第6話 本の迷宮

 大神殿以外にも入れないが王宮も見てみたかったし、湖にはどうも観光船が出ているらしい。新市街は新市街でにぎやかな飲食街や魔法の触媒屋がある。

「明日、行けるところだけ回りましょうか」

 イトスギが楽しそうにそう言った。

「新市街にするか。他の放浪者とひょんなことで出会うかもしれないし」

 新市街は元々は王家の果樹園のあった場所だ。その名残かところどころに果物の樹がのこっていて中には実をつけているものもある。手入れがされていないのでどの樹も元気はなく、実も貧弱な感じが拭えない。

 ここの住人は王都から逃げてきたものがほとんどで、雑然とはしているが少しでも奇麗にしようと努力してるのでスラムという感じではない。いずれ帰って再建するのだという気持ちが彼らの顔を前に、上に向かせているようだ。せいいっぱい瀟灑な感じにしたカフェでハーブティーを飲みながら店主と少し話をすると、王都の放棄してきた店のことをかたり、再建のあかつきには是非お運びをなぢと言われる。お茶はものこそ今ひとつであったが、いれかたと出し方はかなりのものであった。

 どこで聞いてもここ二、三年で放浪者を見かけたという人はいない。四年前の放浪者を見かけたという者はいたが、遠くからちらっと見ただけらしい。手がかりは彼女が本の迷宮にはいったらしいということだけだ。

 湖畔で稽古をし、魔法について議論をし、明日たつことを女将に話をし、荷物を整理してその日はくれた。

「またお出でになる時はぜひまたご利用くださいね」

 その女将に、他の放浪者がきたら次の時にでもおしえてほしいと頼む。反応は微妙だった。

「他の、放浪者ですか」

「何か、知っているのか」

「うーん、今日同行される人にきくのが一番でしょう。わたくしより詳しくお話できるはずですわ」

「同行する人? 何か聞いているのかい? 」

「神殿のほうから誰か着いて行くみたいですよ」

 誰かも知ってるんじゃないだろうか。いずれにしろ、聞いていない話だ。

「とにかく行ってみましょう」

 大きな荷物を背負ったイトスギが動きにくそうにしながらそう言った。

 そうだな、今更だなと同意したが話によっては喧嘩するつもりでいる。

 城門を出て指定された場所にいく。新市街とは反対にあたり、白樺のような落葉樹の林になっている。その中にひっそり古いこじんまりした館があり、その前に二台の馬車が待っていた。一台は箱馬車だが、もう一台は屋根がなく、盾が側面に打ち付けられて兵士がその上で何か準備をしている。馬にも何か編み込んでいると思われる布がまきつけられてあまり落ち着いていないようだ。

「トネリコ殿か」

 小姓なのだろう。軽装の若者が声をかけてきた。肯定すると荷物を引き受けて箱馬車の屋根にくくりつけてくれる。

「中へどうぞ」

 いったん館の中に案内された。古びているがおちついた応接間に一人の髭の中年男が待っていた。小姓と違って着込んで武器も傍らにおき、旅に出る気なのは間違いない。

「初めまして。ドリメディアと申します。王都大神殿の神官のはしくれです」

「同行者がいるとは聞いていないが」

「私は届け物ですよ」

 あ、と思った。あのとき、名無しの殿下は確かにそういった。

「いや、人間なら護衛だろう」

「私を生かしてあちらに届けていただきさえすれば、方法について口を挟む事はしません」

 それでも人間は同じにはいかないだろう。面倒なことになった。

「わたしから質問していいですか? 」

 イトスギがなぜかにこにこしている。いいよというと彼女は神官に微笑みかけた。

「死ぬような思いをさせることがあっても、文句もためらいもないと思ってよいですか」

「それが必要なことなら」

 警戒の色を浮かべる神官に、イトスギはこれまでで最高の笑顔を向けた。

「あいわかりました」

 彼女には何か考えがあるらしい。

 それからお茶を一杯ごちそうになり、館でトイレをすませて出発となった。あの小姓たちはのこって片付けらしい。

 乗るのは箱馬車。これを護衛の装甲馬車と数騎の騎兵が先導する。道も表街道ではなく、寂しい裏道だ。時折鐘をならして弱い魔獣を追い払うのが聞こえた。

 他に何か聞こえるなと思ったら護衛の兵士たちが歌を歌っていた。少し哀調を帯びた不思議な歌で、悲しい歌かと思えば時々陽気にもなる。

「彼らは故郷の歌を歌うのです。この歌を歌っていると、集中力が高まるようで無理矢理やめさせたときと察知や反応が段違いになります」

「神官殿は彼らと何度も? 」

「ええ、こんな仕事をしているとどうしても」

 どんな仕事かの説明はなかったが、だいたい察しはつく。

「そんな任務に我々のような部外者を巻き込んでよいのか」

「あなたは放浪者だからな、部外者もそこまで部外者であればむしろ問題がないのだ」

 知られていた。どうやってというのは考えるだけ無駄だろう。彼らもプロだ。蛇の道は蛇でなければわからない。

「放浪者、か。他の放浪者についても知っていたりするか? 」

「何をおっしゃるかと思えば」

 神官の苦笑に少しいらいつきを覚える。だが、続く言葉は衝撃的だった。

「放浪者は一度に一人しか現れないのだから、他にいるわけがない。あなたも、前の放浪者がいなくなったから現れたのですよ」

「どういうことだ。以前は大勢いたはず」

「それは来訪者ですね」

「来訪者とはなんだ」

「天上よりの来訪者です。光がもたらされてより彼らは身分をやつして我ら下界を訪れ、時には影響を少し残して戻っていかれます。しかし、彼らはある時から姿を見せなくなりました。宵の始まりです。そしてあなたがた放浪者が現れるようになった。放浪者は天上を知りません。なぜ、どこからやってくるのかも本当のところはわかりません。それぞれ必死に説明なさいますがどこかばらばらです」

 彼が何をいっているのか、俺には理解できなかった。

「何をいっている。俺は」

「遊びにきたら帰れなくなった、ですか? 」

「違う」

「では、治療がおわって帰るはずなのにここにいる、ですか? 」

「ほぼその通りだ」

「では、過去の放浪者たちと同じです」

 違う、と主張したかったが残念なことにそのための論点が見えない。ため息一つついて俺は降参した。

「わかった。いったんそれでいい」

 どうも情報が足りない。俺は何かの陰謀にでもまきこまれたのだろうか。

 馬車は時折魔獣を追い払いながら旧王都北門についた。

 砦のあった側も破壊がひどかったが、こちらはもっとひどかった。あちらは建物はまだ形を残していたが、このあたりはことごとく瓦礫のうずたかい山となり、城壁はだいたい半ば近くまで崩壊している。門も例外ではなく、巨大な門扉がゆがみ、引き裂かれて地に伏している。

 これは住民などいないだろうと思ったが、見れば瓦礫の山にも建材を積み直したりして入り口かなにかを整えた痕跡がある。その一つから白骨屍体がはみだしているのを見つけた時は恐ろしいところに来てしまったとしか思えなかった。

 そんな穴から二名ほど人影が現れた。護衛たちに手をふっている。

「斥候です。ここから彼らが案内してくれます」

 ここで護衛の半分が馬車を守るために残った。残り五名と斥候の二名が同行することになる。

「足下に気をつけて。くずれやすいところもある」

 ここから自分たちの大荷物を背負っていかなければならない。神官も大きな荷物を背負っている。比較的身軽な護衛たちに時折助けられながら、俺たちは瓦礫を踏み分け歩みをすすめた。

 瓦礫のひどい箇所は町の区画にして一つくらいで終わっていた。そこからはゴーストタウン化した旧王都の町並みが続いている。あちこちに放置された白骨は何かにかじられたあとが見受けられ、中には魔獣と思われる骨もかじられた跡つきで横たわっていた。

 町は完全に無人ではない。時折、何かの気配を感じて目を向けるのだがそのときにはもう気配の主は姿を消していた。

「決してはぐれないようにしてください」

 護衛のリーダーは歌の合間にそう注意を促した。 

 大図書館は無傷だったが汚れるに任されていた。ここには初めて姿をさらす人影があった。砦の兵士らしい。

 神官が手をふる。話は通っているらしい。我々三人だけが中へと招き入れられた。

「あら」

 出迎えた責任者はアルフェリスだった。

「誰が来るかと思ったら」

「ひさしぶり。ここで何を? 」

「謹慎よ」

 こともなげに彼女は答えた。

「まあ、ほとぼりがさめるまでここにいろって言われたわけ」

 あのあとどうなったかは語ってくれたなかっが、表情を見るに悪い展開ではなかったようだ。

「ご無事でなにより」

 イトスギがまた俺には見せない笑顔になっている。アルフェリスもにっこりとこんな顔もできるのかと驚かされる表情だ。

「あなたもね。でも、ここに来たってことはやっぱり」

「やっぱりなに? 」

「うん、あの名前いっちゃだめな二人のせい」

 うん、そうだと思ってた。

「大丈夫」

 イトスギはまぶしい笑顔を見せる。えらくなついたものだ。

「お知り合いでしたか」

 神官はそれほど驚いた様子はなかった。

「ええ、そしてあなたが来てるという事はあの方の差し金ですね」

「差し金というか気まぐれというか」

「はは、らしい話です。ご案内しましょう。二層からゆかれるのですよね」

「危険ですが一層は問題がありすぎてやむをえません」

「この二人なら大丈夫だと思いますよ」

 アルフェリスに太鼓判をもらったが、やはり不安は不安だ。

 彼女は部下二人、一人は最初に迎えにきた女性でもう一人は頑丈そうな盾をもった大男にうなずいて先にたった。

 図書館だけに書棚に本がたくさんつまっている。ここは手つかずのままのように見えるが、分厚く積もった埃がそこかしこに見受けられるのは少々残念だ。

 本の迷宮の入り口は入りくんだ書架の奥にぽっかり口をあけていた。本来は閉じられ、あけるためには入り組んだ手順が必要なのだが、今は避けるべき一般利用者もいないため、中の警備隊の便宜のために開けっ放しなのだという。

 階段を下りて行くと平衡感覚がおかしくなるような感覚があった。先導の三人は目眩を起こしているらしい。イトスギは涼しい顔。神官も額に脂汗をかいてやせ我慢をしているようだ。

「階段を下りきったらおさまりますよ」

 その通りだった。全員ためいきをついて肩を落とす。

 そこはチェックポイントになっているらしく、名簿らしいものをおいた机とペンがあり、番をする兵士が腰掛けると思われる椅子があった。

 だが、今は誰もいない。椅子の近くにおかれた火鉢には火のはいった炭があるし、机の上のコップからはまだ湯気があがっている。ちょっと前にここの担当者が席をはずしたことに間違いはない。

「急ぎましょう」

 出入りの記録をつけてはいけない。そういうことだ。

 本の迷宮は数メートルある巨大な書架が縦横にならんで迷路になっている迷宮だった。そこを右へ左へよく知った道という感じで案内され、床に大きな穴の開いている場所にたどり着く。

 穴には格子戸がしてあるのだが、大男が鍵をだすと簡単に錠前がはずれて持ち上げることができた。

「さあ、ここから」

 はしごが下に下りている。ライトの呪文を落としてみると同じような迷宮が下にも広がっていることがわかった。

「ちょっと待ってくださいな」

 遮ったのはイトスギだった。彼女は俺に向かって少し遠慮がちにこういった。

「二層は勝手が分からず、三層は本の悪魔がたくさん壁にひそんでいます。少し怖いですが、私の知ってる裏道を行きたいと思いますが、いかがでしょう」

「どんな裏道だい? 」

「もう少し深いところに通じる近道があります。危険が皆無ではありませんが、二層三層より対処しやすいはずです」

「深いほうが安全だと? 」

「ええ、そこでは腕っぷしより知恵が試されるのです。答えられないと危険ですが、問題はそれほど難しくありません。私やあなたにとっては」

 放浪者ならわかるということか。

「よし、そこを行こう。どうやればいける? 」

「いま、あけます」

 彼女はそういうと、横の壁に手をのばした。動く本がいくつかあり、それを半分づつ取り出していく。順番と場所がきまっているようだ。

 本棚が奥にすっとひっこんだ。そしてそこには深い深い縦穴があいていた。

「飛び込んでください。魔法が働いているので大丈夫です」

 おそろしく深い穴だ。灯りを落としても底を照らすのを見る事ができなかった。

「こんな穴は初めてみた。大丈夫なのか? 」

 アルフェリスがおどろきと不審をあらわに質問する。

「いちいち何日もかけて潜り直さなくてよいよう、用意されたものです。もし、いまのあけかたを覚えていても迂闊に飛び込まないでください。戻るためには光なき世界の知識が必要なのです」

 さあ、行きましょと彼女は俺と神官をうながした。

 神官は先ほど以上にびっしり脂汗を浮かべている。足がすくんでいるようだ。

 俺は自分のステータスを確認した。今は非常識な頑丈さだから終端速度で激突しても骨折程度ですむだろう。風を操る魔法でブレーキをかけながら落ちれば安全措置がなくてもきっとなんとかなる。下が深い泥や溶岩とかでなければ。

「先にいくよ」

 そういって思い切って飛び込んでみた。

 使う以前に風の魔法に包まれるのを感じて、本当に安全らしいなと安心する。同時に周辺がほんのりあかるくなる。明るい部分はついてくるようだ。

 落下の時間はとても長かった。上のほうで悲鳴が聞こえた。見上げると神官らしい姿が祈りのポーズのまま見えた。その上にイトスギらしい姿も。

 ようやく下についたな、と思ったら風の魔法は俺を竪坑の外へと吹き飛ばしてくれた。つるつるした床に尻餅をつくことになった。

 続いて神官。こっちは前のめりに床をすべり、最後に立て膝姿のイトスギがまろびでてきた。その後ろで竪坑の入り口がすっとしまった。

 あたりは仄かに明るかった。とても天上の高い、そしてとてつもなく広いドームになっているようだ。その下に書架の迷路が広がっている。

「ここは? 」

「最下層ですよ」

 こともなげにイトスギが答えた。彼女のオリジナルはここまで達したらしい。

「だ、大丈夫なんですか」

 神官はびっくりしている。うん、俺もびっくりだ。

「ここは本の迷宮ですよ。最後にものを言うのは知識と知性です。だからいきなり暴力的に排除あれることはありませんよ」

 きょろきょろ何か探しながら彼女は言いきった。

「あなたはここを知っているのか」

「ええ、なんで知ってるかはややこしいのでご容赦くださいませ」

 目的のものを見つけて彼女は手招きする。それは高いところの書物を取るためのはしごだった。

「本棚の上に上ってしまえば目的地もすぐです」

 そんなずるが許されるのか?

「試練はありますが、簡単なものですよ」

 三人とも大荷物を背負ってるので、上に立つのは一苦労だった。

 すうっと目の前に大きなパネルが浮かび上がった、問題文が書かれている。

「物質とエネルギーの相関式は? 」

 そんな言葉だ。簡単な問題である。イトスギがその答えを言うとパネルは消えた。

「試練って今のか」

「神官様や姉様にはわからない問題だけどね」

「まことに。イトスギ殿はなぜ答えを知っておいでで? 」

「それについては、たぶん知らないほうがいいことだと思います」

「ほう」

「渉外担当のヤハル様に指摘されて気付いたんですけどね。だからわたし、王都ではベールを手放せなくなりました」

「なるほど、今はあまり踏み込まないほうがよさそうですな」

「ご理解感謝いたします」

 やりとりの間、俺は最下層の中を見回していた。書棚の迷路は延々続いている、だが、それごしに目をひくものがあった。

 巨大な本がそびえているのだ。その周りは開けている。

「目指すのはあそこかい? 」

「そうです。あそこまで、本棚の上を歩いていきましょう」

 薄暗くて足下が危ないので、荷物からランタンをだして点灯。イトスギも神官もそれぞれ灯りを手にする。

「ほぼまっすぐ行けるはずです。この迷路は突き当たりから全然別の突き当たりに飛ぶ構造になってて、迷路としては区切られていますから」

 上から行こうといったわけがわかった。そんなの踏破するのにいくら時間があっても足りないのではないか。

「とんでもない理不尽な真法的仕掛けですな」

「光がもたらされる前のものですから、そうなっているのでしょう」

「なるほど」

 この二人、ちょっと仲良くなったかな。思うにあの竪坑に突き落とされたものとつきおとした下手人なのだが。

 小一時間ほど、おっかなびっくり本棚の上を移動して巨大な本のある広場に俺たちは降り立った。はしごはなかったので最後は飛び降りることになったが、神官がちょっと痛そうにするだけですんだのはイトスギのスペックも常人離れしているのだろう。

 巨大な本の前には一つの大きな石の台と、少し小さめの石の台が五つならんでいた。

「それに触れてください」

 イトスギにいわれて大きな台にふれる。王都のギルドのものと同じメニューが表示された。神官にはどうやら見えないらしい。

 クエストの進捗、三つの迷宮のクエストの一つの迷宮が完了になっている。そしてロックがはずれました、とメッセージが流れた。ステータスを見ると、スキルとステータス、所持金上限値がかわっている。生活費のほうは完全に心配がなくなった。

 それだけなのだろうか。相変わらず管理者メニューには触れない。ギルドと同じ作りならご褒美のはいるロッカーもありそうだな、ときょろきょろさがすと巨大な本の横にぽつんとおいてあった。

 あけると本が一冊。表題には干渉魔法入門とあった。どういう魔法なのかはさっぱりわからない。

「ここのコンソールではだめだったんだな」

 イトスギのオリジナルはここまできたが、目的は達成できていない。

「神官殿、どの大図書館にでるのですか? 帝国、王国、共和国、公国、連合の首都大図書館に通じているはずであったと思いますが」

 行き先についての質問。

「帝国に出たい」

 不倶戴天の敵と化した国ではなかったか。

「政治の話ですから」

 俺たちの様子に神官は苦笑いで答えた。

「まあ、あなたがたは気にしなくてよいですよ」

 そうなのだろうな。

「帝国ですね」

 イトスギは小さな台の一番端のものを前にした。

「集まってください。外にでます」

「え? 」

「これは帰路専用のショートカットです。これがあるので最下層を経由しようと思いました」

 俺と神官が側に集まったのを見て、彼女は台座に手をおいた。

 次の瞬間、俺たちはのどかな日の光の下にいた。あたりは花がさき、水路を水が流れるこぎれいな庭。そして母屋は立派な大きな建物。

「帝国大図書館ですよ」

「驚いたな」

 神官が目をぱちぱちさせた。

「どちらまでお届けすればよいですか? 」

「いや、ここで十分です。いやはや驚いた」

 神官は俺たちに軽く頭を下げた。

「予想以上の成果です。ここまでこれるとは思わなかったので、もはや王国に戻る助けはできないが許してほしい」

「あら、そうですね。こちらから本の迷宮には入れてもらえそうにないです」

 やっちゃた、とイトスギは申し訳なさそうに謝る。

「目的地の一つがこっちにあるんだし、いいんじゃないかな」

 俺は塀のむこうに垣間見える帝都の町並みを眺めてそう答えた。

「謝礼です。それと、もしここが初めてなら西二番通りにある野良猫亭へどうぞ」

 神官はずっしり思い財布をさしだした。ありがたく受け取っておく。

「どういう宿屋です? 」

「いや、下宿屋なんですけどね、一ヶ月も一日も同じ代金でお上りさんをカモにする表通りの宿の一泊よりいくぶんやすいんですよ。食事はでないkれど、隣に大家のおかみさんが切り盛りしてる店があります」

「くわしいですね」

「実家なんです。大家は兄、おかみは幼なじみ。戦争以来、学生が減ってあんまりもうかってないみたいなので助けると思って」

「あんた、帝国人だったのか」

「神殿は同じですからね。王国に赴任してる間に戦争が始まって。まぁ、いろいろあってこんな仕事をしています」

「あんたは会って行かないのか? 」

「そこは仕事優先ですので。では、帝都大神殿にいってきます」

 神官は足早に立ち去っていった。

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