年下の霊媒師、慈円瑠唯

電車は俺の地元、大原駅に到着。

 駅を出て空を見る。星々がちらほら姿を出し始めていた。

 駅前は数台のタクシー止まっているだけ。向かい側の道路は人通りも車通りも少ない。この時間帯だと店じまいに取り掛かる店舗多数の商店街。

 うん、我が地元町の見慣れた光景である。

 周りに幽霊も見当たらない。家までの帰路――俺は商店街の方へ向かおうと、第一歩を踏み出す。


「あのぅ、すみませ~ん」


 声を掛けられた。


「ん?」


 俺が振り向くと、顔を赤めてもじもじとした様子でいる銀色の髪色が印象的な女の子が近づいてきた。


「うぉう!」


 この娘、昨日の純白のパンティー(多分)を履いていた女の子じゃないか。

 違う駅から乗ってきたのだろうか、全然気がつかなかったな。 

 面と向かって彼女を見るのは初めてだ。端正な顔立ち、しかし美人――というよりは可愛らしいと表現するべきだろうか。

 髪の長さはセミロング。毛先がふわふわとしたパーマで、それぞれがくるくると舞っているシフォンミディのヘアスタイル。

 前髪は赤いヘアピンでまとめ、美麗な艶かしさを放つ銀髪によく似合っていた。


「あの~。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど、少しばかりお時間よろしいでしょうか……その、すみません聞いてます?」


 彼女は細見の黒いダブルライダースジャケットを羽織り、インナーは丈が短く白いVネックのTシャツを着ている。

 ズボンはワインレッドのカーゴパンツ。そして年季がありそうなこげ茶色のブーツを履き、シンプルなデザインのレザー素材で出来た肉桂色のボストンバックを肩に掛けている。

 俺が彼女へ勝手に抱いていた、清楚でおとなしいイメージとはかけ離れたロックな恰好をしていた。

 こんな田舎町に何の用が? 

 友達の家で遊ぶ約束でもしてるのか――って、何やらこちらを怪訝な顔つきで見ているぞ。


「もしもし……私の声、聞こえてますか?」

「――ハッ。あぁ、すまんすまん! で、俺に何か?」


 いかん、いかんな。あまりにもカッコ可愛いもんで、見とれてしまっていた。


「はい。ちょっとばかし、お話ししたいことがあるんです」


 顔を赤らめて話す彼女に、若干ドキりとした。

 というか、君の形の良い安産型のお尻が頭の中に浮かんでしまって、現在進行形でドキドキ度が増しちまってるぞおい。


「俺に!? ああ、いいけど」


 声も上擦っちまった。

 駅の入り口で話すと出てくる人の邪魔になるので、俺たちはとりあえず脇の方に移動する。

 ちらりと流し見。銀髪少女の全身を纏う金色の光は、紛れもない強い霊感の表れだ。

 光華は同じような能力を持った人にブレスレットを売って回ってると言っていたが、すでに接触したのだろうか。

 光華は自分の手元に置けば効果はあると言っていたし、あのボストンバックに入っているかもしれないが、まず話を聞いてみてからだ。

 霊感への知識がないなら、俺が教えてあげないと。


「それと、申し遅れました。私は慈円瑠唯といいます」


 そう名乗った彼女は、ぺこりとお辞儀をした。


「じえん、るいさんって言うのか、俺は神内麗二、宜しくな」

「宜しくお願いします。神内さん、突然かもしれませんが、その、お聞きたいことがありまして」

「それって俺にしかできない話、なのかな?」

「はい! 大事なお話なんです。どうか、お願いします」


 上目使いでお願いされたぞ。

 狙ってやったんじゃないと思うけど……うんヤバイ、正直凄い破壊力でした。

 美少女なんて言葉、よく言ったものだがこの子のためにあるような言葉ではないのだろうか。

 丸く大きな、吸い込まれそうになるほど綺麗な碧い瞳。整った鼻筋に、桜色のリップが塗られた色っぽさ全開の唇。パンチラを見れただけでも奇跡なのに、こんな可愛い子が俺に突然話があるって。

 一日に同じシチュエーションが二回も続くとは思いもしなかったよ……あれ、これってデジャブじゃないか。まさか、彼女は。


「神内さん、とってもびっくりすると思いますし、いきなり言われて受け入れてもらえるお話しでも、ないかもですけど」


 多少おどおどしながらも、まっすぐと俺の瞳を見据えて喋る瑠唯さん。彼女は光華と同じ霊媒師かもしれない。八割方、霊感関連だろう。

 俺は脳内に広がっていたピンク色の妄想をかき消して、真剣な顔つきを作る。


「あのさ……瑠唯さん。俺の霊感に関係ある話で、いいのかな?」


 カミングアウト。

 光華だって霊媒師の役目とはいえ勇気を持って言ったんだ。

 違ってたら、上手く誤魔化せばいい。


「ええっ!? は、はい! おっしゃる通りです!」


 瑠唯さんは驚愕した表情を浮かべながらも納得してくれた。


「やっぱりか」 


 ビンゴだ。ホッとしたぞ。

 霊媒師の役目の一つ――霊感に目覚めた人へブレスレットを売るという霊感商法。

 彼女は大原町に用事あったのかはわからないが大方の大筋は、電車に乗った時あっちが俺の霊感を見抜いて、駅から降りたところを話しかけてきたってワケだろう。


「瑠唯さん、楠屋光華って娘、知ってるか?」

「はい。やはり、もう光華へ会っていたんですね」


 疑問が晴れたかのか、表情が晴れる瑠唯さん。これまた俺の予想通りってことだな。


「会ってるも何も、あいつとは一年からずっと一緒のクラスだ。まさか本当に霊感持ちで、さらに霊媒師だったとはな。今日の放課後俺に大事な話があるって、合宿棟裏で色々教えられてブレスレットを貰ったんだ。その後喫茶店に行って霊媒師のこと、話せる範囲で教えてもらってさ」

「なるほど……私は、すでに光華と会っているかもって思ったんですけど、同じ終点に降りたので一応聞いてみようと思ったんです。案の定、ブレスレットを貰ってるようで安心しました」


 彼女は心底安心しきった様子で、ボストンバックの中から自分のものであろうブレスレットを出して見せた。


「おう。堪能させてもらってますよ!」


 俺も気さくに笑みを返した。


「本当に良かったです。それと……神内さん、改めまして自己紹介をさせて下さい。私は、代々霊媒師として生きてきた慈円家の第十代目当主、慈円宙也の長女であり日本霊媒師連盟である魂救会所属の慈円瑠唯と申します。なにとぞ、宜しくお願い致します」


 多少オーバーな言葉使いプラス深々とお辞儀をされ、つられて俺も腰を下げる。


「は、はぁ。改めて、よ、宜しくお願いします」


 光華と同じく、瑠唯さんは昔からの霊媒師一家なのか。


「私の生まれは東北ではないのですが、今年の春から霊媒師が人材不足であるこちらの地方に派遣されてきたんです」

「人材不足だって?」

「はい。今までずっと定員割れだったそうで。私を入れて、やっと最低定員に達するんですよ」


 瑠唯さんは、先ほどの笑顔とは対照的に沈んだ微笑を浮かべた。


「そうなのか……」


 俺の知っている霊媒師は彼女を入れ、全部で三人。

 霊感持ち以上に少数の存在だ。それが近辺にこれだけいるってだけで愕然だが、まだ数が足りないのかよ。


「じゃあ瑠唯さん、今日のお仕事はこれで終了ってわけか?」

「いえ、まだです……今日はお仕事で、大原町に来たんです」


 否定。瑠唯さんが真剣極まる顔つきになった。


「し、仕事だと!?」

「神内さんはこの町にあるという、大規模な廃墟施設のことをご存じですか?」

「もしかして、ゆ、ゆ~わ~るか。わかる、けどさ!?」


 大原町にあるデカい廃墟なんてゆ~わ~るどしかない。

 俺が奇妙な感覚の元を確かめに行こうとしてた場所だぞ。

 光華の言葉が脳裏を掠めた。廃墟は幽霊が集まる場所――その悪い気が集まって幽霊が変異し悪霊化すると。


 まさか、なのか?


「名前はわかりませんが多分、神内さんが考えているところと同じ施設でしょう。悪霊が発生しました」


 瑠唯さんが駅前のショボい時計台へ目を移しながら、衝撃的な事実を告白。


「な、ななっ! マジかよぉ!?」


 予感的中。


「もっとも決行時間にはいささか早いのですが、除霊に向かうための前準備がありまして、スムーズに移行できるようにと幾分か早めに来たんです」


 琉唯さんが補足する。

 しかし、どういうシステムになっているんだ。瑠唯さんはこっちの人間じゃないし廃墟の名前も知らなかったのに目的地を知ってるから、電車に乗って大原町まで来たんだよな。

 何年も前に潰れた廃墟に何故悪霊が出たと知ったんだ?


「瑠唯さん、どうやってゆ~わ~るどに悪霊が発生したと知ったの? あと早めに行くと言ったけど、県外生まれの瑠唯さんが地元民しか知らないゆ~わ~るどまでの道もわかるのか」


 驚愕そのままに質問すると、


「私達霊媒師はある程度訓練すると、範囲は個人差がありますけど悪霊のような大きな邪念はどこから発生しているのか、おおまかな位置ぐらいはわかるようになるんです」


 瑠唯さんは淡々とした事務的な口調で、仰天してしまうほどの霊感探知能力を明かした。


「マジかよ! てことは、悪霊がどこで発生しようが気配がわかるのか! 凄いなおい。俺は別に、んなヤバそうなもんなんて感じないけど……!?」

「それでも限界はありますけどね。無制限にどこでもわかるわけではないですし。悪霊が出そうな大きな廃墟に予め目星をつけておいてるのもありますから」

「いやぁ、それでも凄いとしか言いようがないよ」


 超驚嘆。まさに自分が悪霊レーダーになったようなものである。


「私は感じ取ってすぐに光華にも連絡しましたが、彼女もすでに感じていたようで。それで光華のお父様、幻尊おじさまが家へ迎えに来た次第出発との手筈だそうで」


 瑠唯さんが、ズボンの右ポケットからファンシーで可愛らしいカバーに包まれたスマホを取り出し、画面を確認しながら言った。


「って、光華に親父さんも来るのかよ……」


 そりゃ危険な場所へ行くんだよな。一人で行くワケがない。当然仲間は必要だ。


「では、私は行きます。神内さん、また何かありましたら、私達に申して頂ければ」


 瑠唯さんは、再度丁寧にお辞儀をしてタクシーの方に向かっていく。


「ま、待ってくれ瑠唯さん」


 突然俺に呼び止められた瑠唯さんは、びっくりしながらも振り向いた。


「あの、何か?」

「君は恐くはないのか? その、命を落とすかもしれないのに」


 我ながら物騒な言葉を使ったと思うが、聞かずにはいられなかった。強い興味があったのだ。

 俺たちと同じ年頃の女の子が、危険を冒そうとしているその心持ちを。

 光華と同じ強い気持ちなのだろうかと。


「そうですね――」


 風で瑠唯さんの上質な絹糸のような髪が揺れる。

 瑠唯さんは信じられないような目をしているであろう俺を、少しばかりの憂いと強い意思が入り混じった表情で見つめて一呼吸おくと、


「それが霊媒師の、使命ですから」


 静かだが、熱い信念の籠った声色で言った。

 愚問であった。彼女も光華と同じ気持ちだったのだ。

 彼女は小柄なのに圧倒的存在感のせいで、俺よりも何倍もデカく見える。


「ホントに、女子高生かよ」


 同年代とは思えない信念と覚悟に衝撃を受け棒立ちする俺を尻目に、瑠唯さんは今度こそタクシーへと歩を進めた。

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