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遠くで国王の悲鳴を聞いたような気がしたが聞かなかったふりをして、ジョシュアは自身が城で与えられている部屋に向かった。
騎士団と言っても、騎士団長――ジョシュアは代理だが――ともなると、多少のデスクワークも存在する。例えば王族の身辺警護やその配置、会議の準備に、視察や休暇に向かう王族の護衛の手配やスケジュール管理など、地味に忙しい。
部屋に入ると執務机の上には書類の束がおいてあり、ジョシュアはうんざりする羽目になった。
「忘れてた……、親善試合の打ち合わせがあったんだった」
ジョシュアは執務机の上から一枚の取り上げるとやれやれと肩をすくめた。
隣国エルボリスとの親善試合――。毎年年末に行われるそれは、リニア王国とエルボリス王国の騎士団で行われる交流試合だ。開催地は毎年交互になっており、今年はエルボリスで行われる予定である。
(フリーデリックの結婚式の三週間後、か……)
エルボリスまで王都から馬車で二週間ばかりかかることを考えると、焦りはしないが少々タイトなスケジュール。
親善試合に参加する騎士は毎年十五名から二十名ほどで、各騎士団の団長が集まって選出するが、前回の大会の優勝者であるフリーデリックの参加が今年は望めないとなると、第三騎士団からジョシュアが引っ張り出されるのは必至だろう。
(第一第二の騎士団長は負けるのが嫌で出ないからな……。第五隊は女性ばかりだから、グループが違うし)
親善試合は男女混合ではない。試合は男女それぞれ別となっているため、昔マデリーン王妃が所属していた第五騎士団は別枠での参加だ。
第四騎士団は男女混合だが、どちらかと言えば諜報活動を主にしている騎士団で、あまりこう言った試合には出たがらない。顔が割れると諜報活動に支障をきたすからだ。
結果、暗黙の了解で、親善試合は第三騎士団が仕切ることになっており――、フリーデリックがいないせいでそれはジョシュアの役割となるのだ。
「打ち合わせは明日か――、まずい、まだリストを作っていなかった」
第三騎士団から推薦する騎士のリストの作成を急がなければ――とジョシュアが頭を抱えていると、コンコンと扉が叩かれて顔をあげる。
返事をする前にガチャリと扉が開いたところを見ると――
「殿下……、せめて返事をしてから入ってきてくださいよ。もし俺が着替え中だったらどうするんですか」
「なに意味の分からないことを言っているんだ。婦女子じゃあるまいし、着替えを見られて何か不都合でも?」
許可なく部屋に入ってきた王太子ディアスは、ジョシュアの苦言にも耳を貸すつもりはないらしい。
我が物顔で部屋に入り込むと、後ろ手で扉をしめて、執務机に座るジョシュアのもとへ大股で近づいてきた。
「殿下、一応俺の部屋には隊の機密事項とかもあるんですけどね」
「俺が見てはいけないものがあるのか?」
「まあ――、たまに不都合がある方はいらっしゃるでしょうが、俺的には別に」
「陛下の悪だくみはむしろ率先してみたいものだがな」
「悪だくみってあなた……、仮にも自分の父親でしょうに」
「事実だから仕方ない」
ディアスは小さく笑ってそう答えると、ジョシュアの手から親善試合についての会議資料を取り上げた。
「今度のエルボリスとの打ち合わせはいつだ?」
「エルボリスとの打ち合わせですか……? そう、ですね。おそらく来月には一度あるかと思いますが」
親善試合の打ち合わせは、国境付近にあるエルボリスの旧王城で開かれる。現在のエルボリスの城までは馬車で二週間かかるが、旧王城までは約一週間程度で到着するので、お互いの代表者が集まって相談する場所として昔から利用させてもらっているのだ。
「そうか……。たしか、打ち合わせは親善試合に参加するものの代表者だったな。お前も行くのだろう?」
「俺が出ることは決定なんでしょうねぇ……、まあ、おそらくは行くことになるかと」
「じゃあ、ついでに俺の名前も上げておいてくれ」
「――は?」
ジョシュアは目を丸くした。ずり落ちそうになった眼鏡を押し上げてディアスを見れば、彼はニッと口の端を持ち上げる。
「今回は俺も出ることにする。来月の打ち合わせにも参加するつもりだ。よろしくな」
「決定事項ですか……、まあ、陛下が反対してもおそらくマデリーン様が押し通すでしょうし……、いいですよ。第三騎士団の仮所属者として殿下の名前をあげておきます」
しかしいったいどういう風の吹きまわしなんだ――、ジョシュアは内心首を傾げながらも、推薦者リストにディアスの名前を書き記したのだった。
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