第11話 虹湊へ
道は二つ。陸路と海路。だが、虹湊は一番近い町というだけで必ずよらなければならない場所ではない。虹湊は再びその変わり身の速さを示して帝国側につき、大公国軍の補給拠点であることをやめたため海に近い戦線は大幅後退したらしい。だからといっておいそれと行ける場所でもない。
とりあえず近くまで行こう、イトスギ、クレイ、ハガネ、女王で五人だから大きめの馬車を買おう。まだまだ高いが出物さえあれば惜しんでいる暇はない。
大まかな日取りと目的地を他の同行者たちに伝え、資金を渡して必要なものの調達を頼む。馬車は女王が謎の交渉力を発揮して思ったより安く入手できた。四頭立て、六人乗りのかなり立派なものである。これと別に乗馬を一頭。ハガネが乗る。馬上では槍だというので、インベントリの開放されたところから魔法で補強された長槍を渡す。
準備にいそしんでいるところに、宰相府外局に押し込んだ少年がやってきた。
「給料が出たので、返せるだけ返すよ」
清算すると、ほんの少し足りないだけで金額としては十分であった。
「あとはまけとく。もうすぐ帝都を発つんでな」
「知ってる」
少年の目はこれからが本題だと物語ってた。
「言付けをうけてきた。二日後に虹湊にむけて馬車隊が出るので、それに同行してほしいそうだ」
「誰から? 」
「それは俺も知らない。上司は伝言を伝えただけで、彼も知ってる様子はなかったから、結構上からじゃないかな」
「同行するだけでいいのか? 」
少年は首をふった。
「それは途中どこかで説明がある、そうだ」
うさんくさい。
「これが同行許可だ。その気があるなら、あさっての三の鐘に城門の外で集合だ」
「もしその気がなかったら? 」
「面倒ではすまないことになる、らしい」
脅しじゃないか。
「ふうむ、何かわかってることはあるかい」
「うん、俺は下っ端だからくわしいことはわかんないけど、宰相様と皇室執事の間でここんとこぎすぎすしてる関係が続いてるって話だよ」
「俺たちに関係があるのかな」
「あると思うよ。俺の身の上、どうもばれてるみたいなんだ」
クロニスと村長のせいだとしても、それは早すぎるのではないか。
「うん、あの人たちのせいじゃない。ここからは俺の推測なんだけどさ、あんた図書館を使っただろう。身分証は何を使った? 」
「これだ」
ドッグタグを見せる。少年は額をぺしっと叩いた。
「たぶん帝国も同じだと思うけど、俺の国では放浪者が現れたら密かな監視対象にすることになってたんだ」
そういうことか。
「全部筒抜けだったのか」
「あの人数の魔人を放っただけでも、あんた疫病神確定だよ」
所在不明が四名は確かにまずいかもしれない。
「それもばれてるみたいなのか」
「今んとこ、確定されてるのは村に残ったあの女だけかな。表向きになってないけど、皇族に出た魔人らしいよ」
初代の姉とかいってたな。
「で、彼女は初代の墓守をやって、墓の整備と盗掘よけのゴーレム整備をやると言っている。それを受け入れるってとこは宰相も執事も意見は一致した」
「くわしいな」
「ある程度は聞かされてきたんだ。あと何ヶ月かあとにどこかで見かけても声をかけないでほしい。たぶん、何かの任務中のはずだから」
優秀だが、後ろ盾のない人間の使い方としてはありだろう。最悪切り捨てることもできる。
わかった、と答えるだけが今しめせる誠意だった。
「宰相は俺に去ってほしいんだね」
「そうです。二日後、よろしくお願いします」
しんどいだろうに、少年の目の光は決して弱々しいものではなかった。
若さとは、危ういものだ。
二日後、なんとかかんとか準備を終えた俺たちの馬車、そしてハガネの馬は帝都の門を出た。大家とおかみには名残を惜しまれたし、支払済の家賃の分は部屋をそのままにしておくとありがたい事まで言われたが、もう彼らのところに戻ることはないだろう。
どこに合流すればいいかは一目でわかった。皇室下賜と思われる豪華な馬車を中心に少し劣るが十分立派な箱馬車が四台、そして華麗な軍服の騎兵が四十騎あまり。その近くに荷馬車が十数台集まっている。さらに護衛らしい武装した者たちを積んだ荷馬車が三台。
一番豪華な馬車には家紋を染め抜いた旗が左右に二流ついている。
「あれはハヤセ伯爵のものですね」
まめなイトスギが教えてくれた。
「お迎えのようですぞ」
ハガネが手でしめすほうからは一騎の騎兵が並足でやってくる。三十そこそこの精悍な男だった。
「トネリコ殿か」
「いかにもトネリコですが」
「お運びいただき感謝する。貴公らはこれより皇宮での謁見から領地に戻る伯爵に同行する。目的地は伯爵と同じと心得るが相違あるまいな」
いかにも、と答えると騎兵は満足したようにうなずいた。
「では道中よろしくな。私は副隊長のゼリインという」
「どなたのご配慮かわかりませんが、我々をご指名いただいた理由を聞いてもよろしいか」
「特にございませんな。あなたがたが虹湊に聞いたさる方の鶴の一声でござるゆえ、我らには窺い知ることもできませんな」
言う気はないということらしい。あいまいに笑ってすませるしかなかった。
「さて、同様の理由で同行することになった方々を紹介しましょう」
ついてきてほしいと言われるまま、荷馬車の群れにのところに連れて行かれ、二人の男に紹介された。老人と青年の商人であったが、どちらも活力に満ち、握手からはじまってぐんぐん距離を詰めてくるところのある人たちだ。老商人は孤雁、若いほうは海風、ふたりとも虹湊を経由した取引の再開に大いに賭けているところがあった。そして盾の迷宮が目的であることをなんとなく探り出されてしまったように思う。
「港に倉庫と事務所がありますので。どうぞ何かありましたら」
「船が無事であれば人ごとお貸ししてもようございますよ」
うん、これはほぼばれている。ゼリイン隊長は何も言わなかったが、彼らを経由して何かさぐろうとしていたとしたら結構目的を葉たらされてしまったのではないか。
笑ってごまかし、何か知ってるか逆に探ってみようとしたが、二人とも申し合わせたように取引先が決まってからという。手ごわい。
隊列は伯爵一行と護衛騎兵を戦闘に、老商人、若い商人、我々、最後に護衛の傭兵たちという並びになった。うちの騎馬は馬車と並進する。行程は二泊三日。一泊目は宿場町だが、二泊目は野営となる。戦闘のせいで、焼け跡ばかりらしい。
初日の行軍では傭兵たちは距離をおいている感じであったが、二日目になると女王とやたら打ち解けて、何やら気遣いをするようになった。ハガネはまた別の意味で獲得したらしく、女王とはまた違う気遣いを得ていた。俺たちはそのついでという感じだ。
伯爵の姿は一泊目で見ることはできなかった。伯爵は別の宿に馬車ごとはいって馬車ごと出てきたのだから。人前に出ることは危険なので護衛が禁止したらしい。
だが、二泊目ではとうとうその姿を見る事ができた。
人間、であった。白髪の温厚そうな老人。少々癖のある容姿だが、人間に間違いない。少なくともそう見える。邪鬼の伯爵家はどうなってしまったのであろう。
伯爵は一行をねぎらい、励ます言葉をのべると盾を並べて固く守られたテントに消えた。その後ろを深々とフードをかぶった小柄な従者が続く。
たまたま近くにいた老商人がその従者に小さく頭を下げているのを見て、なんとなくからくりは察した。挨拶をしたのは伯爵ではない。
場所割りは騎兵隊によって指定されたが、設営、たき火、食事の準備はそれぞれの一行にゆだねられている。大勢なのでほどよい枯れ木は不足すると思われた。二つの商隊はそれを見越して馬車一台に薪をつんできていた。我々はそんな余裕はなかったので、危険だがイトスギと女王、クレイで拾いに行き、俺は水汲みにいくことになった。魔法でなんとかといいたいが、量が多いのでそうしたのだ。
目の前の川に小さめの甕いっぱい汲んで天秤棒に前後にぶらさげて戻る。天秤棒といってもインベントリのこやしのかなりいい槍だ。その価値に気付いたらしい数名の騎兵、傭兵が目をまるくしていた。あとで売れと言ってくるだろう。面倒だ。
ハガネは男用と女用に二つの天幕を手際良く設営し、石を積んでたき火の準備をしている。他のキャンプでは炎が燃え始め、空腹を刺激する匂いも漂い始めていた。
くくった枯れ木を束にして背負ったクレイが戻ってきた。女王とイトスギはそれを二つに分けて積む。
「こっちは? 」
適当に指差してきくとすぐ使うほうという答え。
「じゃこっちは? 」
「まだ水分があるから魔法で抜いておくれ。あんたの魔力ならできる」
小一時間ほど額に汗して魔法で水分を操作することになった……。
その間にハガネが包丁をふるって干し肉とハーブを煮込んだ料理を作った。固く焼き締め、さらに干したパンを切り分け、浸して食べるとなかなか美味である。
「どこのかわからないけど、斥候がいたよ」
にぎやかになってきたところでイトスギが不吉な事実を伝えてきた。
「このへんにはもう大公軍はいないよな」
「そのはずよ。でも少数の強襲隊なら送り込めるかもしれない」
「とすると狙いは伯爵か」
「こんなチャンスはもうないでしょう」
「一応、知らせておくか。ちなみにその斥候はまだいるのかい? 」
「いいえ、私たちが知らないふりで枯れ枝拾いをはじめたら森の奥に姿を消したわ」
慌てて追う、というわけにもいかなかったのだろう。
「わかった」
俺は話のできそうな者、具体的には副隊長のゼリインの姿を探した。騎兵隊のたき火の側であぶった干し肉に苦闘しているところだ。
「どうしました? 」
振り返ったその顔はにこにこしている。作り笑いめいていた。
とりあえず、どこかしらの斥候がキャンプをうかがっていたらしいと伝えると、彼の作り笑いはいっそう大きなものになった。
「それはそれはありがとうございます。お仲間はなかなかの戦士ですな。うちの見張りもそれらしいとまでは気付いていましたが、確信はできませんでした」
「なにものかわかりますか」
「さあ。ただ、今夜は炎は絶やさないほうがよいでしょう」
ある程度の確信があるな、と思ったがこの狸がそう簡単にしっぽを見せるわけもない。
「来ると思うかい? 」
「こないであろう。来るようなら護衛だけで対処できると思うぞ」
女王は重いヘルメットをくるくるまわしながら言った。
「そのこころは? 」
「見れば警戒を強めていることがわかるはず。ここを襲うよりは疲れ果てて迎えた朝、隙のでやすい行軍開始時がよかろう」
「じゃあ、不寝番はいらないと? 」
「クレイがおるではないか。声さえだせればよいのだ。自分の整備でもしながら見張っておれば良い」
なるほど。クレイはその気になればかなり音量と音域が出せる。
「おまかせください。整備しながらなら、私にとっては眠るも同然」
「それで、行軍開始時に襲撃があったときは? 」
「おかざりの隊長はともかく、あの副隊長は油断のできん男じゃ。当然警戒しておるから任せておけばよかろう。われらは降り掛かる火の粉だけ払えばよかろう」
つまり、よけいな手出しはかえって邪魔ということらしい。
女王の読み通り、その夜は特に何もなかった。
「斥候が時々様子を見に来ていました。同じ人ですね」
射撃特化のクレイの目にはしっかりその姿が捕らえられていたらしい。
「一人だけか? そいつ以外は誰も見かけてないのか? 」
「彼だけですね。ちょっとわかりにくいのですが、どうも邪鬼のようです」
「面倒な事情がありそうだね」
「どうしますか? 」
「できることがあるか? 」
「位置がわかっているのは私だけです。おもり付きの紐をなげて捕縛することはできます」
「よしやろう。恩は売っておくにかぎる」
盾の迷宮への後方基地として虹湊は重要だ。
クレイはテントの固定に使った石を二個拾いあげ、紐でくくった。あんまり簡単に作ってしまうものだから大丈夫かと心配になるくらいだ。それをぶんぶん回し始めたのだから周辺の他の者が驚く。
「トネリコ殿、これはいったい」
近くにいたバケツ両手の騎兵がとがめてくる。いやまあそうだろう。いきなり何かへの攻撃行動をとってるわけだから。
「くせ者を捕らえます。うちのゴーレムは飛び道具は得意なので」
言い訳してる間に両端におもりをつけた紐はぐるぐる回りながら飛んでいき、樹上に潜んでいたくせ者を幹ごとぐるぐるまきにしてしまう。
「あそこです」
くせ者を巻き付けた木にもとに集まったのはゼリイン副隊長と騎兵三名、俺、クレイだ。樹上では明細のはいったフードつきマントでをかぶった小さめの姿がぐったりしている。
「下ろせ」
命令一下、騎兵たちは木に上ってくせ者を縛り直し、まきつけたロープを利用して下に下ろした。
邪鬼だった。意識はあるようだ。息を殺して様子をうかがっている。
「こんなものも」
騎兵が見せたのは長い長弓の矢と装填したままの弩。
「この矢は? 」
「こやつの頭をかすめるように幹にささっていました」
「口封じか。どっちから撃っている? 」
「だいたいあちらかと」
「一応、二名ほど調べに行かせろ。時間がないので様子見程度でいい。もう逃げているだろう」
邪鬼は若いように見えた。観念したように目をつぶっている。
「さて、言葉はわかるかな? 」
ゼリインはこれまで見せたことのないような険しい表情でくせ者に語りかけた。驚いたことに、相手は奇麗な帝都なまりで答えたのだ。
「わかるとも。これでも先日までは次期伯爵という立場だったのでな」
副隊長の目が見開かれる。彼はくせ者ののフードを払いのけてその顔を見た。
「驚いた。あなたはミタテ子爵ではないか」
「そうだ。父たる伯爵を裏切り者の叔父に討たれ、地位を簒奪されて大公のもとに身をよせていたミタテだ」
「それで父君の仇討ちをせんとこのような真似を? 」
ふたたび険しくなる副隊長に若き邪鬼の貴人は苦笑した。
「貴公ならわかっておろう。父は大公の与力であった。帝位を巡る戦いで、形勢定まって寝返るにあたり、最後の信義として自ら討たれたのだ。私があちらにいたのも、万一大公が勝利しても虹湊のハヤセ家が存続するため。叔父を狙う理由はない」
「それではなぜ? 」
「まあ、切り捨てられたのだよ。叔父を討たせて混乱を招くためのだけに。そしてただ逆らうことは犬死にを意味していた」
死にかけたけどな、と彼はここで豪快に笑った。
「貴重な情報、感謝いたす」
ゼリインは頭を下げた。
「よい。それにこれが手の込んだ策略でないと言えないわけではない。とりあえず私の首ははねておいてくれ」
あっさりと、まあそんなことを言うものだ。
だが、ゼリインはにやりと笑った。
「承知しました。くせ者は引き据え、直ちに首をはねまする。そして検分もせずに川に捨てましょう」
「よろしく頼む」
ゼリイン副隊長はここで俺のほうを向いた。
「ご協力感謝いたす。ここからはあまり愉快なものではないので、どうぞお引き取り願いたい」
断れない雰囲気だ。お願いではなく事実上の命令だ。
「あいわかった」
クレイともどもしぶしぶ引き上げて、イトスギ、女王、ハガネに何があったかを話した。
「ああ、なるほど」
「おぬしもそう思うのか」
女二人が何事かわかりあったようにうなずきあう。ハガネはきょとんとしていた。
「その子爵とやらは、監視つきであろうが、保護されることになろう。大公の勢力にいたのだ、内部事情にはくわしい。そして切り捨てられた以上、協力を惜しむ理由もなかろう」
「それに死んだことにしてしまえば保護の上でも、引き出した情報の活用の上でも都合がいいと思いますよ。まあ、あちらがそこまでおめでたいとは思いませんが」
あの邪鬼の若者も副隊長と同じくらい狸だったということだ。
少し遅れたが、馬車隊は出発した。川沿いの街道を進むと森が切れ、畑が広がる中を一行は進む。取水口がそこかしこにあり、水路が縦横に走ってなかなかの農業地帯である。
虹湊はその向こうに見える大きな町だった。ナナカマドくらいはあるだろうか。城門の片側には伯爵家の旗だけが掲げられ、反対側には何も掲げられていない。たぶん、以前はそこに大公の旗がなびいていたのだろう。
城門の外には百名ほどの兵士が収容できそうな駐屯地ができていて、帝国の旗がはためいている。 一行はその手前で一度停止し、騎兵隊から一騎伝令旗をさした騎兵が向かう。
号令、行進、両側に五十名の重装兵が整列し、その敬礼を受けて伯爵の馬車隊が入城していった。その他はしばらくその場で待つよういわれる。
高らかなラッパ、城門に古びた帝国の旗がばさりと掲げられた。指揮官たちに迎えの馬車が差し向けられ、彼らは奥まった伯爵の城へと向かう。
「妾の知るのと少し手順は違うが、正式に復帰する儀式の仕上げじゃなこれは」
女王はのんびりしたものだ。ハガネはなかなか入城できないので少しいらいらしているようだ。
整列した兵士が解散し、騎兵隊が駐屯地に合流するとようやく俺たちが入る事が許された。
特に身分証の確認もなく、横をぞろぞろ非番らしく甲冑をぬいだだけの気楽な格好の兵士たちが目を輝かせて歩くのと一緒に町に入る、
遅い時間なのに、広場には飲食中心に露店が並び、町は歓迎ムード一色だった。
厩舎に馬車を預け、クレイを番に残して宿を取る。がらがらだった。宿の主は大歓迎という顔で部屋もかなりいいのをあてがってくれた。
「少し、羽根をのばしてきていいかのう」
「かまわないけど、金がたりないとか泣きつくのはなしでね」
女王はお祭りムードに浮かれて飛び出して行った。
「拙者も買い出しにいってくるでござるよ。この地の食材見つつうまそうなものがあったら二人の分も」
手をだして要求するので、苦笑いと金を渡す。ハガネもでかけていった、四人で使う大きめの部屋に、俺とイトスギだけが残った。
「お疲れさまです。なんだか気を遣われたみたいですし、せっかくですから愛でも交わしますか?」
「そんなに寂しそうに見えるかな」
「いいえ」
彼女は安楽椅子を選んでぐっともたれこんだ。
「ただ、そこまで無関心だとあなたは実はクラウドマンの単純なやつじゃないかと思うこともあります」
「木石みたいと。いや、一応そういう衝動はコントロールできるし、面倒なだけだから抑止しているだけなんだが」
「わかってますって。ただ、あなたにくらべると他のクラウドマンたちのほうがよほど人間らしいように思えてくるのです」
「彼らは人生を歩んでいるように見えるからねぇ。俺はただここにふらりとやってきた放浪者にすぎない」
「その放浪者のために作られた私でも、最近はあなたに情のようなものを感じるのです。これは、家族に対する情に近いと思います。あなたを兄と慕うか、夫として愛するか、今はなんともいえませんが」
あなた何も感じないの? 責められているような気がした。
「数理分析すれば、クラウドマンはクラウドマンと知れるよ」
複雑な人間性をもっているようで、いくつかの簡単な制限をごく自然のものと受け入れている。それがクラウドマンだ、
「じゃあ、その小手の演算装置でやってみてくださいな」
そういえば、昔の放浪者の手記の数式の逆解析をやらせていたな。
「少し時間をもらうよ。君の数字を拾わせてもらう。簡易判断でいいよね」
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