国王の暴走

1

 アリシアがフリーデリックとの結婚を一度白紙に戻し、フリーデリックと婚約して三か月が経った。


 婚約期間を半年と決めて、ゆっくりと結婚式の準備を進めている。


 国王が、詫びのつもりなのか、結婚式は王都にある大聖堂で大々的に行えと言い出したが、アリシアもフリーデリックも派手なのは好きではないため、領地であるステビアーナの城の小さな聖堂で行うつもりだ。


 季節は巡って、初秋――、徐々に朝晩が涼しくなり、領民の間では風邪を引く人が増えたため、アリシアは少し忙しい毎日を送っていた。


 結婚式の準備や、領主夫人となるために学ぶべきことも多く、クララの診療所へ顔を出すのは二日に一度に減ったが、その時にできるだけ多くの人を診るようにしている。


 クララも以前よりもかなり頼もしくなって、アリシアはそれほどおせっかいを焼かなくともよくなっていた。


「リック、ドレスのことですけれど」


 フリーデリックの執務室の扉をノックしながら、アリシアは声をかける。


 フリーデリックのことを「リック」と呼ぶことにも慣れて、もう呼ぶたびに恥ずかしくなったりはしない。


 入っていいと言われたので、アリシアは布地の見本を持って執務室へ入った。


 ドレスのデザインは決まったが、生地がなかなか決まらないのだ。というのも、アリシアはそれほどドレスにお金をかけるつもりがないのだが、ジーンが譲らないのである。


 ――一生に一度ですもの! 素敵なドレスになさいませんと!


 我が娘の結婚式のような張り切りぶりを見せるジーンに、アリシアはあまり強く言えず、ジーンが仕立て屋から借りてきた生地見本の中で、比較的高くなさそうなものを選んで持って来た。


 執務室へ入ると、フリーデリックが執務机から立ち上がったところだった。


「どれがいいかしら?」


 アリシアがソファに座り、ローテーブルの上に生地見本を広げると、彼女の隣に腰を下ろして、フリーデリックが首をひねる。


「うーん、俺にはどれも同じに見えるな」


 確かに、どれも純白の生地だ。触り心地や、透け感、軽さ、光沢など、微妙な違いはあるのだが、男性にはわかりにくいものらしい。


 ドレスのデザインはアリシアの希望で、シンプルなものにしてもらった。生地はそれほど重ねず、レースも控えめなので、ドレスの生地は少し重めのものを選んでもいいかもしれない。


「これなんか、品があっていいと思うのですけど」


「どれだ?」


 フリーデリックが身を乗り出してきて、肩がぶつかる。すると、彼はパッと体を話して目尻を赤く染めた。


(相変わらずなんだから……)


 フリーデリックの様子を見て、アリシアはこっそり苦笑してしまう。


 心を通わせて、婚約して三か月たったというのに、彼は今も、手をつなぐだけで照れてしまうのだ。手をつなぐ以上のことは、もちろんなし。まさか元騎士団長がここまで奥手な男性だったとは思わず、アリシアはびっくりしてしまったほどだった。


 恋人なのだし、婚約したのだし、キスの一つくらい――と思わないでもないが、手をつないで城の庭を散歩するだけで、フリーデリックが照れた顔で嬉しそうに微笑むから、これはこれでいいかなとも思ってしまう。


「この、少し光沢のある生地ですわ。デザインによく合うと思うのですけど」


 この生地だと、生地自体に存在感があるため、細かな刺繍も、真珠などの飾りも必要ないだろう。


「確かに、品があってアリシアによく似合いそうだな」


 フリーデリックは満足そうに頷いて、嬉しそうに微笑む。


「いいな、こういうの。本当に君が俺と結婚してくれるんだと実感する。そうだ、ベールはどうするんだ?」


「ベールなら、マデリーン様が用意してくださるそうですわ」


 リニア王国では、花嫁のベールは花嫁の生母が用意するという風習がある。しかし、アリシアの母は国外に逃亡したままでまだ戻って来ていない。


 仕方がないから自分で用意しようと思っていたアリシアだったが、話を聞きつけたマデリーンが、それならわたしが用意すると申し出てくれたのだ。


(本当に、マデリーン様には何から何までお世話になりっぱなしね……)


 フリーデリックについてステビアーナ地方に行くと言ったときも、マデリーンはすごく気にかけてくれた。


 本当は、婚約期間は王都の公爵邸ですごしてもよかったのだが、クララの診療所も気がかりだったし、領主夫人としての仕事も早く覚えたかったのだ。


 フリーデリックと離れがたい気持ちもあって、ステビアーナ地方で結婚の準備をすると言ったアリシアに、王家お抱えのデザイナーやお針子たちを貸し出してくれたのはマデリーンだった。


 ――本当はわたしがいろいろ準備してあげたかったのだがね。


 マデリーンはそう言って少し淋しそうだったが、甘えすぎるわけにはいかない。


「俺のタイピンの石は、君の瞳の色にあわせてアメジストにしてもらった」


 生地が決まったので、テーブルの上に広げた生地見本を片付けていると、フリーデリックが少し照れ臭そうに言う。


 アリシアはびっくりして目を丸くした。


「まあ……、わたしも、イヤリングはあなたの瞳の色にしようと、サファイヤを用意しましたの」


 すると、フリーデリックは目を丸くした後で、ぷっと吹き出した。


「なんだ、考えていることは一緒なのか」


「そうみたいですわね」


 そのあとは、二人してくすくすと笑いあう。


 いろいろ悲しいことがあったが、アリシアは今、幸せだった。

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