5
(まさか、あのあと、結婚することになるなんてね)
人生ってわからないものだと、王妃マデリーンはしみじみ思う。
「それで……、お前は、いつまでこの部屋にいるんだ?」
ブライアンの目の前のティーカップはすっかりからっぽになり、剣の稽古をしたいからそろそろ帰ればいいのにと思っていたマデリーンは、唐突な夫の言葉に驚いた。
「え?」
「だから、いつまでお前はこの部屋にいるんだ? もういい加減、戻って来ても……」
どうやらブライアンは、家庭内別居中の妻に、いい加減に夫婦の部屋に戻って来いと言いたいらしい。
「わたしはまだ怒っているから」
マデリーンがそっけなく言えば、ブライアンの眉尻がしょんぼりと下がった。
「わ、私だって、反省したんだ……」
「そんな言葉で、アリシアにしてきたことがすべて許されると?」
「う……」
「わたしがあれほど言ったのに、一向に耳を貸さなかったくせに」
「うう……」
「挙句の果てに、わたしがいない隙によくも処刑しようとしてくれたよ」
「うぐ……!」
「はあ、今度という今度は、わたしも愛想が尽きたかもしれない」
「マデリーン……!」
ブライアンが悲鳴のような声を出す。
かわいそうなくらい真っ青になったブライアンに、マデリーンはやれやれと肩をすくめた。
結局、マデリーンもこの情けない夫に甘いのだ。
「――冗談だよ。そろそろ体調も問題なさそうだし、部屋に戻るよ」
すると、わかりやすく、ぱあっと満面の笑みで喜びを表現したブライアンが、安心したのか、執務に戻ると言って立ち上がった。
だが、ふと何かを思い出したように足を止めると、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。
すっと無言で差し出されて、マデリーンは瞠目する。
差し出されたのは、一輪のマーガレットの花だった。
「……本当に君は、マーガレットが、好きだね」
マデリーンが小さく笑ってマーガレットを受け取ると、ブライアンは昔と変わらずホッとしたような笑顔を浮かべる。
ブライアンが部屋を出て行くと、マデリーンはマーガレットの白い花を見下ろして目を細めた。
――心に秘めた愛。
マーガレットに、そんな花言葉があると知ったのは、はじめてマーガレットをもらった日からだいぶ経った日のこと。
あれ以来、ブライアンは何かあるたびにマーガレットの花をマデリーンに贈るようになった。
結婚してからは、それこそ喧嘩をした翌日には花束で届くほどだ。
(君は全然タイプじゃないけど――、結婚したことは後悔してないよ)
マデリーンはそっと白い花びらにキスを落とす。
結局、王妃マデリーンは、こうして花をもらうと嬉しいと思うほどには、夫である国王ブライアンを愛していた。
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