第8話 剣の迷宮
剣の迷宮を攻略するため、俺たちはさらに準備を重ねた。
まず、森の隠れ里にいってみた。使われていない道を森へとわけいってみると、驚いたことに森にはいるところからの道がきれいにつかえる状態であることがわかった。住人が手入れをしているのであろうかと思ったが、謎は廃村にはいるところで解けた。
二体のゴーレムが道を整えていたのである。いつごろからこの仕事を続けているのかわからないが、手足、それになぜか背中を除く体表にはびっしりこけがついていた。
「そこに椅子があるでしょう」
イトスギが指差したところにはつるつるになった石の椅子があった。背もたれが高くのびて枝のように広がっている。枝にはなぜかつららがさがっていた。変な椅子だった。
「あれ、たぶんエネルギーを集めてこの子たちに供給してる魔法装置です。似たようなのをもっと大きなガーディアン用に用意してるのを見た事があります」
えんえん整備ができる理由がこれらしい。
「ゴーレムって希少なのかな」
「高価だけど、そうですね、語彙が千くらいで、主語と述語の二単語での命令なら軽自動車くらいの値段で買えますよ」
「け、軽自動車か」
ちょっと驚いたが、イトスギは自分がどんなことを言ったのかわかっていないようだった。
「この子らだと、たぶんその数倍」
「こいつらの所有権ってどうなってるんだ? 」
「皇室にあるんじゃないかな、声はでないから聞くわけにもいかない」
あの扉はあまり探す必要もなく見つかった。ぴったり閉じていると、そこが扉だとはなかなかわからない。取っ手もないので外からはあけられないようになっている。
村の水源はわき水だった。こんこんとわいていて、小さな流れの源流になっている。そのほとりに皇室の別荘が崩壊しながらも残っていた。散乱しているほとんどの品物はだめになっていたが、倒壊している物置に少しづつ仕えるものが残っていたので、潜っている間、馬車をここにおきっぱなしにしても大丈夫なよういろいろ準備をしておく。
準備はほぼ一ヶ月を要した。大家には数ヶ月分前払いしておく。食料、灯り、工具、寝具、大きな水筒をいくつも。メンテナンス通路はその間に調べてめぼしいものは集めておいた。出発準備が整うころには、倉庫と第二控え室は居心地さえよい後方基地となった。
第三層は直接的な脅威があるのだという。侵入者に対して討っ手がさしむけられるらしい。イトスギが覚えているのはスケルトンワームと邪鬼。どちらも同じ剣を持ち、強い殺意をもって襲ってきたそうだ。
「あの剣が怪しいんです。スケルトンワームを倒したあと、背後から同じ剣を持った邪鬼に襲われました」
「一つ持ち帰って調べようか」
ナビゲーターもさすがに役に立ってくれるだろう。
陵の一番最後の罠のところから道が分岐している。一つは初代皇帝をほうむった玄室、もう一つは三層への降り口。皇帝の遺骸は棺桶ではなくこんもりもりあがったセメントの山に埋め込まれているらしい。表面には事績をたたえる言葉がびっしり書き込まれ、そして干渉魔法で時間の経過を止められていた。遺骸もおそらく往時のままで埋っているのだろう。盗掘者は入り込んだことがあるらしく、折れたつるはしがいくつか散らばっていた。宝物の類は途中にある部屋にあったが、破壊された扉の奥には整然とつまれた櫃が数十個。そして手前の左右には未だに鈍く光る剣を捧げ持った石造が左右三体づつ石の椅子に座っていた。この椅子も背もたれがのびて天井にくいこんでいる。その間に朽ち果てているいくつかの白骨がここで何がおきるかを物語っている。ここに踏み込むのはやめておくべきだ。
三層におりると、また朽ちた白骨がいくつか転がっていた。イトスギがいやそうな顔でそれを蹴ってばらばらにする。
「スケルトンワームじゃないみたいね」
「盗掘者が皇帝のお宝ないかおりてみたってところかな」
「ええ、で、あのへんに襲われたと」
彼女が指差す通路の先から歩く白骨が二体現れた。手には同じに見える鈍い輝きの長剣をもっている。
「荒事はすきじゃないんだけどな」
「ここでそれは通用しませんからね」
イトスギがすいっと前に出る。同じく前にでたスケルトンワームが声なき戦吠えをあげて彼女につっこんでくる。もう一体は俺のほうにじりじりよってきた。
イトスギは軽やかに切っ先を躱すとフェイントで相手をひっかけあっさりその胴を袈裟に切り裂いてしまった。
「そっちはお任せします。危なくなったら助けますから」
スパルタだ。
俺の前のワームの動きが早くなった。こいつ、スキル1を使えるのか。スキル2を起動して速度の優位を確保し、相手の太刀筋を見て粘り着く空気の中、死角に回り込んでこん棒をふるう。ハンマー部分が相手の胸骨に当たった瞬間に魔力を流し衝撃を拡大。
ワームは四散した。
「お見事」
「力技だけどね。さて剣を拾って戻ろう」
ところが今倒したワームの剣は拾えたのに、イトスギが倒したほうの剣が見当たらない。とりあえず一本拾ってどういうものかわかるかナビゲーターに聞いた。
「この剣は剣の迷宮の一部で、迷宮の力を受け取るアンテナであり、迷宮に犠牲者の生命力をささげる機能をもっています。柄を握ると、支配されてしまうことがあります」
つまり価値がないということか。
「トネリコ」
イトスギがつついて何かを指差した。天井近くにもう一本の剣が浮かび上がり、壁から邪鬼が一匹はいでてこようとしている。
「後ろから襲われるわけだ」
「倒します」
「俺がやってみるよ。実験したいことがある」
主導権が剣にあるのなら、これを奪ってしまったらどうなるのだろう。
邪鬼が姿を完全に現したところでスキル五を発動してみる。抵抗させないために、反応できない速度を出すためだ。ゴムにでもつつまれてるようで、すごい抵抗だ。だが相手はぴくとも動けていない。力任せに邪鬼の手の中の剣の護拳を掴み、引き抜く、そして二歩さがってスキルを解除した。
猛烈な風が吹きあれた。イトスギが小さな悲鳴をあげて顔をかばい、衣服がばたばたと暴れるのが見えた。邪鬼はつんのめって悲鳴をあげ、驚いて自分の手を見ている。さすがに擦過傷をおったのか血がぽたりと落ちた。
「言葉はわかるか」
一応きいてみた。敵意がまだあるか、そもそも存在を続けるか気になる。
「わかる。ここはどこだ? 」
驚いた。幾分のなまりはあるが邪鬼は流暢に話すではないか。
「剣の迷宮だ。おまえは迷宮のしかけであるこの剣に使い手として呼び出されたようだ」
「剣の迷宮? ずっと南にそんなところがあると聞いたことはある」
「名をうかがおう。俺はトネリコという。放浪者だ」
これも一種の実験だ。
「俺は虹湊のアシハヤ。湊守ハヤセ伯に仕える戦士だ」
ナビゲーターにきくと、虹湊は北方の邪鬼の国の港町らしい。漁業と交易がさかんで住民はだいたいバイリンガルだとか。ただし、これは昔の情報である。北の邪鬼の国は確か滅んで四散しているはずだ。
「ここで気がつく直前にはどこにおられた? 」
「む」
問いにアシハヤは頭を抱えた。
「そうだ、俺は戦場にいた。帝国軍の救援の来襲にあわせて三侯連合の包囲軍に撃って出たところまでは覚えている」
後で知ったが、邪鬼国が内戦で崩壊したとき、虹湊の領主は帝国への帰属を選択したらしい。虹湊は守られ、帝国軍は攻撃側の領主を何人か討っていまの大公領となる新領地の最初の一部を入手したらしい。虹湊は今も伯爵領だ。
アシハヤに帝国暦何年かを教えると信じられないとばかりに目を見開いた。
「おそらく、貴公は戦死したのだろう。迷宮は戦える死者の魂を呼び出して剣の使い手としているのではないか」
これからどうする? と聞くとアシハヤは帰りたいと言った。
「もう誰も知るものはいなくてもかまわない」
「貴公はこの迷宮に呼び出された身だ。出られるかどうかわからんぞ」
「どうせ一度死んでいるのだ。命の危険は帰郷をあきらめる理由にはならない」
決意は堅いようだ。剣を調べるために一度出るのだ。俺たちは二層に戻り、あけはなっておいたメンテナンス用のドアから通路にはいった。
ここで奪った剣から輝きが失われたが、アシハヤは平気そうだ。
倉庫のキャンプを目にした彼は驚いた様子だ。
「少しまっててくれ。餞別を用意する」
帝国中枢では邪鬼はただのモンスターだ。武器も持たせず放り出すわけにはいかない。
バックパックに旅の用品を一通りと保存食を数日分、武器として本人に得意を聞いてナイフと短い槍と弓、矢を二十本ほど渡す。
「気をつけてゆかれよ」
「何から何まで感謝する。もし、我らの国の盾の迷宮にいどまれるなら二層までは覚えがあるゆえ助力しよう」
三つの迷宮の最後のやつだ。
「それはありがたいが、まずは生きてたどり着かれるよう」
通用門から出してやるが、別状はない。アシハヤは何度も手をふりながら森の中に消えていった。
さて、持ち出してきた剣だ。
二層にもってきた時点でどこかたよりなくなっていたそれは、地上に持ち出した時点でぼろぼろになって崩れてしまった。
「三層から遠くなると形を維持できなくなるのかな」
イトスギの言う通りだと思う。要するにつながりを絶てば全部持ちあるく必要もないし、背後にあまり気を使う必要もない。
「インベントリにいれたらどうなるかな」
俺とイトスギにはそれがある。ここにすまうクラウドマンたちが持たない恩恵だ。
ロックのはずれたもので当面いりそうにないものを倉庫において空きを作る。
「すごい量ですね」
倉庫の半分ほどを埋めた戦利品の山にイトスギもあきれたようだ。
「さすがにオープンじゃ買い取りに持ち込める量じゃないしね」
クローズドの商人の資金力は無制限で、価格変動もないがここでは有限な上に値崩れを起こす。
「ほしいのがあったらあげるよ。鎧はたぶん今の以上はないと思うが」
「実験がすんだらじっくり見させていただきますね」
俺たちはふたたび三層に下りた。最初に遭遇したところにもう何もでなかったので石造りの廊下をもう少しすすむと、開けて十メートル四方ほどの部屋になった。
踏み込もうとするとイトスギが袖をひっぱってとめる、
「あれ」
指差すところを見ると、入り口の上に鉄格子が待ち構えているのが見える。入り込んだらこれが落ちて団体様が来るというところか。
「思い出しました。わたしのオリジナルはこれに気付いて調べている時に後ろから襲われたんです」
「入るまではなにも起きそうにないな」
先にイトスギの武器選びをやろうと俺は決めた。その間に、この鉄格子が落ちないようにしかけをする、
建材がいくつかのこっているので鉄の密度からだいたいの重量を計算して、支えられるものを考える。二層の罠に使う鉄格子の落とし戸の予備がいくつ、壊れたものが二組分あったので、現地で二枚を鉄の棒でつないでつっかえにすることにした。
「これ、いただきますね」
イトスギが選んだのはロックが外れた中でも一番いい剣だった。切るより突くことに特化して突きこんだ先から魔力を使って炎と雷撃を放つことのできるえげつない武器だ。
こちらも準備ができたので出発する。ゴーレムたちに扉と鉄棒を運ばせ、先ほどいなかったからと安心せず先ほどの部屋まですすむ。
「ちょうどいい、その剣かしてくれ」
炎の魔法で溶接しようと思っていたが、触媒がもったいないのでイトスギの剣を借りて先端の火の魔法を収束して向かい合わせにおいた扉を鉄の棒でつなぎ合わせる。
強度十分にするためにかなり作業したので終わってみるとへとへとだった。
「今日はやめておきますか? 」
「いや、少し休めばいけそうだ」
踏み込むと、やはりあの剣を手にし相手があらわれた。全部で五体。うち三つは驚いた事にゴーレムのようだ。ばらばらの姿をしている。残りは森妖精の男とよくやけた人間の女だ。ゴーレムはわからないが、妖精と人間は目がうつろである。スキル二くらいもってておかしくないだろう。
「イトスギは防御に徹してくれ」
先手必勝、相手が加速したと思った瞬間にスキル五をいれる。ごくゆっくりと太刀筋がうごいている。人間の女が一番早く、ほかはもっとゆっくりだ。驚いた。この女はスキル三で動いている。そしてまずは躱さなくてはいけなかった。だが、直後、その刀身に魔力衝撃を打ち込む。折れるか、落としてくれればいいのだが。
さらにゆっくりだが次が来る。この速度だと素早く動こうとすれば体が浮き上がるので重そうなゴーレムのの刀身の下に潜り、棍の頑丈な柄でこれを押し上げがながら潜り込み、すれ違い様柄を叩いて次に向かう。息が苦しい。妖精族の男は抜き打ちの態勢であったので剣を力任せにむしりとった。これはインベントリに放り込む。
ここで一旦スキルを解除。相手が立て直す前に息をつぐ。相変わらずの突風と妖精族の男の悲鳴と、人間の女の剣が根元から折れる音が聞こえた。ゴーレムははじき飛ばされて床をすべり、その手の剣が部屋のあさってのほうがくまで滑って行くのが見えた。別のゴーレムを盾に突風の直撃を避けたイトスギがわずかによろめいた隙に魔法の剣を突き立てる。
後一体はそのイトスギに剣を振り上げる。こいつもスキル二くらいで動ける。少し距離があったがスキル五をいれなおして追いすがり、腕に棍を打ち込んで砕いた。
「インベントリ」
スキルを一度解除して叫んだ視界に、最初に剣をたたき落としたゴーレムが自分の剣のほうへ走り出そうとするのが見えたので、スキル三くらいをいれて追い抜き、この剣もインベントリに投げ込んだ。
息がひぃひぃあがっている。全身が痛い。剣は奪ったが、倒したのはゴーレム一体だけで残った連中に戦意があったらまずい。考えなしに多用するものではない。
幸い、全員が呆然としている。少し息がととのったところで、俺は彼らに話しかけた。
ゴーレムは話ができるわけではないのでわからないが、ほかの二人はやはり戦死した人たちだった。妖精族は名前を銀の枝といい、聞いたことのない森の住人らしい。同じ森妖精との戦いで命を落としたらしい。女戦士のほうはなんと女王だった。ナビゲーターによると、王国と帝国の間にあって、情勢によってどちらにでもつくいくつかの国の一つだったらしい。
「最後は帝国と裏切り者の大軍にもみつぶされてしもうたがの、最後に覚えておるのは余を囲んでおびえた顔で槍を構えた帝国兵どもであった」
女王はからからと笑った。
「それで、お二方はこれからどうされる? 」
「私は森に帰る」
「もうないかも知れませんぞ」
「確かめるくらいさせてくれ。後の事はそのとき考える」
「余はしばらくそなたらにつきあおう。これほどの戦士、ここで別れるには惜しい」
「あなたがたの体はこのダンジョンの力で生み出されたもの。中にとどまり続けてはなんぞ悪影響があるかも知れません」
「かまわん。どうせ一度尽きた命だ。思うままにさせてくれ」
次はゴーレムだ。
腕をくだかれたほうは、どこからか石盤を出して膝にのせて何か書いてみせた。
「解放感謝、主のもとにもどる」
「主はどちらか? 」
「ナナカマドの古書店」
驚いた。
「婆さんか」
そういえば、婆さんはサーバントとよんでドローンをいくつも使っていた。その一体が、それも戦闘むきのものがいるとは思わなかった。
もう一体は腹から声を出した。これには全員びっくりした。
「私の主はもういない。私も一度破壊された。行くところはない。あなたに仕えてよいか」
「横からごめんなさい。あなたがた、魔力の補給は大丈夫? 」
イトスギの質問の意味はわかった。この二体には補給装置がない。
「私は大丈夫です。主から謎の方法で送られてきます」
ナナカマドに帰るほうはそういう。俺に仕えたいといったほうは空を指さした。
「私のかつての主が天空高く補給装置をとばしてくれました。一日一回、空に十分ほど祈らせていただければ大丈夫です」
なんだかとんでもない主だったようだ。
「受け入れよう」
俺は決断した、このゴーレムはとんでもない拾い物かも知れない。
「それでは血を一滴だけ頂戴できましょうか。マスターとして登録いたします」
ちくっと痛い目にあっただけでかなりの戦力が手にはいった。後でわかったがこのゴーレムは戦闘においては射撃特化で、剣は不本意な武器だったらしい。弓を引く事もできるが、腕にも魔力で加速し射出する一種のレールガンがしこまれてあり、一度に二十発まで撃てるそうだ。弾丸は金属球がいいのだが、いざとなったら適度な大きさの小石でもいい。
「去るも戻るも一度地上に戻ろう。休息が必要だ」
戻ろうとして鉄格子がを見ると何事もなかったように巻きあがっていた。しまらないように用意した支柱はうまく機能したらしく、少し歪んだものの形はのこっていた、
インベントリからダンジョンの剣を出してみると、どれも崩れ落ちていた。やはりダンジョンの外扱いになるらしい。
増えた人数を引き連れ 倉庫まで戻るとインベントリから出した荷物の山に皆驚いたようだ。
「好きなのを持って行っていいぞ」
銀の葉は妖精族の弓と幅広の剣、同じく胸当てを、ナナカマドのゴーレムは頑丈で長い杖を、そして俺の従者となったゴーレム、クレイは大弓と矢百本。女王は長剣と護拳突きのナイフ、着込みの鎖帷子を選んだ。人目をまるで介することなくその場で着替えたのはかなりのおどろきだが、武器は手の届くところにあり、不埒な真似をしたらどうなるかよくわかる図でもあった。
しかしこうも事情ありばかりそろうと、倒してしまったゴーレムの由来も気になるところではあるが、もはや知るすべはない。そういえば、スケルトンワームたちまで出ているのはなぜだろう。あれにも魂はやどっているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます