そして僕にできるコト 前篇
俺はまず、幻尊さんたちが倒れている場所へ向かった。
奴に見つからないように、なおかつ迅速に行動しないと。
「光華……持ちこたえてくれよ!?」
彼女は今のところ、ギリギリながらもなんとかあいつと戦えているみたいだ。
「行くぞッ!」
脳内で蜷局を巻いていた絶望の渦は、どこへいったのだろう。
この危機的状況下において命知らずで価値観のずれた三人に感化され、気でも狂ったのか――今はどうでもいい。自分に出来ることを、全力でやる!
「ううう……」
着いた。プールサイド中央付近。幻尊さんは苦悶の表情を浮かべ唸ったままだ。
「んなッ! この傷、は!?」
破られた服の先。幻尊さんの腹には黒と紫が混じり合った細い五本の太い線が一直線に刻まれていた。どう見ようが血じゃない。血が出てないとおかしい部分が、黒紫色の絵具を付けた筆でも通したかのようになっている。しかも、僅かに発光しているのだ。
「なんだこの傷! ただの傷じゃない、悪霊に切られるとこうなるのかよ!?」
とにかく運ばないと。
傷の治療は全てを終わらせてから光華か瑠唯さんに任せるしかない。
幻尊さんの肩に手をまわして立たせる。
「うッ、重い」
幻尊さんの巨体をありたっけの力を込めて運ぶ
そして比較的近くにあった、倒された自販機の残骸の陰に幻尊さんを置いた。
「待っていて下さい幻尊さん。次は、瑠唯さんだ!」
瑠唯さんは幻尊さんが倒れていた位置よりもっと遠くにいるな。
「悪霊が気がつく前にいかないと!」
再度、全速力で瑠唯さんのいる場所へと向かう。
「うわッ! ととッ!?」
プールサイドに発生しているコケに足を取られそうになるが、なんとか体勢を立て直して進む。
「瑠唯さんッ」
やっとそばに着いたが――
「くッ……ハァッ!」
なんと、瑠唯さんが腹筋の力だけで上半身を起き上がらせようとしていた。
必死に立とうともしているが傷が酷いのか、足の方はまったく上がらない。
「おい大丈夫か!?」
「神内さん、うぅ……」
「よし! 俺に掴まってくれって――!?」
「あぐぅッ!?」
彼女の左肩を少し掴んだだけなのに、とても痛がった。
「ご、ごめん瑠唯さん……うわッ、またこの傷!?」
目をやると、服が裂けた左手の左肘と両足の膝にも、幻尊さんと同じ黒紫色の絵具を走らせたような、発光し続けている五つの傷があった。
足の方が線が太い。そっちの方が症状が酷いのか、彼女の下半身はピクリとも動いていない。
けども、キツイと思うが少しの間でも我慢してもらうしかない。
ここにいたままじゃ、戦いの巻き添えになる可能性があるのだ。
周辺で身を隠せる遮蔽物は――休憩所だ。だが、すぐ近くで光華が戦っている。運んでいる途中、悪霊にばれる可能性があるから駄目だな。
「幻尊さんのところまでは距離があり過ぎるし、見つかったら終わりだぞ。屋台も向こう側だしどこに隠れればいいんだ」
焦りながら周囲を見渡したところ――数多のベンチやイスが一か所に乱雑に積まれた箇所を発見した。
「あそこだ! 瑠唯さん、ごめん」
「ううぅぅぅッ!」
俺は痛がる彼女を少しずつ持ち上げて、目的の位置へと素早く運んだ。
あとは、悪霊を倒すだけなのだが……。
「やぁッ!」
光華の雄叫。
向かい側だ。波の出るプールを跨いだ先のプールサイドで戦っている。
「おぉ!」
なんと、戦いは拮抗するまで持ち直していたのだ。
先刻までは光華が負ける直前まで劣勢だったのに。なんという底抜けの気力、霊通力。冷静さを取り戻し、残っているありったけの力を全て振り絞っているのだろう。
しかも悪霊もこれまでに受けたダメージによる影響で、今になってやっと防御動作が鈍くなっている。
「はッ! やぁッ!」
怒涛の連撃。二撃、三撃と封光を捌き、悪霊の追撃を許さない。
状況はどんどん良くなっている。ついに奴が防戦一方だ。
「てぇい! 往生際が悪いわよッ」
だけど、惜しいところ寸前で攻撃を避けられる。いまいち決定打に欠けているのだ。
「くそ、あとちょっとなのに! 俺が行くか――!?」
待て。勇んで特攻していったはいいが、光華が混乱してしまい奴に不意をつかれる可能性もある。
「何か、何か得策はッ!」
なかった。動きが鈍っているとはいえ悪霊だ。
素人の俺なんてすぐに殺して、それに動揺してしまった光華がやられてしまう可能性もある。
そしたら幻尊さんと瑠唯さんも見つかってしまう。最悪の結果は避けないと。
「光華……!」
瑠唯さんが右腕を上げて、甲奘の照準を悪霊に向けようとする。
「ん――そうか!」
ここでイスやベンチに隠れて援護射撃をすれば、それを悪霊が避けようがかき消そうが、一瞬でも隙を作れるかもしれない!
絶対に成功するって保障はないけど、今はそれしかない。
「あうぅッ……!」
しかし彼女は、倒れた際に打ち所が悪くいったのか痛みでガタガタと右手が震えており、上手く狙いが定まらないでいる。
そんな様子を見て、俺がとる行動は決まっていた。
「瑠唯さん、手を貸すよ!」
「神内、さん?」
「俺が君の右腕を持つのと体を支えるのを手伝う。光華にきっかけを与えよう」
「ありが……いえ! あなたを危険に晒すわけにはいきません。悪霊に気づかれないうちに、おじさまに言われた通り逃げてッ、逃げてくださいッ!」
瑠唯さんが涙ながらに俺へ訴える。
「だ、だけどさ!?」
「私は一人で上げれまッ……ううぅッ!」
やっぱり無理だ。
助けを借りないと、彼女はまともに照準を合わせられそうにない。
瑠唯さんは迷っているんだろう。今俺の助けを借りて悪霊に光弾を撃っても、必ずしも上手くいくと限らない。それどころか反撃をしようとも失敗に終わり、悪霊がそれに気がついて向かってきたら、俺までも巻き添えになってしまうのではないかと考えているんだろう。
責務を真っ当しようと。一般人の代わりに霊的弊害の犠牲になるのは、自分たち霊媒師だけでいいと。
俺の身を案じてくれているのはわかるけど。けども、このままじゃッ――!?
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