霊媒師 前篇
光華から貰ったブレスレットの効果は本物だった。
幽霊が俺を睨んできても、痛みを感じなくなったのだ。
ひたすら喜びまくる俺を見て、横で難しい顔をしながら考え事をしていた光華も次第とニコニコ顔になり「でしょでしょ?」と同意してくれたのだが、そんな俺たちは通行人から変な目で見られていたのは否めない。
とにかく、俺は道を歩くという日常動作で行為でストレスをためる必要はなくなった。そのありがたさを噛みしめたのである。
程なくして、俺らは喫茶店に到着した。白を基調とした、おしゃれな内装の喫茶店だ。穏やかなピアノのインスト曲が、店内の落ち着いた雰囲気に彩りを加えていた。大抵この時間帯の店内は学生客が多いはずだが、今日は珍しく混んではいない。周りに客がいない店の奥の席に座り、それぞれ注文を終える。
そしてさほど時間もかからず、注文していた飲み物が来た。
光華がコーヒーへ砂糖を入れ、スプーンを回しながら口を開いた。
「さてと、今更わかり切ったことだけど本題へ入る前にちゃんと説明しておくわね。あたしたちに見えてる異形の存在は麗二もとっくにご覧の通り、幽霊という存在よ。負の感情を持ったまま生涯を終えてしまった人間の、その後の姿なの」
光華がいわずとも、俺は何故だか知らないが、物心がついた時からわかっていた。アレは以前、俺たちと同じ人間だったのだと。
残酷なことに人間は、望まれぬ一生を過ごした後はああなっちまうんだとな。
俺はオレンジジュースを一飲みし、
「やっぱ幽霊以外ありえねぇよな。でさ、霊媒師ってどうやって幽霊を退治するんだよ? 拝んでお経を唱えたり、とかか?」
話を切り出した。とりあえず、光華へ質問攻めの時間だ。知れることはできる限り知っておかないと。
光華がコーヒーを一口飲んだ後、
「それなんだけどさ、あたしから打ち明けておいてあれだけど……どう除霊するかは基本的に企業秘密なのよ! あたしたちが幽霊を除霊できる存在ってだけ、認識してくれれば」
心底残念そうな顔をしながら、両手を合わせ謝ってきた。
「え~! 気になるじゃんかよ。光華から話してきたのによぉ……」
肩を落とした。ズコーである。
「ホントゴメン、全部話して麗二をびっくりさせてやりたいんだけどね……除霊内容だけは父さんの許可がないと、トップシークレットで話せないのよ~」
機密事項と言うわりには光華の顔からは話したくてたまらないといった様子と、良心に従って話すワケにはいかないといった、迷いがせめぎ合っている感じが見てとれた。
除霊。親父さんの許可を取らなければ、話せない内容だとは。父親は霊媒師の中でも偉い人なんだろうか。
まぁ、でなきゃ発言の許可がないとって言葉も出てこないもんな。
あと話には未だ出てこないが、光華の母親も霊媒師なのだろうか。
「秘密ってんなら仕方ないな」
しても、除霊なんて拝む以外何があるんだ? かくゆう俺もテレビで見た知識しかないのでなんとも言えない。突っ込みどころが満載であったが、また一つ疑問が浮かんだ。
霊感商法だのと取沙汰されてる昨今、霊媒師なぞ頼む輩がいるとは思えない。
「てかさ、俺が言うのもなんだがこのオカルト総否定時代に幽霊の除霊を頼んでくる人っているのか?」
「あたしたちはあんまり表ざたにできないような依頼を主に受けてやってるの。現場に直行して除霊したり、霊感の弊害に悩む人から相談されたりね」
「ほへぇぇ!? まさにあなたの知らない世界ってやつか!」
驚愕。
はたから聞くとばかばかしいかもしれないが、実際にあのブレスレットによる効
力を真のあたりにしているし、自分が無知なだけで世の中様々な職業があると思う。テレビ番組みたいな除霊行為が実際に行われているのかな。
「それにわたしたち家族だけじゃない。霊媒師は日本全国……いや、世界中のどの地域でも大規模な組織を編成して活動しているのよ」
「ゴフガッ!? ――何だって!?」
俺は大きな驚きのあまり、口に含んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになった。霊媒師って、んなバカデカい規模だったのかよ。
「で、あたしの家は日本の霊媒師連盟に所属しているの。びっくりした?」
光華がイタズラっぽく光華が笑い、真っ白な歯を見せた。
まぁ、考えてみると霊媒師が実在してるんなら、日本だけにしかいないハズがない。他の国だって本物のエクソシストはいるだろうし。
あのブレスレットだって、光華の家だけが用意してるって考えるのは不自然だ。
それでも、規模がデカい話だが。
「そりゃあな。全国とか世界って、スケールデカ過ぎんだろ! 昔っからお前の家はそんなすげぇ組織に所属してたのか?」
興奮が抑えきれない俺は、もっと深い話を聞きたいと思った。
「みたいね。本家はひいおじいさんの代から霊媒師をやってると聞いたわ。あとあたし、霧咲市の生まれじゃなくて大泊町の生まれなの。この辺り一帯を仕切ってた霊媒師が引退したからあたしの父が派遣されてきたってわけ。丁度三年前くにね」
「へぇ、こりゃまた随分と遠くから来たんだな」
大泊町。こっからだと何キロ進めば着くんだろうか。かなり距離があるのは確かだ。もし母さんが霊媒師だったとしても、昔からいたんじゃなかったのなら知らないワケだ。
それにしてもこれだけの情報を教えてくれて、具体的な除霊方法については教えてくれないのが不思議だった。
「光華さ、除霊もだがその話だって機密っぽいと思うんだが、教えてもいいのか?」
「これぐらいなら大丈夫よ。だけど除霊方法の詳細はホント機密。さっきも言ったけど上の人が許可を出さないと喋れない決まり。ただ一つ言えるのはね、大昔に除霊の基本となる除霊方式が確立されてからは、宗教的な流派は違えど世界中でもだいたい共通したやり方や手順で除霊が行われているってぐらいかな」
「そうなのか……」
やはり、口外禁止事項のようだ。
しっかし只々驚くことばかりである。こんな魔術師じみた人たちが、現代社会に溶け込んでいるなんて。
「でね、あたしたちは今の時代、過去にたくさんの人が行きかっていた廃墟に行くお仕事が多いのよ」
と、眉をひそめながら光華が言う。
「廃墟だって? ……まぁ、幽霊が集まりそうなイメージはあるけどな」
幽霊が出ると噂になるのも相場な場所だろう。現に、いるのであろうが。
「廃墟は廃墟でも周りに生きてる人間の気がない、人気のないとこ。多くの人が行き来していた大きな廃墟はたくさんの気の残骸が籠ってるらしくて、幽霊はそれに引き寄せられる習性があるの」
「気の、残骸!?」
表情を曇らせる光華の口から、耳慣れないワードが出てきた。
気が廃墟に留まるって、どういうメカニズムなんだ?
「たくさんの人が集まる建物にはたくさんの人の気が残留するの。毎日大勢の人が行き来していれば気は新鮮なままなんだけど建物が長い間静かになると、人々が振りまいて残留してた気が枯れていく。これを気の残骸と呼ぶんだって」
「俺達人間の体からそれが漏れてるってことか」
「そう。微量の気だから全然見えないけど」
よくよく考えてみると、光華がブレスレットを登録した時に使った力、あれこそ気の力の一種だよな。それを俺たちが知らずの間にばら撒いてるなんて。
「まぁ廃墟にしても幽霊が集まってるだけだと心霊現象が起きるくらいで、霊感ゼロの人には害を及ぼさないし、あたしらもブレスレットを持ってれば平気だけどさ。廃墟の弱い幽霊を全て除霊しても意味ないし、また何日か経てば沸くしね」
「ふーん。てかそれだと廃墟に行く意味なくないか。何か除霊とは違う仕事でもしに廃墟に行くのか?」
自然に思った疑問だ。俺がそう尋ねると、光華は残念そうな顔で首を横に振った。
「いえ、除霊よ。霊媒師が廃墟に行くのは、悪霊って奴が発生した時」
「悪霊?」
「大勢の人間が住んでる場所の近くにある廃墟は気の残骸が周りの生きた気で中和されて幽霊も集まりにくくなるんだけど、周りに人気がない朽ち果てた建物に幽霊たちがずっと居座り続けるとね、悪い気が充満して幽霊が突然変異、悪霊という存在に変わる時があるの」
真剣な表情の光華が喋る。こりゃまた、物騒な話であった。
「幽霊が、進化した存在か……具体的に、どう危険なんだよ?」
理屈はなんとか理解できたが、幽霊が変化してしまうなんて初耳だ。
「悪霊になった最初の幽霊が廃墟に集まった幽霊を狂暴化させて操るの。付近の道路で霊感を持たない人にも幻惑を見せて事故を誘発させたり、生きることに迷ってる人たちに手招きして命を絶たせて幽霊の仲間を増やそうさせたり」
「おいおい、廃墟って、んな危険な幽霊が現れるところだったのかよ!?」
嫌な汗が出た。
もしや、今度行こうと考えていた場所なんかはそれにあたるのでは。
早まらないでよかった。俺、かなりヤバイとこに一人で行こうとしてたんじゃないのか。
「幽霊が悪霊に変異する可能性の高い時間帯は夕方から夜に入る辺りで、本格的に活動をしだすのは真夜中。悪霊は霊感のない人にも強い幻覚を魅せて精神に強いショックを与えるの。修行を積んだ霊媒師ならまだしも、ただの一般人が直接襲われたら廃人になっちゃうわ」
言い終えた光華が、険しい眼差しを見せる。
開いた口が塞がらない。ピアノインスト曲の次にかかったヒーリングミュージックでさえも、俺の心を落ち着かせてはくれなかった。
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