第12話 判定

 二時間後、ハガネが干した海藻の包みになれ鮨を持って帰ったとき、俺は頭を抱えていた。

 勝ち誇るイトスギ。結果は無惨なものだった、

 イトスギは人間、俺は欠格人間と判定されたのだ。欠格人間とは、諸事情で一時的に人間と診断できない状態になっていると思われる人間で、この状態が長く続くのは病気とされている。

 本格的な診断で、結果がまるで変わる可能性は恐ろしく低い。

 俺の結果が悪くてもそれは問題ではない。クラウドマンのはずのイトスギが人間らしいということがおどろきだ。

「男女が一つ部屋にいて、何やっとるのか」

 あきれ顔でハガネはなれ鮨をおいた。ほのかに臭みがあるが、それに混じって遊離アミノ酸のうまそうな香りがただよってくる。

「臭みを抑えうまみを出すのに、なにやらコツがあるようであったが無念なことにさぐりだせなんだ」

 食べろ、彼はすすめてきた。そういえば空腹だ。

 発酵食品に一つ手を加えているらしく、きついかとおもった塩味はほどよいものになっていて、慣れるのに少し時間が必要だったが総じてうまかった。

「明日からだが、まずは港にいって候補の島二つを見に行く算段をしようと思う」

 少し冷静さを取り戻せたので俺はそう宣言した。

「行くときは全員で行くが、船の下見は俺とイトスギだけでいい。ハガネは持って行く保存食と水の下見をしてくれないか? 」

「待った。一人まだ帰ってきてないのだが」

「戻ってくるのはおそらく酔っぱらいだ。明日話すよ」

 泥酔した女王が帰ってきたのは、そろそろ心配になってきた夜も更けてから。あちこち擦過傷をつくり、見えてはならないものが見えそうなほどぼろぼろになり、どこからもってきたのか酒瓶かかえてそれはそれはもう臭い息を吐いて。

「四人殴り倒してやったぞ」

 ふらつきながらそんなことを大声でわめく。よくまぁここまで帰り着けたものだ。

 実際には乱闘相手に案内させ、あちらはあちらで厄介払いとばかり宿の者に押しつけたらしい。

「とりあえず今日は寝ろ。イトスギ、すまんがそっちの控え室で着替えさせてくれ」

「そうね。わかったわ」

「イトちゃんすまないねぇ」

 ろれつがまわってない。よくまぁ無事だったものだ。いや、酔っても暴漢を退けるあたりさすがの女傑というところか。

 ハガネを見ると、信じられないものを見る目をしていた。

「どうした? 」

「あれで魔人でないとは信じがたい」

「俺は? 」

「貴公は魔神でござろう」

 こいつ、さりげなくきついな。

 翌日、港で船を雇えないか聞きに行った俺たちは候補の二つの島がミタテ島と火の島という名前だということを聞いた。

「火の島は近づくと命の危険があるし、魚も取れないので誰もいきたがらないね。ミタテ島はぐるっと回るだけなら一日分の漁の稼ぎでたいてい引き受けてくれるよ」

 片脚が義足の老人が教えてくれた。彼の仕事は見張りと船がついたときのもやい。足は数年前に産みの魔獣にもっていかれたという。義足はゴーレム技術の応用で、本人の魔力で歩くだけなら普通の足のように動く。

「ぼちぼち処分するボロ船にこの老いぼれでよければ案内するよ」

 港での仕事は小遣いをやれば孫でも代行できる。老人はそんなことを言った。

 明日、見に行くことにして礼金の取り決めを行う。火の島にはやはり行ってはくれないらしい。

「あの周辺にはよく、人も船もぼろぼろにしてしまう瘴気がただよってるし、噴火にいきあえば石で打たれかねないからね。ミタテ島は誰も上れない絶壁がぐるっとまわってるだけだし、釣り場でもあるからね。竿でもだしながらぐるっと見てまわろう」

 調べてみると「人を寄せ付けない」ところで候補にあがったようだ。確かにこれはよりつけそうにないし、噴火する火山に迷宮は考えにくい。

「おや、奇遇ですな」

 声をかけられて振り向くと、昨日までの同行者であった老商人だ。店のものらしい男をひきつれ、好々爺といった風情で港の潮風にさらされている。

「奇遇、ではないでしょう。何か御用ですか」

「なに、少々世間話をしたいだけですよ。他意はありません」

 心にもないことを、と思いながらどんな取引が出てくるかと先を促してみた。

「ミタテ島と火の島についてです。この伯爵領の跡継ぎが何と呼ばれるかご存知ですかな」

「ミタテ子爵? 」

 道中耳にした名称を口にする。

「さすがよくご存知ですな。さよう、ミタテ島はこの虹湊の海側の防衛に重要とされています。あの島の頂きには今は誰も遣っていない見張り場所と火の島の活動をあやつる魔法の仕掛けがあるそうです」

「ほう。しかし到底上れるものではないと聞いているが」

「盾の迷宮の最奥ですからな。ただ、証を持つものは一息にそこにいくことができるそうです」

「証、とは? 」

「さあ、伯爵家の秘ですから、どんなものかは察しかねます。子爵はそれを受け継ぎ、いざとなれば海側の防衛のためにミタテ島を登るとか」

「まわりは断崖絶壁、上陸はできないと聞いているが」

「お願いを一つ聞いていただければ、便宜をはかりますぞ」

「便宜? 」

「盾の迷宮への入り方を伝授いたしましょう」

「知っているのか」

「当家は伯爵家の分家筋にあたりましてな。先祖はあの上で子爵に仕えておりました」

 分家って。

「あんた、人間だろう。伯爵は邪鬼だ」

「おや、ご存知ないので」

「この世界の人間はどの種族とでも混血できるわ」

 イトスギが教えてくれた。なんだその設定は。

 よく考えたら、俺も半妖精じゃないか。

「わかった。話の腰を折って悪かった。続けてくれ」

 老商人は微笑んでうなずいた。

「その頃に授かった火の島の活動を知る宝があります。航路の安全を知るために貴重なものです。ところがこれは権限を授かった者にしかつかえません。権限はあの頂上で血族であることを示せばもらえます。私は先代子爵、亡くなった先の伯爵に同行していただけましたが、倅はまだ受けておらんのです」

 連れて行けということか。

「今の子爵にお願いすればよくないか」

「証を質として大公に取り上げられたそうで、取り戻すのはできて大分先、おそらく難しいのではないかと」

「ご子息は自衛できるのか? 剣の迷宮は正直剣呑だった」

「護身術は仕込んであります。商人は狙われやすいものですから」

「わかった。だが、責任は持てないぞ」

「ようございます。どうか二人をよろしくお願いいたします」

「二人? 」

「はい。今日くらいには拘束が解けるお一方も倅とともに。あの方も新しい証を得るために同行したいそうです」

 思わぬ展開になった。

 さらに思わぬ展開になったのは宿に戻ってからだった。

「放浪者のトネリコ殿ですな。同道願いたい」

 なんと城から迎えがきていた。ただし、歓迎でもその反対の捕縛でもないようだ。

「あなたに確認していただきたいことがございまして」

 理由を問えばこう。遣いは少し邪鬼の特徴のある女兵士で、自分の顔を恥じるように兜でなるべく覆っていた。確かに美女というわけではないが、笑えば愛嬌のありそうな顔だ。

「どこまでいけばよいのかな? 」

「城の土牢です。そこに捕らえている者の顔を確認していただきたく」

「一人連れて行ってよいですか。一番長い道連れなので、彼女にも何か確認できるかもしれません」

「どうぞ」

 即断だ。一介の兵士かと思ったが、思ったより地位が高いようだ。

 伯爵の城は古びていた。胸壁のあちこちには鳥が素をかけていたり、草が花を咲かせている。

 許可なく通ろうとすれば両側の櫓から石や矢がふりそそぐであろう威圧的な石垣にはさまれた二重の城門の間を兵士は敬礼一つでとがめられることなく通り抜けた。門弾がいなかったわけではない。彼らは直立不動で槍を捧げて彼女に敬意を示した。

「あなたはかなり偉いのだな」

「一応伯爵家の分家で、兵団の副長をつとめています」

 団長は今は空位らしい。ミタテ子爵が就任するのだが、今は一時的に解任されているそうな。

 正面の城の高みを目指す通路ではなく、ひっそり分岐した城の土台、地下部分に向かう通路に折れ曲がる。両側の石壁には苔がびっしりはえ、湿気と寒さで凍えそうだ、

「こんなところに押込められたら病気で死んでしまいそうだ」

「罪人を留置する場所ですので」

 重そうな鉄の扉を、軽装の兵士一人が番をしている。兵士は彼女の姿を見ると腰からじゃらりと鍵束をはずし、扉を解錠した。それから足下においてあるランタンのバルブをひねり、足下の火鉢から藁で火を拾って点した。

「どうぞ。足下、すべりやすくなっておりやす」

「ありがとう」

 そこから土牢であった。骨が転がっているなんてことはなかったが、じめじめした不愉快そうな鉄格子の小部屋が両側にいくつか続き、一番奥にぽつんと灯りのともった小部屋の前にたった。その部屋は一番奥で、そこと向かい側だけ鉄格子が腐食していなかった。

 蝋燭の小さな灯りの下で何やら書き物をしていたのは邪鬼だった。しかお、知っている男だ、

「アシハヤ殿か」

 邪鬼はこちらを向いて驚いた顔をした。

「驚いた。トネリコ殿か」

 再会することはあるかも知れない。そう思っていたが、こんな場所での再会とは思わなかった。

「なんでこんなところに」

「ああ、そこの娘は俺の子孫なのだが、信じてもらえなくてな」

「いきなり名乗り出たのか」

「まさか。ただ、俺が純血なので疑われただけだ」

 俺は案内してくれた兵団副長のほうを見た。

「はい、虹湊に純血のイクサノタミ、いわゆる邪鬼はもういません。いれば北方で往時より貧しく野蛮なくらしをしているも部族、帝国、大公を憎みながら臣従してる小国の者と思われます」

「危険分子じゃないかと思って尋問したらあなたがたにとってはとんでもないことを言ったと」

 邪鬼の戦士とその子孫は同時にうなずいた。

「で、これはどういうことですか」

 兜の隙間から鋭い目線。

「ああ、それは……」

「それを話すにあたって、おそらく許可をもらわなければならないところがあると思います」

 俺が気さくに答えてしまいそうになったせいだろう。イトスギがあわてて割って入った。

「クロニスさんたちが何しに帝都にいたのか思い出してください」

 小声で俺に釘をさす。

「許可? どこに求める必要が? 」

「宰相府です」

 副長は信じられないという顔をした。

「俺にもわからぬのだが」

 アシハヤも同じ顔をしている。

「今や貴公以外にも大勢いるということだ。彼らはいまや生身だ。生きて行くために取引をもちかけた」

「その相手が宰相府? 」

「詳しい事情を今知りたいですか」

 イトスギは冷ややかに質問した。副長はごくりとのどをならし、首をふった。

「いえ、伯爵のご判断をあおいでまいります」

 知りたくてたまらない、という思いを飲み込むのがよく見えた。


「なるべく早く盾の迷宮をすませましょう」

 解放され、宿に戻るとイトスギが声を顰めてそういった。真剣な顔をしている。

 流れ的にも察しはついていた。

「宰相府かい? 」

「ええ、伯爵とその側近がだいたいの事情を把握する前にどうにかしないと」

「拘束される? 」

「伯爵はそうせざるをえなくなるわ。でも、その前に出て行ってほしいとも思うと思う。そう、知らなかったで済む間に」

「なぜ? 」

「どう考えても面倒の種でしかないから、少なくとも今は」

 何かメリットを感じたら気が変わるかもしれないということか。

「それは急いだほうがよさそうだね」

 宿に戻ると魚臭かった。港町なのだから保存食というと干し魚が多くなるということらしい。女王は厨房で火を借りて何匹かあぶってきたのを肴にどこで仕入れたか酒をちびちびやっていた。

「あれは料理酒でござりますよ」

 仮にも一国の王であった者があぶった干物で料理酒。まるで料理人の密かな楽しみのようだ。

「ここは豊かね」

 酒臭い。しかし彼女は御機嫌ではなかった。むしろ憂さをはらしている風だ。

「何かあったのかい」

「うちの国がね、貧しかったことをちょいとね」

 もう今はない国のことだ。

「女王の国は貧しかったのに攻撃されたのか」

「違うわ」

 彼女はあぶった魚の頭をばりばり噛み砕く。

「貧しかったから攻めたの」

「勝てると思ったのだな。魔人にはありがちな思い上がりだ」

 ハガネが彼女の杯に料理酒を注ぐ。

「そう、それに最初は順調だったわ」

「覚えがござるよ」

 ハガネは自分も杯をあおる。女王ほどではないけど彼もちびちびやっていたらしい。

「事情は違えど、あやつらもそうであったであろうな」

「あやつら? 」

「他の五人よ。みな力はあるが、自分より力ないものに思いもかけず討たれたのであろうな。あの姿は我らの強さと弱さの証」

「ところでさ」

 ばりばり魚の頭を噛み砕きながら女王がハガネを小突く。

「妾は魔人じゃぁないのだけど」

「ほぼそうでおられるよ。驕慢に追い立てられ我らは最後の壁を越えたが、貴殿は誇りに自制されとどまっただけの違い。あの悪食な男が気に入るわけだ」

「悪食って、妾の分身を食ろうたやつか」

「さよう、あれは人食いハララーマ。拙者の少し前の世代のころに悪名を馳せた盗賊王で、子供に言う事を聞かせるおとぎ話の悪役でありもうした」

「それはまたとんでもないのを世にはなったのう」

「まあ、しばらくは大乗ではないかと。拙者がそのはしくれというのは面映いものでありますが面映ゆいものですが、力あるものはただ力のみではなれるものではありませぬ。クロニス殿など、力もさりながらそれよりも賢さがまさってのこと。それでも驕慢の毒から逃れられぬとはいやはや」

「ああ、あのブラコンの変態」

「ああ、たしかに。あの人は自らの驕慢より弟御への偏愛が嵩じての魔人化かもしれませぬ」

「妾も夫が先に亡くなっておらねば危なかったかも知れぬのう」

「それほど愛されるとはすばらしい御夫君であったのでしょうな」

「いやぁ、それがのう」

 女王はおかしくってしょうがないという顔になった。

「妾に一途でいてくれた、という点以外にほめるところがない男であった。妾もなぜあれが愛しくてかなわなんだか今もってわからぬ」

「はあ、男女というのは不可解なもので」

「ハガネ殿は浮いた話もなかったのかえ? 」

「いや、拙者はその、剣術馬鹿であったので」

 しどろもどろしているのを見て女王の目が光る。

「何もなかったはずなどなかろう」

「そ、そんなことよりトネリコ殿のほうが気になりませんか」

 変な矛先がむかってきそうだ。そろそろこの脱線を眺めるのもおしまい。

「で、これからの予定なんだが」

 明日、下見にいくこと、老商人からの頼み事まずそれを二人に話した。それから、牢獄で再会したアシハヤのこと。この二人はアシハヤのことは知らないのでそのへんも説明する。

「なるほど、イトスギ殿のおおせの通り急ぐがよいでしょう」

 だが、女王はハガネと意見が違うようだ。

「ぼんくら領主ならそうだろうね。問題はそうじゃないだろうってことぞ」

 まるでその言葉を待っていたかのようにドアがノックされた。

「お城のほうからトネリコさんにお迎えがきております」

 宿の主は申し訳なさそうだ。もういろいろしゃべった後なのだろう。

「裏庭ががらあき。逃げる気なら簡単」

 イトスギがため息まじりに報告してくれる。

「つまり逃げたら逃げたで都合がよいということでありますか」

「そう思わせる作戦かも知れないが」

 いきなり剣呑な会話が飛び交うので、まるまるした宿の主の顔が泣きそうになる。

「ご亭主、お迎えは俺一人だけこいと? 」

「いえ、何人同行してもよいと」

 ハガネ、女王、イトスギに視線を走らせると全員がうなずいた。

「クレイは、まぁ呼びに行く暇もないか」

「そろそろよいかな」

 その言葉に主が脇によけ、狐のような顔の男がぬっと現れた。よく鍛えてあって軍人と知れる。

「初めまして。伯爵家の戦士団で十人長をやっておるハヤウオと申す。副長にはもうお会いになったと思うが、あのくらいの立場の者が動くと目立つので小生のような小物で失礼いたす。城でさる方がお話をうかがいたいともうされるのでご足労いただけますまいか」

「それはどなたかな」

「申すにやぶさかではありませんが、誰に聞かれるともわかりませんし、少なくともそこにいるここの主殿には多大な迷惑がかかりましょう」

 その宿の主は察しがついているようだ。だが、実際に聞くのとそれとではまるで話が違う。

「わかった。ここにいる全員でいくがよいか」

「結構。目立たないよう大きい外套を人数分もってきてある。顔を隠してついてきてほしい」

「承知」

 一時間ほど後、俺たちはこんなところもあったのかと驚くくらい小さく目立たない裏門から城に入っていた。無論、ここまでの道乗りのほとんど表通りに出ないものだった。

「外套はぬいでいただいて結構です。そちらにおすわりください」

 案内された部屋は会議室だった。大きな机を囲むように重々しい椅子が据えられ、小柄で赤い髭の年配の邪鬼を中心に、見覚えのある若い邪鬼、子爵と副長、それに旅の途中かわりに挨拶した執事、無腰だが拘束はもうされていないアシハヤが何やら熱心に話し込んでいたようである。部屋の隅に護衛の戦士が二人いたが、これも興味津々という顔で聞き入っていたようだ。

「おお、こられたか。夜分の呼び立て相済まぬ」

 伯爵は言葉でわびるが頭はさげようとしない。いや、反射的に出そうだった会釈をぐっとこらえた感じだ。少し板につききってない感じがする。

「公式にできぬお話と見ましたが」

「さよう、ゆえに書記も待機させておらん」

 ここで伯爵は護衛の二人に退出を促す。ハヤウオも一緒にでていった。

「君はいてくれ」

 一緒に出ようとした副長は呼び止められた。彼女は苦い顔で元の席に戻った。

「さて、今日、帝都からの密使がきた。宰相直筆の、ただし公印はおしてない書面をもってな」

「ずいぶん早い」

「帝都で何度か会談したが、なかなか怖いご仁だよ。掌中で転がされた実感しか残らん。それが珍しく焦りのにじんだ文面をよこした。半妖精の放浪者が来るだろうから、あと数日領地から出ないよう工作してほしいとね」

「宰相本人が来る、わけではありますまい」

「あれの懐刀の誰かを寄越すのであろうよ。ここにいるアシハヤ殿のこと、戯言かと思っていたが本当とすればいろいろつながるものがある。だが、あそこまで焦る理由が腑に落ちない」

 伯爵は恐ろしく察しのいい人物のようだ。これはたぶん女王たちのことを過去の文献で当たらせているに違いない。

「魔人は全部で何人復活したかね」

「二人、といえば安心されるかな」

「本当のところを教えてもらえぬか。クロニス皇女とそこの剣聖殿以外に何人おったか」

 ここで信頼を失うのはかなりまずい。そんな直感がした。

「四人だ」

 答えたのはハガネだった。

「盗賊王、奈落の王者、死の踊り子、魔の森の魔女」

「死者の王とか復讐鬼とかはおらんのだな」

「拙者は死者の王の伝説しか知らないが、そこまで危ないのはおらなんだな。盗賊王がいちばん危ない男であったよ」

「それはよかった、といいたいが四人はさすがに多い。宰相殿も把握しておるのだろうか」

 村長がしゃべらされたかも知れないな、と思ったが言わないことにした。そこまで迂闊な人物とは思えないし、宰相が知り得たのはクロニス一人だ。

「それはなんとも」

 言葉を濁すしかなかった。

「ふむ」

 伯爵は腕を組んだ。

「協力感謝する。おぬしらはミタテ島の迷宮にいくと聞いている。あそこには石の賢者がおるが、それに会うのか」

「おそらくそうだと思いますが、石の賢者とはどういうものでしょうか」

「人の姿はしておらん。石の台座にふれると三つだけ質問に答えてくれる。これは一生涯で合計三つだけという意味だ」

「同じようなものは二つの迷宮で見ましたが、質問に答えたりはしてくれませんでしたね」

「ゆえに重宝なのだ。賢者は何にでも答えてくれる。ただし、三つだけな」

「三つは一度に質問しないといけないのですか」

「そんなことはない。ただ再訪せねばならんので小分けにした例はきいいたことがない」

 俺の知りたい事は一つだけだ。

「ぜひ、石の賢者に会いたいですね」

「それなら一つ助言がある。盾の迷宮は因果応報。困難はその場にいるもっとも強いものに会わせたものになる。貴公、とんでもない強さらしいな。それが数名出てきたらどうするかな」

 女王、ハガネ、イトスギが首をふって無理というのが見えた。確かにロックがかなりはずれてオープンでは許されることのない領域に達している。

「俺に抜けろと? 」

「子爵が証を再度得たら、一緒につれていってもらうことを勧める」

 俺以外ではハガネと女王が一つ格上、イトスギと子爵が続くくらいか。クレイはやり方次第だがその中間。粒はそろっていることになる。

 やむを得ない。

「まあ、ゆっくりしてくれ。自慢だが、この町には楽しいことがおおいぞ。まずは朝市にでもいってみるがよい。うまいものが食えるぞ」

 本当に楽しそうに伯爵がいう。それなら行ってみようかという気になるではないか。

「殿、自ら案内しようとかそのようなことはお考えにならないように」

 冷ややかな副長の言葉。伯爵は傷ついたような顔になった。

「駄目かのう」

「駄目にきまっています」

 甥である子爵からも追い打ち。

「時勢となによりお立場をお考えください」

「時勢か、ならば今は控えよう。本当に残念だが」

 副長、子爵ともに同じことを思っているのがわかった。

「ところで」

 伯爵はここでアシハヤの顔を見た。

「アシハヤ殿、まずは非をわびよう。知りようのないこととはいえ、ご先祖の股肱之臣である貴公には迷惑をかけた」

 アシハヤはたちあがり、優雅に一礼する。

「もったいないお言葉。謝罪、受け入れましょう」

「そしてよければ、これを受け取ってもらえまいか」

 腰の剣をはずして差し出す。アシハヤの目が見開かれた。

「ありがたいおことばですが、今更遠い昔の死者がどの面さげてもどれましょう」

「功臣にもうしわけないが、新参の外様ということになる。失礼を承知で、それでも虹湊はお主の力をかりたいのだ」

「もったいない。しかし時代遅れの私になにができましょう」

「北方の小王国群が動揺しておる。彼らの気風は古風であるし、混血の進んだ我々には軽蔑を覚えているから派遣する適材がおらんので困っておったのだ。後を見据えた関係を再構築する力になってくれまいか」

「私どもの時代の戦士の流儀はかなり荒々しいものですがよろしいですかな」

「それがよいのだ。信頼し、全面的に任せたい」

「そこまでおおせとあれば」

 アシハヤは大きく踏み込み、両手を捧げた。踏み込みのあまりの重さに机の上のものがみな少し動く。

「その剣、謹んでお受けします。これよりは我が殿と呼ばせていただきましょう」

「よろしく頼むぞ」

 副長も子爵も目を丸くしているので、アシハヤのこの忠誠の誓いはもう失われて久しい古風も古風なものと知れる。

「二人とも、これで問題ないな」

 伯爵にそうふられて、子爵と副長は苦笑を押し殺してうなずいた。

 その後、伯爵は任務の話をするといってアシハヤを連れて出て行き、子爵は盾の迷宮について打ち合わせがしたいと言いだした。

「明日、下見に出ますが」

「聞いている。あの爺さんはとぼけてたけど全部知っているよ。問題なければそのまま乗り込んでしまおう。ところで僕をぐるぐるまきにしてくれたゴーレムはどこ? 」

「厩で趣味の工作に没頭してますが」

「彼もほしいな。飛び道具があれば四時間くらいで上までいける」

「くわしいですね」

 ここまで子爵の話し相手をしているのはイトスギだ。女王とハガネは執事の爺さん相手になにごとか話し込んでいる。

「実のところ若の話はわたくしの受け売りでしてな。本音は若い美人とお話したいという」

「まぁまぁまぁ、可愛いことじゃのう」

「うむうむ、拙者も気持ちはわかる。して、迷宮のこのへんのこれが気になるのだが」

 そんな会話が漏れ聞こえる。どうも実務的な話はこっちで進んでいるようだ。

 残された俺と副長はなんとなく切れ切れの雑談をかわす。

「ご先祖さま、よかったね」

「実感がない。武人としては好ましいご仁だが」

「ところで朝市ってどんな感じ? 」

「そうだのう、とにかく湯気だな。あちこちで汁物や煮込みの湯気がすごい。あがったばかりの魚介類をそのまま売ったり、売るには少し難のあるのを料理で提供したり」

 結局宿には戻らず、そのまま城で泊まることになった。

 早朝の港は活気に満ちていた。大型船のはいる区画もそうであったが、特ににぎやかなのは小型の漁船の群れる区画。漁からもどってきた漁船から魚がどんどん水揚げされ、干物にするもの、魚醤にするもの、塩漬け、肥料と分別され一部が町の食卓にあげられるべく市場の露店に運ばれ、見目の悪いものなどさらに一部はぶつ切りにされ焼いたり煮たりされて、痛いほどの朝の寒さの中に湯気と煙をもうもうとあげている。米でも麦でもない穀物をおかゆにしたものも提供され、露店は仕事が終わった漁師や、出航前に食事をすませる商船員、それに町中の十人や旅人によってにぎわっていた。

「これは想像以上だな」

 長居には向かない簡単な椅子でおかゆをすすり、魚と野菜の煮込みの朝食をとりながら女王が嬉しそうに感想を述べた。同感だ。

「このハーブ、他ではみたことないがこれがよくあってますな」

 ハガネは料理好きらしい感想。ものも言わずに食べているのはイトスギ。

 昨日の老人が現れた。話はもう聞いていたらしく、あまりよけいな事は言わず、港でもものかげのような場所にもやった船まで案内する。俺はそこで一度厩舎のほうに行って、クレイを連れてきた。

「なんだその肩の鳥は」

 木製の鳥が彼の肩にのっているのだ。

「私の目となってくれるパペットウォリアーですよ」

「作ったのか」

「ええ、何にしろ偵察手段は必要だと思いまして」

 何が、というわけではない。何かが俺の心にひっかかった。

「クレイ、後でデータを取らせてくれ。ちょっと試したいことがある」

「単にご命令していただければよいのです。お願いなぞされたら妙な気恥ずかしさが出てきてしまうじゃないですか」

「気恥ずかしい、か。ゴーレム王もまた人間くさくお前を作ったものだな」

「少し性癖に難のある方でした。これ以上はご命令がないかぎりかつての主人の名誉のため申し上げません」

 こいつ、本当はべらべらしゃべりたいのではなかろうか。

 ゴーレム自体はわりといるので目立つ心配はないと思ったのだが、しゃべるとなるとやはり珍しいので、気付いた通行人が何人かまじまじこちらを見ている。

「おしゃべりはここまでにしよう」

 そそくさと彼らの目を逃れるように港まで行き、身支度を終えたイトスギたちに彼を合流させる。

 子爵ももうついていて、顔がみえないよう大きな帽子をかぶっていた。

「どの範囲まで大丈夫かわからないので、トネリコ殿は町で待機してください。早くすんだら今日中にもう一度来行きましょう」

 一人で居残りらしい。ナナカマドでイトスギをつけられるまでと同じ一人きりとは久しぶりだ。

 船が出て行く。攻略のための入り口は引き潮の時にしか現れないから時間の選択がないらしい。

「待つか」

 老人が貸してくれた竿を突堤から出し、糸をたれる。えさはつけてないので釣れる心配はない。その間にすることは決めていた。腕の小型コンピュータにやらせていた解析結果の確認と、いくつかの新しいタスクの組み込み。そろそろ、手記の筆者の残した数式の解析と、イトスギについての演算の結果が出ているはずだ。時間がかかったのはタスクの重さと性能の釣り合いのせいなのでしょうがない。

「まずはイトスギ」

「普通の人間です。不安定要素も多々あります。まず」

 つらつらと専門用語でパラメータと単体、組み合わせ診断がならんでいく。魔法を遣い、剣を振り回すのとはぜんぜん違う俺が久しぶりに姿を現し、周りが見えなくなるほどの集中力で彼女を読み解いていく。といっても、言葉一つで自由にできるほど把握ができるわけはないのだが。

「クラウドマンではない、とな」

 しかし、彼女が生まれたところを俺は見たし、人格が統合されていく間一緒にいた。電子世界に移住できるかという議論は俺がメンテナンスに入る前にも続いていたが、少なくとも実用化できる段階にはなかったはずだ。

「どういうことだ」

 次の、手記作者の解析結果を出すかどうか確認メッセージが出ている。気を取り直して続けるよう指示したところで話かけられた。

「釣れますかな」

 目立たない場所を選んだのに、よってくる暇人がいるとは思わなかった。腕を隠しながら俺は話しかけてきた人間を見た。

 身なりもよく、育ちもよさそうな好青年がそこにいた。着衣はどこかの小さな商店の若旦那という風情であるが、これはおそらく身分のある者だ。

「いやあ、ぜんぜんで」

 空っぽのびくを見せて愛想笑いを浮かべるが、スキルはいつでもいれられるよう警戒心を最大にする。

「見たところ、えさがないようですね。これは釣れません」

「おや、いつのまにか取られたようですね」

「のんきですねぇ」

「のんきなんですよ」

 行ってくれ、と思うがこれはおそらく面倒な相手だろう。

「でもまぁ、ちょうどいいや。一つお尋ねしてもよろしいですか」

 来た。

「えさをつけながらでよければ」

「お邪魔してるんですから、全くかまいませんよ」

 断ることもできそうにない。

「どうぞ」

「あなたがこの後どうするのかな、と」

 どうするって、それをこのクラウドマンに言っても理解できないはずだ。

「ログアウトする。俺は自分の世界に戻るんだ」

 ほら、びっくりしたような顔をしている。彼らはどこまでも人間と同じだが、分析はできても構築はできない部分は共有によって補っている。

 ところが男は体をふるわせ、笑い始めたのである。

「いや、失礼。そろそろ気付いていてもいい頃合いと思いましたが、ちと時期尚早であったようです」

 どういうことだ。

「それはともかく、宰相様よりの伝言を申し伝えますね」

「あんた、宰相の手先か」

 青年はうなずいた。

「宰相府、庭園整備棟のかけすともうします。伯爵への密使の随員ですよ」

 ああ、それ庭の整備なんかしない人たちじゃないか。

「かなり無理がないか」

「いえいえ、こちらのほうの珍しい種や苗があれば仕入れるのも仕事です。庭や畑をいじるのはかなり好きですよ」

「農民って選択肢はなかったのかい? 」

「農村の面倒臭さはまっぴらで。それより用事をすませましょ」

「ああ、なんとなく想像はつくけど」

「宰相様の伝言は二択です。早々に帝国を去って二度と戻らないか、帝国に仕えるか」

 思ったよりシンプルだった。

「クロニス女史の件か」

「面倒な人を呼び戻してくださいましたね。宰相様も頭をかかえていらっしゃいます。ただ有害な方なら悩むこともないでしょうが、非常に有為の方であり政局に野心がない。少なくとも今は」

「病的な弟君偏愛と聞いた」

「ええ、まあそのおかげで」

 青年は言葉を濁した。この先の可能性の数々の中には好ましくないものもあるのだろう。

「返事はすぐにほしいのか」

「ナナカマドの町に遣いを出しますので、その時でようございますよ」

 では長々お邪魔しました。にこにこそう挨拶すると、彼は優雅な足取りで去っていった。

 彼はただものではない。少なくともただのクラウドマンではない。

 何者だろうか。

 そう重いながらかくしていた小手のコンピュータの表示画面を見た俺は竿をのばすことも忘れるほどその文言に驚かされた、

「これは、あなたです」

 これとは何か、そのへんは流れさっていたが、長々と分析結果と単体、複合評価が並んでいたのはまちがいない。欠格人間なんていわれたときの簡易判定のため俺のデータを持ってそう言う結論になっているのだろう。

 どういうことだ。

 どういうことだ。

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