3
アリシアは水鳥の羽毛で作られたふかふかの枕を抱きしめて、ゴロンと寝返りを打った。
抱きしめている枕はフリーデリックが先月行商人から買ってプレゼントしてくれた枕で、ふわふわとしていて気持ちがよく、いつもアリシアを幸せな眠りに誘ってくれるが、今日はどうやらその素敵な枕をもってしてもアリシアを夢の中に引きずり込むことは不可能らしい。
(キスしちゃった――)
アリシアは抱きしめた枕に顔をうずめた。
思い出すのは昼すぎ――、フリーデリックの執務室のことだ。
国王ブライアンからの手紙に不安になるアリシアを、フリーデリックは優しく抱きしめて。
―――君だけなんだ。君だけを愛している。
そうささやいて――
(きゃああああああ―――!)
思い出したアリシアは、ぼんっと顔を真っ赤に染めると、枕を抱きしめてごろごろと広いベッドの端から端までを転がった。
あの後フリーデリックは、顔を真っ赤に染めてあわあわと挙動不審になって、「突然すまない!」と叫んで執務室を出て行ってしまった。
出て行ってしまったきりしばらく戻ってこないと思っていたら、どうやら庭で剣の素振りをしていたらしい。
執務室に取り残されたアリシアの下にやってきたジョシュアに、フリーデリックが「煩悩退散」とか叫びながら素振りをしていたよとニヤニヤ笑いながら言われた時は、少しあきれもしたが、そのあと夕食時に顔を合わせたときの真っ赤な顔をしたフリーデリックを思い出すと、どうしようもなく甘酸っぱい気持ちになってしまう。
おかげでアリシアはフリーデリックの顔と、キスの感触を思い出して、全然眠れなくなってしまったのだ。
(今まで手をつないで散歩するだけだったのに、急にキスなんてするんだもの!)
しかも突然だ。まあ、「キスするぞ」と宣言されてキスされるのもムードもへったくれもないが、だが、今までそんな雰囲気など皆無に等しかったのに。心の準備ができていなかったせいか時間がたてば時間がたつほど恥ずかしくなってくる。
「も、もう……、恥ずかしがっている場合じゃなくて、手紙について考えないといけないのに……」
フリーデリックが返事を書き、明日の朝それを持ってジョシュアが王都に戻るとはいえ、それで本当に解決するのだろうか。
(あの陛下だもの、そう簡単に納得するとは思えないわ……)
もちろん今はマデリーン王妃がいる。彼女がいれば国王を一喝してくれるだろうが、変なところで意固地というか強情というか思い込みが激しいというか――、あの国王は妻に怒られたくらいで考えを変えるタイプではないことを、アリシアはよく知っていた。
そうでなければ、アリシアだって、冤罪でこれほどまでに追い回されはしなかっただろう。
(でも一体なんだって、リックとユミリーナなのかしら……?)
ユミリーナがラジアン王子を好きなことは、見ていればわかることだろう。あの王子のいったいどこがそんなに好きなのかはわからないが、ユミリーナはいつも頬を染めてラジアンを見ている。悪徳令嬢だと騒がれてユミリーナの近くにいなかったアリシアだってわかっているのに、そばで見ていた父親がわからないはずはない。
フリーデリックだって――、アリシアを、好きだと言ってくれる。愛していると言ってくれる。今のアリシアは、彼が自分を愛してくれていることを疑ったりしない。
アリシアは枕を抱きしめる腕にぎゅうっと力をこめた。
せっかく幸せになれたのに、その幸せをまた奪われそうな言いようのない不安が、彼女の胸にじわじわとインクの染みのように広がった。
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