接触、楠野幻尊
俺と瑠唯さんがワゴン車に乗り込む。
助手席には濃藍色のソフトフェルトハットをかぶり、黒色のシングルライダースジャケットを着て、左耳に黒色かつハートの形をしたピアスを付けている光華。
運転席には赤いバンダナを頭につけた、いかつい髭面かつ目つきが悪い大男――光華の親父である幻尊さんと思わしき人物が座っていた。
和尚さんの着る服、黒い法衣を着ているが両腕共に袖まくりをして、紐で縛っている。ブレスレットは左腕に付けていた。
光華はともかくだが、この人は霊媒師っぽい雰囲気を醸し出している。
「ホントに親子かよ」
小声が出てしまう。聞かれてないはずだ、うん。全然光華と似てない。
俺は幻尊さんに色んな意味で圧倒されながも表面上は平静を繕い、光華と幻尊さんに挨拶をしてから運転席の後ろの席に座る。
『オウ!』という馬鹿でかい声が幻尊さんから返ってきた。見た目の通り豪快そうな人である。
「光華におじさま、今日も宜しくお願いします」
続いて俺の隣に座る前に、瑠唯さんが深々とおじぎをする。
ホント良くできた子だな。
「おう! 見ねぇうちにまた美人になったんじゃねぇか瑠唯ちゃん! 今日もよろしく頼むぜ」
「昨日一緒にご飯を食べたばっかじゃない。今日もよろしくね、瑠唯」
光華がいささか呆れ顔で幻尊さんに突っ込みを入れた後、瑠唯さんへ柔和な笑みを浮かべる。
「で、オメェが話をしたいっていう光華のクラスメイトか。俺は楠屋幻尊、光華の親父だ」
運転席から身を乗り出す幻尊さん。
まず筋肉猛々しい腕に目がいった。腕相撲しても絶対びくともしなさそうである。
「俺は神内麗二と言います。今日は幻尊さんに色々とお伺いしたいことがあって」
「光華から大筋は聞いた。目的地へ行く途中に送るがてら話を聞いてやるよ。おめぇの家は大原町のどこにあるんだ?」
「ありがとうございます。家までの道のりなんですが皆さんの目的地に行く途中にあるので。近くなったら言いますね」
「おお、そうなのか。よし、じゃあ行くとすっか」
幻尊さんがギアをチェンジ。
やけにうるさい音を立ててワゴン車が発車し、寂れた商店街の入り口の方へと向かっていく。
「さて麗二君、まず最初にこっちから聞きてぇことがあってな。もしかすっと、おめぇは良子さんの息子かな?」
「え! は、はい。知ってるんですか!?」
幻尊さんが早くも核心をついたのだ。
俺が驚喜すると、幻尊さんも「おおぅ!? やっぱりか!」と、同様の反応を見せる。
「おめぇも霊媒師の話を聞いて勘付いたと思うが、当時の良子さんは霊媒師……の修行をしている身だった。その見習いの時点で神位っていう高レベルの実力を持っていたのさ」
そして、偉大な存在を敬うように詳しい事実を明かした。
「えぇ! 神内さんのお母様が……見習いの方が神位!?」
瑠唯さんは口に両手をあて、喫驚を含んだ大きな瞳を俺に向けた。
「やっぱ麗二のお母さん、霊媒師だったのね。けど、見習い中の人がすでに神位って……!」
光華も助手席から俺の方に振り向き、改めて驚愕の色を含んだ顔を向ける。
女性陣は俺の母さんが霊媒師だったのは予想出来ていたが、その修行中という立ち位置で神位の霊媒師とやらだったというのが想定外な様子だ。
俺も母さんが霊媒師になった経緯等不明な点はどうあれ、一人前でなかろうがやはり霊感に携わる人だったんだという予感はしていたので、驚きは薄かったのだが。
「その、神位霊媒師っていうのはやっぱ凄いってことなんですか?」
俺は三人のうち誰となく質問を投げかけた。
「霊媒師にも当然実力ランクはあるんだけど、神位霊媒師は霊感持ちなら誰でも持ってる霊通力って力を最高レベルに持ってる人のことなの。麗二にブレスレットを登録するための、霊術式を施す時に使った力って言えばわかるかしら!」
光華が反応。少々興奮気味に俺へ説明をしてくれた。
「俺の手を挟んだ時の……あれかよ!」
自分の手をまじまじと見つめた。気の力の類だと思っていたのが霊通力、だったのか。
しかも霊感持ちなら誰でもとなると、俺でも持ってるということだよな。
「つまり、母さんが凄まじい力を持っていたと?」
喫茶店の時と同じく、質問ラッシュを敢行するしかないだろこりゃ。
「俺達がブレスレットや対象となる物に霊術式を施せるようにするためには、器ってもんを張り巡らせる必要があんだが、その器を作るにも莫大な霊通力が必要になってくるんだ。神位霊媒師でないと無理なんだよ。良子さんは除霊に関しては修行中だったがそれ以外に関しては重要な裏方業務をしていたのさ」
幻尊さんが運転のために前を向いたままだが、当時の記憶を思い出すように話す。
「へぇ……母さんが!」
まさか我が母親が、そこまで凄い人だったなんて。
「おう、今はもう亡くなった蓮心さんっていう神位霊媒師の方が、麗二君の親父さんと出会う前、強すぎる霊感に悩みやさぐれていた良子さんを見つけて、ブレスレットを渡した際にその素質を見抜いてな。神位にまでなれるようなセンスの霊媒師は中々いねぇ、その時蓮心さんにスカウトされたんだ。最初は良子さんもあまり乗り気ではなかったようだが、助けてもらった恩もあるしと承諾してくれてな」
幻尊さんの口から次々と事実が明かされていき、俺もそうだが瑠唯さんも再度、驚嘆の声を上げた。
光華は、
「蓮心さんにスカウトされる人なんて中々いないわよ。しかも見習いの時点で神位確定の霊通力って、もうドラフト一位といか言いようがないわね」
またも目を輝かせて解説してくれた。
その霊媒師としてのセンスはともかく――蓮心さん、母さんが霊媒師になるきっかけとなった人か。
母さんを救ってくれてありがとうございましたと、心の中で黙祷する。
「そもそもスカウトされるまでの霊通力を霊媒師に関係のなかった一般の方が元々持っていたのは凄いですね。私の家に所属している霊媒師も皆、古くから従事している人だけですし」
瑠唯さんが物珍しそうな表情を浮かべて俺に視線を移した後、
「おじさま、神内さんのお母様とはいつごろに知り合われたのですか?」
間髪いれずに俺がちょうど聞きたかったことを質問してくれた。
彼女も光華と同じで、俺の母さんを取り巻く事情に興味津々のようだ。
幻尊さんは母さんとはいつ知り合ったのだろう?
これだけの事実を知ってるなら、生前幻尊さんと知り合いだったに違いないが。
「俺が三十路になった頃か、蓮心さんの家に入用で行った時に何回か話をする機会があって知り合ったんだ。良子さんには普段就いてる仕事の傍ら主に自宅でブレスレットやらに器を施してもらい、完成したら蓮心さんの家に届けてたんだよ。流石に、麗二君が生まれる前後は休んでもらってたそうだが」
幻尊さんが語るブレスレットの製造から納品までのシステムを聞いていた最中、ハッと思い出すモノがあった。
「成程……そーいえば親父から、んな話を聞いたような。親父からも母さんは知人からスピリチュアル的グッツを作るアルバイトを紹介してもらい、不定期に自宅で作っていたとか聞いたことがありました。親父に霊感関連の話をするとややこしくなるし、ばれないように上手くやっていたのでしょうが」
その内容がまさかこんな超常的な仕事だったとは。
親父はともかく、俺だってこんな形で真実を知るなんて思わなかったよ。
「麗二君の考え通りかもな。そんで蓮心さんは交通事故で亡くなったんだが、それを良子さんに連絡しようにも当時はこっちに支部施設はねぇし、俺も他の神位霊媒師の方も神位とはいえ、正式に霊媒師になってはいない良子さんの連絡先までは知らんからどうしたものかと。光華から麗二君の話を詳しく聞いて、まさかとは思ったが……亡くなっていたとは」
幻尊さんがとても悲しげな口調で喋った。
数年振りに聞く知り合いの近況が、こんな悲しい形になるとは思ってもみなかっただろう。
「こっちの地方に支部施設が出来たのは、他の都道府県と比べて最後の方だしね。それまでは、神位霊媒師個人の家で定例ミーティングとかやってただろうし、良子さんは蓮心さん以外の霊媒師とは父さん以外に関わりがなかったろうしね」
と、補足する光華。
「ですね。そして経緯を聞いて思ったのですが……神内さんに大事がなくて本当に良かったです」
瑠唯さんも安心したように頷く。
「だよな。話聞いてっと瑠唯さんと光華と同じ高校で、本当に良かったと実感してる」
座席を後ろに倒し、安堵の息をついた。
なんという運命の巡り合わせだろうか。へたすれば、バットエンド一直線であったのだ。俺は運が良かったんだ。
「母さんの事情は大体わかりましたよ」
最後の疑問、俺の身に宿る感覚。これさえわかれば全ての疑問は、晴れるんだ。
俺の身に宿る感覚は、母さんと関係があるに違いない。
商店街はもう少しで抜けるが、俺の家に着くまでの間でも十分に話せるだろう。
身を起こして、
「幻尊さん。最後に一つだけ聞きたいことがあるんです。光華から聞いたと思いますけど、俺の感覚の正体は一体? 光華は登録ができたら合図として必ずブレスレットが光ると言っていましたが、俺が母にしてもらった時は光らなかったような気がして……」
ラストクエスチョンを投げかけた。
道幅の狭い道路を安全運転で進む幻尊さんが一呼吸し、面白そうに鼻で笑った後、
「おそらく輪生守護に間違いない。一族に大事があって霊感の知識がない奴一人になっても困らんよう、当人が霊感へ完全に目覚めた時に反応してブレスレットと呼応する神位霊媒師の中でも更に一部の人しかできない応用霊術式だな」
まるで魔法のような事実を教えてくれたのだ。
「えぇっ!? 何よその霊術式! てか麗二の仮説まんまじゃん!?」
「私、そのような霊術式はお父様からも聞いたことがないです!」
驚愕に満ちた顔を俺に向ける光華と瑠唯さん。
直感が鋭いとは言われるけど、ここまで当たってしまうとは。
「母さん、念のためを考えて、俺にその霊術式を施してくれたってことなんでしょうか」
「そうとも。俺も光華から話を聞いて確信した。蓮心さんから事前に学んでたんだろう、最悪の状況を考えた最終手段でな。輪生守護をやる人が少なくなったのも実際問題、神位霊媒師の中でもそこまでのレベルに達してる人がそうそういないってのもあるんだ。絶滅寸前の伝統芸能――良子さんのセンスは本物だ」
幻尊さんが感心しながら超絶霊術式を解説した。
「蓮心さんも神内さんのお母様も、本当に凄いです! どうしたら出来るのか想像できません!」
瑠唯さんと、
「輪生守護ねぇ。あたしが聞いたコトない霊術式が、まだまだあるわね」
光華が一様に賛嘆する。
俺だって言葉を失ってしまっている。
輪生守護か。母さんはかなり凄い霊術式を使える、神位霊媒師のスーパールーキーだったんだな。
「自分に何かがあってもいいように、良子さんは輪生守護を麗二君へ施したんだろう」
「母さん……」
幻尊さんが感服するように語った母さんの行動に思わず涙腺が緩むが、ぐっと堪える。
真相を全て理解し、決意はより凝固に固まった。絶対回収しに行かないと。
「ブレスレット本体は今頃無くした先で点滅しながら持ち主を待ってるだろう。しかしガキだったとはいえソレ自体を何年と経たない間に無くしちまうとは良子さんも思ってもなかったろうな!」
ガハハと幻尊さんが豪快に笑う声が車内いっぱいに響き、光華と瑠唯さんもつられて微笑を漏らした。
自分が間抜け過ぎて恥ずかしい。俺は羞恥のあまり、頭を抱えた。
「痛感してますよ。まずは、皆さんの除霊が終わってから後日にでもゆ~わ~るどを探索してみようかと」
俺が無くしたのが一番悪いが、母さんだって自分が突然病に倒れるとは考えてもいなかっただろう。
「全部わかっちゃってよかったわね麗二。喫茶店でも言ったけど、そん時は付き合うわよ。あと、瑠唯も参加ね」
喜色に満ちた表情をした光華が形見の捜索を促すと、
「えぇ、もちろんです」
瑠唯さんは当然と言わんばかりに首肯した。
「あ~それでな、すまんがまだ話は終わっちゃいねぇ。麗二君、こっからが本題なんだよ」
「はい?」
幻尊さんが一件落着しつつあった和やかなムードを割くようにして、先ほどの朗らかな様相から一転、真剣さが混じった声色で喋る。
瑠唯さんも光華もそんな幻尊さんを見て、意表を突かれたような顔を浮かべている。
俺だって同じ気分さ。一体何を言い出すってんだ?
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