか気持ちを表せない男だった。思うようにいかなければ腕力でなんとかしようという頭の悪い男で、困った事にそれだけの腕力の持ち主でもあった。

 そんな彼でも順調な間はとてもやさしく、気のきく人物で、一時は妻子に恵まれ人はかわるものだと彼を知る友人たちには思われていた。

 変わってなどいなかった。誤解から始まった誤解のドミノ倒しの末に、彼は妻に重傷をおわせ、子供に障碍の残る怪我をさせた。執着心の強い彼は、出所したら文字通り自分の力で幸せだったくらしを取り戻すつもりだった。

 少なくとも、愛らしい妻を愛でる農夫に宿るまでは。

 最初はびっくりし、そしてしばらくは幸福だった。

 妻が人の変わった夫に怯えてしまうまでは。

 気がつけばまたやってしまった。この世界での最初の妻が死んだことはわかっていた。

 まただ。ダイスケはいらいらしながら立ち上がり、勝手のわからない家の中で手にふれたものにあたった。

 びくりと何かが怯える気配がした。

 この『新しい自分』が何者か、設定を読むことに思い当たったのはその後だった。自分にしか見えないメニューに、このいまの人物のあれこれが表示される。家族とその容姿、家の間取り、近所の人間付き合い。

 今度の自分は親一人子一人のやもめだった。とすればいまびっくりしていたのは子供か。

 十くらいの女の子だ。もうすぐ胸がふくらみはじめる年頃、目鼻は派手ではないが整っていて地味な美少女。元の人物は彼女を重荷に感じながらも世間体を考えて養っていたらしい。そして十三になったら奉公にだしてしまおうと考えていた。容姿からして誰かの手つきになるだろうけど、そこから後は自分でうまくやってくれと思っている。

 時々邪見にあつかったせいか、少女はあまり父親になついていなかった。

 なら、俺がしつけをしても問題ないよな。

 恩知らずで冷たい家族ばかりだと思っている彼の嗜虐性がうずいた。

 今度の彼も農夫だった。人口としては一番多いのだからまあ、だいたいそうなるだろう。

 作物はだいたい同じなので、道具の違いがのみこめれば大して難しくはない。

 畑仕事と入り会い地での間伐と薪割りは彼の担当、水汲み、つくろいもの、重要な家畜である絹蜘蛛の世話と、糸とり、機織りまでが娘の担当だった。二人とも忙しい。去年までは妻がいたらしいが、山を下りてきた飢えた魔獣に殺されてしまった。親娘はほとんど会話せず、忙しく働いた。

 ダイスケは怠け者ではない。二人とも忙しく勤勉に働いている限りは特に文句もなかった。次が今よりましとは限らないので、彼は何もなければ刑期がおわるまで一緒に働く気だった。娘を奉公に出す考えはなくなった。十三になって結婚できる年齢になったら、見所のある男を探して婿に取ればいいと思っていた。何が見所なのか、漠然としたイメージはなく、そのころには刑期もおわっているはずだったが。

 収穫を終え、税金分をおさめて冬声の食べ物を用意し、祭りの間に婿候補を探し、話をつけた彼は、娘にそのことを話した。

 返事は期待していなかった。彼女のためにやったことであり、感謝されて当然のことだからだ。

 だが、娘はきっぱりいやだといった。

「奉公にだしてくれるって話じゃなかったの」

「出さない。おまえのためだ」

「この嘘つき」

「親にむかってなんて口の聞き方だ」

 ダイスケはとうとう手をあげた。娘のほほを一つ、高らかな音をたてて張った。

 きっと娘の睨む顔に、彼はかっとなった。

 ほほを張る音が二つ、三つ。最後に拳で数発。

 十歳の少女の体は床に投げ出された。振り乱された髪がざんばらに顔にかかり、口元をぬぐいながらゆっくりおきあがるのをダイスケは踏みつけた。

「父さん、わすれたの」

 泣きながら許しを乞うかと思っていたのに、返ってきたのは冷たい言葉だった。

「この程度、あたしにはきかないって」

 ものすごい力で蹴り足をつかまれ、ダイスケはよろめいた。

 そしてそのまま突き飛ばされた。壁に背中をしたたかうちつけてうめき声があがった。

「ごめん、大丈夫? 」

 思わずかけよる親思いの娘。邪見に振り払うダイスケだが、受け止められてぴくりとも動かないので目を白黒させている。

「お、お前」

「父さん大丈夫? 」

 ダイスケは自分についての記録をあわてて見る、娘に関する記録に一言あった。「きわめてまれにいる超越者」「化け物」「母親が襲われたとき覚醒」などとある。どうせか弱い娘っこだと思ってちゃんと見ていなかった。

「あ、ああ」

「あたしが領主様の戦士団に見習いとして奉公にいくの。いけないこと? 」

 これだけ強ければ、十分務まりそうだ、

「男だらけのところだろう。女一人で行かせていいことはない」

 本当は労働力がへることが問題だが、それを正直に言うはずはなかった。

「あは、大丈夫よ。とっくみあいなら誰にも負けないわ。でも、それだけじゃ魔獣から父さんたちを守れない」

 どうしよう。ダイスケはこの娘を手放したくないと思った。だが、暴力でいうことをきかせることはできない。ひどく腹がたったが、それをおくびにもださなかった。

「寂しくなるんだよ」

 情に訴えるのは暴力をふるう前なので順序は逆だが、ダイスケにはそれしか手がなかった。

「ああ」

 少女はすまなそうな顔になった。

「ごめんなさい。そうだ、あたしあした村長様のところにお願いにいってくる」

「お願いって? 」

「父さんに新しい奥さんをさがしてあげてって」

「おい」

「だって、父さん一人じゃ全然手がたりないじゃない」

 その通りだった。だから出て行ってほしくなかったのだ。

「きょうの父さんみてあたし思った。じっとしてちゃいけないんだって」

 少女はにっこり微笑んだ。

「だから、なにもかもまかせて父さん。あたしが父さんたちをまもってあげるわ。だから村長様が紹介してくれる人と結婚してあたしを安心させてね」

 有無をいわせぬ響きがそこにあった。

 明日、村長のところにいって話すというが、そのときに彼の用意した話も解消になってしまうのだろう。

 ダイスケは、逃げ場のないなかで身悶えしかできないことを悟った。

「絶対死なせない」

 前世で妻を死なせてしまったその耳に少女の言葉がささった。

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