霊媒師 後編

光華が厳しい顔つきで悪霊に関しての説明を続ける。


「そんで、ここ十数年で悪霊の発生率が年々上昇傾向にあるんだって」

「な、何故だ?」

「日本の霊媒師本部のお偉方が言うには、バブル時代に全国に作られた観光施設やホテルなりの大規模な無人の廃墟に積もった気の残骸が、幾年も経ってどこもかしこも充満してるって話。そんなんだからてんやわんやなんだって」

「マジかよ!? そんなん日本中数えたらえらい数になるぞ。てか気の残骸ってやつは処理することはできないのか?

 

 俺の問いかけに美華が残念そうに首を振る。


「そんなん出来たらとっくにやってるわよ。最高位の霊媒師でもそれは無理だわ。黙って溜まるのを待って幽霊たちが集まって悪霊になるのを指をくわえて待ってるしかできないの」

 

 解決できない廃墟の気の流れのメカニズムに絶望するしかないということだ。

 そして幽霊――亡くなってなおも未練を持って、現世を彷徨う彼らが害をなす存在に変わってしまうとは、あまりにも救われな過ぎる……。


「まぁこれはさておいて、話を戻すわね。修行を積んでるあたしらには凶暴化した幽霊連中なんて余裕で除霊できるけど、悪霊はキツイってレベルじゃない。父さんを援護しながら私も戦ってるけど、一瞬でも気遅れしたら死を覚悟しなきゃいけない奴らよ」

 

 光華がまたも、さも当然のように言ったその言葉は、俺たち学生が大真面目に使う言葉ではなかった。 


「死を覚悟ってお前……!」

 

 思わず立ち上がってしまうところだったが、他の客の目が気になって抑えた。

 死を覚悟、何回もその言葉が頭の中でリピートする。

 何故そこまでして霊媒師をやる必要があるのだ。ひい爺さんの代からやっているとは言ったが、ブレスレットがあるならわざわざ命を投げる危険な除霊などしなくても、普通に生活してればいいじゃないか。


「なんで、んな危険な――」

「あたしたちがやらないと、関係のない人が犠牲になるからよ。精神的に死んで廃人になるのが怖いなんて言ってられない」

 

 俺が言い切る前。光華が静かに、だが奥底へ力強さと決意を含む声で答えた。


「麗二、あんたも不安がってたけどあたしだって同じよ。普通の人よりよけいに見えちゃう分、ブレスレットがなかったら幽霊に睨まれた時の痛みもズバズバくるし……これがない生活、想像もできないわね」

 

 俺の理解に苦しむといった表情を汲み取ったのか、光華もどこか物哀しげなを顔して言う。


「でも麗二、霊感は決して不仕合わせな能力じゃない。人として生を受けてきた以上、絶対に意味があると思うの。意味なく生まれてきた人なんていないわ。あたしたちは普通の人と違って特殊だけど、それでも霊感持ちしかできないコトがある。現世に踏みとどまってあの世に行けずに苦しんで、生きている者に行き場のない痛みをぶつけてくる悪霊、幽霊を逝かせてあげる。これが霊媒師にできる役割。だからあたしはもっと霊媒師として、成長していきたいなぁって思ってるの!」

 

 光華はさっきまでの、悲哀さが感じられる表情から、熱い語りが終わる頃には自信溢れる様相に一転していた。


「まだまだひよっこだけど、悪霊なんかに負ける気なんて毛頭ないから。誓ったげるわ、楠屋光華は絶対に負けませんってね」

「お……おう!」

 

 命を懸けるほど危険な除霊を、俺の目の前でへでもないと力強く宣言した光華。

 心配なのは変わらないが、それを帳消しにしてしまうような、妙な信頼感があった。

 にしても役割か。俺は今まで考えもしなかった。彼女はすでに普通の人ができない危険な除霊を自分のできる役割と言い、目標に向かって前進しているのだ。

 進むべき道が見えている。

 そりゃあ、彼女が霊媒師の組織とやらに所属していて、なおかつ家族で生業にしている、その特殊な集まりや仕事が当たり前な環境で育ってきたので、価値観からして違うとは思うけど。 

 だが俺と同い年なのに、大人顔負けの考えた方を持っているとは素直に立派だと思う。自分の意識を強く持つのが大事なんだろうな。

 俺は望まぬ霊感を授かってしまい「運が悪かったんだ」ってだけが頭にあった。

 けど神様が助け船を出してくれたのか、運命の気まぐれか、光華と出会いブレスレットを貰って、幽霊の視線はスルーできるようになったんだ。もっと前向きに自分の未来を考えてみようか。


「よーし! あたしのコトは以上で終了。次は、麗二のお母さんの件ね」

 

 光華が背伸びをしながら、次は俺の番だと促す。


「ああ、合宿棟裏で話せなかった話もあるんだ。ややこしいし、上手く説明できる自信はないが聞いてくれ」

 

 光華の話す霊媒師ワールドに度肝を抜かれまくりであったが、俺は冷静になって、合宿棟裏で断片的にしか話さなかった母さんのこと、まだ打ち明けてはいなかった俺に宿る不思議な感覚――それに対して立てた仮説に、感覚の元を確かめるため近いうちに廃墟、ゆ~わ~るどに調査へ行こうと計画していたことも話した。

 彼女は目を瞑りながら腕を組んで唸っているが、俺は続ける。


「だからさ、霊媒師だったかもしれん母さんの霊能力パワー、光華も言ってた術式ってやつが今になって生まれて、ブレスレットの在り処を教えてるのかなって考えてるんだって。他に思い当たる理由もねぇんだよ」

「本当にあるの? てゆーか、思い過ごしとかじゃない?」

 

 若干の疑いが入った眼差しを俺に向ける光華。

 じゃあこの力の正体は何なんだってんだい。


「思い過ごしだったらいいんだがな。霊感が強くなった五月半ばからずっと続いてるんだぜ、信じられるか? 大雑把な距離とか方角までしかわからんが、その建物の中にあるとは確定できるんだ」

「は~やっぱ駄目。あたしはわからないわ。そんな術式、あるのかしら」

 

 光華がため息を吐いて、テーブルの上で頬杖をつく。

 霊媒師の彼女でさえ俺の奇妙な感覚に関して知識はゼロなのか。


「光華でもわからんのか?」

「だって聞いたコトないもの……でも、あんたのお母さんは霊媒師だったと考えるのは妥当ね。霊媒師になりたいと志して、一から修行してなったんだと思うわ」

「修行……ね」

 

 頭の中に、母さんが滝に打たれながら経文を唱えているイメージが浮かんだ。

 一体、どんなきっかけがあったのだろう。


「ええ。霊媒師って昔からの家系で続いてるとこばっかだけど、まったくのビギナーから霊媒師に弟子志願する人がたまにいるのよ。麗二のお母さんも麗二もあたしたちとは違って突然霊感に目覚めたパターンだし、可能性は高いわね」

「まぁ、そう推測するのが自然な気がしてきたけどな」

 

 納得してうんうんと頷いた。

 考察をまとめるとまだまだ腑に落ちない点もあるが、霊媒師になった理由はどうあれ母さんは、家族には内緒で霊媒師をやっていたと考えるのが真相なんだろうか。

 光華と同じく霊媒師にしかできない役割へ誇りを持っていたからこそ、危険な除霊をずっと続けてたのかな。

 そしてコーヒーを飲み終えた光華が、一呼吸おいてから唇を動かした。


「ねぇ麗二、お母さんの名前を教えて頂戴」

「良子、神内良子だ」

「良子さんね、調べておくわ。けど、あんたの変な感覚の方はあたしじゃ力になれないかな。思い当たる霊術式が一つもないもの」

 

 呻いた光華が首を傾げて、困り顔になる。


「そっか……」

 

 母さんの件はともかく謎の感覚は、現時点では手詰まり。

 はて、どうしたものか。


「ぶっちゃけ、あたしも知らなくて学んでない霊術式はいっぱいあるのよね。これは父さんに聞く必要があるかな」

「えっ! 光華の父さんなら、わかるのか!?」

 

 成程。

 俺が期待に胸を膨らませて光華へ訪ねると、彼女は先ほどの難しい顔から、ふふんと自信満々な笑みに表情を変える。


「あたしよりは全然頼りになるわ。あんたのお母さんのこともあたしが調べるより父さんに聞く方が早いでしょうし。昔のことだから父さん、知ってるかも……てゆ~か、どっちも麗二が実際に会って話すのがいいか。直接説明した方が、わかりやすいだろうし」

 

 おぉ、一気に進展が見えてきたぞ。


「だったら願ったり叶ったりだなっ! で、いつなら会えるんだ?」

「父さんは今日、青柳支部の施設に行ってるの。今日の昼過ぎに用事は終わる予定で、家に帰ってる途中だと思うけど着いたら速攻寝るだろうし。明日の朝にでも麗二のこと聞いてみるわ」

「OK! じゃあ頼むよ」

 

 テンションが上がってきた。意外にも早くに真相がわかりそうかもな。


「りょうか~い。それにしてもあんた、あたしと話す前に廃墟へ行かなくてよかったわね~」

 

 光華が俺の運の良さに感心すら覚えたように、目をぱちくりさせながら言った。

 

「な。廃墟が危険な場所とも知らず、ブレスレットも持たないで行ってたらどうなってたことやら」

「んとね、失神するんじゃないかしら。んで、最悪の場合は廃人状態」

「で、ですよね……」

 

 せっかく収まったのに、また嫌な汗が額を流れた。真顔で怖いことを言うな。

 それにしても悪霊の件もあるし一人は危険だ。光華に同行をお願いしてみるか。


「ゆ~わ~るどだったっけ? 知らない場所ねぇ。いつ悪霊が発生するかわからないし施設の構造はチェックする必要もあるか……よし、麗二。あんたが行く時は心配なのもあるから、あたしも付いて行くわ! 異論はないわね?」

 

 俺が言うよりも早く、あっちの方から話してきてくれた。

 異論なしである。


「勿論だ。俺も一緒に来てくれって頼もうと思ってたんだ。早速だが今週の土曜日はどうだ?」

「いいわよ。ただし、捜索タイムは、朝から昼過ぎにかけてまでとするわ。以降は危険だから駄目よ」


  光華が真剣な目を向けながら、人差し指を顔の前に立てる。


「わかってるって。廃墟なんて、話を聞かずとも暗くなるまでいたくねぇよ。詳細は明日決めるとしようか。―-時間も時間だし今日はここでお開きにしようぜ」

 

 話してる途中にチラッと見えた店の時計、時刻は四時半を指していた。

 結論も出たし、そろそろ頃合いだろう。


「あっ、もうこんな時間……ええ、そうしましょ」

 

 光華も時計へ視線を移して頷いた。

 店内はまだ学生客が数組雑談に花を咲かせていたが、長い時間幽霊や霊媒師の仕事といった普通の人にとっては非現実的な会話をしてたのは、俺らぐらいだろう。

 席を立ち会計を済ませ、店を出る。

 夕焼け小焼けの赤い空が真っ先に映った。

 ライトを付けた車も多くなってきているが、街行く人の数はまばらで、多くはない。仕事が終わった人やら部活帰りの生徒で道に人の数が増えるのはこれからだ。

 店を出てからすぐ前方にT字路があるが、俺は電車に乗るために左に曲がって駅に行く。学校の近場にあるという光華の家とは逆方向――お別れだな。


「んじゃ、また明日ね! 今度はブレスレット無くすんじゃないわよ麗二!」

 

 光華に軽くどつかれた。うん、正論過ぎて反論できねぇわ。


「おう! あ、あとさ」

「……な~に?」

 

 咳をした俺へ光華が注目した。

 勇気を出して霊感を打ち明けてくれたことやブレスレットのことやら、光華に礼を言おうと思ったのだ。

 ホント、ブレスレットがなかったらどうなったかと何回でも思う。

 なにせ俺は、霊感が強すぎる少数派の人間でも、特別幽霊に干渉されやすいというのだ。合宿棟裏に行く前に感じた痛みが数段増すと想像してしまうと、ゾッとするな。

 財布は軽くなったが、とにかく光華に感謝だ。


「光華、今日は色々とありがとう! 本当に助かったよ」

 

 礼の言葉を言い終えた俺が光華を見る。

 最初はキョトンとしていたが、次第に顔がほころび太陽の如くまぶしい笑顔になった。


「ど~いたしまして! 霊媒師名利に尽きるってものよ!」

「ホントありがとうな! じゃあ、また明日学校で!」

「ばいば~い!」

 

 俺たちは挨拶をかわし、お互いの帰り道に分かれて行った。

 光華の笑顔を見ると毎回胸が踊ってしまう。

 ホントかなわねぇな、あいつには。

 

 自分が霊能力等関係なく彼女に惹かれてるんだと、改めて思うのであった。

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