エピソード3 小悪党

「ムショだから、悪いことはいけません、なんて子供に言い聞かせるみたいなものかと思ってたんだ」

 ほろ酔いの小役人は機嫌良く語った。小役人といっても領主の俸給を受けているのではなく、日銭をもらって納税倉庫の下働きをやっている小者だ。

「ところがだ、けっこうこっちでも悪いことできるんだよな」

「まあ、盗賊団で暴れてるやつとかいるよな」

 一緒に飲んでいるのはこれまた服役囚で、危険地域での薬種採集や弱い魔物や害獣駆除などでくらしている、いわゆる下っ端冒険者だ。 

「そういうやつはどうなるね」

「だいたい最後はこれだな」

 下っ端冒険者はきゅっと首をしめる真似をする。

「そう、そうなるからそういう悪い事はわりにあわない」

「じゃあ、どういう悪い事がまかり通るんだ」

「娑婆じゃあ、利息の端数を自分の口座に集めたりすると御用じゃないか」

「うん、今はもうだいたいばれるよね」

「ここはそうじゃない。そろばんで計算し、帳面にかきつけるのだから、暗算が得意で記憶に自信があればけっこうごまかせるんだ」

「せこいな」

「ばかにしたもんじゃないぞ。がんばって読み書きも2にしたから、役人どもにも重宝されている。悪事だって小さいことからこつこつだぞ」

「やりすぎて雇い止めにならんようにな」

「そうならないために、書類の整理はばっちりさ。上役ども、何をどこにやったかいい加減なんでたまに横領やりすぎてつかまるやつがでるらしいし」

「横領? 手をかしてるのか? 」

「まさか。下手に加担するとしてないことまで押し付けられるじゃないか。彼らの横領の方法は倉庫から移動させるときに、送り状と出庫台帳の数字があわないってやりかただ。二重帳簿だよ。正しいほうの帳簿の数字をすばやく正確に出してやれば彼らもさすがに加減を心得るだろう」

「その数字をあんたがまとめてると」

「棚卸しもやってるぜ。だまってぬいたやつが出たときには即日数があわない報告をしてどこの村がいつ納税した何の在庫かも指摘したので、犯人の役人真っ青になってた」

「で、おまえさんは厳密に正直に管理しながらこまかいのをぬいてると」

「そういうわけさ。しょぼい悪だが悪は悪だろ」

「すげえな、お前。そんだけの能力あるのにもっとでかいことやらないのかい」

「目立っちゃだめなんだよ。注視されれば潔白な人間だって陥れるネタは一つ二つでてくるもんだ。そうならないようにして、地道にやるだけさ。楽しみはこういう酒だけにしてな」

「俺、頭悪いからなぁ。うらやましいぜ」

「おまえさんでもできることはあると思うな」

「ほう、どんな」

「大きな役得は辞退して、小さな役得一つだけ拾うようにしてみな。長い目でみたらそれなりにかせげると思うぜ」

 二人がそんな話をしたのが半年前。

 もともと飲み屋友達だっただけということもあり、それぞれ時間もあわなかったので会話もなかった。

「ひさしぶり」

「元気そうだな、というか、なんだその髭」

 小役人は顔を隠すようにして飲んでいた。

「まあ、ちょっとな。最近はどうだ? 」

 ごまかしてくるのも怪しいが、まずは言いたい事があったので下っ端冒険者は答えることにした。

「順調だよ。おいしいとこ取りたがったやつはけっこう死んだり行方不明になったけど、欲をかかなかった俺は継続的に仕事がもらえている」

「そいつら、山賊あたりに転職したり、不正を摘発されて追放されたろう」

「そういうのもいる。喧嘩の末にやっぱ抜いて返り討ちになったやつもいる。勝っても報復を恐れてここから去ったりしたな」

「まあ、すごく痛いだけで実際死なないからって無茶する服役囚もいたりするしなぁ」

「次はどんなのに宿るかわからんのに、無茶するよね」

「大物なんだろう」

 小役人は苦笑した。

「まあ、おかげで大分資金がたまってきたし、手堅い商売でもはじめて現地妻でももらおうかと思ってるところさ」

「手堅い商売なんてないぞ。そんなの、もう誰かが既得権もってる」

「それは困ったな。この仕事そろそろ辛くなってきたんだが」

「冒険者ギルドの職員になるのはどうだ」

「今よりましだが、なれるのかね」

「おまえさん、謙虚につとめてきたなら信用はできてるはず。相談してみたらどうだ」

「おお、なんか希望が出てきた。ありがとう」

「なんのなんの」

「で、そっちはどうだい」

 小役人の様子が一変した。暗い顔になってお茶のように杯をすする。

「なんか、聞いちゃいけない事聞いたか」

「いや、そうじゃない。こっちのほうはうまくいかんかったよ」

「どういうことだ? 」

「NPCってのは基本そんなに頭はよくないんだが、たまに知力が化け物ってのがいるみたいだ。いや、もしかすると中身の頭のいいプレイヤーだったかもしれんな」

「話が見えないのだけど」

「財務の新しいトップが俺が数字を掌握し、整えていることを見抜いてくれやがったんだ」

「せこいちょろまかしもか? 」

「そっちはばれてないが何かやってることくらいは察せられてるだろうな」

「どうなったんだ? 」

「抜擢された。今や経理のトップで官舎住まいだよ。こんど結婚もさせられる」

「それは、おめでとうとしかいえないな」

「いや、この立場になるとせこいちょろまかしが割にあわないし、といってやればあんまり時間をおかずに文字通り首が飛ぶような悪事しかないし」

「ああ」

 下っ端冒険者は理解した。この男は真面目につとめるだけでは面白くないのだ。

「いや、あんたが何でつかまったのかなんとなく想像できたよ」

 それに対する返事は下っ端冒険者に聞こえなかったが、それは図星であるということでもある。

「最近はこれだけが楽しみでな、今日も屋敷を抜けてきた」

「そうかそうか。まあのもうぜ」

「仕事の跡の安酒、これなんだよなぁ」

 出世した小役人は、うまそうに杯をすすった。

「はは、味わってくれ」

 下っ端冒険者はその背後にいる二人の召使いにあと一杯だけ飲ませてやってくれ、と指を一本たてた。

 何も知らない小悪党は最後の一杯をうまそうに飲んだ。

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