第7話 帝国の都

 王国の都市が広場を中心に放射状にのびているとすれば、帝国の都市は縦横直角の街路に仕切られた整った作りだった。中央にあるのは船でもひっぱって通れそうなだだっぴろい道。その行き着くところに宮殿があり、手前の両脇には大神殿含めて主要設備がならんでいる。

 街路には全部名前が表示されているので、西二番通りはすぐにわかった。大通りから外に出る大門。そこをはいって二番目の横道を西にいったところ。ほぼはしっこにあたりあたりにあった。

 黒を基調としたシックな建物、下宿屋には見えないが確かに猫をあしらった看板に野良猫亭とある。隣接するのは赤を基調とした洒落た店がある。こちらは御機嫌なイノシシをあしらった看板。野猪亭とある。

 野良猫亭のドアをあけると無人のカウンターに呼び鈴がおかれていた。鳴らすと重々しい足音が聞こえた。

「どちらさまかな」

 熊のような男だった。神官にはあまり似ていない。神官の名前を出すとぱあっと明るい顔になる。

「あいつは元気でしたか」

「仕事は大変そうですが、声とかはしっかり出てました」

 竪坑に蹴り落とされたときの悲鳴はなかなかだった。

「よくわかりませんが、大丈夫そうですね。それで、うちには? 」

 帝都の滞在先として紹介されたことを伝える。

 それからシーツの保証金など細かいことを取り決め、契約に書名して部屋を借りることができた。

「一人一部屋です。それと、壁がうすいので音には気をつけてください」

 俺たちを見ながら大家は注意をうながした。

「気をつけます」

 苦笑がうかんでいたのだろう。イトスギのほうは平然としていた。

「まかないになりますが、隣のうちのやつの店なら店子には安く食事を出してますからね」

 聞いた通りだ。

 その日は荷物を下ろして部屋の掃除になった。日用品は必要なものを荷物から出して使う。

「片付きましたか? 」

 髪の毛に綿埃がついたままのイトスギが食事にいこうと誘いにきた。同意して埃をとってやると、彼女はお返しとばかり俺の肩にべったりはりついたゴミを叩き落としてくれた。

 野猪亭のあるじは恰幅のいい女だった。他にコックとフロア係の少女が一人。野良猫亭の新しい下宿人だと自己紹介すると彼女は豪快な笑みを浮かべた。

「ようこそ。まかないでいいかい? 」

 むしろそれを食べてみたい。かなり安い値段を言われてどんと目の前におかれたのは大きめのどんぶりに色々な料理を会わせてもりつけた代物。どんぶりが厚手の陶器で触れるとかなり熱いので、残り物を盛りつけて窯で暖めたものらしい。本当に余り物を集めたようで、味の組み合わせはどうかと思うところがあった。

 安いはずだ。残れば捨てるものを出しているわけだから。ただ、おかげでこの店のいろいろな料理の試食ができたことになる。

「あの、残り食べていただけますか」

 量もたっぷりでイトスギなど完食をあきらめたくらいある。普通の女性にはきついだろう。

 食事をしながら彼女とこれからの行動について相談した。

「帝国にあるというダンジョンのことを教えてくれ」

「あなたはダンジョン攻略にあまり乗り気ではないと思っていましたが」

 その通りだ。だが、今までの情報からすると他にプレイヤーはいない可能性が非常に高く、ダンジョン最奥のコンソールも少なくとも本の迷宮のものはあてにならなかった。封印書庫の中身にもそんなに期待は持てないが、若干の期待はできるし、そこまでの道程で何か見いだせないかという希望もある。つまるところ八方ふさがりなのでやれるだけやってみよう状態なのだ。

「やるとは限らない。だが、可能性があるなら知っておきたい」

 イトスギは俺の顔をじっとみた。三つのダンジョンが終われば彼女の俺への拘束は解除される。自由意志がそこにあるか本人にもちょっとわからないだろうし、いろいろ心配なのだろう。

「わかりました」

 彼女は考えることを一度やめたようだ。

「教えてくれ」

「帝国にあるダンジョンは剣のダンジョンと呼ばれています。入り口は初代皇帝の陵なので、これまた普通は入れません」

「墓なのか」

「ええ、ダンジョンの上に墓を作っちゃった感じですね。警備もいますし、許可はおりません」

「もしかして、君の前世も入れてもらえなかったのか」

「忍び込んで三層までいったところで引き上げざるを得なくなり、警戒がきびしくなってそれっきり、らしいです」

「途中までか」

「一応、調べられるだけは調べたみたいですけどね。そのために本のダンジョンに入ったようですが」

「もしかして、その許可を得るために」

 王室に入ったのだろうか。そして天寿をまっとうしてログアウトしたのか?

「そのへんは記憶がないあたりですね」

 つまり、プライバシーに触れるあたりということだ。

「どんなところなんだ? 」

「墓所は二層までで、ここは罠だらけです。でも、ほとんど作動済で危険はないでしょう」

「仕掛けなおさないのか」

「誰が? 墓守たちが昔いたようですがいろいろあってもういませんよ」

「いろいろ? 」

「内戦とか、支給されていた国費の打ち切りとか」

「君の前世はそれをどこで知ったのだろう」

「大図書館ですね。身分証とお金さえあれば誰でも利用できます」

「よし、いってみよう。身分証明はたぶんこれでいけるよね」

 放浪者の証であるドッグタグのことだ。

「変な警戒態勢になってなければ」

 なってるかもしれないと指摘されたのは、大図書館に通じる迷宮から誰かがくることになってたということ。もうその人は帝都にいるのだが。

「ま、そんときはそんときだ」

 出てきたところに戻る。別の国だけあって、王国とは雰囲気の違う町並み。しかし、どこか寂しい感じを覚えるのは建物の立派さのわりに人が少ないせいか、それとも仮補修が目につく営繕の手が回ってない感じのせいか。

 帝都大図書館は薄暗く、古紙の匂いに満ちた建物だった。受付には片眼鏡をかけ、黒い上着を羽織った青年がすわっており、旅装を少し崩しただけの俺たちをうさんくさそうに観察してきた。

「御用は? 」

「本の閲覧をしたい」

「帝国臣民に見えませんが、身分を明かす者は? 」

 ドッグタグをはずして見せた。青年はそれを傍らにおいた石盤の上に置く。

「驚いた。あなた放浪者ですか」

 その目は珍しいものを見る目だ。

「閲覧は可能かね」

「もちろんです。放浪者には便宜をはかることとなっております」

「なぜ? 」

「いろいろありますが、総じてそのほうがよい結果になっているからでしょう」

 うまく逃げられた気がする。受付はベルを鳴らして青い上着の少年を呼び出した。足音を立てないよう急いで走ってきた少年を、受付は俺の担当だと言った。

「ここの図書は適切に保管されているので、必要な分をもってこさせます。そのため手間賃を頂いております。手間賃は本の希少性によって変わりますので、担当に確認してください」

 そして帰るときに返すが、保証金を預かるという。これが払えないような者はいれないというわけだ。帝国は格差が大きそうだ。

 保証金は金貨一枚。結構な金額だ。といってもロックがはずれて余裕で払える金額。それをできるだけしぶしぶという様子で預けるのはうまくいったかどうかわからない。

「こちらへどうぞ。閲覧室にご案内します」

 少年は俺たちをしきっただけの一室に案内した。本を見るためのつややかな重厚な机と座り心地の良さそうな椅子がある。椅子は他にソファがある。別の少年がカップとなみなみとはいったティーポットを運んできた。奥に通用路があり、スタッフはそっちから出入りするようだ。

 書見用の机には分厚い目録が五冊。開くと細かい字でびっしり書名と整理番号が書き込まれている。

「一般的な書でしたら、何が見たいか教えていただければ見繕ってもってまいります」

 よくしつけられている少年であった。

 まず、頼んだのは帝国の地図。今のもののと、帝国初期のものだ。

「見比べたい」

「少々お時間いただきます」

 少年は一礼して通用路に消えた。

「どうして地図を? 」

 そういう質問をするイトスギはソファでくつろいでいる。最近、というかアルフェリスと一晩すごしてから色気が出始めて時々こまる。

「ナビゲーターが知ってるのは古いほうだ。それと新しいほうをすりあわせて地理を把握しておきたい。あとは墓守たちの村がどこにあったのかわかるといいな」

「墓守たちの村ですか。どうして? 」

「まあ、彼らの業務用の入り口でも見つかったらいいなと」

 罠をしかけなおしにいくとすればいちいち正面からいくとは思えない。そういうものがあった可能性は高いし、そこから入れば下りそうもない許可をもぎとる必要もない。

「簡単に見つかるようにはなってないと思いますが」

「放浪者様だ、陵にいれろ、と言ってあっさり通してくれればよいのだけどね。ただ、目的はもう一つある」

「うかがっても? 」

「中にはおそらく倉庫と一時的な居住設備があると思うんだ。そこを利用できるだけで探索はかなり楽になる」

「そんなものがあるんですか? 」

「陵が猫の額くらいの広さで面倒見る罠が二つ三つならいらないさ」

「うまくいくといいのだけど」

 彼女は半信半疑のようだ。ソファの上でのびまでしている。

「お待たせしました。この二冊でいかがでしょう? 」

 少年が分厚い本を二つ、台車にのせて戻ってきた。新しく豪華な装丁のものと、古くすりきれたものだ。彼がページをめくってみせてくれるたところ、目次といくつかの中身を確認し、値段を聞く。

 古いほうがやはり高かった。それでよいと告げると少年は腰にさげた帳面に書き込む。

「イトスギ、君が見たという本は? 」

「迷宮カタログ帝国編第六版」

「それもお願いできるかな」

「かしこまりました」

 少年が通路に消えると、俺は二つの地図を並べてあけてみた。古いほうはいくつかの地図をうつしてつなぎ合わせたもので、ページごとに縮尺も違うし、書き方も違う。新しいほうはなんらかの魔術的手段で作成したらしく、すべてそろっている。

「新しいほうはどうも写真の一種のようです」

 イトスギが脇から覗き込んでそうコメントした。

「使い魔の目に映ったものをやきつける魔法があるんですが、それみたいですね」

「密偵が好きそうな術だな」

「ええ、そうです。もとは使い魔の視界を共有する魔法だったんですが、他の生き物って人間と見えてるもの、見え方が違うのでちょっと大変なんですよ」

「ああ、複眼とか魚眼とか」

「この地図は使い魔の視界でやきつけたものに書き込んで作っているようですね。道路なんかはわかるように線をいれています」

 コントラストの強い白黒写真のように地上の建物などが映っている。大きなものには名前が入っていることが多い。帝都なら宮殿、神殿などだ。陵は帝都からあまり遠くはなかった。距離だけみると馬で一日くらいの所から山地になっていて、その手前に陵は築かれていた。地図にも大きな方形の壇が三段になっているのがわかるくらいだ。ここに葬られているのは最初の三代までらしく、陵には三人の名前が記されていた。それと小さな駐屯地があるらしく、警備事務所とかかれている。

 古いほうの地図で確かめると陵のまわりには村一つ書かれていない。十キロ北に貴族の館が記入されている。その領主は陵一帯の管理もまかされていたのか、領地を示す線が山地の半分くらいまで囲んでいた。

 今の地図で見るとこの館はもうない。館の痕跡すらなく、ただ小さな村が一つ記入されているだけだ。その領主はさらに北に新しく館を構えている。墓守の村など、どこにもない。

 だが、新しいほうの地図をみていて発見があった。陵の奥側、山裾に建物らしい影が数個うつっていて、そこには小さく「廃村」とかかれていたのである。これがそうだという確信はないが、地図作製者は影に気付いて確かめたのだろう。

「たぶんここだ」

「隠れ里の類かもしれませんよ」

「なんかいい本ないかな。見つかったらもうけもので目録見てくれる? 」

 結局、その日は地図で廃村に通じる道らしいものを見つけるだけが追加の成果だった。

 その村についての記録はまったくなかったのだ。だからこそ、これが墓守の村であることはありそうに思えた。

「行ってみよう。四五日かけて、まずは確認だ」

「よいのですが、移動手段は? あなたは馬に乗れますか? 」

 たぶん、今のステータスだと自分で走ったほうが早い。しかし、荷物は限られる。

「馬車ならたぶんなんとか」

「借りるだけの信用を築いていませんから、買って、済んだら売り戻すことになりますよ」

 たぶん、そのくらいの金はある。

 その日は剣の稽古は休みにした。さすがにいい場所がないし、稽古用の剣がわりもない。食事をすませると、イトスギはさっさと寝にいってしまった。朝早くからやってる公衆浴場にいくつもりらしい。俺は部屋にこもって魔法の灯りをともし、本のダンジョンで得た本を開いた、

 これまでクエストで入手した本は二冊。赤の魔法書という名前のマニュアルと、この本、黒の秘伝書となる。赤の魔法書にはスキルや魔法についての説明があった。この本のことを教えてくれた男の使っていた魔法のことも書いてある。干渉魔法という名前のそれはこの世界の住人の一部にのみ許された魔法とある。だが、その利便性はクエスト関連人物の補強というより、もとはプレイヤー向けのものだったような気がした。保存、保管はインベントリとほぼ同じ。インベントリから取り出すと劣化が始まるのはクローズドではなかった仕様で、オープンではリアリティを出すためのものかなと思っていた。その使い方はイトスギも知らなかったので、真似はできていない。

 スキルはオープンでは最大三までとなっている。そこまでたどり着くのが大変ということで、スタート時期による格差をプレイヤースキルに依存するよう調整してあるのだろうと思っていたが、俺の片手武器スキルは現在ロックがはずれているだけで五。クローズドで身につけた値は最大値の十だ。まだ五は試してないが、空気の抵抗で目もあけてられなくなるかもしれない。十になると泥どころか岩の中で行動するようになるのではないだろうか。

 黒の秘伝書には何が書かれてあるのだろう。入手したのは今朝のことで、まだ開いてもいないのだ。目次を見るとおかしなことに気付いた。

 塗りつぶしてあるのだ。そのかわり紙がはってあり、達筆で三つの章が書かれている。

 天上にいたる道、資質をためす、あなたへの助言、となんだかテキスト、テスト、アドバイスのような三つ。

 次のページにはこう書かれていた。

「天上に至らんとするならまず地上を見よ。続く記述は見るべきものが見えたときに現れる」

 あとは真っ白だ。どうにも抽象的だが、おそらくこの謎を解くと何かがわかるのだろう。

 どうもすっきりしない。今日はさっさと寝て俺も朝風呂としゃれこもう。

 その夜、夢を見た。すっかり忘れていた俺の家族、どうしてこんな唐変木と結婚したのかわからない寡黙な妻と、口から先に生まれてきたような少女にそだった娘、そしておだやかに年齢を重ねたが昔はかなりの干渉者であった老母。妻は俺の腕の中にいた。いつもはほとんど何もいわない彼女が俺の顔を見上げて言った。

「あなたは難しいことを考えて上ばかり見ているのね」

 娘が何かからかうようなことを言っているようだ。母は何もいわない。

 俺はこのときなんと言ったのだろう。気がつけば夢の中で俺たちは激しく愛し合っていた。彼女の何もかもが生々しく、最後にはお互い汗ともろもろにまみれてからみあったまま眠りについた。

 とんでもない夢を見たものだ。どんな状態になってるかわからないが、肉体のほうがそういう状態になっているのだろう。

 目覚めた時にはすっかり寝過ごしていた。寝汗一つかいてないのが不自然なくらいだ。帝都は王国よりいくぶん涼しい。夏でも夜はさわやかでとてもすごしやすいのだ。

 もう遅いので朝湯はあきらめ、猪亭でまかないを食った。目が覚めるお茶もつけてもらっているが、どうもぼうっとしている。

「おはようございます」

 さっぱりした様子のイトスギが挨拶してきた。朝湯から戻ってまかないでない食事を頼んだらしい。蒸した酒種パンに塩漬け豚と野菜を煮込んだスープ、主菜に魚のソテーがのっている。ごったもりのまかないとはまるで違う。

「うまそうだな」

「まかないは悪くないけれど量がちょっと」

 薄着にケープ一枚羽織っただけの彼女からはよい匂いがした。上等の石鹸だが、いつの間にかったのだろう。夢のせいで、妙に意識してしまうので彼女の食事に注目することにする。

 値段をきいてみると、確かにまかないより高いが高すぎることはない。考えれば金は十分あるのだからそのくらい問題はないはずだ。

 ところで先ほどから大通りのほうが少し騒がしい。

「何かあったのかな」

「出兵らしいですよ」

「出兵? 」

「お風呂でも噂になってました。近衛の第二師団が動くらしいって」

「近衛だったら帝都守らなくていいのかね」

「もともと北の大公と東の謀反軍とどちらかへの後詰めだったらしいですよ」

「それが動いたということは」

 神官の任務については俺たちも聞いてはいない。だが無関係ではなさそうだ。いささか早すぎる気配はあるが。

「戦況が動くってことか」

 その影響は馬車の確保に反映された。中型以上はほとんど輜重のため徴発され、よぼよぼの老馬がひく二人乗りしかなかったのだ。それでさえふっかけられた。

「戻って売り戻す頃には大損でしょうね」

「しょうがあるまい」

 さいわい、出征した師団はそのほかの必要なものは準備済みだったらしくそれ以外の高騰はほとんどなかった。翌日には出発できるだけの準備を終えてちょっと洒落た居酒屋で二人だけの慰労会を開いた。

「ちょっと明日朝から四日ほどでかけてきます」

 一応大家にはそう伝えると、翌朝の食事の時にまかない弁当と一袋の干した果物がでてきた。

「気をつけていってくるんだよ」

 ありがたいことである。イトスギはまかない弁当の量に少し表情を引きつらせていたが。

 門はすんなり出ることができた。帝国の、きれいに舗装された街道に俺たちのおんぼろ馬車は乗り出す。傍らには水場や宿場とだいたいの距離をかいた地図。目指すのは陵のあるほうだ。

 馬車の操り方はイトスギが知っていた。見て、教えてもらって、見通しのいい平坦なあたりで練習もさせてもらう。

 帝国は王国ほど荒れてはいないようだ。とはいえ、やはり繁栄に翳りがさしているらしく、みかけたこ奇麗な農家も、整えられた畑も、そこで働く農夫もどこか活気を感じない。そう、古びていても補修など新しいところがあるはずなのに、それが少ないのだ。その極端なのは、少し離れた丘の上の焼け落ちた館。もうずいぶん前に焼けたらしく、新しい緑が焦げた建材のすきまから顔を覗かせている。

「ナビゲーター、あそこの館は何だ」

「選帝侯青龍卿の居城です。卿の領地は東方の王国国境にあり、その祖先は王国の王族であったといわれています」

 情報、やはり古いな。そしてなぜ焼け落ちてるのかなんとなくわかった。

 治安は帝都近くはかなりよいようで、街道を行き来する人や車はめいめいに護衛もつけずに行き交っている。その理由は割合すぐにわかった。

 馬車二台に分乗した歩兵十名ほどと軽装の騎兵二騎、重装の騎兵三騎からなる警邏の一団に誰何されたのだ。偽って模し方がない。放浪者であることを名乗り、図書館で調べたことを実地に見に行くのだと告げる。

 誰何した隊長は濃い顔のがっちりした男だったが、放浪者にはあまりいい印象を抱いていないようだった。俺たちを拘束できるものならしたいが、できないのが残念そうで、あからさまに無礼な態度は取らなかったが不機嫌な顔は隠しようもなかった。

「わかった。行け」

 他の二名の重装騎士がもうしわけなさそうな顔で会釈したのが気の毒に思えたくらいだ。だいぶふりまわされているのだろう。

「愛人連れで、お気楽なものだ」

 隊長がつぶやくのが聞こえた。わざと、ではないらしくしまったとばつの悪そうな顔でこちらを見る。睨みつけていたのだろう。いそいそと立ち去っていった。

「やっぱりそう見えるんですかね」

「夏宮の宿の女将はそう思わなかったろう。ああゆうのは心の鏡だ。下衆な心根のやつには男女ってだけでそう見えるのだろう」

「うーん。実際のところ、本人たちはどうなんでしょうね」

 他人事みたいに言う。

「俺はそれどころじゃないからな」

「女がほしいとか、そういうのはないんですか」

 つっこんできたな。

「生身だったら悶々としてたかもしれないけど、仮想の体はそのへん自由だよ」

「それは助かります。夜ばいにくるんじゃないかと不安な夜もありました。そのときどう対応したらいいものかわからないんですよね」

「ああ、すまん。女性である君を選んだのはたまたまだ。君のもととなったひとは外の世界で宇宙探査の仕事をしていただろう」

「してましたねぇ。おかげで回る知恵もありました」

「選んだのはその経験だ。女と気付いたのはその後」

「しかも自分でいうのもなんですが、わりといけてる容姿」

「生身だったらぐらついてたかもね」

「ありがとうございます。姉さんもそのへんちょっと気にしてたみたいで」

「アルフェリスが? 」

「あの人、あなたに縁を感じてちょっと関心があるようですよ。どうです? 優良物件だと思いますが」

「見合いの世話人みたいなことをいうなよ。それにもう帝国まできてしまったんだ。そのへんのことは忘れたほうがいいな」

「じゃあ、もう一度再会したらいよいよ運命ですね」

 こいつ、なんだか残念な感じになってきてないか。いや、元となった人物がそうだったのか。

 何か言うかわりに、俺は彼女の頭を軽く小突いた。てへへと笑う彼女との間がはじめて縮まったような気がした。男女的な意味ではなく、人間として。

 いい天気だった。一度水場によってお茶をわかし、また俺たちは先へとすすんだ。この先、村を三つ通過し、四つ目につくまえにおそらく痕跡すら残っていない分かれ道にはいる。陵に向かうなら四つ目をすぎた分岐だが、そっちの道は行かない。

 おそらく、陵への道は頻度こそ少ないと思うが警備されているだろう。

 あたりは森林地帯になってきた。陵も隠し村も森に埋もれているようだ。

 村は森の辺の街道にそってあり、開いた農地と森の恩恵で暮らしているということがわかる。通過するどの村も片側にそこそこひろく開拓地が広がり、村の中にはなめした革をほしてあり、宿の軒先には値段の木札とキノコや山菜、獣肉の干したものがつるされている。あまり変なにおいのしないのを少し買い求めてみた。

 分かれ道は思ったより簡単にみつかった。ふたたび茂り始めているものの、一度刈った痕跡があったのだ。道も同様で、さすがに石畳の修繕まではやっていないが邪魔な根やはみ出した石は取り払ってあり、かなりがたつくが馬車ですすむことができる。

「廃村じゃないのか」

「おそらく、あの地図の作成者たちでは? 廃村であることを確認するために最低限片付けたのでしょう」

「それだけならいいのだが」

 この道を伝って、官憲の目から逃れた誰かが紛れ込んでいたりしないか気になる。

 日がくれてきたころ、山肌にひっそりかこまれた村についた。見えてる限り残った戸数は五戸。井戸を中心にし、四件は屋根が抜け、一軒は壁ごと倒壊して草むしている。つまり、使える住居はないということだ。朽ちた木材の山のようなものは物置小屋かなにかであったのだろうか。

 井戸も底に乾いた泥が堆積していて、水はない。掘り直せば水がまた出るのだろうが、道具も人手も足りないし、どれくらい掘り直せばいいかもわからない。

「天幕、はりますね」

 イトスギが疲れた声で言った。もう薄暗くなってきているし、ここで過ごすしかないようだ。

「頼む。俺はまだ明るいうちに一回り見てくる」

 鉈片手に邪魔な草は払いながら村の中を一回りしてみた。

 村にそった岩肌に等身大の神像が掘られているのはすぐにわかった。掘られているのは現王都の神殿で見たのと同じ人物らしいものに、見知らぬ人物が何人か。夕暮れの日差しに照らされたそれらのうち、一体だけが背後に影ができている。そのことに気付かなければ、他と違って後ろに隙間があることを見落とすところだった。

 後ろ側、像の足下あたりにやっとくぐれるくらいの穴がぽっかりあいている。覗いてみると、まっくらな奥からひんやりした空気がながれてていた。ライトの呪文を唱え、射出してみると小さくなって見えなくなるまで飛んで行った。あんまりにも簡単に見つかったので驚いたが、たぶんこの穴はこのようにむき出しにはなっていなかったのだろう。

「では、明日、少し中を調べてから準備のため戻ることにしましょうか」

 天幕をはりおえたイトスギはその穴を確かめるとそういった。

「穴の大きさからするに、資材搬入用の入り口が別にあるでしょうし、墓守たちも暗い中すすむための道具をおいた物置くらい用意しているでしょう。それを確かめて不足だけ持ってくるのです」

 さすがベテラン。

「今日はそれよりするべきことがあります」

 彼女は真剣だ。

「何かね」

「空気中の水分を魔法で桶二杯分集めてください。その間に馬をはずして飼い葉を用意します。それから一緒にたき火に使う廃材を集めましょう」

 そういえばたき火の跡はない。地図製作者たちは廃村であることを確かめただけですぐ引き上げたようだ。ということはあの潜り戸も見つかってないかも知れない。視覚的にわかりにくく作ってあるし、像は多い。

 朽ちた梁や柱を集めるのは少々注意が必要だった。さびた金具が突き出してるような瓦礫の山を踏んだりしなければならないからだ。それでも鉈をふるって一晩なんとかなりそうな薪の山ができる。

 たき火はどこかから見えそうにないところに起こしたし、獣の気配もないが、俺たちは交代で見張りをしながら夜をすごした。自分の番の時にはライトの呪文を唱え、赤の魔法書を見ながら干渉魔法についていろいろ試してみた。進展はなかったが、あのとき見せられた保存の魔法について何かわかりかけたような気だけはした。

 自分が寝る番になって天幕に潜り込むと、彼女の残り香が鼻孔を満たす。いい匂いだと思った。今はそれだけで満足だった。

 翌朝、馬の為に桶を水で満たしなおしてから俺たちは潜り戸をくぐることにした。

 ライトの呪文を中にいれてから用心のためナイフ一本もって俺がはいる。

 内側からみると、穴の上は持ち上げてはずすことのできる岩戸となっていて、数人いれば開け閉てはできそうだ。とはいえ面倒なので潜り戸を作ったのだろう。

 通路は四角く人一人ほどの幅と高さ。どこかから風を取り込めるように作ってあるらしく、奥からやや黴臭い臭いとともにひんやりした空気が流れてくる。窒息の心配はなさそうだ。緩やかに下っている通路の数メートル先には部屋らしい横穴が見えている。

 イトスギが続いて入ってきた。狭いので驚いている。俺は待ってるように言って先に見えた横穴のところまでいってみた。

 六畳間ほどの小部屋だった。窓はなく、壁に煤をつけた燭台が彫り込まれている。椅子が三つとテーブルが一つ、奥に寝台が一つある。水桶らしいものも二つあって、棚にはたいまつやランタン、ランタンのための油壷らしいもの、たばねた蝋燭がある。いずれもうっすら埃がつもっていた。

 蝋燭を一本燭台にさし、魔法の火花で着火すると温かい光が部屋を満たした。ライトだけでは気付かなかったが、寝台の下に道具箱らしいものが七個並べられてある。薄れているが名前らしいものを書き付けられている。これは墓守たちの仕事道具だったのだろう。

 家具は一応大丈夫なように思えた。座ってみると、天上に何か描かれていることに気付いた。

 イトスギを呼んで一緒に検分した結果、それはどうやたこの地下道の地図らしいという結論となる。入り口、この待機部屋、そして墓所の第一層とメンテナンス用の裏通路。次の控え室らしい二重丸。その手前には倉庫とかかれた大きめの部屋と、搬入口と書かれた扉らしい印。

 縮尺があってるかどうかわからないが、地図を出してその位置を推測してみる。

「たぶん、このあたりね」

 指でくるりと輪をかく範囲には何もない。

「そのへん森だけど、川がないかい」

「あるね」

「古い地図は写してないからわからないけど、そこにも村があったかもしれないね」

「一時間ほど歩くことになるけど、いってみましょうか」

 油壺の油はすっかり固まっていたため、結局魔法の灯り頼りに通路をすすんでみる事にした。

 先導は俺、イトスギは少し離れて警戒。半時間ほどゆったりした通路を下って行く。通路はだんだんひろがって、横穴が並んでいるあたりに来るころには三人くらい並べる幅になっていた。そのへんになると、警戒心より心もとなさがまさったイトスギが横にいた。

「何かかいてあるめ」

 横穴の上には文字。あの天井を信じるならこのへんから陵の第一層のあちこちのメンテナンス通路への分岐がでているはずだ。

「仕掛け矢の通路、とか書いてあるな」

 矢の最装填などどの罠をメンテナンスするかが分かるようになってるみたいだ。通路の一つには重量物を運ぶためらしい手押し車が倒れていた。

「で、ここが倉庫と」

 ひときわ大きな横幅の横穴、その先が曲がり角になっていて部屋らしい穴。

 倉庫の中には資材が朽ちた布に覆われて積み上げられ、一隅には食料らしい樽や俵が積み上げられている。俵がつぶれているのは虫かなにかに食い尽されたせいだろう。樽の中身も駄目になっている事に間違いはない。

「ここ、扉ね」

 突き当たったあたりに大きな鉄のかんぬきのさされた人の背丈の倍ほどある扉があった。

「あけてみる? 」

「やってみよう」

 かんぬきは普通なら二三人で動かす作りなのだろうが、ロックがはずれて常人離れしている俺のステータスなら足場さえあれば余裕で動かせるものだった。

 扉も分厚い石の扉だった。おまけに向こう側に蔦がびっしりはびこっているので、少し開いたところで鉈をふるって切る必要もあった。汗だくになって開いたその外には鬱蒼たる森が広がっていた。

 いや、倒壊した建物らしい塊がそこかしこに盛り上がっている。ここもまた村だったのだろう。

「ナビゲーター、ここはどこだ? 」

「ここは森の隠れ里。皇室の別荘とそこに仕える人の住むところです。オフシーズンには管理人の一家しかいません」

 更新されていない情報もたまには役に立つものだ。

 一旦中に戻り、控え室その二を確かめる。こちらは倍の広さがあり、寝台も三つ、そして天井には二層の地下地図がえがかれていた。

「そこから出るのがよさそう」

 イトスギが一番最後の罠のメンテナンス通路を見つけた。三層にはそこから下りることができるらしい。

「三層から剣の迷宮、ここの人たちの関与しない区域よ」

「では、その先は準備をととのえてからにしよう」

 何かはいりこまないよう倉庫の扉は閉じ、元の道を戻って廃村に戻った。馬車の馬は不安だったのか、俺たちの姿をみていななく。俺が桶に水を足してやってる間に、イトスギは次回のためにおいて行く事にした荷物を下ろす。

 奥の控え室との間を二往復したところで昼食にした、廃材を集めてたき火を起こし、干し肉と堅焼きのパンをあぶってお茶で流し込む。水を毎回魔法で集めるのは骨だった。

 それから俺たちは一泊交えて帝都に戻った。思ったより疲れていたのだろう。宿では二人ともぐっすり眠ってしまった。幸い枕探しの類はおらず、隙だらけであったが被害はなかった。 

「おかえり。ちょっと間が悪かったかな」

 大家いわく、留守の間に神官が訪ねてきたという。帝都での仕事がすんだので、王国に戻るらしい。

「で、これをおいていった」

 すり切れた冊子である。中にはあまりきれいではない字でいろいろ書き付けられている。

「なんですこれ」

「昔の放浪者が残したものだそうだ。どうやって手にいれたかは聞いてない」

 聞かないほうがいい類の話だろう。

「ありがとう、きっと参考になると思う」

「それならよかった」

 内容は覚え書き、何かの記録、日記めいたものそんな感じだ。あまり用途を限っていない。

 どうやら俺と同じ成り行きで、三つのダンジョンだけでなくほかの手がかりもさがしていたようだ。最果ての地、封印都市、神の刺し傷といわれる奈落。実際に行ったところは少ないようだが、調べた結果をかきつけている。参考になりそうだ。気になったのは最後のほうに唐突に書かれた数式。なんとなく見覚えがある。だが、これはおそらく結論部分で、この式にいたる大量の数式が必要になる。

 俺は知っている。これは人間の数理解析結果だ。現実世界の四十年前に発表され、厳しい検証野結果いくつかの修正を加えた上で確立した式。暴動が各地に起こるほどの衝撃を与えた人類史上最大の成果。すべての哲学を旧時代のものにしてしまったしろもの。この最後の部分の式は人間といえるものとそうでないもののしきい値を出す部分だ。そしてこの計算結果は、不合格。現実では生身至上主義なままなのでこの結果が出ても影響はない。ただ、ふとしたことで暴走ぎみになるので注意されるようになる。一度出た結果が永続的なものではないので、まだ試行錯誤段階だが治療を受けることもできる。そして俺のかかわる上位世界創造プロジェクトもその試行錯誤の中から生まれた。

 この計算結果のあと、わずかにのこったページは空白だった。これが誰の結果で、持ち主はこのあとどうなったのだろうか。

 この持ち主が誰かはわからないが、俺と同業か近い学識を持つ人間だったに違いない。

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