開戦

俺は先行する三人に続いて夜道を歩く。今にも消えそうな危うさを持った街灯と、ゆ~わ~るどを囲む雑木林。そして、どこまでも光り輝く星空が変わらずに映った。

 そして幻尊さんがいきなり立ち止まる。どうしたというのか。


「よーし、光華も瑠唯ちゃんも除霊具を地面に置け! 除霊の前にアレを、始めるぞ!」


 幻尊さんがぱんぱんと手を叩き、鋭い眼光をさらに細めて言い放った。


「アレってなんだよ?」


 霊媒師特有の儀式でもするのだろうか?


「アレね!」


 やる気満々な姿勢の光華。


「アレですか……」


 瑠唯さんは対照的に色白な顔色が朱に染まり照れたような、戸惑い気味の微笑を浮かべている。

 除霊具を置いた三人。準備が出来た光華と瑠唯さんが、幻尊さんの左右に並ぶ。

 読み込めぬままに、とりあえず俺も女性陣に習って幻尊さんに近づいた。


「全員、集まったな。よしおめぇら、円陣を作るぞ!」


 は? 何言ってるんだ、この人は。


「はい!? え、円陣て――わわっ! 光華!?」

「よぉうし!」


 光華に巻き込まれてツッコむ間もない。手を隣にいる瑠唯さんと光華の首にかけて、かがむ姿勢になってしまう。

 まさかとは思ったが、言葉通りの意味だ。スポーツの試合等で見られる光景、自陣営のベンチ前で組む、見事なまでの円陣であった。


「いいか麗二君。俺らは除霊へいざゆかんとする前に毎回、円陣を組むんだ。除霊はチーム行動だからな、絶対に生き残るんだと互いに士気を高め合うためさ」

「は、はぁ」


 すいません。俺、ちょっと上手く呑み込めないです。


「俺が、気合い入れろと叫んだら続いて三人が応と叫ぶ、いいな? 瑠唯ちゃんも今回は前回より百倍、元気よくやるんだぞ」

「わ、わかりました。おじさま、できる限り、頑張ってみます」


 そう幻尊さんに返すものの、隠しきれない羞恥心が顔に出ている瑠唯さん。

 緊張してそわそわしている。


「よーし! 今日も全員、無事に帰るわよっ」


 光華が自分自身にも、皆にも言い聞かせるように叫ぶ。


「ま、マジかよ」


 もう何も言うまい。ま、不安感が少しでも薄れるならなんだっていいか。

 破天荒ではあるが、ふんどしを締めるという点ではいいかもしれない。


「準備はできたな、じゃあいくぜぃ!」


 幻尊さんが確認する。俺達三人が同じように頷く。


「せーのッ、気合い入れろォウッ!」


 幻尊さんが獣のような野太い声を響かせ、俺たちは追従するよう大声で『オウッ!』と空気を全部吐き出す勢いで声を出した。


「おぅしッ! 見事にキマッたわね!」


 解散。光華がガッツポーズをする。お前の声は相変わらずデカいな。


「よっしゃあ! 瑠唯ちゃんも前よりいい声が出せるようになったじゃねぇか! 麗二君も中々良かったぞ!」


 幻尊さんが俺と瑠唯さんの背中をぱしぱしと叩いて褒めた。


「どうも。円陣組んで声出しなんて、小学校以来でしたがね」

「はぁ、そのう、ありがとうございます。おじさま……」


 光華の大声なんて普段から聞き慣れているが、アニメの声優さんみたいな可愛らしい声を出す瑠唯さんが、ああも勇ましさを感じさせる声が出るとは。

 本人は茹でたタコのように顔が赤くなっているが。

 その様子が、なんとも愛らしかった。これがギャップ萌えというやつか


「光華、麗二君に結界札の霊術式を施してやってくれ。終わったら、出発だぞ!」


 幻尊さんが木刀型除霊具を拾いながら、光華へ指示を出した。


「りょうか~い。麗二、結界札を出して」

「うん」


 光華へ結界札を握った右手を出す。

 彼女はブレスレット登録時のように、両手で結界札ごと俺の右手を挟んだ。

 すると数秒後、結界札が青白く光出した。


「ブレスレットの時の感覚と似てるから、意外に簡単だったわ。父さん曰く、除霊が終わるまでは余裕で持つし、あんたは幽霊からしたら空気みたいな存在になるそうだけど、落としたりしたらアウトだって」


 光華が真剣な表情を俺へ向け、注意を促した。


「サンキュー光華、百も承知だ。肝に命じとくよ」


 俺の命運はこのお札が握っているのだ。大事にしないワケがない。


「いいみてぇだな……全員除霊具は持ったか? 出発するぞ!」


 幻尊さんが先導し、俺たちは分かれ道の方へと歩を進める。

 潰れる前はこの辺りに立派な看板があったのだが、とうの昔に撤去されているようだった。

 左に曲がり、車が通る機会がなくなった傾斜面の二車線道路を登れば、いよいよ目的地、ゆ~わ~るどである。

 道の両側には数え切れないほどの木々が今も変わらず立ち並んでいる。


「こりゃあ森、だな」


 今思えばよくこんな道の先にレジャー施設を作ろうとしたものだと思う。

 よほどの人気がない限り、潰れるのがオチだというのに。

 あれこれ思いながら、長く緩やかな坂を登る。それにしても、音のない世界だった。

 ちょっと前までは特に気にしていなかったが、履物と地面が接触する以外は何一つ音が聞こえやしないし、風さえも感じない。明らかに異質な空気。

 不穏さを肌で感じ取りながら、今にも何かが飛び出そうな真っ暗闇を探るように歩き、頂上まであと半分の距離となった刹那――


「んな!? この気配は!」


 そこに一歩足を出した途端、感じとってしまった。

 これは、ヤバイ。

 ブレスレットをしているので痛みは感じないが、普段受ける奴らの視線なんて可愛いモンと感じてしまう、何段階も上のレベルである憎悪めいた視線を数十――いや数百にもなって坂の上から感じる。

 距離はあるはずなのに、俺らが来ることに気づいているのか。


「皆!? 奴ら、すっげぇ殺気立ってますよ!」


 三人を見ると、それぞれの除霊具を構えつつあった。


「気がついとるよ麗二君。ここへ下見に来た時よりも強くなっとるな。ちょうど坂を上り切る前辺りにわんさかいるようだ」


 幻尊さんが坂道の終りを睨みつけながら、重みのある野太い声で答えた。


「凄い数だ! これが全部襲ってくるんですか!?」

「まだ悪霊が出たばっかだから大丈夫だ。現段階だと仕掛けてはこないさ。もっとも狂暴性が増すのは時間の問題だが、おめぇは気に掛けなくてもいいぞ」

「そうよ、麗二はあたしたちの後ろにいるだけでいいの。心配する必要はないわ」


 光華も幻尊さんに同調する。


「ならいいんだけど……」現に三人共、臆する様子はない。


 けどこんなふざけた数の気配は初めてだ。

 いつも多くても五、六体が街中に散らばって見えるぐらいだったのに。


「神内さん。お母様のブレスレットの感覚は?」


 瑠唯さんが銃器のような形をした除霊具――甲奘を構えながら、前を向いたまま俺に尋ねた。


「あるよ。少しずつ、強くなってるように感じるんだ」


 歩きながら答える。感覚も坂を進み始めてから段々と強くなっているんだ。

 間違いなく坂道の先に、ブレスレットがあることを表している。

 また一歩、一歩と歩を進めていく俺たち。あと少しで、駐車場だった場所に出るはず。

 その証拠に、十数年振りに見た経年劣化の激しいゆ~わ~るどの門が見えている。

 すぐ近くだ。両脇にいる物騒な視線を出す持ち主たちの姿も視認できた。

 数えるのが嫌なくらい、でたらめな数である。背丈、性別は様々でも見慣れた姿であったけど、違和感があった。


「爪が伸びてる……」


 思わず呟いてしまった。いや、伸びてるだけじゃ済まないかもしれない。

 不健康を通り過ぎ行き着くところまでいった色をした手の先にある爪が、包丁でもくっ付いてるかの如く鋭利な武器へと変化している。もし切られたら、生きていられる自信はない。

 あんなのを相手にするという三人。除霊どころか、化け物退治である。


 ぱち、     ぱち、        ぱち、      ぱち、  ぱち。 


「うん?」


 まばらに聞こえたその音。

 俺が今までの人生で聞いた中では、似た音は拍手が思い浮かんだ。

 音がした方向を見る。皆も歩を止めて警戒するように周りを見た。

 ……我が目を疑ったのだ。手の甲と甲をぶつけて、音を出す幽霊が数体。

 乾いた音。一心不乱に不安定なリズムを緑の中で響かせている。


「んだよこいつら? まっ、まさか、本当に拍手してんのか!?」


 想定外の行動をとる奴らを前にして、頭が混乱する。

 行動を起こす幽霊はどんどん増えている。

 目はどいつもこいつも赤く、憎しみに満ち溢れていた。


「なッ、うぁああッ!?」


 数が増えるにつれ音のうねりが増大していく。 

 しだいに激しい雨が地に落ちるかの音量になっていくのだ。 

 骨と骨がぶつかり合う音色。それは、不協和音のオーケストラだった。


「ヤバイ! ヤバイですよ皆ッ!?」


 耳がおかしくなるんじゃないかと思う大喝采が続く、続く、まだ続く。

 死人達のスタンディングオペレーションは、止むことがなかったのだ。


「がっはっは! 歓迎されてるじゃねぇか!」

「逆さ拍手ね、残念ながら逆の意味で歓迎されてるわよ」

「この数、狂暴化した後だと厄介ですね……早く行きましょう」


 俺は仰天したが、三人は相変わらず何も動じてない。流石、プロの霊媒師だ。緊張していた瑠唯さんもすでに冷静な眼差しで幽霊を見渡している。

 しかしなんという光景。普通、拍手というものは手の平を叩いてするものだが奴らの場合、指先を下に向けて手の甲を異常な力でぶつけあって音を出している。

 拍手は相手を称賛する際にする行為だが幽霊軍団の場合、光華の言う通り逆の意味だろう。

 幽霊が集団でこんなマネをするとは……。


「さっ、珍しい眺めも見れたとこで、行軍再開すっぞ!」


 幻尊さんが再度先陣を切る。俺たちは逆さ拍手を無視し、歩き進んだ。

 門まで数メートルに見えた時、先からまたも気配を感じる。

 なんということだ。拍手幽霊の気配よりも格段にドス黒い存在感である。

 門を通り越したら、何が起こってしまうのだろうか。

 本能から直接自分に命令が出ている。入ってはいけない場所だと。

 ここより先は、ただではすまないと――


「駐車場にいる幽霊は無視できんようだな」


 地を這うかのとような低い声で、幻尊さんが呟く。


「ここまで早く変化するなんて。林にいた幽霊はまだ初期段階だったのに」


 瑠唯さんが小声で喋りながら前方への警戒を強めた。


「悪霊を倒すまで幽霊は全部無視できると思ってたんだが、ここの悪霊は結構

やる奴らしい。幽霊が本格的に狂暴化する前に、行かなければならんか」


 幻尊さんは面倒くさそうに、左手で頭をぽりぽりとかいた。


「まっ何が起きるかわからないのが除霊で、時代が進んでも悪霊はまだまだわからないコトだらけって、父さんいっつも言ってるじゃん。で、作戦、どうするの?」


 あっけらんとした感じの光華が幻尊さんへ尋ねる。

 皆の視線が幻尊さんに集まった。会話を聞くところ、いよいよ戦闘が始まるのか。

 俺も腹をくくらないといけないな。結界札があるからって慢心しては――


「全員で突っ切る。前衛は瑠唯ちゃん。後ろに麗二君、左に俺、右に光華だ。瑠唯ちゃんの攻撃が間に合わない場合は、俺と光華がカバーする! そんで廃墟の入り口に突入したら瑠唯ちゃんは壁霊封陣の霊術式を組む。光華はその間瑠唯ちゃんを守ってやる。俺はその間、状況に応じながら行動するからよ!」


 幻尊さんが、叩きつけるような力強い声で作戦を語った。


「りょうか~い。異論無しよ」

「はい! 全身全霊で頑張ります」


 女性陣は文句なしといった様子で作戦に同意する。


「麗二君も聞いたな? おめぇは俺たちに守られて走ってればいいんだぞ? ビビる必要はねぇ!」


 幻尊さんが壽蓮樹を俺の前へかざし、力強く宣言する。頼もしい限りであった。

「わかりました! ただ、壁霊封陣というのは?」

「おめぇに渡したリュックサックの中にある物を使って、やることさ」


 そう言って幻尊さんが、ニカッと笑みを浮かべた。

 小さなスイカぐらいの重量感があるが、中身は不明だ。

 壁霊封陣、霊通力で壁を封じるということだろうか? 言葉のままだとそうなるが。

 疑問を持ちつつも、俺は幻尊さんが指示した陣形に加わり、門へ進んでいく。

 あと僅かで、門の先が見える。 


「門から十メートルほど離れた位置に、数体の気配を感じます!」


 先頭を歩く瑠唯さんが足を止めて振り向いた。


「毎度ながら凄い殺気。始まるわね」


 光華が緊張した面持ちで、帽子を深々と被り直す。


「お前ら、今から三、二、一で、除霊開始だ。全員、心の準備は出来てるな?」


 幻尊さんの問いかけに、俺達三人は黙って首を縦に振る。

 次の瞬間、皆の持っている除霊具の光が輝きを増した。

 さっきよりも段違いである。いよいよだ。


「じゃ、始めるぞ。さん!」


 幻尊さんがカウントダウンを始める。俺の心臓のピストンが、またも激しさを増し始めた。

 頼む、ちょっとは静まってくれよ!


「にぃ……」


 アドレナリンが一気に放出されているのか、足が震えてきたぞ。

 大丈夫だってば、何回納得すれば収まんだよ。心配はいらねぇんだから。 

 黙って付いて行くだけで、オールOKだっつうのに。


「いち……」


 やけに、カウントダウンが長く感じる。

 後方では未だ、幽霊たちが出す逆さ拍手の音がうるさく聞こえた。


 俺の緊張、頼む! 今日だけはニートでいて下さい!

 そ、そうだ! こういう時は人って字を手に書いて飲み込めばいいんだよな。


「除霊開始だ!」


 走る! 走り始める! 何も考えない! ただ前に進むってだけを考える――!

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