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「んー! いい天気!」


 馬車を降りて、雲一つない秋晴れの空の下、アリシアはクララの診療所に向けて歩いていた。


 潮を含んだ風はひんやりとしていて、動きやすいドレスの上に薄手の外套を羽織っているが、それでも少し肌寒い。


 先日、フリーデリックが贈ってくれた毛織のショールを持ってくればよかったと思いながら歩いていると、すっかり顔見知りになった町の人たちから次々に声をかけられた。


「アリシア様、あんたがイカを干したらうまいって言っていたから試したら好評だよ! 少し分けたげるから持って帰りな!」


 顔なじみの店のおばさんから一夜干しのイカを受け取って、アリシアがお礼を言いつつ立ち話をしていれば、あっという間に町の人に取り囲まれる。


 あれよあれよといろいろなものを手渡されて、持ちきれないほど手土産を持たされたアリシアは、笑いながらクララの診療所へ向かった。


 先日、これから風邪を引きやすくなるからと、蜂蜜とショウガを混ぜて作った「のど飴」をクララに持たせたところ、これが非常に好評だったらしい。


 蜂蜜はこのあたりでは取れないため、フリーデリックに頼んで買い付けてもらい、作ったのど飴をクララに届けるために町にやってきたのだ。


 クララの診療所に入ると、ちょうど最後の一人を診終わったところだった。焦げ茶色の髪を三つ編みにしたそばかす顔の少女はアリシアを見るとパッと顔を輝かせて、部屋の奥から駆けてくる。


「この前ののど飴ですわ。そろそろなくなったと思って」


 町の人たちからもらった手土産をおかせてもらい、アリシアがのど飴の入った陶器の壺を差し出すと、クララは大切そうにそれを受け取った。


「ありがとうございます! 実はもうなくなっていて……。のどが痛いって人が増えたから助かります!」


「最近、急に寒くなりましたものね。あなたも無理をして体調を崩しては大変ですから、気をつけてくださいな」


 クララは「はい!」と元気よく返事をすると、アリシアにお茶を煎れるために奥へ消えていく。


 クララはもう充分一人で診療所を切り盛りできており、アリシアが手を貸せることはもうそれほど多くはない。少し淋しいけれど、町のためにもクララのためにも、アリシアはあまり手を出さない方がいいだろうとわかっている。


(リックは何も言わないけれど、未来の領主夫人が、この町を贔屓しているって思われたら、ほかの領地の人たちはいい気がしないものね……)


 そうは思いつつ、ついつい手を貸したくなるのだが――、フリーデリックと結婚するのだから、そこのところも考えないといけない部分だ。


 公爵令嬢としての教育は受けてきたが、領主夫人となるとまったく勝手が違い、マデリーンに頼んで探してもらった教育係からも少し距離を置くようにと苦言を呈されていた。


 徐々に距離を置かなければならないとわかっているからこそ、今許されていることを最大限にしておきたい。


 クララもアリシアの事情を理解してくれているので、アリシアがフリーデリックと結婚したのちに、ここへは今のように頻繁に来られないことをわかってくれている。


(蜂蜜とか、そのほか必要なものは、行商が入ることができるようにリックが手配してくれると言っていたし……、もう、ほとんどわたしがすることは残っていないわね)


 逆に、領主夫人になれば、今とは違うことで忙しくなるだろう。


 アリシアもフリーデリックも、パーティーは好きではないけれど、参加しなくてはいけないものも、主催しなければいけないものも増えてくる。


 悪徳令嬢と呼ばれていたときからまだ数か月しかたっていないのに、アリシアを取り巻く環境はめまぐるしい速度で変わっていて――、正直まだ心がついていっていないところがある。


 なんだか、思いもよらないほどに丸く収まった気がして、不安を覚える自分もいた。


 夢とは言わないが――、どこかでちゃぶ台返しのように、悪い方向へと引き戻されるのではないかと思ってしまう。


(だめね……、まだ余計なことを考えちゃう)


 誤解が解けて、フリーデリックと心を通わせて――、もうじき結婚式で、とても幸せだからこそ、不安を覚えるのだろう。


 アリシアは急にフリーデリックの顔が見たくなった。


 最近、小さな不安を覚えたときは特に、フリーデリックの顔を見たくなる。彼の顔を見るとどうしてか心が落ち着くのだ。安心する。彼がそばにいればすべてうまくいくような気がして、ついつい彼の姿を探すのだ。


 アリシアはお茶を持って戻って来たクララとしばらく話をして、診療所をあとにした。

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