エピソード2 ヤスジ
盗賊団か、悪くはない。
臭い雑魚寝の中でぱちりと目をあけてヤスジはそう思った。臭いといっても彼の感覚ではほんの少し前の汚物まみれのわら敷きの上でひくひくしていたのに比べれば気にもならない。
疫病で死ぬのがあれほどひどいとは。
彼は忘れようと思った。苦しいだけではない、感染を恐れて死ぬのを待つだけの小屋に放置され、死んでも腐るままにされている。たぶん、全員死んだら小屋ごと燃やすのだろう。彼はあまり頭はよくなかったが、自分が棄てられる前に小屋の外に薪が積まれているのを見てしまったのでさすがにそれは理解していた。
今回、彼の宿った盗賊は二十名ほどの盗賊団の一員で、頭目はもともとこのへんを領有していた騎士階級の男。メンバーもその兵士や領民だった者たちで、いまのヤスジも土地を奪われた農民の息子である。家族を持つものが多く、この拠点よりさらに奥に隠し村を作って住んでいる。ヤスジには母親がいることになっていて、彼女もそこにいるらしい。
「めんどくせぇ」
娑婆の彼の母親のことを思い出して彼はしたうちした。こちらの母親はずいぶん息子のことを心配して、村の護衛のほうにまわしてもらえとうるさかったようだ。
「めんどくせぇな」
気楽な盗賊稼業とばかり思っていた彼は少し気持ちが萎える。盗賊は盗賊だ。気勢をあげ、盛り上がって生きるも死ぬも派手にぶちかます。そういうものだと思っていたらよけいな背景がついてきた。興ざめだった。
だが、まあ悪くないことはある。
彼はむくりと起き上がると、小屋の外に出た。不寝番をやっているのは頭目で、何か手紙を読んでいるようであった。
「ヤスか、どうした」
本当は違う名前なのだろうがヤスジに分かる呼び方に変換されている。
「ちっと落ち着かないんで、つかまえた女、やっちゃっていいですかい」
「元気だな。売り物なのだからあまり痛めつけないようにな」
「へい」
もう一つの小屋には若い女が二人、足に鎖をつけられてうずくまっていた。昼間の仕事で捕まえた捕虜だ。服はぬがされ、元の色さえわからなくなったぼろぼろのワンピース一枚きせられている。
夫か兄弟かわからないが男女二組で荷馬車を走らせているところを捕まえた。ヤスジたちの土地を奪って移り住んだ農民たちなので、男二人は喉をきって魔物のでるあたりに棄て、女たちは人買いにうることにし、荷物は食べ物なので隠れ村のほうに送った。
役得と、腹いせと、心を折っておくために女たちはさんざん弄ばれたあとだった。
女の片方は死んだ目でなすがままになった。
「つまらねえ」
ヤスジはそう思ったが、涙が一筋ながれるのを見て満足した。
もう一人は弱々しくも抵抗したのでヤスジは大喜びでのしかかった。
嗜虐のひとときをすごして、彼はぐっすり眠れた。
翌朝、盗賊団が食事を終えたころに護衛二人連れた人買いが現れた。女たちは裸に向かれて冷たい井戸水で雑に洗われ、人買いの値踏みを受ける。人買いは彼女らの歯、肌、陰部を見て指を三本立てた。
「少し安くないか」
「寄生虫にやられとる。薬代を引かせてもらう。それと、片方は経産婦だな。難産だったのかしらんが陰の状態がよくない。あわせて一引いて三だ」
商談はそれで終わりだった。人買いは穴秋きの銅貨をずっしり長い紐で通したものを頭目に渡し、女たちに少しましな服をきさせて檻に押し込め、これに厚地の布を二重にかぶせて馬車で去っていった。
「よし、今日はあと一仕事あるぞ」
手を叩いて頭目が切り替える。
「それがすんだらしばらく十字路の町でバカンスだ」
昨日襲撃したばかりなのに、獲物がのこのこくるんだろうか。
そう思ったヤスジが質問すると、頭目はこれ以上ないよい笑顔になった。
「簒奪者の娘が何も知らずに淑女学校より今日おかえりだ」
なんだそりゃ、と思ったがヤスジの元の盗賊は知っていたらしく説明がでる。領主の娘などが交流と作法と領地経営の知識を身につけるために不定期に開催している講座らしい。頭目の従姉がそれにいくのをまだ普通の農民の息子だった彼は見送ったことがある。
見送った彼女が今どこにいるのか、ヤスジは知らない。頭目は知ってるかもしれない。結婚はしたので婚家にまだ置かせてもらえているかも知れないが、身一つで尼寺あたりに追い出されたかも知れない。
まあ、先ほど売り払った女たちとはちがってれっきとした令嬢だ。それを襲うというのだ。
「護衛はどれほどついてますかね。四人くらいですかね」
兄の従者だった屈強な盗賊の言葉に、頭目はうなずいた。
「四人だ。二人は実戦経験のない若造、残り二人はかなり手強いぞ」
集まれ、と頭目は手下たちを呼び集めた。
「襲撃プランはこうだ。いいか」
半時間ほど後、盗賊たちは獲物を手に出発準備にはいった。
「最後に、姫さんは身代金の大事な質だ。怪我はもちろん、押し倒すんじゃねえぞ」
残念そうな声があがる。
「仇の一族でしょ、やっちゃっていいんじゃねえですか」
「やらないほうがやつらはダメージがでかい」
その時の頭目の笑みの邪悪さに、ヤスジはしびれる思いだった。
「いいか、実は純潔をけがされていないのにそういう噂がたってみろ。自決すれば噂を認めたことになり、生きていれば汚名をなんとかしないといけない。苦しむだろうな」
それ以上のことを考えているようだが、ヤスジにはどうでもいいことだった。
「お姫様以外は? 」
「護衛は面倒だから殺せ。侍女は証人にしたいから手を出すな。お楽しみがなくてすまんな」
「まあ、きのうだいぶ楽しんだからいいですよ」
盗賊たちはげらげら笑った。
頭目の指示で盗賊たちは獲物を手に配置にひそむ。頭目はまめなところもあって、馬車の侵入方向からどう見えるか確かめた。
「ようし、いいだろう。段取りをまちがえるなよ」
ヤスジは弓係だった。護衛がでてきたら矢をあびせる担当。スキルに弓1があるので、まあ半分くらいはあたる計算だ。
段取りはこうだ。見通しの悪いカーブをまがったところに障害物を置く。馬車がとまれば後ろにも障害物を押し出し、囲んで投降を呼びかける。護衛が抜刀してでてきたら矢をいかける。あとは相手の行動次第。
馬車がとまるところまでは段取り通りだった。だが、彼らは馬車の中から出てこようとしない。
「どうします? 」
「馬車をひっくりかえせ」
頭目はうずくまって頭をかかえている御者を指さした。
「ザジ、おまえならあそこにすわってそれができるだろう」
「やってみまさ」
昔はお屋敷の御者だった盗賊が馬車にむかう。
「あんた、悪いが代わってくれ」
そう声をかけたザジに御者は顔をあげた。笑っている。
「罠だ! 」
とっさに叫んだその胸にナイフが深々とささった。ヤスジを含む弓手はあわてて御者に狙いをかえる。
そのとき、背後で大きな音がした。振り向くと後ろのバリケードをまもっている五人に三人の軽武装の男女が切り込んでいるところだった。その後ろには魔術師らしい男もいる。魔法をうちこまれたらしく、五人はふらついている。
冒険者たちだ。不意をつかれてそれでなくても基本スペックの劣る盗賊たちはすぐ一人二人切り伏せられる。残りも時間の問題だ。
「やべえ」
注意がそれている間に御者は馬車の下に潜り込み、その馬車の扉が開いてこれまた抜刀した五人がとびだしてきた。一人、お姫様役らしい女魔術師が最後に出てきて杖をふりあげ魔法を放とうとする。
ヤスジはとにかく一矢放った。偶然も偶然だが、それは姫役の頭を射抜いた。彼女はばったり倒れる。侍女役が手をかざして何かしようとしているが、状況はそれをどうにかする場合ではなかった。
頭目が相手のリーダーらしいのとうちあう。実力は互角だが、彼以外はそうではない。
「散って、逃げろ」
頭目はそう叫ぶ。その足に御者役の冒険者の投げたナイフがささった、
頭目の首が宙をまうのをみて、ヤスジは弓を投げ捨て森にかけこんだ。人数ではまさっても、こんな状態では彼らに勝てない。頭を射抜いた姫役が立ち上がるのが見えた。
「やつらは蘇生ができてずるいよな」
彼女はかなりお怒りのようで、魔法が乱れ飛ぶ。ヤスジは自分のほうに特に多いような気がした。
ふりかえったその目に、光でできた矢が障害物をよけながら器用に彼を追ってくるのが見えた。
「やべぇ」
追尾型の魔法だ。ただ、これは切り払えたはずだ。
それはもう低いレベルのすべてをこめて彼はナイフをふった。矢は払われて消えた。
ところが、矢はもう一本あった。重なるように短めの矢が二本。この魔法の防ぎ方を知ってるからの小技だった。
さすがに間に合わない。ヤスジは歯を食いしばった。
苦痛はなかった。何か額にあたったと思っただけで彼は絶命した。
一つ前のように疫病で棄てられて死ぬよりはるかにましな死に方だった。
そしてヤスジはふたたび目をあけた。
粗末な寝台と、格子のはまった高い小窓、頑丈そうな板壁が目にはいる。牢獄かなにかのようだ。
今度は何に宿ったのだろう。むくりと起き上がると何か違和感がある。
独房にはもう一人閉じ込められていた。女だ。なんだか見覚えがある。
「おはよう。さっき教えてもらったんだけど、奴ら冒険者に討伐されたらしいよ」
ああ、とヤスジは思い出した。盗賊のときに捉えてなぶって売り飛ばした女じゃないか。
奴らとはあの盗賊団だろうか。結局あわなかったが、前の人生の母親は悲しむだろうなとなぜかヤスジは思う。
そしてようやく自分が誰にやどったかを悟った。
「嘘だろう」
どう変換されたのか、女はうれしそうにうなずいた。
「本当よ。その勢いで私たちも助けてくれないかしら」
ヤスジは今の自分に関する情報を呼び出した。最後にこうあった。
「娼館、金の秘宝館に年季奉公形式で売却される。返済まで五年」
このゲーム世界の服役囚は男ばかりで、宿り先も基本男性だが、まれに女に宿ることもある。
ヤスジはそう聞かされていた。自殺を減らすための脅しだと思っていた彼は、そうでないことを今はっきり理解した。
五年といえばほぼ残り刑期である。
牢獄に彼の声なき叫びが響き渡った。
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