楠野光華の告白 中篇

 先程までのある意味日常的なやりとりが、非日常に一遍した。

 母さん以外の人――親父でさえ知らない俺の秘密。

 俺が霊感持ちだと光華に当てられたのだ。

 実は光華が電波的な中二病であり、自分の決めた設定を喋って俺がノッてくるかどうかを試したのであれば話は別だが、実際はそうじゃないだろう。

 手が急激に汗ばむ。やっぱりこの光は光華も見えてる。ということは当然母さん、そして光華だって霊感持ちで間違いない……あの銀髪少女もだ。

 まるで壊れたラジオのような光華を笑っていた俺だが、よくよく考えると実際問題、俺に霊感を打ち明ける勇気はない。

 光華は元々ああいう癖があるのだろうが、取り乱した様子になるのは無理ない。

 それに、もしかしたら今まではずっと黙ってたけど今日こそはと、勇気を出して霊感が自分にもあると伝え、悩みを共有できる仲間なんだと打ち明けてきたのかもしれない。

 なら俺だって同じ気持ちだ。だったらとても嬉しいのは事実であったのだが――仮説が偶然にも当たり、ショートコントから流れがうって変わっての突然すぎる告白。

「……」

 何と返せばいいのだろう。頭の中がぐるぐると回り、一声も出ない。

 ――数秒間続いてしまった沈黙を破り、また光華が口を開いた。

「ふぃ、いきなりここここ、んなコト言われてととと、戸惑うのはっわかるけどぉ、はっはは話があると言われて聞いたら、あああぁあぁの、その、あまりにも唐突すぎるものね。でも……あんたが強い霊感を持ってる確信があ、あぅああたしにはあるし 多分あぁあんた、も同じことを思っているハズだと思ってる! お願い、嘘や冗談じゃないのよ! 真剣に、答えてくれないかしら……!」

 彼女はまたも要所で噛みまくっていたが、最後はずっと秘めていた覚悟をしっかりと伝えてくれた。

 冷や汗をかき、顔がこわばっている光華。下唇を噛み、瞳が不安げに揺れている。

 彼女が普段見せない酷く緊張した様子を見せたりと、様々な気持ちが入り混じっているのはわかっている……!

 あいつが伊達や酔狂でもなく真剣に言ってきたのが伝わった。まさか当たってるとは思わなかったが俺の仮説は正しく、光華にも幽霊の姿がはっきりと見えているんだ。

 彼女は腹をくくってる。後は俺も、打ち明けるだけ。

「光華、お前が言ってること、ホントの、ホントなんだな?」

「ホントのホント! 大マジに言ってるから……。あたし、むっちゃ真剣……!」

 信じよう、彼女を――

「す、すまんかった。いきなりだったからびっくりしすぎて声が出なかっただけなんだ。まっさか、お前も同じように見えてるとはな。俺も見えてるよ、お前を覆う光に上を漂ってる爺さんと子供の浮遊霊。それとさっきまでいた合宿棟の二階の窓から赤いオーラを出してこっちを見てた幽霊とかな」

 俺は今度こそ潔く、光華に全てを打ち明けたのだ。

 彼女は強張った表情を少しだけ崩した。

「ったく、もったいぶらないで、さっさと打ち明けなさいよもう……!」

 はい光華さん、そっちから言ったんですよ。何故に悪態をつくんですか?

「戸惑うのも無理ないとか言ってたのと矛盾してんだろお前! ただのクラスメイトだと思ってた人が、同じ霊感持ちだとか明かしてきたら驚きもするだろ……しかしお前があんなに噛みまくるとこなんて初めて見たぞ。俺が言うのもなんだが、事情が事情だけに無理もねぇけど」

「ホントにね、めっちゃ緊張してたのよ! 今は麗二が受けて入れてくれたから、ほっとしてるの。自分でも強過ぎる霊感のコトはわかってる癖に、変に誤魔化されてあの子は電波だーとか危ない人とか噂されてもたまったもんじゃないしね。それが一番心配だったのよ……」

 光華の緊張と決意を決めた表情が緩み、心からほっとした様子になった。

 同意見。クラスの友達にも、強すぎる霊感は今後も打ち明けられないだろう。

 やはり俺らみたいな霊感持ちは同じ悩みを抱えているんだな。

「それにさっきも言ったけど、自分の体を覆う光がお互いに見えているのが動かぬ証拠ね。霊感の強さなんてピンからキリだけど、あたしらみたいに目を澄ますと、こうもはっきりとお互いが確認できるくらいに光が見えてるのは、中々いないわ」

 光華が俺を上から下まで万遍なく観察する。

 あっちも俺が見るのと同じで、金色のオーラを纏っているように見えているんだろう。

「俺らの霊感が強いってのは把握したよ。んで光華はさ、なんで今になって霊感を打ち明けようと思ったんだ? それに、霊感に関しても精通してるみてーだし」

 何故だが知らないが、光華は霊感を判別できる光を以前から知っている様子だ。

 心の準備かもわからんが、もっと前からでも打ち明ける機会は何回でもあったハズなのだが。

 光華は「ふっふっふ」と、意味ありげな含み笑いをし、

「はいはい、一つ一つ答えていくわね。霊感が安定してくるのって、個人差もあるけど丁度あたしらみたいな年齢の時期なの。麗二も経験あるはずよ? 人生の中で、幽霊の存在を感じたり見えたりする日もあれば普通の人と同じ霊感ゼロデーもある。それがある日を境へ、当たり前に感じるようになった日がさ――」

「あ……!? ある、あるぞ」

 俺が自分しか知らないと思っていたことをまたも当てたのだ。

 驚愕して目を丸くした俺に対して、光華は推理ドラマの主人公のように、トリックを見事当てて得意げな探偵みたいに喋り続ける。

「ふふ、でしょうね。あたしは結構早くてさ、中学校に入った頃だったけど。麗二の場合光が安定して見えるようになったの、今年の五月中旬らへんじゃない?」

「おぉっ!? そ、そうだっ! お前、よくわかったな!?」

 ロイヤルストレートフラッシュであった。こいつ、何で知ってるんだ。

「えへっ。何日も光が継続しているのと、本当に霊感のコトを何も知らないのか確認する必要もあってすぐには喋らなかったのよ。その時期以降は光が弱まって見えなくなるか、はたまたこの先ずっと霊感体質と付き合っていくかの境目なの。あなたは後者のほうだったようだけど」

 光華の名推理は終わらない。

 しかしそのトリックはいかんせん、理解したくないものだな。

「マジか……!? 本当の意味でずっと、かよ」

「そっ。ずっと、よ。それだけじゃないわ。これから徐々に不快感が強くなっていくし幽霊にも憑りつかれやすくなるのよ」

 光華が重い口調で、耳にしたくもない事実を立て続けに言い放った。

「はぁ!? つまりは、めっちゃヤバイってことかい!?」

 霊が今後も見えることは予想はしてないつもりじゃなかったが、今よりも強い不快感に襲われるとは。

 今のままでは済まなくなるというのだ。自分の未来だって考えると胸が痛む。

 もし、車の免許を取って運転したとする。その時に驚かされたり、奴らとふいに目が合い強くなった不快感のせいで集中できずに、事故でも起こしたら。

 将来何かしらの仕事に就くだろうがこれまた奴らに驚かされ、変な目で見られたり重大なミスをやらかしちまったり、他にも色々だ。

 真剣に考えてみると不安なことばかりだ。改めて、普通の人間とは違うと実感。 

 のらりくらりとなんとか過ごしてきたが……。

 いや、知らなかったとはいえ、ちゃんと考えるのが遅すぎたくらいだ。

 どんだけ能天気だったんだよ俺は。

 母さんは生前どうやって過ごしてきたんだろうか。平気、だったんだろうか。

 何も気にせず生きてこられるワケがないのだが、今となっては知るよしもない。

 しかし光華、彼女は何故冷静に喋れるんだ?

「対策は!? 対策はあるのか!?」

 わからん、わからんが霊感に詳しい彼女。だから幽霊の視線を受けても平気なんじゃないか。無事でいられる術を、彼女は知っているのかも。

 光華に駆け寄り、神にすがるように救いを求めた。

「落ち着いて。話は最後まで聞きなさい。あんたに今日打ち明けた本当の目的をまだ言ってないわ! あたしが幽霊と目が合っても、何故平気か興味あるでしょう?」

 そう言った彼女は、俺と対照的に不安などなく自信いっぱいに俺を見据えている。興味あるに決まってる。現に彼女は、今まで幽霊に睨まれてもピンピンしていた。無傷でいられる何かがあるんだろう?

「あたしは霊感が異様に強い子に会ったら確認して、拒絶せずにちゃんと打ち明けてくれたらこれを配っているの!」

 光華が肩に掛けていたスクールバックへがさごそと手を入れ、何かを出したのだ。

「はい、あんたの分ね」

 謎の物体を俺に手渡す。

「なんだよ? 見た感じ、ブレスレットだよな、これ」

 綺麗な天然石が編み込んであり、一つ一つに刻まれた何らかの紋章がある以外は、市販で売ってるだろう物と変わらないと思うし、触ったからって別に感じるものはない。

 まじまじとブレスレットを見ている俺へ光華が、

「それはね、自分の近くに置いたり、体につけたりするとあたしたちにイタズラしてきたり睨んでくる霊の視線、そういった霊的な圧力を弱めてカットしてくれる効果があるの。強い霊感を持った人の必需品ね」

 秘められた驚愕の効果を、明快な声で語った。

「ぬぁんだと!? マジか!? ホントのホントなんだな!?」

「ホントのホントよ! 麗二だって信じるって言ってくれたでしょ!」

 光華がジト目のまま、ずいっと顔を突き出した。

「そ、そうだよな! す、すまん」

 いかんいかん、光華はマジなんだ。強くなる不快感にすっかりと気を取られてた。しかし便利だな。まさに俺ら霊感持ちにうってつけのアイテムじゃないか。

「そんじゃ麗二、右手を出して。細かい説明は、終わってからするから」

 光華は俺の右手に乗っているブレスレットと俺の手の甲を挟むように両手を添えた。

 俺の手に彼女の体温が移ってしまうようなその行為に、思わず胸が高鳴ってしまう。

「あの~光華さん? 何をするおつもりで?」

「……あ~もう! 集中できないから、じっとしてて!」

「は、はい!?」

 お叱りを受けた俺は、光華の柔らかい両手に挟まれた自分の手とブレスレットを見たままで棒立ちするしかないようだ。

 そして驚愕の出来事は、数秒後のことだった。

「うぉあッ」

 ブレスレットの紋章が淡く光出したのだ! 青白く発光、点滅を繰り返している。

 そして、ほどなくして、紋章の光は収まった。これはたまげたぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る