そして僕にできるコト 後編

「瑠唯さん! 聞いてくれ!」


彼女が絶痛を堪えながら、苦しげに歪ませた顔を俺に向ける。


「飛び出してきた時点で、それ以前に一緒にここまで来た時から俺だって他人事じゃないんだよ! 三人を見殺しにして、一人で逃げるなんて嫌だッ! ここで逃げたら俺、絶対に後悔する! あの時皆を見捨てて、逃げてきたんだって心に、それが焼き付いたままッ」


 戦いの音だけが聞こえる。俺が決死の覚悟の末決めた考えを、彼女に伝えた。


「神内、さん」


 瑠唯さんが下唇を噛みしめ、俺たちの眼前に広がる戦いを眺める。

 光華が悪霊をプールサイドの隅の方へ追い詰めてはいるが、微差のところで攻撃を避けられて体制を整えられる、その様子を。


「必ず皆で生きて帰るって、円陣だって組んだじゃないか。やるなら、今しかないないよッ! 二人であいつにきっかけを作ってやろう! 俺にも協力させてくれッ」


 伝える。瑠唯さんに強く訴える。

 俺は三人と違って戦えるワケでもない。けども、勇気を出して瑠唯さんをサポートすることぐらいはできると。

 彼女の碧眼がまっすぐと俺の瞳を捉える――


「つッ……神内、さん。本当に申し訳、ありません……私の腕のサポートをお願い、できますか……!」


 迷いを振り切った敢然たる意志を宿した眼差し。俺の申し出を受け入れてくれたのだ。


「ああ! すまん、ちょっとだけ我慢、してくれ」


 瑠唯さんの背中に回り、俺の身体を使って倒れないように固定する。

 俺たちは物陰から少しだけ、身を乗り出した。


「あぐっ! つぅぅぅ……私は気にせずに集中して、いただければッ!」

「うっ、うん!」


 彼女の甲奘を握ったガタガタと震える右手を、両手を使ってしっかりと支える。

 徐々に銃身へ黄金色の光が集まり、光が……そして弱弱しいが、球体が出来た。

 俺は彼女の微弱な力を感じとり、望む方向へ動かせるようにサポートをする。

 人間と悪霊の壮絶な死闘。光華は――ボロボロになりながらも攻撃だけは受けまいと封光を捌き、悪霊の猛攻をシャットダウンしている。

 そんな光華が攻めに転じても、悪霊の奴は何度もギリギリなタイミングで躱しやがるのだ。

 ここまでやられると、わざとやってるんじゃないかって思うほどに。

 勝たなきゃいけない。俺たちが光華に勝利への架け橋を作ってやる! 失敗して奴がこっちに狙いを定めて来たって、俺が瑠唯さんの盾になって迎え撃つッ!


「まだ、まだですッ」


 瑠唯さんはまだ、狙いを定めている。右へ、左へ、また右へと。

 光華と悪霊が戦う方向へ除霊具を何度も合わせるが、未だ撃たない。彼女は決死の表情で除霊具を構えている――待っているんだ、絶好の瞬間を。

 焦るな。彼女を信じて望む位置へ合わせるだけでいいんだと、自分に言い聞かせた。

 決めてやる。確実に、決めるんだッ!


「ハァッハァッ」


 短時間で何往復したのだろう。

 瑠唯さんの腕が、ついに動きを止めた。


「神内さんッ、チャンスが、来ましたッ……」


 静かに口を開いた彼女の言葉に、無言で頷いた。

 早くも機会が来た。丁度戦いの舞台が向かい側になった時。俺たちのいる方向、丁度真っ直ぐの位置で光華の猛打を悪霊が正面から受け止めて押され始め――


「はぁぁぁぁッ当たれぇぇぇぇッ!」


 瑠唯さんのシャウトと同時に、結束の思いを乗せた光弾が放たれた。


「うぉッ!」


 発射による衝撃を、身体全体で受け止める。


「速い! 悪霊目掛けて複数に分散していったぞ!」


 だが悪霊はさっそく察知したようだ。空中へ逃げるため足を上げるが――


「瑠唯ね! だぁぁぁっぁぁぁぁぁッ!」


 光華は唐突な援護にも臨機応変に対応。

 タイミングを合わせての跳躍――そして、ついに除霊具を悪霊の腹に突き刺してやったのだ。

 決定打か。 


「よっしゃあッ……ッてそんな!?」


 奴が刺されながら着地した瞬間だった。


「きゃあッ!?」


 痛みを感じる事なく体を振り回し、恐ろしい力で除霊具の持ち手ごと光華を吹き飛ばしたのだ。

 光華は思いっきり、硬いプールの床へ落とされた。

 衝撃を体いっぱいに受けた彼女は、ピクリとも動かない。

 悪霊は除霊具を腹に突き刺したままプールの中へ入り、青白い煙を出したままよろよろと揺れながら、牛歩の速度で光華に近づいていく。


「うッぐ、くぅ、うぅ……」


 瑠唯さんはもう霊通力が無いのか、甲奘が全然光っていない。

 悔しさと激痛に耐えるように、大粒の涙を零している。


「無駄にはさせない。行かなきゃ、俺が、行かないとッ」


 俺は悪霊を睨んだまま、彼女を床に寝かせた。


「ありがとう瑠唯さん、あとは俺がやる」


 奴は限界寸前だ。あの瀕死に近い状態なら、素人が渾身の力を込めるだけでも倒せるはず――


「くッ……」


 が、いざ向かわんとしたものの、足の震えも心臓の鼓動もタガが外れておかしくなってることへ、今さらになって気がつく。


「だけど……だけどさッ!」


 狂いそうな恐怖を、無理やり心の奥底に封じ込める。

 青白いオーラを纏った釈浄刃を右手に握りしめ、スタートダッシュを切った。


「ウオオオオオオオオオオオオッ!」


 全速力でプールの中へとかっ飛ばしていく。

 恐怖心の許容量の針を振り切ってしまった俺に、悪霊への畏怖は不思議となかった。

 これはもう、間近でショッキングな光景を見過ぎておかしくなったんだろうさ。


「間に合ってくれッ!」


 プールの真ん中辺りだ。

 光華は封光を杖にしてなんとか立とうとしていたが、悪霊が左手を振りかぶり、今にもなけなしの生命欲を抜き取ろうとしていた。


「間に合えッ! 間に合ってくれェッ!」


 光華! 光華! 光華! 光華! 光華! 光華! 光華! 光華! 光華! 

 目の前で光華が。好きな女の子が死んでしまう――そんな結末なんて、絶対嫌だ。

 守る。彼女を、楠屋光華を死なせはしない。


「俺がやってやるッ。うぁぁぁぁっぁあッ!」


 紙一重。

 俺は悪霊の心臓へとスマッシュヒットをくれてやった。


 ぐにゅう。


 敵とはいえ、嫌な感覚が右手に走る。

 決めた瞬間――時が止まったかと感じたその、数秒後。

 恐る恐る悪霊の顔を見てみると、無表情のまま涙を流していたのだ。

 次に奴の体が急激に光だして、あまりにも眩しすぎるためか、目をそらしたところまでだった。

 世界が閉じたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る