楠野光華の告白 後編

「なッ、んだよ今の超常現象!?」

「OKね。てか、霊感持ちのあんたが超常現象言うな」

 光華の正論突っ込みを受けた。いや、流石に驚くだろ。

 不可思議な現象を起こし、霊感についてかなりの事情通、他の子にも配っていると言った光華。一体全体何がどうなってる、質問攻めするしかねぇぞこれは。

 口をパクつかせながら、光華の顔を覗き込んだ。

「光華、お前って……!?」

「だ~か~ら、ちゃんと順を追って話すって言ったでしょ。せっかちな男は嫌われるわよ!」

「はぅう! すんません! 知りたくて、知りたくて仕方なかったんです!?」

 不機嫌そうにジト目を俺に向ける光華。ご、ごめんなさいです。

「ったく、い~い? 耳の穴かっぽじって聞きなさい。あたしの家では代々霊媒師家業をやってるの! 今はあたしと父さんとの、二人でね」

「光華と親父さんが、霊媒師!? だって!?」

 驚愕――が、自分でも不思議なくらい、すぐに納得はできた。

 あのブレスレットを光らせる儀式は普通の奴ができるマネではないし、こんだけ霊感に精通してるのは、その筋のプロしかありえない。

「し、信じるけどさ。あんな奇々怪々なことされて信じないハズがねぇけどよ……にしてもす、すげぇな。光華が本物の霊媒師って!?」

 極度に緊張しきりながらも俺に秘密を打ち明けた光華を信じない道理はない。

 しかし、本物の霊能力者が実在してクラスメイトの中にいたとは。

 家業とはね。歴史も古そうだなおい。

「ふふっ驚いたかしら? まっ、無理もないわね」

 面食らう俺へ、面白そうに笑みを浮かべる光華。

「あんたにブレスレットを渡した時にしたのは、霊媒師が完全に霊感へ目覚めた人へブレスレットの霊術式を刻む際にするコト、ブレスレットを相手へ登録するっていうの」

「へぇ、登録するっていうのか。俺にブレスレットを、登録……」

 光華の解説を聞いた俺は、右腕に付けたブレスレットへもう一度視線を送る。

 これで、俺は幽霊の視線を受けても大丈夫だという。

 集中してよく見てみると、紋章自体は光ってないが、ブレスレット全体がわずかに青白い光で覆われているのがわかった。

「どういう理屈かわからんが、ミラクルとしか言わざるおえん。そういえば、俺が無くした物もブレスレットだったが……ん?」

 紋章に見覚えがあった。何故だか知らないが、ずっと覚えていたのだ。

 間違いない、これは――。

「あ――ッ!?」

「ん、どうしたの麗二?」

 記憶のピースがはまる。思い出したのだ。確かに同じ物を俺は持っていた。

 それに母さんだってこのブレスレットを付けていたじゃないか――あ、そっか。から、母さんは平気だったんだ。

 それにだ。

 ブレスレットを持つ俺の右手に、光華が自身の両手をサンドした行為は母さんから手渡された時、してもらった記憶がおぼろげだがあるような。

 ありゃ、俺にブレスレットを登録してたんじゃないのか。

「ちょっと~、麗二?」

 だが、継続して光ってなかったかな。見つけた時も、プールに行った時も。

 ここまでわかるのに当時、母さんがなんと言ってブレスレットを俺に渡したかは相変わらず思い出せない。流石に四歳の時だったからなぁ、記憶があやふやな部分がある。

「麗二ったら! どうしちゃったのよ? 驚き過ぎて震えてるの?」

 いきなり黙り込んだ俺を心配して、今度は光華が顔を覗き込こんできた。

「光華……俺、ブレスレットの登録なんだが小さい頃、母さんにやってもらった事があるぞ!?」

「え、マジ!? あ、あんた、もうブレスレット持ってたの!」

 光華の目が白黒になっていた。

 そりゃそうだろう、俺だって同じ気持ちだ。

 ブレスレットを貰うのも登録してもらうのも何もかも初体験だと思っていたら、小さい頃に同じ行為を母親からしてもらっていたのを今、思い出すなんて。

「いや、それが貰って二年くらいしてから無くしちまって。なんて言われて渡されたのか覚えてないけど、この紋章だけは印象に残ってたから思い出したんだ。お前に教えてもらうまで霊感に疎かったのは確かだが、登録自体は初めてじゃねぇ!」

「なぁっ!? つまり、れ、麗二のお母さんも、霊媒師だったの! あんた、今まで黙って知らない振りでもしてたってコト……って、そんな訳が、ないわよね!? うぐぐぐぅ、あ~もう!」

「お、落ち着けって光華!」

「どういう意味か、懇切丁寧にはっきりと、ニュースキャスターのように解説しなさい麗二!」

 再度テンパり始める光華。意外にもヒステリックな彼女をなだめねば。

「本当に何もわからなかったんだ。小さい頃、ブレスレットを登録してもらったのを今思い出したと言ったろ。母さんは俺が四歳になる頃に亡くなったし、霊感はあったけどさ、零媒師だったなんて聞いてないし親父だって、知らないハズなんだ」

「でも、ブレスレットを登録するって素人にはできないわ! 霊媒師じゃないと無理よ! 家の事情はよくわかんないけどあんたの、お母さんは……!」

 信じられないといった表情をした光華の言いたいことはわかる。

 俺の母さんは霊媒師――!?

 ブレスレットを登録してもらった記憶とここまでの情報を照らし合わせると、確かにそう考えてもおかしくはないんだ。

「光華の考えてる通り俺が知らなかっただけで、母さんも霊媒師だったと考えるのが正しいとは思う。でもなんか引っかかる。登録してもらった時も付けていた時も、さっきみたいな光は出てなかったような……」

 つぎはぎだらけの疑問が次々と湧き上がる。

 しかし母さん。もし霊媒師だったとしたら、同じ霊感持ちの俺に将来起こるだろう危機を案じてブレスレットをくれたんじゃ?

 母さんは俺にブレスレットをくれた数日後、突然逝ってしまった。

 自分の命がもう残り僅かだと悟っていたかのように。

 俺は、ガキだったとはいえなんて大馬鹿者だったんだ。よりによって、こんな大事な物を無くすなんて!

「感覚がなかったですって。う~ん、どういうコトなの。さっぱりわからないわ。登録したブレスレットはその合図に光が出るはず。ホントに確かなの麗二!」

「間違いねぇよ。光は出なかったけど、登録してもらったのは間違いない」

「はぁ、意味わかんない。登録霊術式、昔は形式が違ったのかしら? でないと、説明がつかないわよ」

 光華は苦渋の表情を浮かべ、腕を組んで考え込んでしまった。

 俺だって意味不明だ。けども、このままじゃ何も解決しないのは明確。

 とりあえず、頭の中を整頓する意味も兼ねて心機一転しなければ。

 場所を移そう。

 俺の母さんが霊媒師だったか否か――十七八句母さんは霊媒師だったと考えてもおかしくない。引っかかるのは光華も言っていた、俺がブレスレットを登録してもらった時と、その後光が出なかったことだ。

 それと混乱に追い打ちをかけるかもしれんが、俺にとって≪大切なモノ≫が地元の廃墟にある感覚についても光華の意見を聞いてみたい。

 あとは霊媒師のことも。普通のクラスメイトだと思っていた彼女が古くからの霊媒師一家だというのだ。このトンデモな事実について改めて質問攻めをせねば。

 霊感。こいつとは一生の付き合いになる。これをとりまく事情については、できる限り知りたい。彼女には聞きたいことが盛りだくさんなのだ。

 決意を確かなものとした俺は、光華に向き合った。

「光華よ、これ以上立ち話もなんだし、学校近くの喫茶店に行かないか? 長くなりそうだから場所を移そうぜ。俺、他にもさ、お前に質問したい話題がまだまだてんこ盛りにあるんだよ」

「それもそうね。頭もこんがらがってきたし、歩きながら整理したいわ。あたしもあんたの母さんのコトとか、色々聞きたいし」

 と、光華が珍しい物を観察するかのような目で俺を見回す。

 おいおい、俺は珍獣かよ。

「決まりだな。――しっかし、今日という今日は、自分の中にある常識が百八十度変わっちまったぜ」

「あたしだって毎度のように説明をして、ブレスレットを渡して終わりだと思ったのに訳がわからないわよ。とりま、喫茶店に行ってからね。話はそれからよ!」

 光華が頭のもやもやを振り切るよう、威勢よく前へ歩きだした。

 今まで知らなかった様々な情報が泡のように次から次へと出てくるし、現時点ではわからないことだらけだが、以前の自分よりは百歩も前に進んでるだろう。

 俺の霊感を取り巻く事柄が、全て結びついてきている。

 光が知らず知らずのうちに掴める位置までやって来た。

 今日という日は俺の人生にとっての、転機なのだ。

「麗二、決まったらさっさと行くわよ! 早く来なさい!」

 数メートル先にいる光華が俺の方を振り返り、声を張って叫んだ。

「わりぃ、今行くよ~!」

 俺は日当たりの悪い合宿棟裏を後にして光華が待っている、ちょうど日がさんさんと当たっているアスファルトへ向かい、走り出すが、

「ああそうだ、忘れてたわ!」

 光華が何かを思い出したかハッとして、いきなり歩を止めた――!?

「わぶっ!? ど、どうしたんだよ」

 走って彼女の元へ向かっていた俺は、必然的にぶつかりそうになってしまう。

 まさか、俺のブレスレットと母さんについて何かわかったのか?

「ブレスレット、有料だったの言い忘れてたわ! 登録術式込みに友人割引を当てて七百円よ。持ち合わせが無いなら後日でもいいんだけど――」

 マシンガントークで、聞きたくもない霊媒師稼業システムを告げやがった。

 心なしか天使の笑みが、守銭奴悪魔の下卑た顔に見えた。

「やっぱただではすまねぇか。これが本当の、霊感商法かよ……」

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