第9話 最下層
その夜はなんともにぎやかだった。人も増えたが特に女王がうるさい。声がでかいのだ。銀の葉はもの静かで、一緒に行動してくれるのなら彼のほうがよかったのだが、故郷に対する熱が全然違うのでとめようもない。女王は自分の国が滅んだと明確に認識していた。名前はやたら長いので女王と呼ぶ事にしてこれにはイトスギも反対しなかったし、クレイも何もいわなかった。
クレイは食事の間、森の月光のさす場所で祈りをささげていたようだ。ナビゲーターにそっと聞いた限り、銀の葉の森も女王の国もその古い記録のなかでは現存している。だがクレイとその主人についてはさっぱりであった。クレイはうちの軽自動車ゴーレム二体に興味をしめし、本人たちに意識が皆無に近いことをいいことに一晩何かやっていたようである。
就寝はまた特徴が出ていた。ナナカマドのゴーレムは腕の仮補修をやっていたし、女王は毛布をはだけて大股広げて大いびき。筋肉のよくついた女性的な肢体が非常に残念な感じである。そのくせ剣は握りしめているので変な気をおこそうものなら寝ぼけたままぶったぎられそうだ。銀の葉は森の木の上に吊り床をかけ、寝付かれないのか哀調帯びた歌を朗々と吟じていた。普通に寝たのはイトスギと俺だけだと思う。
「達者でな」
翌朝、去る者たちを見送った。ナナカマドも森も方向が同じなのでしばらく一緒に行動するらしい。石盤使わずにもコミュニケーションが成立しているらしくなぞだ。
「さて、我らも参ろうぞ。剣の迷宮のことは聞き知っておる。腕がなるわ」
なぜ女王がしきる。腕がなるとかなんとかいってるが、女王だってダンジョンに蘇らせられた存在だろうに。
「美女二人つれて両手に花じゃのう」
本当に王様やってたのかと思うくらい品もない。
「自分で言いますか」
「言うぞ。妾は自分が好きじゃ」
どんと胸を叩くとたゆんと揺れる。思わず目を引かれた俺にイトスギの冷たい視線がささった。
「はっはっは、仲がよいのう、見るだけなら好きに見る事を許す。触れることは亡き夫以外には許さんがの」
国が滅んでいるのだ、彼女の夫が経緯はともあれどうなったかは想像がつく。
子供がいたかどうかは怖くてきけなかった。
大部屋はきれいにかたづいていた。奥に台座があり、スイッチらしいものが飛び出ている。
押すと部屋ごと下に下りて行くではないか。
「でかいエレベーターだな」
止まると、そこには広めの通路が見えていた。それとともに不吉なきしみがきこえはじめる。
床の中央ににまっすぐな線が現れた。少しづつ広がっている。とともに足下に不安感。
「通路に飛び込め、おとされるぞ」
全員がわっと通路に殺到し、とにかく飛び込んだ。クレイが落ちそうになって左手を文字通りのばしてぶら下がる。
床はまだひらききってなかったが、非常に深い穴がそこに開いていた。長年の堆積物が見えているが、横穴一つない縦穴を埋め尽くすにはまだ膨大な時間が必要そうだ、もちろん、落ちたら出られない。
「危なかったです」
なんとか這い上がったクレイの声にはあせりがった。ゴーレムのくせに、感情があるかのようだ。
作業用のゴーレムはおいてきたのは幸いだった。彼らは反応が遅いので間に合わなかっただろう。
「ここにボタンがありますね、帰りはこれを押せば下りてくるんでしょうか」
開いた床はまた元通りに閉じていく。閉じきったらまた上に戻るのだろう。
「このへんの安全を確かめたらやってみよう」
「面倒な。奥にすすめるだけすすんで帰りにやればよいではないか」
女王は相変わらず豪快なことをいう。
「帰りは余裕がないかも知れないからね」
通路はまっすぐ二十メートルほど続いてから十字路になっていた。そのへんになると遠く何かの気配が動いている。こちらに来る様子はない。
とりあえず、近くではないので戻って部屋がのぼっていくのを見た。ここから戻るので正解のようだ。
「では、奥へむかうとしよう」
その先は迷宮であった。まがりくねり、上下に交わり、誰がこんな通路を設計し、どうやって作ったのか、ただ侵入者を惑わすためにしてもどうかと思うものだった、分岐点に来るたびに数字と矢印をかいて目印にした。
遭遇戦は数回あった。全部スケルトンワームで、最初の一組以外が倒してしまうことになった。
最初の一組はがんばって剣を奪い取ってどうなるか様子を見たのだが、彼らは自由になったとたんに逃げ出してしまったのだ。話も通じる様子はなかった。
「一度、戻ろうか」
たぶんこの廊下をすすめばいいとわかったあたりで俺は提案した。女王も反対はしなかった。
その夜、女王が増えた分不安になった食料の問題をクレイが解決してくれた。眠る必要のない彼は祈りエネルギーを補充するために出かけたついでに森で猪一頭と野鳥三羽、食用になるキノコをバスケットいっぱいとってきてくれたのだ。朝起きたときに見たのは、むしった鳥の羽根を使って矢の追加を自作している彼の姿だった。猪ははらわたをぬいて廃村のせせらぎで冷やしている最中。
「塩漬け、つくりましょうか」
イトスギが苦笑した。塩は幸い、倉庫に樽三つほど岩塩があるのを見つけてある。
「ハーブも欲しいな」
「新鮮な肉か、いやぁ、これは嬉しいのう」
昼過ぎまで、肉の処理、料理、材料集めで費やすことになった。クレイは料理も上手だった。力仕事用のゴーレム二体の命令権をもらうと、彼らを使って薫製窯まで作ってしまった。
「彼らには手順を教えておきました。もう一頭しとめて出かけている間に薫製を作らせておきます」
「いや、こいつら二単語命令しかわからない安物だったはずだが」
「我々と一緒にいて壊されたゴーレムがいたでしょう」
「いたね」
「将来、自分の修理に使えないかと彼のパーツの大事なのを拾っておきました。それを一部組み込んだのです」
有能すぎないかこいつ。
「なんというか、君がいてくれて嬉しいと思った」
「ありがとうございます。前の主には出来損ない扱いされていましたので嬉しく思います」
「妾、お主の主に心当たりがあるぞ」
女王は知っているようだ。
「おそらく間違っておりませぬ。私の元の主はゴーレム王と呼ばれた方です」
「なんだそれは」
「放浪者の一人という噂なのだが、常人離れした技術でゴーレムの大軍団を作り上げ、帝国辺境で人間一人ゴーレム無数で反乱を起こした男じゃ。帝国の砦一つ、邪鬼王国の城一つ占領して一年ほど討伐軍を寄せ付けなんだ」
「一年後、どうなったんだ? 」
「高度に作りすぎたせいという噂だがの、占領地の行政を担当してたゴーレムたちに反旗を翻され、殺された。反乱ゴーレムたちは帝国、邪鬼と交渉して占領地を返すかわりに古い大型船三隻もらってどこかへさっていったらしい。わびのかわりということで無主となった下位のゴーレムを多数おいていったそうじゃ」
「私はその反乱の際に主の側にあって破壊されました。機能停止まで少し時間があったので主がいなくなったことはわかっております」
ふむ、プレイヤーが死ぬとこのゲームではログアウトかリスポーンを選べる。そのプレイヤーはどうなったのだろう。残ったゴーレムが無主になったあたり、どうもアカウント削除のような気もするのが嫌な感じだ。死んでみるという手はまだしばらく避けておいたほうがいいだろう。
少し開いたが、昨日の続きをすることになった。引き返した通路まで、すんなり行く。大部屋エレベーターも通路の側でまっていれば危なげない。
奥につながる通路はだんだんに細くなってきた、三人並んで歩けたのが二人が精一杯である。螺旋を描いてだんだん中央に向かっている。最後に、中央に深い縦穴を刻んだ円形の広間があった。穴は上から下へと広間を貫いているかっこうになっている。下の穴にはてがかりもなにもなく落ちるしかできないが、上の穴にははしごがつけてある。そして下からは遠く水音が、上からはかびくさいが風が流れてくる。
「どう思う? 」
「下は戻れないし、まずは上を見るべきだと思います」
「両手両足つっぱれば履物と手袋を選べば下もいけると思うがの」
「広くなってたら? 」
「やはりだめかのう。危ないから、ここに蓋をしてから上にいったほうがよいであろう」
慎重なことも言えるのか。
「この部屋、わかりにくいが真ん中の穴にむかって傾斜がついておる。悪意を感じるのう」
悪意が下の穴へ誘っているなら慎重に対応したほうがよいということになる。
「資材はあるから蓋をつくってこよう」
一旦ひきあげる。じれったいが、慎重にいかないとこの迷宮は剣呑きわまりない。
戻るとうまそうな匂いがただよっていた。塩につけこまれ、脱水された上でいぶし終わった猪の薫製肉が吊るされいる。外のかまどでは村の廃墟から拾ってきた大鍋で骨を煮てスープを作っているらしい。作業用ゴーレム二体がかいがいしく働いている。蓋をつくりながら夕食になった。
「下りて通路にはいったあたりの天井に、鉄格子のはまった穴がありました」
食べながらイトスギが報告する、同じものは女王も発見していたらしい。クレイは蓋を作っているので参加していないため気付いていたかどうかわからない。
「あそこから勢い良く水を流し込まれたらたまらんのう」
「陛下、韜晦がすぎますよ。間違いなくそういう仕掛けだったのでしょう」
「命からがら飛び込んだら水に流され渦をまきながら落とされる。チャンスは上のはしごをつかめるかどうかってとこか」
「危なかったです。なんのためこんな悪意まみれの仕掛けを施すのか理解できません」
まあ、ゲームだからな、と思ったがそれはいわないことにした。
翌日、蓋を持ったクレイと彼の部下、というかそういうことにしたゴーレムたちの手作りの弁当を携えて俺たちはまたあの縦穴までたどり着いた。
「クレイ、頼む」
そこまで指示した覚えはないのだが、クレイはまずツボと刷毛をとりだし、穴のふちにべったり何かぬった。かなりの粘り気だ。そこにすのこのような構造にした蓋をのせておさえつける。蓋は木製だが、鉄板をはって塗ったのと同じような接着剤で固められている。一晩干したものらしい。
「これで水の罠がいきなり作動しても落とされる心配はないと思います」
賢いな、こいつ。これが出来損ないのほうって、ゴーレム王とか呼ばれた者はどんな高度なゴーレムを作って背かれたのだろう。
「安全ベルトです。フックをはしごにかけながらのぼってください」
うん、人間立場ないよ。
「これは女王様の命令により用意しました」
心を読むな。
「ああ、感謝はよいから行こうぞ。先頭はトネリコ殿、お願いできるかの。尻を見られるのはちと落ち着かぬ」
見るくらいかまわない、とかいってたからそれは口実だろう。ただ、スキルをいれれば一番対応できるのは、確かに俺だ。
この女王、油断のできないところがある。イトスギが変な影響受けなければいいのだが。
後で思えば親のようであった。
縦穴は二十メートルほどで、上りきったところは広めの部屋になっていた、灯りの呪文に照らされてずらっと並んでいるのは剣だ。盾もある。見たところ、普通の剣と盾らしく、どれもぼろぼろになって使い物になりそうにない。そして両開きのいかにもな扉。
「最後の部屋、かな? 」
「ここまできたのだ。行くしかなかろうの」
「あっちから来る前に、か」
「そうじゃのう」
というわけで扉を押す。暗に相違して軽やかに開いたの驚いた。
本の迷宮の最下層ほどではないが、ひろびろとした空間があった。百メートル四方はあろうか。天井は十メートルほどあろうか。言い訳のように太い円柱が十メートルほどあけて天井に向けてのびている。そして灯りの呪文がいらない程度にその柱が発光していた。
奥の中央に何かあるのが見えるが、遠いのとそこまで明るくはないのでよく見えない。たぶん本の迷宮と同じだろう。
一番手前の柱がぼうっと一瞬強く光るとその前にあの剣を手にした姿があらわれた。全部で九体。七つまではスケルトンワーム、あとの二つは機会仕掛けの人形のように見える。
「あれはパペットウォリアーです。自律行動ができない木偶の坊がなんで」
クレイは知っているようだ。
「抜剣しました。来ますよ」
「余裕があるうちにお願いしておく。話ができそうなやつは剣を奪うだけにしてくれ。なるべくな」
そんなことを言っている間にクレイは矢継ぎ早に三体倒す。俺はスキル1を入れてすばやく剣を拾ってインベントリに投げ込む。
ワームもパペットも動きにそれほどの差はなかった。女王とイトスギがあっという間に四体を葬る。その間に俺が二体だ。インベントリもちのイトスギと俺は剣を拾ってしまいこんだ。
次の柱列が二つ、合計十八本がぼうっと光った。
「またパペットとワームか」
これも同様に片付け生身勢がうっすら汗をかきはじめたころ、さらに三つの柱列が輝いた。
これまたワームとパペットだったが、さすがに数がおおかった。
「いい運動じゃ」
強がる女王の前でこんどは一列だけが輝いた。
「前座は終わりだ。次から手強いぞ」
ぞろっと出てきた相手はうってかわって邪鬼が二人、古妖精が一人、人間の男と女が三人と二人、最後はゴーレムだった。クレイに少し似ている。
彼らはスキル一が使えた。だが、こちらはスキル二以上が使えるものばかりだ。クレイは大弓を後ろにおいて、スリングを出した。俺の指示を守る気なんだろうが、無茶はしないでほしい。
このへんで俺はスキルの多段階の使い方をするようになった。スキル二で相手の懐に飛び込み、一瞬だけスキル五を起動して剣を奪う。こうでもしないともたないし、これでも実はきつい。
九人は武装解除された。クレイはスリングの石で剣を叩き折ってまわっていた。よくあんなことができるものだ。
「敵意がないならさがってろ。巻き込まれるぞ」
呆然としてる彼らに怒鳴りつけ、最後の一人を無力化する。女王は肉食獣のような笑いを浮かべ、まだ余裕のあるところを見せていたが、イトスギは肩で息をしていた、
「な、なあ」
剣を奪われた男の一人が話しかけてくる。気持ちは分かるんだが、今たぶん余裕がない。
「悪い、説明は後だ。次がくる」
八列目がぼうっと輝いた。イトスギは剣をぱちんとしまい、触媒のはいった袋を持っている。そういえば彼女の魔法のスキルはどれだけだったのだろう。
出てきた連中を見て俺たちはびっくりした。クレイのそっくりさんが四体、広間で破壊してしまったゴーレムが一体、男の有尾人が一人、女の森妖精が一人、巨躯に筋肉をまとい、額に角のある角鬼の男一人、逆に背丈は低く、皮膚は固く岩のようになった男女不明の岩小人が一人。全員あの剣をもたされている。
「あれは私のそっくりさんです」
ゴーレムの顔の見分けはわからないが、クレイがそう叫び、石を投げる。クレイもどきの一人の剣が折られ、そのもどきは倒れた。呼び出された連中はそれで俺たちを認識したらしい。一斉に殺到してきた。
イトスギが触媒をまき、魔力を集めているのがわかる。あわせてつっこみそうな女王を俺は手で制した。イトスギの魔法スキルは三あるな、と思う動きだった。
一方、突っ込んでくる連中は剣のスキルは二くらいのようだ。
刺激的な臭いがした。クレイもどき以外全員が目をおおって苦痛の声をあげている。角鬼が必死に目を見開くも涙であまリ見えないようだ。
「女王、つっこんでくるクレイもどきは遠慮なくやれ。クレイ、この間に連中の剣を折れるだけ折ってくれ」
スキル三の女王に、剣より弓が本業のクレイもどき三体は体感で三分たたずに腕関節を切り飛ばされ、あるいは折とられて倒れた。女王はゴーレムの構造を知っているのだろうか。一番弱い部分を的確に打っていたように思う。そして俺は剣をしまってイトスギの魔法に上乗せを行った。せいぜい数秒のそれを五分くらいまでのばしたのである。
彼らの武装解除も終わった。最初の九人に介抱を頼む。彼らもどうやら一種の人助けと理解してくれたようで、協力してくれた。
「遠慮なくやれって、しょうしょうひどいですよ」
「俺の予想では次はもっとひどいことになる」
最後の一列から現れたもの。なんと女王が三人いるではないか。さすがに肩で息をしていた女王がこれにぴくりと反応する。表情は見えないが、怒っているようだ。クレイの複写が何人か出たことから想像できたことだ。迷宮を出た銀の葉とナナカマドのゴーレムは複製できないらしい。
そして残り六人は誰かの複製ということはないが、異様な男女三人づつであった。二周りは大きな体、青銅のような色の肌を惜しげなく見せ、というか全裸で、目は真っ赤に充血している。
「魔人だ」
ギャラリーと化した連中から声があがった。人間が魔物化したものだ。女王のようにスキル三もちばかりなのだろう。
女王三人がまず先駆けた。魔人たちはゆっくり構えを取る。
「こやつらは任せてもらおう」
女王が前に進みでる。同じ能力三人相手にそれは無謀ではないか。
「こやつらは魔法は使わぬ」
女王は何か唱えたようだ。
「そしてこやつらは妾の闘法をなぞる」
スキル五でようやく追うことができる。スキル四の領域だ。女王の魔法はスキルの加速を一段階引き上げるものであった。それでも三人相手には無理がないか。女王は護拳つきナイフで最初の複写の切っ先をそらし、遅れて相手に同じ動きで剣をつきこむ。だが、相手の左手には何もない。切っ先は掌を貫いて喉を切り裂いた。
続く一人がその体を邪魔だとばかりに押しのけ、力の抜けた最初の一人は剣を手放し倒れた。クレイのスリングから飛んだ石がその刀身を割る。
「おまけに連携も取れぬ」
一人目をおしのけて勢いで少し遊んでしまった二人目の剣を、自分の剣とナイフではさんでぼきりと折る。普通はできない。
折った勢いでたたらをふむところに三人目の蹴りが出た。女王は息を吐いてスキルが解除される。
四倍速の速度で三人目は剣をふるった。
何が起きたのかわからない。次の瞬間、相手の剣を小脇に挟み込んで相手に鋭い蹴りを打ち込んでいる女王の姿があった。
「妾の強さは甲冑を着ての組み打ちにもあるのじゃ」
剣をそのまま奪い取り、三人目が取り返そうとするのを許さない。三人目は倒れた。
「だが、もう限界。あとは任せるぞ」
イトスギに介抱されながら女王はそう言った。
同じくらい強い魔人たちが同時にかかってきては到底かなわなかっただろう。スキル五を使いこなしても六人全員は無理だ。殺さない、という余裕などありはしない。
魔人たちは女王同士の乱戦を面白そうに見ていたが、思うところはあったらしい。構えをかえ、そして六人中四人は手の中の剣を見て、そして捨てた。
残り二人は男女一人づつだった。女のほうは剣の形が気に入らなかったらしい。魔力をこめて変形させようとし、剣はくだけてしまった。
残った男一人が俺たちのほうに向かってくる。剣を失った五人の魔人は面白そうに見学するようだ。
「気に入らん。どちらも気に入らんがそやつに勝てるなら、わしらは危害を加えぬ」
ひそひそ話し合った結論がそれらしい。
女王は戦えない。たぶんあの魔法は体への負担がとんでもない。イトスギには無理だ。クレイに任せるのは賭けになりそうだ。
「俺が相手しよう」
大部屋の時と違って相手が一人なのは助かる。いや、相手が全裸の男なのはやりにくいかな。
魔人は傲慢に一撃打ち込んできた。なめているのかスキル一の速度だ。いや、急に早くなった。
スキル五を一瞬発動し、既にスキル三の速度になった打ち込みを躱す。傲慢といったが、素で速いうち込みだった。一太刀目はよけるのが精一杯だ。これはこのまま一気にカタをつけないと危ない。とんでもない達人だ。速いだけではない攻撃で相手をあやつることにも長けている。つけいる隙がない。武器で戦うのは不利だ。
スキルを魔法五に切り替えた。ちょっとした魔法を使って勝負に出る。ちょっとしたとはいったが、相手を確実に捕捉するために広い範囲にかけるのだからかなり消耗する。
すべての液体、水、油の粘性が異様に低くなるようにしたのだ。
高度な戦いになるかと思われた戦いは、双方すべって転倒、その手から武器がすっぽぬけるというしまらない結果に終わった。相手の魔人ははっと見回して呆然としている。
その様子を見てほかの魔人たちはげらげら笑っている。
「面白いな」
一番年かさに見える男の魔人が俺にそう言った。
「お主は面白い。故に争いはここまでだ。ところで、ここはどこかね 」
「剣の迷宮だよ」
魔人たちは心当たりがあるようだ。
「なるほどな。死んだはずの我らがここにいるわけだ」
「ねえ、外に出してくれない? 」
女の魔人が目のやり場に困る肢体をくねらせるので少々困った。イトスギの目が痛い気がする。
「当分でいいからおとなしくしていくれるなら、案内するよ」
「わあい、ありがと」
全裸ではしゃぐので普通の十二人が困っているのも見て取れた。
「一つきいていいか」
話をそらすため、気になってたいたことを聞く事にする。
「なんなりと」
「あなたがたはなぜ自分で迷宮の剣を捨てたのか」
「何、そこな女戦士が自分と同じ者三人を圧するのを見て気付いただけよ。本来の戦い方はなんだったか思い出さなければ負けると」
「恐ろしいな、あなたがたは」
「そうかな。まあいい。それよりあそこが光ってるぞ」
指差されたのは台座。本の迷宮のものにそっくりだ。
触れるともう見慣れたメニューが出てくる。 クエストの進捗、三つの迷宮のクエストの二つ目の迷宮が完了になっている。そしてロックがはずれました、とメッセージが流れた。ステータスを見ると、スキルとステータス、所持金上限値がかわっている。インベントリのアイテムもかなり便利なあたりまでロックがはずれた。ほかに変わったところといえば、イベントクエストの「平和の密使」が完了になっていることだろうか。管理メニューボタンは相変わらず無反応だ。
ロッカーをあけると、細い剣が一本あった。軽い武器は好みではないのだが、と思って持ってみるとえらく重い。今の筋力なら不自由なく振り回せるが、そこらの一般人だととてもとても。
重心の取り方もどうやってるのか先のほうにあるので、俺のよくつかう鈍器に近い。
これがこの迷宮の報酬だろう。平和の密使の報酬は小手だった。ただし、ディスプレ付きの。
「なんだこりゃ」
電卓にも使えるし、エディタを起動して記録にも使える。そしてオブジェクトライブラリのそろった二世代前のプログラミングツールもある。小学生の教材なんかになってるやつだ。だが、ここではそんなものでもかなりの便利なツールになりうる。完全にプレイヤー向けの報償だ。そして使いこなせなければただの家計簿くらいにしかならない。
本の迷宮のように地上へのショートカットはないかと思ったが、これは使えそうにない。陵の正面出口しか選択できなかったからだ。常時人がいるとは思えないが、いればとにかく面倒になる。ましてこの大人数だ。接触なく近場の村までいくことはかなり難しいし、村でも目立つだろう。
「案内する。ついてきてくれ」
二十人を越える大所帯で元来た道を戻ることにした。
クレイが何かちょっと見過ごせないものをもっている。女王のコピーの死体だ。自分の荷物は背中に背負って右腕に二人、左腕に一人となにか一杯つめこんだ袋。猟奇的な眺めである。
「袋の中身は私のコピーから使えるパーツを集めたものです。女王のこれは頼まれまして」
「放置しておくのも気分が悪くての。クレイに頼んだのじゃ」
「捨てるのなら、一つもらっていいか? 」
魔人の一人がそんなことを言ってきた。はげ頭で口の異様に大きな魁偉な男だった。
「どうするのじゃ」
「食う」
げっという顔で女王が一歩引く。
「おまえは強い。強いやつを食えば強くなれる。食いたい」
「つまり妾のかわりに、それか」
「うむ。案ぜよ、骨一本残さず完食する。俺はおまえが気に入った」
「ええい、かまわんが人の見てるところではやめてくれ。跡も残さないでくれれば良い」
許可する女王もどうかしてると思う。
「跡は残らぬ、ちょっとそこのものかげを貸してくれればすぐにすむ」
リフトが下りてくるのを待つ間に魔人は女王の複写を「食べた」。どういうしかけかわからないが、それは租借をともなわない「食べ方」だった。むくつけき体の大きな手が驚くほど繊細な動くで愛撫するように体をなぞると霧のようになって消えて行くのだ。消えた部分から出る血も一緒に霧になっていく。最後につま先をキスでもするように持ち上げて、完食だった。
女王はそれを見なかった。見ていたのは俺だけで、こっそり見せてもらったのだ。どういうわけかイトスギも横に来ていて、息を飲んでいた。
魔人の体が変化していた。魁偉さは損なわれてないが、腰がしまり、胸が出ている。隣のイトスギがげっという顔をする。俺もたぶん同じだ。
「ああ、驚かせたな。食った相手を取り込むから、最後に食った相手の性別になるんだ。生まれたときどっちだったかはもう忘れた」
「たくさんたべたんですね」
引き気味にイトスギ。
「ああ、おかげでここまで大きくなれた」
女王のコピー残り二つは、女王がいま奈落の底に投げ込んでいるところだった。
「終わったかい」
そういって振り向いた彼女が凍り付くのを見て苦笑いしか浮かばない。
上に戻ると夕暮れだった。さすがに人数が多いので、外にもテントを張る。そして食事できるものは大鍋にありったけの猪とキノコと山菜、作業用ゴーレムたちが掘ってきたらしい山芋を煮込んだものを準備する。
魔人たちにはとりあえず倉庫をあさって服を提供した。彼らは普通の人のふりもできるようで、いきなり騒ぎになる心配はないようだ。
それからこれかの身の振り方について相談に乗る。
邪鬼の二人は人目を忍んで北に向かうという。アシハヤと同じで故郷を見てから考えたいそうだ。
古妖精もまた彼女の守って戦った森を目指すらしい。そこが滅んでいてもまだまだほかの森を知っているので探し続けるそうだ。餞別はナイフ一本でよいという。そこの武器から好きなのをもっていっていいというとびっくりして大きな態度のまま小さな声で礼を言ってくれた。
人間の男女五人のうち、女一人は帝国東方の出身だった。小国の集まりだった時代に剣を取って戦って死んだ女性で、男の一人は彼女と相打ちになった帝国兵士らしい。
おたがいに気付いてから気まずい雰囲気だったが男のほうがやたら丁重に接するので彼女は身分のある女性だったのだろう。
「私たちは東方をめざします」
どういうやりとりがあったのかわからないが、彼女は男を従者のように従えて故郷に戻るらしい。
「わたくしには薬学と農学、経営の知識と経験があります。今、どの程度通用するかわかりませんが、彼を連れて彼の地をめざします。トネリコ殿に聞いた通りなら混乱気味でしょう。なんとかわりこんで居場所を作ります」
彼女に餞別として数日分の銀貨と、見つけて集めておいた中から薬の調合に使えそうな小物をわたすことにした。
男二人はまだまだがっしりしている老人と成人したばかりの少年で、老人は小さな領地を経営する領主で大きな戦争で領地ごと蹂躙されたのだという。生き返ったことを恨んでいる様子でもあったが、もう一人の女、少しとうのたった女性がこの村の出身で、ここで暮らしたいと言いだしたのに何か感じたらしく、一緒に残ることにした。少年は王国の小姓で身分はそこまで高くないものの剣も学問も優秀で自分でも将来を楽しみにしていたのに、初陣で流れ矢にあたってあっさり死んだのがとにかく残念であったらしい。帝都までいって、何かチャンスを掴みたいと言いだした。大家あたりに相談してみるが、あまりあてにするなよと苦笑いして同行を許した。身分証がないから門をどうやってぬけたものか。
傭兵として十年前くらいに死んだ有尾人は一番時代の近い死者だ。彼は自分を知るものがまだいる世間に戻ることに不安があったらしく、一緒に村に残ることにした。森ごと焼かれた女の森妖精もこれに乗る。なにしろ村は森の中なのだ。故郷が遠すぎて迷っていた角鬼と岩小人も決心がつくまでつきあうことになった。
ゴーレムのうち、クレイに似た一体はクレイの敵方にいたゴーレムだった。つまりできのいいほうである。ブロンズの七十三と名乗ったそいつは、他のゴーレムのように主にこだわることはなかった。彼もまたクレイのように話せるゴーレムなのだが、どうも調子が狂う。
「あーその、感謝はしておりますが、その、仲間のところに戻りたいのです」
「どこにいるんだい? 」
「それは言えないのです」
「船、あるの? 」
「なんとかしますのでご心配なく」
目の玉があれば泳ぎまくってるだろうなという受け答え。ついでに誘導尋問にひっかかってるのでわりあい間抜けだ。ほんとうに出来がいいのだろうか。
「まあ、誰にも危害を加えないならいいよ」
「滅相もない。私らは争いが嫌いです。だからたった一度だけ、武器をとったのです」
一度壊してしまったゴーレムは、なんと魔人の一人を新しい主に選んだらしい。どこから出したのか眼鏡をかけたその女魔人は人に化けると知的で清楚な美人に見えた。彼女はゴーレム王の作ったクレイとブロンズ七十三にいたく刺激されたようである。ここでいろいろ作ってからどこかに隠れすむと宣言した。
残りの魔人たちはのんきなもので、金になるものを作りながらしばらくぶらぶら旅をするという。警ら隊怪しまれたらどうするのか、身分証なしで都市には入れないと言ってやっても大丈夫大丈夫とのどかなことを言う。心配だが、正直どうにかできる連中ではない。
「まあ、心配しないで。私たち、死んでなおらないほどバカじゃないから」
元男の彼女にしみじみ言われてもどうも不安しかない。もう一人の男魔人は人に化けると初老の紳士なのだが、たまになにやら笑いをこらえているし、女魔人の一人は人に化けても色気がすごい。もう一人はどうやって縮めているのか、十代前半くらいの少女の外見だ。だが、板をふむと割れるくらいに重さがある。全員一癖二癖あるとしか思えない。
そして一番困ったのが最後の一人。剣の呪縛をとけなかった魔人だ。長髪で痩身、しかし筋肉質。たたずまいは武芸者のよう。
「ついてまいる」
「なぜ? 」
「貴公はさらなる迷宮に向かうのであろう? そこにはきっと強いものがいるからだ」
いや、本の迷宮みたいなところもあるのだけど。
「拙者、料理も得意でござる。魔法も生活関連なら万全」
どうも戦闘には魔法を使わない主義らしい。
「それに、剣の指南もできもうす。そちらのお二人、よろしければ」
「稽古なら喜んでつきあうぞ」
女王は喜んでいるが、イトスギは微妙な顔をしていた。
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