When the Saints Go Marching In 後篇

「入り口の幽霊はッ」 


 確認。すでに光華と瑠唯さんが戦闘を開始している。

 右の廊下――光華の方に二体、左の廊下にいる瑠唯さんの方は一体だ。

 二人は先手必勝と難なく戦いを終わらせた。


「ホント、無茶苦茶強いな」


 ここまでの戦いを見て思ったが、幽霊連中は爪を突き出して突進してくる奴も中にはいるが、殆どが両手を振りかぶって爪を振り下ろす単純攻撃しかしてこないのだ。

 しかも振る際に一瞬硬直して隙ができる。走りながら攻撃をしてくる奴に対しては光華たちはそれも計算してか、幽霊よりも一秒でも速く攻撃をして倒している。

 ようは早々に一撃を食らわした時点で、霊媒師組の勝ちという流れだ。


「麗二、リュックを瑠唯に渡して!」


 光華が封光を構え、廊下の先を警戒しながら俺へ指示する。


「うん。瑠唯さんッ!」

「はい!」


 瑠唯さんに急いでリュックを渡す。いよいよ壁霊封陣が見れる。


「で、麗二はそこで待機! 邪魔になるから動かないでね!」


 光華が瑠唯さんの後ろ辺りをびっと指差す。


「言われなくてもそうしてる! 動くワケないだろこんな状況で――うぉ!」 


 瑠唯さんが開けたリュックから出てきたのは、長方形かつ箱みたいな物体だ。

 色は赤黒く上部に突起があり、小さな穴が開いてある。


「何だ壺か!?」


 壺の他にリュックの中には、様々な大きさのお札が数枚入っていた。

 中から、B5サイズの用紙と同じくらいの大きさがあるお札も二枚取り出す。 

 お札は結界札のように隷書体で壁霊封陣と書いてあり、薄紫色の光を発している。


「あれをどう使うってんだ!?」


 湧き上がる疑問を声へ出さずにはいられない。

 瑠唯さんは二枚のお札を入り口の両サイドの床にそれぞれ置いて、入り口正面から少々離れた位置に壺もどきを置き、胸ポケットから青白く光る小瓶を取り出して、中に入っていた粒子状の物質を壺もどきの中に注ぎ込んだのだ。

 そして瑠唯さんは壺もどきの前に正座し、両手を合わせ目を瞑った。

 一連の動きにどういった効果があるのかは理解不能。壁霊封陣はまだ続いているのだろうか。


「あぁ、そういえば幻尊さんはどうし――なぁッ、まだ外に!」


 声のする方へ目をやる。


「うらぁッ! オァッ! てぇいッ!」


 幻尊さんは入り口付近で四方八方から来る幽霊と勇猛果敢に戦っている。 

 鬼神のような険しい表情。複数を相手にしながらも、あの大きな体躯では想像がつかないしなやかな動きで攻撃を避けて、すかさず一撃をくれてやっているのだ。蝶のように舞い蜂のように刺すを体現している。やはりこの人は只者ではない。

 あらかたの幽霊を速攻で倒したようで、入り口に入ってきた。


「光華! 瑠唯ちゃんは……壁霊封陣の儀は終わったかッ!?」


 息を切らしながら、幻尊さんが光華に尋ねる。


「ちょうどやり始めたとこよ。入り口の奴らはかたずけたけどッ! 左右の方からいつ来るかわからないから警戒しといて!」


 光華も肩を上下させて荒い息を吐きながら状況を説明する。


「わかってらぁ。さて、ここを切り抜けたら一段落だぞお前ら!」


 幻尊さんががなり声で皆を奮い立たせる。


「あ! 幻尊さん、光華! 外から来るぞ!?」


 四体の幽霊が、入り口目掛けてやって来るのが見えた。


「大丈夫だ麗二君。あいつらなら相手にするまでもねぇ!」


 そりゃ幻尊さんが言うように、楠屋親子なら奴ら相手にはそうそう手間取らず、軽く撃破するだろう。

 だが瑠唯さんは、未だに壺もどきの前で拝んでいるまま。いくら何でも楽観的すぎる。このままだと戦闘に参加できない彼女だけが危険に晒されるのは明白だ。


「ん!? 壁に貼ったお札の光、輝きが強くなってるぞ。確かにさっきよりも輝いているけど――もう幽霊が近くまで来てる!? さっきの三体の他にも数体増えてるし、横から合流したのか!」


 変化しつつあるお札に気を取られている間に、幽霊が施設の入り口目前と迫っていた。

 だが幽霊たちは急ブレーキでもしたかのように、入り口寸前で止まったのだ。 


「入ってこない……まさか、これが壁霊封陣の、効果!?」


 幽霊の数は依然として増えていく。

 だが入り口の壊れた自動ドアのガラスは破られているのにもかかわらず、見えない壁がそこにでもあるかのか、一体として幽霊は入ってこようとしないで突っ立っている。


「どうだい麗二君? これが壁霊封陣、結界術式の一種だ。これでもまだ半分の効力だがな」


 幻尊さんが俺と瑠唯さんを警衛しながら余裕満々に言い放つ。


「凄いです! 奴ら、全員立ちんぼになっちまってるって、アァッ!?」


 心へゆとりを取り戻したと思ったたらこれだよ。

 壁へ目が釘付けになったんだ……だって!?


「んなッ! 手ェ!? 手! 手が生えてるぞ!」


 青白い腕が前方の壁から生えてきている。

 これは、幽霊の手だ。気がつけばまた一つ、二つと幽霊の手が壁をすり抜けてくる。

 その際には、水面を揺らすような波紋が発生しているのだ。 


「外からこっちにすり抜けようとしてんのかよッ――あッ入り口にも!?」


 見えない壁があるらしき場所から、手から頭からと幽霊の大群がすり抜けようとしてきていた。


「なんてこったッ。絶体絶命だぞこりゃッ!?」


 俺の足ががくがくと震え、声だって上擦りまくる。

 数はまだ少ないが徐々に増えているし、それだけではなく左の廊下と右の廊下の奥、瑠唯さんが放った灯霊弾の灯りからは範囲外の暗闇から、中へ侵入しようとしてくる幽霊の腕に頭が、壁一面にたくさん蠢いているのが見えるぞ。


「施設が囲まれてるぞ。ホントに大丈夫なのかよ!」


 幸いにもそのスピードはかなり遅いのだが、数が数である。


「いい加減! 観念! しとけっつーの!」


 幻尊さんと、


「しつこいわねッ。ヤァッ!」


 光華! 二人は慌てる俺と対照的に冷静だ。

 それぞれの除霊具で、壁霊封陣の最中である瑠唯さんに手を伸ばそうとする奴らから、無駄の無い動作で手や頭を刈り取るように、一体一体と確実に倒してしていく。

 だけど幽霊の数があまりにも多すぎるし、廊下の奥からすり抜けようとしている幽霊には目もくれていない。奴らが抜け出て来たらゾンビ映画の如く囲まれてしまうのは時間の問題。

 いくら二人が強くても、こんなふざけた数だと相手にはできないだろう。 


 「まずいだろ――って幻尊さん! あっちを見て下さい!?」


 俺は喚きながらたまらずに指差した。

 左廊下の壁。もうすでに上半身がこちら側に来ている奴らが、数体。 


「右の廊下はッンウオィッ!? 数十体は腰あたりまで出てるじゃん!? マジでヤバェし逆からまた来たしィ!?」


 汗が流れ出るのを止められない。

 今度は左の廊下。騒ぎを感じとり駆けつけたのか、つきあたりから幽霊二対が猛ダッシュで走ってくる。


「大丈夫よ麗二ッ!」


 持ち場を離れた光華は突っ込んでくる幽霊の方へ飛び跳ねるようにして向かっていった。

 幽霊を視認した後、すぐさまスタートする際の反応速度は流石プロの霊媒師といったところだ。

 交錯。幽霊の足を簡単に払って一体撃破。遅れて爪を横振りしてきた奴は、動きを読んでいたのか即防御。一秒も経たないうちに打突攻撃で戦闘終了である。


「てぇ幻尊さん! 光華! まだまだ来るぞ!?」


 安心しちゃいられない。

 左右の廊下奥、暗闇からいくつもの赤い目が光っている。 


「建物中の奴らがやって来るんじゃないんだろうな!? 壁から幽霊だって突き出て来てんのに、どうすんだこの状況ッ」


 大ピンチだろこれ。瑠唯さんは、未だ両の手を合わせているのに。

 光華が左廊下方面に、幻尊さんが右廊下方面にそれぞれ移動した。

 突進してくる幽霊を勇往邁進に迎え撃つ。


「オオオオオオオッ!? 上等だァ!」

「まだまだッ! ここは防ぐわッ」 


 慌てふためく俺を守るように、幽霊を食いとめる楠屋親子。

 千の手があると見紛うまでの手数。光華と幻尊さんも、俺がここまで見た中でもダントツの速さだ。

 奴らの攻撃を全て防ぎ、すかさずの連打。攻撃がワンパターンかつ読みやすいからこそ出来てるとは思うが、しても凄まじい速度だ。残像が見えているじゃないか。


「そんでもッ……無限に来てるワケじゃねぇのか。数は順調に減っていくしもう少し。ここままいけば、全て倒しきるか!?」


 楠屋親子決死の攻撃を眼前で見せられて、俺も少しづつ落ち着きを取り戻す。

 灯霊弾の灯りが届かない暗闇で、幽霊たちが次々と細かい光の玉になり天へ昇華していく。

 ホントに成仏してんのかと言いたいほどの乱暴さだが。


「――とぉ!? アブねぇぞ光華! 気ぃつけろや!」 


 幻尊さんの怒号が飛ぶ。オイオイどうした?


「くぅッ、わかってるわッ!?」


 僧衣の裾がパックリ切れているではないか。

 幽霊が水平に振った爪が光華の服にかすったらしい。幻尊さんは心配なさそうだけど、光華はそれだけで動揺したのか、途端に余裕が消え始めている。

 歓喜の展開かと思ったら数秒先にはまたピンチ。あと少し、あと少しで奴らを全滅できるのに。


「ああ頼む! 早く終わってくれぇッ!」


 両目を両手で覆い、願いのたけを声にしてぶつける。


「大丈夫だぜ麗二君。もうッ終わる頃さッとッ!」 


 幻尊さんの余裕ある声音が聞こえた直後、


「よし……完了しました!」


 地獄絵図の終わりだ。俺は瑠唯さんの言葉に反応してぱっと目を開ける。

 長い間壺の前に座っていた瑠唯さんが、ついに立ち上がったようだ。

 すると、壺もどきの上部から青白い光の玉が発生したのだ。


「何だありゃ。くぅ、ま、眩しい!」


 サッカーボールほどの大きさを持つ光球。それは一気に輝きを増し、弾けて消えてしまった。

 一瞬の出来事。壺もどきの方は、なんと粉々に割れてしまっていた。

 成功した合図だろうか。壁霊封陣と書かれた二つの札、薄紫色の光が輝きをより一層増している。

 壁からこちらへ来ようともがいていた幽霊らの動きも止まった。


「よ、よかった。儀式が終わったのか――あ、そだ! 二人はッ!?」

 摩訶不思議な光景に目を奪われてしまっていたが、光華と幻尊さんはどうなったのだ。 


「瑠唯! やったのね!」

「でかしたぞ瑠唯ちゃん! オアッ!」


 二人は、相手にしていた最後の一体を倒したようだ。 


「ふぅ……まずは、第一の関門突破ってところね。これでゆ~わ~るどの外側から幽霊は入って来れないわ!」

「いつもながらお見事だ、瑠唯ちゃん……くはっ、こりゃ久々に堪えたかな」


 あれだけの俊敏な動きで除霊具を捌いたのだ。二人とも、流石に肩で息をしている。

 とにかく、無事でよかった。


「ありがとう、ございます。前回よりは、早くできたと思うんですが」


 瑠唯さんもひどく疲れた顔をしており、息が乱れている。激しい運動をした直後かの様子だ。壁霊封陣、結構な霊通力や体力を使う霊術式のようだった。


「か、間一髪か……あ、あれ!?」


 危機的状況を逃れたところで安心しきり、一気に力が抜けたのか、何もしていない俺も頭もクラクラしてきたし、どっと疲れも沸いてきたのだった。

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