楠野光華の告白 前篇
帰りのホームルームが終わった。俺は教科書を鞄に仕舞い、クラスメイトに挨拶してから教室を出た。
以前なら放課後は友達と雑談するかアーケード街の方へ繰り出していたのだが、霊感が強くなってからはできる限る早めに帰宅することにしている。
不便なものだが仕方ない。俺は今日もおとなしく家へ帰ることにした。
階段を降りて生徒用玄関前の広いスペースを通り過ぎ、下駄箱で外履きに履き替えて玄関を出る。
校庭は俺と同様に帰宅する生徒達と部活動へ向かう生徒達の喧騒で賑わいを見せていた。
昨日の雨による水たまりがちらほらあったが、空は快晴だし風がやさしく日差しも暖かく、外で部活動をする生徒にとっては最高の天気であろう。
今のところ、幽霊の気配は感じなかった。
油断してると目が合ってしまうから、常に気を張っておかないといけない。
「さて、帰りますか」
そして、帰宅したら≪大切なモノ≫があるハズの例の廃墟へいつ行くか計画しようと考えていたその時だったのだ。
「あれ」
丁度校門を出ようとしていたタイミングである。
誰かに名前を呼ばれていることに気づく。後ろからだ。
振り向くと生徒玄関から出て小走りでこちらに向かってくる、光華の姿が見えた。
「何だろう」
光華はほどなくして、俺のいる位置まで追いついてきた。
息を切らして屈む彼女へ何事かと問い掛ける。
「光華、どうしたんだよ?」
「ハァハァ……麗二、あんたこの後、予定ある?」
「いや、ねーけどさ」
光華が呼吸を整えた後、
「おっけー。じゃあさっそくだけど、あんたに大事な話があるの。ちょっと付き合ってもらえないかしら?」
何らかの決意を固めたような鋭い視線で俺を見ながら、真剣な声色で喋った。
もしかして。これは、もしかするのだろうか。自分の心臓が、必要以上に脈打つのを感じる。
落ち着け。落ち着いて、普段通りの会話を心がけろ俺。
「ああ、いいにはいいが……光華、お前、まさか!?」
「そのまさか、かもね。ここじゃ人目につきすぎるわ。今の時間帯だと運動部の連中も校舎の周りを走ってないし、合宿棟の方へ行きましょう。いいわね?」
「お、おう」
俺の返事を聞き終えた光華は、回れ右をして合宿棟方面に向かって歩き出す。
ついに俺にも春が……。
気持ちの高鳴りを悟られぬよう、光華の数歩後ろを下がってついていく。
自分でも笑っちゃうくらいに彼女を意識してしまっている、が。
「うーん」
いやいやいや、冷静になって考えてみろよ俺! こんな都合のいい話って、存在しないだろ。 彼女はたまにクラスで雑談をするぐらいの間柄で、これまで俺たちの間には劇的に距離を縮めるようなイベントは発生したことなんてない。
俺の思い描く都合のいい話ではないかも、という考えも持っておかねばならぬ。
期待と不安が入り混じりながら、合宿棟へ足を進めるその刹那。
奴らと目が、合ってしまった――
「くっ!? あぐッ!?」
すぐさま視線を逸らす! 前方だ、合宿等の屋根に幽霊が数体いた!?
ルンルン気分で気配が掴めなかったか。気を配っていれば防げたハズの痛みが、俺の胸をチクッと刺した。
反省しつつ、光華の背中に視線を移した。彼女は、相変わらず僅かに金色の光を纏っている。
やっぱり母さんと同じ光だ。だが光華は幽霊の姿を認識していないのか、平気そうである。
彼女は本当に奴らが見えていないのだろうか? だとしたら、他の生徒と同じ普通の人なのか? だとしたらあの、銀髪少女だって……。
俺は疑問を抱きつつ視線をさらに下。光華のふとももに移し、足を速める。
ほどなくして校舎の裏と隣接した合宿棟へ着いた。
運動部の連中が夏休みや大きな大会前に合宿をする際に使用する施設だ。
もうすぐ高校総体が始まるが、まだどの部活動も使用していなかった。
そして、俺たちは施設の中ではなく合宿棟の裏側に来たのだ。
柵の向こう側にはグラウンドが見え、野球部の連中やサッカー部の連中がアップをしているのが遠目に見えるが、ここ自体日当たりの悪い場所だし普段は誰も来ないので人目につく心配もない。
黄緑に光る浮遊霊が数体、俺らの上を漂っていただけで、警戒するべき赤いオーラの幽霊はもういない。ほっとした俺は話を切り出した。
「ここまで来れば大丈夫だろ。で、なんだよ大事な話って」
光華を見ると、昨日のような体を突き通すほど鋭い瞳で俺を見つめる。
うん。こりゃ今から告白する女の子の目じゃねぇ。
「な! い、一体、何のお話でしょうか……」
怖いな! 彼女にこのようなお顔をさせる話とは、いったい何事だというのか。
別に仲が悪かったり怒らせることもしてない。とゆうか、それだと昨日みたいに話していないし。
俺は心当たりがあるとすれば恥ずかしい勘違い以外だと、勝手に彼女が俺と同じ霊感を持っていると仮説を立てていることしか浮かばなかった。
しかし俺の思い込みにしか過ぎないだろうし、ましてや光華の方も俺が霊感を持ってるとわかっているとは限らない。
意を決して、彼女の口が開くのを待った……が、一向に光華からは言葉が出てこない。
それどころか、俯いてしまっているぞ。
「光華? お~い? どうしたんだよ?」
俺が尋ねると、彼女はゆっくりと顔をあげた。
視線こそ鋭さを保っているかのように見えるものの、頬ははっきりとわかるくらいに紅潮していた。かなり緊張しているようだ。
ここまで気を張っている光華は、入学してから見たことがなかった。勉強にスポーツ、学校行事もそつなくこなす彼女がである。
一体、何を言い出すんだろう?
普段見ない意外な一面を見て若干の驚きを隠せなかった俺を尻目に、光華がやっと口を動かした。
「いい、いいい、今からわたしが言うコト、冗談なんかじゃにゃいんだからぁ! ああぅんたが入学した時かっ……ら気になってたんだっだけど……た、単刀直入に聞くわよう! 麗二……ああああ、あんた!? あたしの体の周りにあるこのひゃかりとか、あぁああああそこに浮いてるぅうううウぉ、おじさんのレィとか、いい、一緒にいるこどもぉとが見えぃてんしょ!? あんたも、リィカンああるゥんでしょい!? わぁたしはまじめに言ってるんだからね!? ふぅふふふざけてるんじゃねぇのよ!?」
若干、どころではなかった。というか、緊張しすぎて何を言ってるか理解不能。
「え? おい! み、光華!? 何言ってるかわからねぇよ!? なんだか知らねーがテンパりすぎだろ!?」
ていうか、何語だよ。
「いいいい、今のわたしゃあ……ちっちっちょ、超本気なんだからね!? ふ、ふふざけた話してるんじゃないのよ!?」
何にせよ、取り乱し過ぎてしまっている光華。
ただ事ではない様子に、俺もつられて慌ててしまう。
「よ、よくわからんが少し落ち着くんだ光華っ! 落ち着け! 深呼吸だ! 深呼吸しろ光華!?」
光華は「わ、わかったわ!」と言うと、お腹を押さえてひっひっふ~、ひっひっふ~と、まるでラマーズ法のような深呼吸を開始した。
最初はあっけにとられて見ていたが、光華の一人コントのような流れに俺は耐えられずに、吹きだしてしまう。
「くくく。あはっははははっははは! なんで今から子供が生まれる妊婦さんのマネしてんだよ! 普通にす~はやればいいじゃんか!?」
「あれ? 緊張した時はこれが効果的なんじゃ……!? ってコラ! 笑い過ぎよあんた!」
顔を真っ赤にして、光華が憤慨する。
真面目にやっているつもりだが、そのシュールな絵面と光華がやるギャップとの相乗効果で、破壊力が大きかった。
「さっきもテンパりすぎてて、呂律回らなくて何言ってるか意味不明だったしさ! お前、大事な話があるって、俺を笑わせたかったのかよ!」
「あ、あれはその……改まった場面になると緊張し過ぎてどうしてもこうなっちゃう癖があるのよ、もう! 次はちゃんと喋るから、真面目に聞きなさいよね!」
「OK、OK、了解だ。今度はゆっくりと落ち着いて喋ろよ?」
笑いが収まった俺は本題に移した。
色沙汰方面は期待しないとして、一体どんな話だというのであろうか?
光華は「ファイトあたし! 頑張れあたし!」と、本人は小声で自分を勇気つけるように励ましていたが、この近距離ではまる聞こえだった。
自身を激励し終えた光華が、まだ若干緊張した感じではあるが、勝気な眼差しを俺に向け口を開いた。
「ガチで冗談じゃないから、真剣に聞いてね? 麗二! あなた、集中してよく見るとあたしの身を纏ってる光が見えるでしょ? そんでさっきからあたしらの上を漂って黄緑に光ってるってるおじいさんと、歳が五つくらいの、子供の幽霊とか見えてるんでしょ……もう一度言っておくけど、あたしは真面目に聞いてるんだから!」
「……え!?」
唐突過ぎた。俺の立てていた仮説は見事、当たってたようだ。
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