5
ジョシュアが王城へ戻ると、そこには待ち構えたように騎乗服姿で仁王立ちしているマデリーンを見つけて、彼は馬車から降りて慌てて回れ右をした。
「待て、どうして逃げるんだ」
すかさずマデリーンに腕をとられて、ジョシュアはあきらめたように嘆息した。
眼鏡の淵を押し上げつつ振り返り、
「今日はいろいろ忙しいので手合わせはお断りします。事務仕事もたくさんあるんです。いつものように殿下と第三騎士団の騎士たちと楽しく稽古に励んでください」
ジョシュアは逃げ腰でそうまくしたてた。
フリーデリックに第三騎士団にマデリーンとディアスが顔を出すようになって暇になったと言ったジョシュアだったが、それには少し誤りがある。マデリーンたちが第三騎士団に顔を出すようになって、なにかと仕切ってくれるのは間違いないのだが、なにかにつけてジョシュアを引っ張りまわすようになった。基本的に適度に手を抜いて疲れることはしたくないというスタンスのジョシュアにはもちろん大迷惑な話で、彼は何か用事を見つけては彼らから逃げ回っていたのだ。つまり、国王の手紙のお遣いも、実は彼が買って出た仕事の一つだった。
手加減とか手を抜くとかという言葉は辞書になく、とにかく全力で力尽きるまでがモットーなこの王妃を相手にしていては、三日と体がもたない。こんな母親に育てられたディアスもものすごくタフなタイプなので、涼しい顔でぶっ通し三時間の手合わせを要求された時は、飲み物に眠り薬でも仕込んでやろうかと本気で考えたほどだ。
そのため、ジョシュアの中にはこの母子の顔を見れば即逃げろという教訓が刻まれつつあったのだが――、今日は逃げることに失敗したようで、彼は心の中で舌打ちした。
マデリーンはきょとんとして、それから豪快に笑った。
「違う違う! さすがのわたしも帰ってきてすぐに稽古に引きずっていくほど鬼じゃないよ」
いや、充分鬼だ――、さすがに言葉には出さなかったがジョシュアは内心でそうつぶやいた。
マデリーンはカラカラ笑いながら、「はい」とジョシュアに向かって手を差し出した。
「フリーデリックからの手紙を持っているんだろう?」
「……なぜ知ってるんですか?」
「あのろくでなしが何か企んでいそうだとディアスが気づいてねぇ」
確かにあの国王はろくでなしだが、さすがに王城で頷くわけにもいかず、ジョシュアは曖昧に笑った。
「締め上げてくるから、その手紙を渡しなさい」
「……それは……、あとで俺が陛下に文句を言われることになるじゃないですか」
「わたしが無理やり取り上げたと言えばいいだろう?」
確かに嫌だと言っても無理やり取り上げられそうな雰囲気ではあるが、そんな言い訳をしたところで国王からネチネチと文句を言われる未来に変わりはない。
ジョシュアは渋ったが、マデリーンはにっこりと極上の笑顔を浮かべてこう言った。
「渡さないならそれでもいいよ。わたしはこれからその手紙を持ってあの馬鹿を締め上げることに時間を使おうと思っていたけど、それをしないならいつも通り騎士団で剣の稽古をするだけだ。ああ、もちろん君には付き合ってもらうからそのつもり――」
「どうぞ、これがフリーデリックの手紙です」
ジョシュアはみなまで聞く前にさっとフリーデリックの手紙を差し出した。国王にネチネチと小言を言われるのとマデリーンに振り回されるのであれば、前者の方がまだましだ。聞いたふりをして耳を塞いでいればいいだけの話なのだから。
マデリーンは満足そうに頷いてジョシュアから手紙を受け取ると、パキポキと指を流しながら、城の中へと歩いて行った。
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