光明

「ちょっと父さん、まだ何かあるの? もう話はまとまったじゃない」


 光華が高校生三名の気持ちを代弁するように、幻尊さんへ問い掛けた。

 幻尊さんは車用電波時計をチラッと一目する。


「麗二君、まだ話していないおめぇのブレスレットの話と俺達が行う除霊について、詳しく話すよ」

「え――は、はい」


 俺は幻尊さんの言葉の真意への理解が薄いまま返事をする。

 少し遅れて、女性陣の『えぇっ!?』という驚きの声が揃った。

 ビックリしたじゃねぇか、おい。

 しても光華が幻尊さんの許可がいると言った除霊の全容を、本人自ら明かしてくれるだと?


「ちょっと! 除霊のやり方まで話すの。父さんがいいんならいいけど……それが麗二のブレスレットとどういう関係があんのよ?」


 光華の疑問形口調が強まる。彼女でさえもワケがわからなくなっているようだ。


「だから今から全部話すって。一から説明しないと麗二君が混乱すると思ってよぉ」


 そんな光華を幻尊さんが宥める。

 ワゴン車が大原町唯一の本屋を過ぎた辺りで、左ウインカーを出しながら歩道側へ寄り停車させる間、


「神内さん、ますます状況が読み込めないのですが。もしや、まだ何か秘密を持ってたりするんですか?」


 俺同様に依然として状況が呑み込めていない様子の瑠唯さんが耳元で囁いた。

 こちらも意味不明という感じ。光華の顔色と一緒である。


「いやいや、除霊はともかくブレスレットの方は解決したと思ってんだけど」


 そう返すしかなかった。

 まだ明かされていない秘密が残っているのだろうか。車を停車して数秒後、幻尊さんが後方へ身を乗り出した。人通りも交通量も少ない夜の商店街同様、しんとする車内。

 幻尊さんが神妙さを極め切った顔になり、第一声を放とうとしていた。


「麗二君、幽霊や悪霊は丸腰じゃあ干渉できない。何故なら奴らは俺達みたいな実体じゃないからだ。そこで奴らに干渉するために俺達は特殊な得物を持って戦うのさ」

「特殊な、得物なっ、なんだってー!?」


 俺の顔は某超常現象調査漫画のキャラクターのような表情になっているだろう。

 思わず額を抑える。衝撃だった。どうやら俺が思っている除霊は経文読んで終了とか簡単に終わるものではなさそうだ。

 自分の中にある常識の壁が、ガラガラと崩れ始める。

 驚愕のあまり次の言葉が出てこない。


「おじさまの話に補足しますね。悪霊が発生すると幽霊も共鳴して凶暴化するんです。当然襲ってきますので、私達は神位霊媒師の方が特殊な器と霊術式を施した武器、除霊具を使って戦うんです」


 瑠唯さんが更にとんでもない話を追加。異能力バトル漫画のようなことを言いだしたよ、この娘。

 悪霊だけでなく幽霊までヤバくなるなんて聞いてないぞ。

 しても――


「除霊って、本当の意味での戦いなんだな……!」


 声が裏返える。カルチャーショックなんてレベルじゃない。

 グロテスクな容姿である幽霊が襲って来るなどモンスター映画そのもので、武器を使って退治するとかまるで創作の世界だ。

 俺は気の毒そうな顔をした光華へすがるように視線を合わせた。


「光華、お前が言ったシークレットな内容ってそういう意味だったのか」

「ええ。許可はともかく、こればっかりは喫茶店なんかで喋るわけにもいかないしね。麗二の性格上パニくっちゃって店で騒いじゃうのは目に見えてるもの」


 光華が苦笑を漏らす。いや、俺に限った話でもないと思うが。


「神内さん……無理もないです。いきなりこんなことを言われても混乱するだけですし」


 頭の中がショートしかけた俺を覗き込み、瑠唯さんが心配して気遣いの声を掛けてくれた。


「うん、大丈夫だ。光華が言ってた命を懸けるって意味もわかった」


 荒唐無稽にもほどがあるが、冷静に考えると普通の人にとって俺らが幽霊を見ている事実すらフィクションだ。幻尊さんたちがわざわざ手の込んだ嘘を長々と言っているハズもない。

 覚悟を決めて俺に霊能力関係の話を打ち明けた光華を考えると、徐々にだが納得はできつつあった。


「麗二君。悪霊、幽霊を除霊するって意味を理解してくれたかい」


 幻尊さんの表情は厳粛そのものだ。


「えぇ。同じ霊感持ちの皆さんが冗談で言ってるハズもないですし」


 俺の本心からの考えに、幻尊さんが厳粛な表情を少し崩す。


「ありがとうよ。俺達の仕事はな、人に取りついたり驚かしたりする小者系統の幽霊を除霊するのがメインで、悪霊退治のような危険な仕事なんて昔はそうそうなかったんだがなぁ。最近になって悪霊除霊がメインになっちまった。神位霊媒師だって人材不足だってぇのに」


 やれやれと肩をすくめた。

 この話は光華が話してくれた、気の残骸が溢れる寸前で悪霊の出現率高すぎな廃墟増えすぎ問題と関係があるんだろう。急激に悪霊の除霊仕事も増えてしまい困窮に立たされてる状況はわかった。

 除霊の仕組みは理解できてきたし、そろそろ本題を――


「長くなっちまったが最後の話、麗二君が無くしちまったブレスレットの件だが」

「は、はい!」


 きた。またも沈痛な面持ちを見せる幻尊さんが、


「霊媒師が悪霊を除霊した後、二度と悪霊が発生しないようにするため、強大な結界を施設中に張るんだが、その際のショックで登録霊術式を施したブレスレットでも旧式の物は、全て壊れちまうんだよ。麗二君が良子さんからもらったブレスレットはおそらく世代的に、旧式だろう」


 残酷な現実を告げたのだ。


『な、なにィ!?』


 コンマ数秒遅れて驚声がハモる――って、光華に瑠唯さん。何で君らまで驚く?


「えっ!? 初耳です! ブレスレットの年式が違うだけでそのような弊害があったんですか!?」

「父さん、そんな話聞いてないわよッ!」


 一様に、飛び上がる勢いで幻尊さんへ疑問をぶつける女性陣。

 そんな彼女らに幻尊さんは、


「最初期は登録していないブレスレットを余分に持っていってたから解決できてたんだがな。最近のブレスレットはちゃんと耐えられるよう、新たに開発された守輪の技っていう霊術式を最初から施してあるからなぁ。だからお前ら世代には教えてねぇんだわ、すまんな」 


 実情を説明し、ぱんと手を叩いて謝る。

 俺だけじゃない。若い霊媒師たちにも知られていない情報だったのか。

 肩を落とした俺に、瑠唯さんと光華が俺に申し訳なさそうな視線を向け、


「神内さん、私も勉強不足でした。わかっていれば駅前で神内さんとお話しをした際に伝えることができたのに。申し訳、ありません」

「私も知ってれば話をした時言えたのに。こんな形になっちゃって、ホントにゴメンなさい麗二」


 揃って頭を下げる。


「二人が悪いワケじゃないよ。頭を上げてくれ」


 しっかし、想定外の問題発生だ。まさかのどんでん返しかよ。


「すまねぇ。結界自体、完全に施すまでに時間がかかるからその間に見つけて麗二君だけ外で待ってもらえればいいんだが。悪霊が発生しちまった廃墟に素人が同行するのは危険すぎるからよ」


 精悍な顔を曇らせた幻尊さんの言葉に、女性陣も俺も沈んだ顔で頷く。

 確かにデンジャラス。狂暴化した幽霊に襲われたら精神崩壊して廃人になってしまうのだ。

 ならば俺が同行するなど自殺行為。足手まといになるだけ。同行を三人が許すはずもない。こればかりは、どうにもならない。

 苦虫を噛み潰したような表情になるのを感じつつ、大きなため息を吐いた。

 母さんすまねぇ。せっかく俺を思って繋いでくれたブレスレットが見つかるかもしれなかったのに。


「お母様の形見、心中ご察知します。せめて、結界札という物があれば大丈夫なのですが」


 瑠唯さんが光華と幻尊さんの顔を交互に見やる。二人は俯いたままだった。

 けっかいふだ。瑠唯さんの口ぶりからするに、それがあれば俺も同行できるのか?


「――ん? けっかい、ふだ!?」


 覚えがあったのだ。表情へ光が戻っていくのを感じる。


「その、結界札とやらについて教えて下さい」

「結界札、一定時間幽霊の害から守ってくれる、つまり幽霊相手には無敵になる便利なもんだ。除霊を受け持つ全霊媒師に支給されていた――四年前まではな」


 俺の問いに答えた幻尊さんが、腕を組みながら眉をひそめた。


「四年前まで? もしや今は、無いとか」

「ああ。器が完成するまでにどえらい霊通力を使うし無茶苦茶時間もかかるうえ、本命の悪霊相手にはどうしても効果がでねぇ。以前までの悪霊発生率なら間に合ってたんだが、昨今の悪霊出現率上昇に伴って見直されてな。神位霊媒師も人材不足だし、いつまでも成果がないなら廃止して違う札の生産に人員をさけとなったのさ」


 確かに安心しきって不意のアクシデントに見舞われたり、結界札がない時に適切な行動ができなきゃ、霊媒師としての意味がない。

 けど噂の結界札とやら。もしや「アレ」で間違いないのでは。


「――その、結界札なんですが、見た目も詳しく教えてくれませんか?」

「見た目か? こう、長方形で手のひらに収まるサイズでな、真ん中に書かれた黒い枠の中に漢字三文字で結界札と、隷書体という字体で書かれているんだが……それがどうかしたのか麗二君?」


 何故に結界札へ対して詳しく聞く必要があるのかと疑問に思ったのか、幻尊さんが逆に質問を返した。

 光華に瑠唯さんも光を取り戻した俺へ注目する。


「それ、母の机の引き出しに入ってたような。多分亡くなる前に作って、そのままだったやつかなと」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔という言葉があるが、俺が言い切った瞬間の霊媒師三人の顔が、まさにその通りであった。

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