決意の夜
結論から言うと、俺は同行することを許された。
途中俺の家に寄り、母の机から取り出し持ってきた結界札を三人に見せたところ、幻尊さんはともかく女性陣は珍しい物を見るようにまじまじと見ていた。
二人は名前だけ耳にしたことがある程度で、結界札を実際に使用した経験はないというのだ。
念のため幻尊さんに調べてもらったが、器を施し終えた結界札の正規品だと判明。母さんは幻尊の言った通り見習い裏方霊媒師で、前線に出る霊媒師が使う道具の器を家で施していたのだ。
多分、できた完成品を机の引き出しに入れておき、支部施設へ届ける前に逝ってしまった可能性が高い。事実はどうあれ三人もそれは有り得ると納得していた。
光華と幻尊さんも結界札があれば俺の安全は保障できると言い、瑠唯さんも肩の荷がとれたように晴れた表情で同意したのだ。
とんだセキュリティーの秘密結社であったが、全部結界札の存在が大きいんだろう。でなきゃ、確実にNGである。
そんなこんなで、ワゴン車は俺の家から出発。現在は坂道を登り切った先にある十字路を、直線に進んでいる。車内はピリピリとした空気が漂っていた。
「はわはわはわ~」
瑠唯さんも緊張しているようだ。よくわからない独り言を呟いている。
車を運転する幻尊さんと助手席の光華の顔こそ見えなかったが、除霊に意識を切り替えるため集中している様子が伝わってきた。
勿論俺もである。恐怖感と緊張感が徐々に身体を蝕んできた。ズボンの右ポケットに仕舞った結界札を汗ばむ手で握る。これがあれば大丈夫だと幻尊さんは言っていたが、命の保証ができない危険な場所に同行するのだ、怖くないワケがない。
「俺は万事オッケー、何も心配する必要はない。だから大丈夫だ……お?」
自分自身に言い聞かせている間にゆ~わ~るどへ通じるゆるやかな坂道を一気に進むと思いきや、脇の小道に外れていった。数メートル程進んだところで、幻尊さんは車を車道外側線に横ずける。
「俺は現場までの下見をしてくらぁ。お前らはここで待機しててくれ」
幻尊さんが皆に指示を伝える。
そしてワゴン車のエンジンを切り、一人坂道の方へと向かっていった。
「了解ですッ」
と、声が上擦る瑠唯さん。
「おっけ。んぅ~」
光華が腕をほぐしながら後に、車内灯を点けた。暗かった車の中が、一気に明るくなる。
部屋が明るくなったから光華の服装がはっきり見えた。上着はタイトなサイズで黒色のシングルライダースジャケット。インナーは、鮮やかで薄いロイヤルブルー色のVネック形状のカットソー。
ボトムスは黒色と白色の小さなひし形が交互に並び、それが全面にわたってデザインされている、いわゆるモノトーンのダイヤ柄が印象的なズボン。
真っ黒なエンジニアブーツを履き、かぶっているソフト帽はつばの上部に淡い灰色のリボンが一週巻かれている。
うん。やっぱ霊媒師の恰好というより、ロックミュージシャンにしか見えん。
唸っていたところ、いつの間にか光華が身を乗り出してきた。
「ちょっと麗二。さっきから何チラチラとこっち見てるのよ?」
「え、あ。べ、別になんでもねぇよ」
「嘘。何かあるから見てたんでしょうが」
ますます不審に思ったか、ますます訝しげに見てくる。
ったく、近づきすぎだっての。カットソーの下から小ぶりな胸がチラチラ見えてるぞ、おい。
「いいから話してみなさいって。あっちに行ってからだと遅いのよ?」
「あ…………!?」
しっかしこうも顔が近づくと、今から危険な場所に行くというのにドキドキしてしまう。
きめ細やかな肌。ピンク色で瑞々しい、形のよい唇。見ていると吸い込まれそうなほど真っ黒な瞳孔。香水だろうか、柔らかで甘い香りが俺の鼻腔を刺激する。
右腕に付けたブレスレットが見える他、爪に塗られた黒いマニキュアが車内灯に反射して光っている。
その独特の色気に目を奪われ、俺の頬が熱を帯び心臓の鼓動も別の意味でどんどん強くなっていく。
このままだと思春期心臓的な意味でヤバイ。
「いやさ、光華。幻尊さんはともかく、お前と瑠唯さんの恰好がどう見ても霊媒師の恰好には見えんのだが。ただの私服じゃねぇか」
何故このような恰好をして霊媒に望むのか、正直聞いてみようと思った。
「そんなことか。いやね、霊媒師はまさにそれっぽいって恰好なのは芳しくないのよ。あたしらの活動的に、できる限り目立っちゃいけないワケ。語弊があるようだけれど、あたしらは日陰者なんだから。ま、お父さんはそれを無視して正装だって言い張ってるんだけど」
「成程。そういった理由があったのかい」
あくまでも影で活動するから、見ただけで怪しまれるような恰好は避けろって意味なんだな。
そうして服装の解説を聞いていたところ。運転席側のドアが豪快に開いた。
幻尊さんだ。
「幽霊共が見当たらねぇ。こりゃもう廃墟に集まっとる。光華、先に結界札の登録術式を教えるからこっちにこい。二人はもう少し待っててくれ」
「はいはーい」
光華が車から出て行った。
瑠唯さんは何も言わず目を閉じた。除霊前の精神統一でもしているのだろうか。
そして約十分程の時間が経ち――
「待たせたな。瑠唯ちゃんに麗二君、出発するから降りてくれ」
来た。心臓のバクバク具合が一段階上がった。
ブレスレットを左腕につけて立ち上がった瑠唯さんに続き、後部座席側のドアから降りて外に出た。
「よーし、今日も除霊の時間がやってきたぜぇ」
ドスの効いた声。その言葉に頷く光華と瑠唯さん。幻尊さんが不良のように指をぽきりぽきりと鳴らす。素手で戦いそうな勢いだな。
「よし光華に瑠唯ちゃん、除霊具を取り出すぞ。こっちに来い」
車の後方へと向かう。いよいよ霊媒師の武器、除霊具とご対面である。
「しても暗いなぁ」
世界はすでに真っ暗闇で、満点の星空が各々の存在を誇示するかのように光り輝いていた。
この時間帯になると付近の道路には通る車もなく、街灯が道を妖しく照らしているだけだ。
それにしても……ここに着いた時から思っていたが確かに霊の気配は全然しないし、いざ外に出ても姿形さえ見当たらない。
普段だと、どんなに少なくとも一体は視認できるのだが。
幻尊さんの言う通り廃墟に幽霊が集まっている状態、だからなのか。
「よっと。おらよ光華。封光だ」
「ありがと」
バックドアを開けた幻尊さんが光華に手渡した封光と呼ばれた物は、薙刀を模した除霊具だった。
長さは光華の足元から首辺りまである。先端は稲妻のように湾曲しているな。
持ち手部分は赤褐色で、木製バットほどの太さだ。
「瑠唯ちゃん、今日も甲奘で百発百中を一つ頼むぜ! 甲奘と釈浄刃だ」
「えぇ、全力を尽くします」
幻尊さんが期待の言葉を掛けながら瑠唯さんに手渡したのは、甲奘と言われた拳銃そっくりの形をした物と黒いガンホルダー、そして釈浄刃という名の短刀の形をした物の二つ。どちらも赤紫色だ。
瑠唯さんは釈浄刃をダブルライダースジャケットの右ポケットに仕舞い、甲奘は装着したガンホルダーに入れる。あれでどうやって除霊するんだろう?
「さて、俺はっと。今日も頼むぜ、壽蓮樹」
幻尊さんが己を奮い立たせるように、壽蓮樹と名づけられた得物へと呟く。
彼が最後に取り出したのは、淡紅色の木刀だ。
三人の除霊具に共通するのは全て木製。そして驚いたのは……皆が自分の除霊具をそれぞれ手に持った瞬間、除霊具が霊感持ちのオーラと同じく、金色の光を出したのだ。
「皆の除霊具についてるあれは、お札か?」
そしてもう一点。難しそうな漢字が書かれた小さなサイズのお札が随所に貼りつけられている。
除霊に使う武器どころか、いわくつきの物にしか見えない。
俺が異様なデザインの除霊具を凝視していると、幻尊さんがまた何かを取り出した。
「麗二君。これを持ってくれ」
「あ、はい……って、リュック?」
幻尊さんから手渡された物は、シンプルなデザインの黒いリュックサックだった。
「除霊に使う道具が入ってるんだ。廃墟に入ったら使うんだが、麗二君が持っているのが一番堅実だからよ、頼むぜ」
幻尊さんがはつらつとした声で説明しながら、LEDランプを消し、ワゴン車のバックドアを乱暴に閉じる。
「えと、わかりました」
何が入っているのであろう。若干重いし、表面がツルツルしてるようだが……まぁ何かしら指示があったら渡せばいいんだな。
「いよいよか。さぁ、行っくわよー!」
「うぅ、わかっているのに除霊前は緊張しますね」
「大丈夫よ瑠唯。今日もチームワークで助け合っていきましょ」
「はは、光華の自信が毎度のこと羨ましいです。最善は尽くしますがね」
光華が不安げな瑠唯さんの背中をぱしぱし叩き激励する。そして彼女は空いてる手で瑠唯さんの手を握り、廃墟へ続く道を先に歩いていった。それは弱気な妹をリードしてやる強気な姉のようにも見えた。
「俺も行かないと」
ここを抜ければ、同じ世界であっても亡者側のテリトリー。狂暴化した幽霊が襲ってくるという恐怖の領域だ。
「うん、大丈夫大丈夫」
俺は震えたまま手をズボンの右ポケットへ突っ込み、自分に言い聞かせた。
そうでもしないと体の底から徐々に突き上げる不安感、と称するのはいささか激しすぎるモノに蝕まれて、どうにかなってしまいそうだった。
余計なことを考えないように恐怖妄想を抑えこみ、唾をゴクリと飲み込んでから第一歩を踏み込もうとするが――
「んぁっ!? 幻尊、さん?」
ぶつかるまで気がつかなかった。
幻尊さんが俺の前へ、金剛像のようにずっしりと立っている。その視線は、俺を突き刺すと言わんばかりの鋭さだ。正直、幽霊よりも怖い。
「ど、どうしたんでしょうか!?」
「麗二君、もう一度問うぞ。結界札があれば傷つく必要はないし安全だが、悪霊の巣となった廃墟は瞬時の判断が必要で、早急に対応していかなきゃならない。そんな場所へ行く覚悟、これまでの日常から転換してしまう覚悟が君には、あるのか?」
ドスの効いた低い声で、俺に決意を確認してきたのだ。
威圧感割増しの迫力溢れる顔が怖過ぎる。
「俺は…………!?」
確かに怖い。怖くてしょうがないけど、しょうがないけど!
俺の行く末を思って霊術式を掛けてくれた母さんのことを考えると、不思議と徐々勇気が湧いてきたんだ。答えはもう、決まっている。
「さっきも言いましたが、今しか行くチャンスがないなら、どうか行かせて下さい。俺だって見習いだったとはいえ神位霊媒師、神内良子の息子だ、覚悟はとっくにできてますッ!」
ありったけの勇気を振り絞って、力強く宣言する。
幻尊さんは何かを見抜くような視線で俺を見据えた次には「ほぉう……」と含み笑いをしてみせた。
「よしきたッ! 男だったら死地の一つや二つ、くぐり抜けてみせろ!」
最終許可をもらった。俺はこれから未知の領域に足を踏み入れる。
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