第10話 剣から盾へ
それから半月たった。帝都は夏の祭りが始まろうとしていた。下宿の隣の店も出店を出すことになって、本店のほうはその間休業、となるかと思いきやちょうど料理ができる下宿人が増えてフロア係をやってのける同じく下宿人がいたためあけてある。
まさか、その臨時コックが魔人で、注文をとったり会計したり、料理を運んだりしているのが滅びた小国とはいえ女王とは誰も思わなかっただろう。
「自分たちの食い扶持くらい稼ぐ努力はしてくれ」
そんな苦言を思わずもらしたせいらしい。
「ついてくるのは勝手だけど、路銀はあるのかい? 」
そんなこともいったかも知れない。
騎士見習いであった少年は、元は東方小国の出身であったことを利用して東方離反の混乱で家も領地も失った、という話を当局に通した。当局にさせた話は嘘ではないが、いつの時代かはすっぽりぬかせてつい最近のように見せた。帝国は人材不足に陥っていたので、少年の教養をテストし合格を確認すると宰相府の外院の倉庫管理局に見習い職員として採用を決めた。おそらくそこで素行、背景の有無を調査されるのだろう。軍関係でないことを本人が不満に思わないか心配だったが、何を言われているのかそんな様子はない。まだ少し先だが最初の給料から俺への借りを支払ってくれるそうだ。
俺はというと、次の迷宮である邪鬼の国の盾の迷宮について大図書館で調べ物をしていた。同時に過去の放浪者についても調査をしている。クレイからゴーレム王について聞き取れるだけ聞き取り終わった。そのクレイはイトスギと古道具屋で壊れたものを預かって、売れる状態まで修繕して手間賃をもらっているらしい。あの二人に働けといったせいだろうか。
邪鬼の国はさらに寒冷で、秋を迎えるこれから向かうのはなかなか厳しそうだ。だが、自分の体に早く戻りたいから準備を十分にやって強行しようと考えていた。
必要なものの調達計画をたて、盾の迷宮についての情報を集める、それが最近の日課だった。
特に北方はいま戦闘の真っ最中である。大公は激しく抵抗しており、まずは冬の自然休戦まで戦線を維持しようとしている。その戦線を越えなければいけない。殺気立った両軍を抜けて行くのはほぼ無理だろう。
盾の迷宮は場所もわかってはいない。邪鬼の統一国家の半分は人間に奪われ、残りは極寒の不毛の地に大公国と王国に臣従する形で小国がのこっているだけだ。そのどちらの領域かもわからない。
ヒントは海だ。盾の迷宮は海に近いらしい。あるいは、まさかと思うが海の中ということはないだろうか。入り口は陸にあるらしいが引き潮に顔を出す洞穴という可能性もある。
「候補は何カ所だ? 」
小手に話しかける俺は変に見えるだろう。実はこの小さなコンピュータにプログラミングツールを使って三世代くらいまえの人口知能アシスタントを組んだのだ。育てる必要はあるが、ここではとても便利になる。今も読み込ませた地図データと盾の迷宮に関する記述をあわせて候補地をさがさせている。
「三百二十一箇所だよ」
入力は音声でできるが、出力は画面表示。
「でも、もう少ししぼれそう」
こうしてる間にもこいつは考え、学習し、自己改善を繰り返している。このアシスタントのルーチンは人間の数理解析式を使っている。それっぽくふるまうことはできるが、肝心な部分は抜けているツールというわけだ。少なくとも、一から「人間」を組み立てのはまだ実現されていない。
人間より高性能でああるので、アシスタントには別の学習として、過去の放浪者の手帳から拾った数式の逆解析を行わせている。材料は彼自身の初期構築式に知識として必要な数式。捕捉情報として手帳の内容。こっちも悪戦苦闘中のようだ。片っ端から推測逆算し、成立しないとその予兆がどこにでていたかを学習し、効率化を高める。そんな繰り返しをやっている。
図書館がしまる時間になり、野猪亭に夕食をとりによった。せっかくの祭りなのだから、屋台でなにかとも思ったのだが、ちょっと混みすぎていた。
「おう、よくきたの。まかない食べるか、それともシェフのおすすめいってみるか」
女王の女給姿はなかなか眼福だ。おかげで祭りの二日目くらいから野猪亭は妙にはやってる。
適当に注文して座ろうと思うと手をふってる人物がいた。
眼鏡の知的美人。いや、すっきりしたほほの線と小さな口、少し吊り気味の黒い瞳がそう思わせるだけで、その顔には見覚えがあった。その隣にはこれまたなかなかのハンサムがいる。
ハンサムは初めて見る顔だが、美人には見覚えがあった。村に残った魔人の女性だ。確か名前はクロニス。古語で時計のことだ。
「ひさしぶりですね」
奥の厨房ではもう一人の魔人、ハガネがすごい速度で包丁を使い、鍋をふっている。彼らのことが知られるだけで帝都中が大騒ぎになるだろう。
「いやまったく。そちらは? 」
ハンサムのほうを見やると、クロニスは満面の笑みを浮かべた。
「彼は赤樫。ゴーレムよ」
「まさか」
「そのまさかです。おひさしぶりです。トネリコ様」
いや、すっかり人間に見える。しかもいい声でしゃべるじゃないか。
「少々いじりましたの」
少々とかそんな感じではない。
「部品は? 」
「あれから何度か迷宮にはいりまして、この子の複製を何体も壊して確保しました」
そのついでに村の住人も増えたらしい。去った者も同じくらい。
「それで、もろもろ調達ついでに今後について情報収集にきたわけです」
「人数が増えたら目立つのは避けられないからなぁ」
「そうです。ついでにみなさんに会いにきました」
「元気そうでなにより」
俺の目の前にどんとまかないが置かれた。女王じゃなく、シェフだ。
「会いもうしたか? 」
ハガネはクロニスに要領を得ない質問をした。だが、それで伝わったようだ。
「ええ、会いました。彼とは知り合いなのであなたのことも聞きましたよ」
「それならよい」
気がすんだようでシェフは厨房に戻った。
「彼、とは? 」
「魔人ですよ。市井に潜む魔人。少しですがいるんですよ」
なんだって。
「その人たちは町中で何をやってるんだい? 」
「いろいろ、商売人だったり役人だったり。軍人はみんな避けてますね」
「戦場で悪目立ちは確かにまずいね」
「ところであのゴーレム王のゴーレム、クレイはどこにいます? 」
「イトスギの部屋で内職してると思う」
「ちょっと見せてもらってよいですか? 」
眼鏡の奥の瞳がきらきらしている。というか少々息が荒い。魔物は危ないというイメージだが、魔人は別の意味で危ないのが多いんじゃないだろうか。
「解体したり、改造しないなら」
「ええ、もちろんよ」
そこで見るからにがっかりするんじゃない。あそこに作業用に連れて行き、クレイに改良された軽自動車ゴーレムは残留組で暫定村長となった元領主の老人に譲渡したのだが、彼らも無傷ではないだろうと容易に知れる。もう一体のゴーレム王のゴーレム、ブロンズの七十三が残ってたらどうなっていただろう。
彼は今どこにいるのか、昔の仲間に合流するめどは立っているのか。
「じゃあ、食事が終わったら連れていこう」
「おつきあいしますわ」
クロニスも食事中だったので、二人で水がわりの薄いワインを交えて食べる。村の様子とかたわいもない話を交えているこの状態はデートにも見えなくないな。相手は知的美人だし悪くない。中身が魔人でマッドエンジニアであるという点に目をつぶれば。赤樫は食事をしないのでコップに申し訳程度のワインをいれたものを揺らしてふりだけしていた。
今は家を二三件再建中らしい。まだまだ倉庫と控え室でくらしているのだが、森では入手できないものも多いので、ルートを数本開拓し、担当を決めていくつかの村に物々交換にいったらしい。
「あそこね、皇室直轄地なのでそのうち問題になると思うのよね」
そういう情報も取得し、先んじて打てる手はないかといくつか都市くらいでないと入手できないものを仕入れるついでに来たらしい。
「実は村長も来ているの。政治的なことだと、彼か女将、副村長だけど、女はなめられるでしょ」
いや、間違ってもあんたをなめてかからない。スキル七は試したのだが、向上した体力でも体感一分も動けないし、切り替えを交えても三分くらいで、その後は十分はスキルきって休む必要があることがわかってる。ぜいぜいいってるわけだ。ハガネと女王とイトスギにスキルではなく技術を身につけるようしごかれている最強にして最弱の俺がギミックで手数のおおそうな本気の彼女に勝てるわけがない。
「村長はどっかいってるのかい? 」
「役所の職掌と力関係調べにそのへんの集まるサロンになけなしの金をはした金のように使って出入りしてるわ」
「成果があるといいのだけど」
「カードはいくつか用意してあるからたぶん大丈夫、私もその一つよ」
「魔人はまずいカードじゃないかな? 」
クロニスはふふっと微笑んだ。
「初代皇帝には一生頭のあがらない姉がいたの。彼の初期の覇業を、ゴーレム兵で不足する兵力を補い、領地のインフラ整備を指揮した出戻り娘がね。彼女を除けば彼を倒せると踏んだ敵に攻められ、寄せ手もほとんど全滅させて炎に沈んだ悲劇の美女」
まさか。
「それが誰かは恥ずかしくて自分では言えないわ」
「それ、本当? 」
「さあ。でも、私があそこに残った理由とすれば納得はいくでしょう」
「知り合いの魔人がいるといったよね。魔人って長命なのかい? 」
「ええ、死にたいと思わないかぎり肉体は若く維持できるわ。あなたもコツを覚えればできるから仲間いりしない? 」
あいまいな笑みを浮かべて遠慮することにする。
「その知り合いは帝国政府の要職とかじゃないよね」
「そういう面倒は若い者がやればいいって抜かしてたわ」
それ以上は言わなかったが、たぶんパイプはもっているだろう。そして三年前の戦乱から今日の混乱まで、さてただ座視していただけか。
「食べ終わったわね。じゃあクレイを見せてちょうだいな」
政治の話から一気にオタクの話に戻った。力が抜ける思いだが、気は楽だ。
「イトスギのところにまいるなら、これを持って行ってやっておくれ」
女王が盆に食事を用意していた。まかないではなく、量的にも軽い。
「だいぶ根をつめておるようでな、出てこんのだ」
厨房のハガネも心配げな様子でこっちを見ている。
「わかった」
イトスギの部屋をノックすると、少し間があって、疲れた声で返事があった。
「食事だ。それとクレイに来客だ。はいれるかい? 」
出てきた彼女は腫れぼったい目に土気色の顔をしていた。これはろくに寝てないな。
部屋の中は思ったより片付いていた。クレイが手仕事をつづけているのと、彼女が修理していたらしい発火具。部屋の隅には木箱が二つ。まだ、と済みとかかれている。
「女王もハガネも心配していたぞ。食べて、落ち着いたら少し寝ろ」
「うん、でもまだ終わってない仕事が結構あるんだ」
クロニスはというと、部屋の主にことわることなく入り込んで、困惑するクレイにぺたぺた触っている。赤樫は廊下で静かにそれを見ていた。
「あら、その人は」
「村にのこったゴーレム大好きさんだよ」
「落ち着かないのですが」
クレイが訴える。変なところをさわられて構造的に反応してしまうので内職の手もとまってしまっていた。
「まあ、分解したり改造したりはしない約束だ」
「なあ、改造していいか? 」
言ってる側から約束が破られそうだ。
「駄目だ」
「重要な部分はよくできてるからいじらないけど、外見はいじれるぞ。あの赤樫のように」
会釈するハンサムが彼女を主とあおいだゴーレムの今の姿だと気付いてクレイは驚いたようだ。
「クレイ、あんなふうになりたいか? 」
「人間でないというのは不便もありますが、人間に間違えられるのは面倒だと思います」
「わかったわよ」
断られてクロニスは子供のように唇を尖らせた。
「クレイ、あなたオンとトゥを改造したわね」
「オン? トゥ? 」
「村長に譲渡した安物よ」
安い買い物ではなかったのだけどなぁ。
「ああ、製造番号八七五六一と七七六三一ですか」
「それよそれ。あなた、もしかしてくわしい? 」
「パペットウォリアーくらいなら作れます。ですが、コアのことはわかりませんので自律型は作れませんよ」
「ね、二時間ほどこの子かりていい? いろいろ聞くだけだから」
「あの、内職が残ってるんですけど」
げっそりした顔でイトスギ。
「そんなのあたしが手伝ってあげるよ。赤樫にもやらせる。ついでに床でいいから泊めて」
「俺の部屋、使っていいぞ」
気がつくと、俺はイトスギと二人きりになっていた。俺はわからないが、彼女はどっと疲れの出た顔をしていた。
「金ならあるんだ。がんばりすぎることはないんだぞ」
「あなたが目的を達成したら、私は一人でここで生きていかなければいけないから」
生きるよすがを一つでも増やしておきたいらしい。
「そうか、そうなるのか」
彼女は深々と息を吐いた。
「ねえ、ちょっとの間、背中にもたれていい? 」
「あ、ああかまわんが」
「ありがとう」
とん、と温かい背中が丸めた背中に体重をあずけてきた。髪が乱れて腕にふりかかる。
彼女の手に手を重ねると、かぶりをふられた。
「いい。これだけでいいの」
わかった、としか言えなかった。
クレイはゴーレムで疲れを知らないはずなのだが、結局三時間つかまって解放された彼はそそくさと日課のお祈りに行ってしまった。なぜかつやつやした顔になったクロニスは赤樫を引き連れイトスギの部屋に陣取る。
翌朝、朝食の席であったイトスギは寝不足の顔のままだった。
「夜なべになったのかい? 」
「いいえ。すごい手際であっという間に終わったのだけど、彼女の寝方が、その」
「その? 」
「お姫様だっこ……」
予備の毛布にくるまって赤樫にだっこさせていたらしい。
「見た目男前が広くない同じ部屋で美人をだっこしてるのよ。おまけに彼女、ねぼけてその男前にだきつくし、変な声だすし」
「それは、落ち着かないな」
「はい」
「おはよう」
うってかわって御機嫌のクロニスがやってきた。今日も女王とハガネが店を守っている。祭りは明日までなので、それまではこの二人体制だ。
昨日はほどほどの量を食べていた彼女はまかないを頼む。
「下宿人限定であるぞ」
「堅い事いわない、がっつり食べたいのよ」
女王はやれやれとばかりに厨房に引っ込んだ。
「実は余り物がほとんどなくてな、量だけはそれくらいにしたのを食べよ」
どんと鉢一杯のシチューとパンの大きめの塊を置く。まかないより多い。しかしクロニスは怯む様子もなかった。
「私たちは今日村に戻るわ」
半分ほどあっという間にたいらけてから彼女は宣言した。
「そうか達者でな」
これで少し静かになる。
「あなたも早めに発つことをすすめるよ。たぶん、目をつけられるのは時間の問題」
「どういうことだ? 」
「私たちがあそこに現れるちょっと前くらいに何度もあそこを訪れた人がいたら当局はどうするかしら」
「とりあえず身柄を押さえるね」
「そういうこと」
なんてことだ。時間がない。打つ手はまるでないし、場所も確定してないが盾の迷宮のあるほうへいくしかない。
「最後に盾の迷宮だけど」
「何かしってるのか」
「断崖絶壁に囲まれた島にあるそうよ。無人島だから名前もないし、海図には障害物としてしかのってない」
「さて、食べ終わったし、ここにきた用事も全部すんだし、そろそろ行くわ」
気がつくと彼女はのこりもぺろりとたいらげていた。どこにはいるのだろう。
ぺこりと頭をさげる赤樫の背中にはずっしり重そうな背負い袋があった。対し彼の主人は身軽なものだ。ベッドのかわりさせられたり、あいつも大変だな。ゴーレムだけど。
今もらった情報と、大図書館で閲覧した海図をアシスタントにいれると、候補は二カ所まで減った。大変な前進だ。二カ所ともそれほど離れていない。一番近い港は虹湊。倉庫業で栄えている階上交易の要だ。領主はハヤセ伯爵。
「それ、剣の迷宮で最初にあったアシハヤの故郷ですよ」
イトスギに指摘されるまですっかり忘れていた。邪鬼の町だが、他の種族も多かったとか、内乱の時に帝国に帰属したとかそんな話だったな。
「ハヤセ伯爵ですか。アシハヤさんの仕えてたころと家名がかわってないですね」
「やっぱり邪鬼なのか」
「さあ、行ってみればわかるんじゃない」
行くんでしょ、と彼女は聞いた。
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